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畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ(8)日本の新型MDシステム導入懸念表明に込められたロシアの対米シグナル(下)

April 5, 2018

研究員
畔蒜泰助

わが国が導入配備を決定した陸上発射型のミサイル防衛システム「イージス・アショア」に対して、「ロシアに直接の脅威を与えるもので、両国間の平和条約にも悪影響を及ぼす」とザハロヴァ報道官が述べるなど、ロシア側がこれに強い懸念を表明していることは前回の拙稿で述べた。またこの背景に、冷戦時代の1987年に米ソ間で締結された中距離核戦力全廃条約(INF条約)違反問題をめぐる米国とロシアの対立があることも指摘した。

米国はオバマ政権時代の2014年から、ロシアがINF条約で禁止されている中距離射程(500~5,500km)の陸上発射型巡航ミサイルの実験を行っていると指摘していたが、2017年2月、トランプ政権は、ロシアが中距離射程の陸上発射型巡航ミサイル「ノヴァトール 9m729(NATOでの呼称はSSC-8)」の実戦配備を開始したと、これを公式に批判した。

これに対して、ロシア政府は自国のINF条約違反を否定するとともに、2016年に米軍・NATOがルーマニアに配備した陸上発射型のミサイル防衛システム「イージス・アショア」のソフトウェアなどに若干の修正を加えれば、中距離射程をもつ米軍の巡航ミサイル「トマフォーク」が発射可能であり、これは事実上のINF条約違反であるとして、米国への逆批判を展開している。 [1]

「イージス・アショア」に疑心暗鬼のロシア

そして今回、わが国が同じ「イージス・アショア」の導入・配備 [2] を決めたことから、これに米国の巡航ミサイル「トマフォーク」が搭載・発射される可能性を含めて、ロシアは強い懸念を表明し始めたのである。

日本政府は「日本に導入・配備される『イージス・アショア』は自衛隊が運営・管理するものであり、これが米軍の『トマフォーク』の発射台として使用されることは絶対にない」と繰り返し説明しているが、ロシア側はこれを頑として受け入れず、本件に関する両国の協議は平行線をたどっているという。

このような状況に、日本政府関係者は「米ロ関係の劇的な悪化を背景に、ロシア軍は米軍に対して疑心暗鬼の塊となってしまっている」となかばお手上げ状態とも聞く。

だが、筆者はこのロシア側の頑なな態度の裏には、米国へのある戦略シグナルが込められているのでは、との仮説をもっている。どういうことか? ここで時計の針を13年前まで戻してみたい。

13年前には米ロ間に存在した南からの脅威に対する共通理解

2005年1月、ロシアのセルゲイ・イヴァノフ国防相(当時)がワシントンDCを訪問し、米ブッシュ政権のドナルド・ラムズフェルド国防長官(当時)と会談した。この場でイヴァノフ国防相が、「もし、ロシアがINF条約から脱退したら、ブッシュ政権はどのように反応するか?」と打診すると、ラムズフェルド長官は、「気にしない」とこれに反対しなかったとのマスメディア報道がある。 [3]

この件について、筆者は2010年12月、東京財団が米ジャーマン・マーシャル・ファンド(GMF)と共催した日米欧東京フォーラムに参加したある元米政府高官に事の真偽を尋ねたことがある。彼は2005年当時、ラムズフェルド国防長官の部下として国防総省に勤務していた人物だったからだ。その答えは次のようなものだった。

それは本当だ。当時、米ロの間には(ロシアにとって)南からの脅威について共通の理解があった。それはイラン、パキスタン、そして中国である。

つまり、ロシア自身がINF条約からの脱退の可能性を米国に打診し、一定の理解を得ていたのだ。この2005年当時、ロシアがINF条約からの脱退を真剣に検討していた最大の理由は、やはり中国に対する核抑止力の強化が念頭にあったからであろう。というのも、INF条約に拘束されない中国は中距離核ミサイルでモスクワを標的にできる。一方、ロシアは中距離核ミサイルを保有できないので、現在、中国と国境を接する東方軍管区にある4つのミサイル旅団に短距離核ミサイルを配備しているが、これでは北京には届かない。 [4] 現在のところ、ロシアが保有する北京を攻撃可能な核ミサイルは、オホーツク海に配備された原子力潜水艦搭載のSLBMのみなのである。 [5]

