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アジア太平洋地域での新たな日露関係

November 1, 2010

アジア太平洋地域における新たな戦略的文脈の中での日露関係
~露ヴァルダイ会議への参加報告に代えて~

東京財団研究員
畔蒜泰助

筆者は去る8月31日~9月7日、露国営ノーボスチ通信などが主催する国際会議Valdai Discussion Club(通称ヴァルダイ会議)に初めて参加してきた。ウラジーミル・プーチン首相が大統領時代の04年に第一回目が開催され、今年で7回目を迎える同会議の前半部では、海外から招待されたロシア専門家約50人とロシア国内から招待されたほぼ同数の有識者が、その時々のホットな問題について議論を交わし、後半部では、海外からの参加者とプーチン首相をはじめとするロシア政府高官との対話が行われる。 *1

特に後半部は、海外のロシア専門家がロシア政府のトップに直接質問し、その場で答えを得るという又とない機会を提供しており、その点でも同会議は国際的に高い評価を受けている。日本枠は例年1人で、青山大学の袴田茂樹学教授、法政大学の下斗米伸夫教授に続き、筆者は三人目の招待者となった。 *2

今年前半部の主要テーマは「歴史的にみたロシア」、「近代化」、「近隣諸国との関係」、「欧州とアジア」、「ロシアと世界」の5つ。後半部は、順番にサンクトペテルブルグ市のヴァレンチナ・マトビエンコ市長、エルミタージュ美術館のミハイル・ピオトロフスキー館長、セルゲイ・ラブロフ外相、プーチン首相、イーゴリ・シュバロフ第一副首相という計5人のロシア政府高官との対話の場がセッティングされた。その最大の山場が9月6日、ロシア黒海沿岸の避暑地ソチ(2014年の冬季オリンピック開催地)で行われたプーチン首相との晩餐会だったのは言うまでもない。 *3

話には聞いていたが、やはり事前の質問聴取は一切なし。プーチン首相がアトランダムに質問者を指名し、投げ掛けられた質問にその場で即答するスタイルでの対話が約3時間にわたって繰り広げられた。

プーチン首相の左手隣の隣という座席を指定された筆者(上記写真を参照)には、2時間ほど経過した頃に質問に機会が廻ってきた。従来、日本からの参加者の質問は、何らかの形で北方領土問題に関連したものだったが、筆者は敢えて次のような違った角度からの質問を投げ掛けた。

・日露間には領土問題という難しい問題があるが、両国関係の更なる発展の為には、もっと広い戦略的な文脈の中に両国関係を置き直すべきではないか?
・その意味で、将来の日露間の原子力協力の可能性をどう見ているか?
・因みに、日本の原子力産業は米国のそれと事実上、一体化しているので、日露の原子力協力は日米露3カ国の戦略的パートナーシップに発展する可能性を秘めている。


まず何故、このような質問を行ったかを説明しよう。前述の通り、前半部に「欧州とアジアの中のロシア地政学的方向性の新しい文脈―アジアへ向かうのか、欧州へ回帰するのか-」と題するセッションがあった。この中で特に興味深かったのは、オバマ米政権下で対米欧関係が安定化してきたこともあり、ロシア外交の中長期の課題として、今後の露中関係に議論が集中したこと。しかも、その選択肢は「中国と組むか、欧州との統合をめざすかの二者選択しかないない」と言わんばかりのやり取りが繰り広げられたのだった。

そこで筆者は、アジアをアジア太平洋と言い換えた上で、日本から見た同地域におけるロシア外交のトレンドとして、以下の3点を指摘した。

・日本企業も参加するサハリン2のLNGプロジェクトに代表されるように、従来、欧州中心だったロシア産石油・天然ガス市場はアジア太平洋地域へと多角化する方向にある。
・ロシアの外交ツールとして原子力の役割が増大している。その具体例として日本との原子力協力やベトナムでの第1期原発建設計画の受注が挙げられる。
・ロシアはアジア太平洋地域におけるパワーバランスの変化を自らの利益のために利用し始めている。具体的には南シナ海の南沙・西沙諸島の領有権をめぐり、中国とベトナムの関係が緊張するなかで、ロシアはベトナムにディーゼル型潜水艦6隻の売却で合意している。


つまり、筆者の言わんとしたのは「ロシア外交は既に欧州中心からアジア方面への多角化を進めているだけでなく、それ自体も今や中国一辺倒では決してなく、アジア太平洋地域の枠内で、多角化の方向に舵を切っている」ということだった。

さて、ここでプーチン首相への質問に立ち返ろう。筆者が同首相に行った問い掛けは、実はここでの指摘を踏まえたもの。より具体的に言えば、

・ロシアが南シナ海の南沙諸島・西沙諸島の領有権を巡り、中国と利害が対立するベトナムに対して、同国初のディーゼル型潜水艦6基の売却で合意し、また、その延長線上でベトナムでの原発建設計画の第一期工事を受注している。
・これにより、アジア太平洋地域におけるロシアの戦略的利害が、中国のそれとは、否が応にも一線を画する文脈が生まれた。
・逆に、ここでのロシアの立ち位置は、尖閣諸島のある東シナ海や南沙諸島・西沙諸島のある南シナ海での中国の影響力の高まりを懸念する日米の戦略的利害と一致している。
・従って、この戦略的文脈の中に、日露関係を置き直して、協力の可能性を探るべきではないのか?
・例えば、ロシアが第一期工事の受注を確実にし、日本もまた第二期工事の受注を目指しているベトナムでの原発建設計画を巡り、日露両国が一定の協力関係の構築を目指してみてはどうか?


との提案を暗に込めたものだったのである。

さて、これに対するプーチン首相の応答は次のようなものだった。

・日露関係全般については、自分は決して悪い状況にあるとは思っていない。極東・サハリンでの協力やトヨタの進出など、良い方向に向かっていると感じている。
・原子力分野について言えば、ロシアは今後、28基の原子力発電所を国内に建設する計画である。
・また、中国やインドでも原子力発電所の建設を行っており、欧州では独シーメンス社とアライアンスとまで言える関係にある。
・一方、日本との間では、天然ウランを巡って競合関係にある。日本が技術的にも素晴らしいことは認識している。
・ロシアは「ファイナンス、原発の建設、核燃料の供給、使用済み核燃料の引き取り」という4つの条件をパッケージとして提案している。
・日露でどんな協力の可能性があり得るか、キリエンコRosatom総裁に考えるよう伝えておく。


ここで、日露原子力協力に関するこれまでの経緯をざっと振り返っておこう。 *4 09年5月、プーチン首相が来日した際、日本はロシアとの間で原子力協力協定に調印している。 *5 06年以降、資源エネルギー庁の全面的な支援の下、日本企業がカザフスタンでのウラン鉱山の開発権益を相次いで獲得。日露原子力協定の締結は、カザフ産天然ウランの濃縮役務を、地理的にも近く、世界最大のウラン濃縮の余剰能力を有するロシアに委託することを大前提としたものである。日本企業が参加するカザフでのウラン鉱山プロジェクトの内、特に重要なのは、東電、中部電、東北電、九州電力、丸紅、東芝が参画するハラサン鉱山プロジェクトである。 *6

その一方で、今年8月には、東電・東芝・国際協力銀行3社は、露国営ウラン事業会社ARMZ社の攻勢を受けて、カザフに大きなウラン権益を有するカナダ法人ウラニウム・ワン社への経営参加方針の撤回を余儀なくされている。 *7 ヴァルダイ会議でプーチン首相が「日本との間では、天然ウランを巡って競合関係にある」と指摘したのは、この一件を念頭に置いたものと見て間違いないだろう。

とはいえ、カザフのウラン権益を巡る日露間の競合関係が、上記ハラサン鉱山プロジェクトに及ばない限り、依然として、原子力分野での日露の協力関係の構築は可能である。実際、それを大前提として、この7月、日本企業がカザフで調達する天然ウランをロシアのウラン濃縮施設で濃縮し、それを更にロシア極東港経由で日本を含むアジア太平洋地域に輸送する所謂「ロシア極東港ルート」のFSを実施する計画を資源エネルギー省が発表している。 *8 更に、日露間では、日本国内外にロシアから調達した濃縮ウランを備蓄するプロジェクトも進行中である。

さて以上を踏まえた上で、筆者が提案するベトナムでの日露原子力協力にはどのような形があり得るだろうか?

前述の通り、ロシアは同国での原発建設計画の第一期工事を受注済みだが、これに対して、我が国も、第二期工事の受注を期して、今年、資源エネルギー庁主導の下、東電、関電、中部電、三菱重工、東芝、日立の6社が出資する日本連合の新会社「国際原子力開発」を設立。そして、10月31日、菅直人首相とベトナムのズン首相は、同社が第二期工事を受注することで合意した。

これにより、ベトナムでの原子力計画を巡る日露協力への扉は開かれたといってよい。日本がカザフで調達した天然ウランをロシアで濃縮し、極東ルートでアジア太平洋地域まで運んだものを、日本経由で、ベトナム向けの核燃料として供給するということが可能になるからだ。その延長線上で、将来的には、前述した濃縮ウランの備蓄施設をウラジオストック等の極東地域に日露共同で建設するということも一考に値しよう。

また、ロシア極東からベトナムへの核燃料の海上輸送が始まれば、東シナ海、南シナ海のシーレーンの確保という点でもロシアと日米の利害は一致する。この10月、ロシア海軍司令官がかつてベトナムのカムラン湾にロシアが保有していた海軍補給基地を復活させる可能性を示唆しているが、今後、日本も米国との緊密な連携の下、南シナ海問題に積極的に関与していくことになろう。

筆者が、今こそ、日露関係をより広い戦略的な文脈に置き直すべきでは、とプーチン首相の問い掛けた真意は、まさにここにあったのである。(了)



*1 :ノーボスチ通信の他に、ロシア外交国防政策評議会、英語情報サイトRussia Profile、外交安全保障問題専門誌Russia in Global Affairs、露英字紙Moscow Newsが共催。
*2 :招待者数(全体/国別)を見ると、全体で97。国別では、Russia 43、米国12、英国11、フランス9、ドイツ4、ポーランド3、中国3、イタリア2、カナダ1、チェコ共和国1、スロバキア1、ハンガリー1、日本1、トルコ1、イスラエル1、イラン1、ウクライナ1、グルジア1。
*3 :なお、ヴァルダイ会議の参加者は、その直後にロシア中部のヤロスラブリで開催されたドミトリー・メドベージェフ大統領主催の国際会議への参加もアレンジされ、一部が参加したが、筆者は日程の都合上、これに参加しなかった。
*4 :東京財団ウェブサイト掲載・論考「日露原子力協定締結はわが国の原子力政策の国際化に向けた第一歩」(http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=139)を参照。
*5 :日本政府筋によると、日露原子力協定は現在、来年の通常国会への提出に向けた準備作業が関係者間で進められている。
*6 :2007年9月25日付け九州電力プレスリリース(http://www.kyuden.co.jp/press_h070925-1.html)を参照。
*7 :2010年8月9日付け東芝プレスリリース(http://www.toshiba.co.jp/about/press/2010_08/pr_j0901.htm)を参照。
*8 :2010年7月23日付け資源エネルギー庁ウェブサイト(http://www.enecho.meti.go.jp/info/tender/tenddata/1007/100723a/100723a.htm)を参照。

    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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