ロシアがINF条約からの脱退を思いとどまった理由

では、なぜこの時、ロシアはINF条約から脱退しなかったのか? そのヒントは、2006年12月にラムズフェルドの後任として米国防長官に就任したロバート・ゲーツの回想録の中にある。これによると、2007年2月、ゲーツ国防長官と会談したイヴァノフ国防相はやはりINF条約からの脱退問題について、次のようなやりとりを交わしている。

イヴァノフ 「現在、中距離ミサイルを配備できない国は世界で米国とロシアだけなのは皮肉なことだ。(ロシアがINFから脱退したとしても)欧州には配備せず、イラン、パキスタン、中国に対抗するために南と東に配備したい」

ゲーツ 「もし、ロシアがINF条約を破棄にしたいと思うのであれば、それはロシアの判断ですが、米国はこれを支持しません」 [6]

つまりこういうことだ。ロシアとしては、イラン、パキスタン、中国からの脅威への抑止力を確保するためにロシア南部並びに東部に中距離ミサイルを配備したいが、欧州方面については、現状のままINF条約を維持したい。というのも、冷戦時代、米国が欧州地域に配備した中距離核弾道ミサイル「パーシングⅡ」は、その距離の近さと命中精度の高さから「ロシアの頭に突きつけられた拳銃」と恐れられ、当時のソ連にとって大きな脅威の対象だったからである。

とすれば、ロシアにとっての理想のかたちは、米国と合意のうえで、欧州地域では中距離ミサイルをめぐる禁止条項を維持する一方、東アジアをはじめとするそれ以外の地域では一定の条件のもとでこれを解禁とするかたちでINF条約を改定すること。だが当時、おそらく米国との間でそこまで突っ込んだ議論には立ち入ることなく、同条約からの一方的な脱退で得られる戦略上のメリットとデメリットを勘案して、脱退を見送ったのであろう。

米太平洋軍司令官も警鐘を鳴らす中国による中距離ミサイルの脅威

実は、東アジアでの中距離ミサイルの解禁を訴えているのは、ロシアだけではない。今年2月に、トランプ政権下で米駐豪州大使に指名された米太平洋軍のハリー・ハリス司令官(海軍大将)もまた、一度ならずこの点に言及している。

2017年4月、米上院軍事委員会で証言を行ったハリス司令官は概略、次のように述べている。 [7]

  • 米国はINF条約を遵守しているが、ロシアは通常兵器、すなわち巡航ミサイルの分野でこれに違反している。
  • 米ロ以外の国はそもそもINF条約に従う義務はないし、実際に従っていない。
  • 我々が懸念する中国による中距離射程のミサイル開発プログラムは2つある。一つはDF-21対艦弾道ミサイル、もう一つはDF-26対艦・対地弾道ミサイル「グアム・キラー」の開発プログラムである。
  • 一般的に言って、INF条約には核兵器の保有を制限するという良い側面があるが、中国や他の国々の陸上発射型ミサイルに我々が対抗する能力を制限するというのは問題である。
  • 中国は超音速巡航ミサイルの開発に投資をしており、米国もこれに対抗するために同様のミサイルを開発すべきだが、INF条約の規制に突き当たってしまっている。
  • 私はINF条約から一方的に脱退すべきとは言わないが、その内容を再交渉すべきである。

また、ハリス司令官はトランプ政権発足後の2018年3月の米上院軍事委員会でも概略、次のように証言している。 [8]

  • 今日、中国が西太平洋における米軍基地や戦艦を脅かす陸上発射型弾道ミサイルを保有しているという一方、米国はINF条約を遵守しているがために、中国を脅かす陸上発射型弾道ミサイルを保有していない。そのため、中国に対して不利な立場にある。
  • また、中国もロシアも超音速ミサイルの開発で米国より先行している。
  • トランプ政権はINF条約を維持しつつ、中国(のミサイル開発)が提起するこれらの欠陥を克服する方法を検討すべきである。

東アジアでの中距離ミサイル解禁で米ロの利害は一致するが

つまり、ハリス司令官もまた、INF条約は完全には破棄しないまでも、東アジアでは中距離ミサイルが配備可能なかたちに改定する方向で、ロシアと再交渉すべきと訴えている。そして、ロシア側もこれについてまったく異論はないのである。

そうであれば、わが国による陸上発射型の新型MDシステム「イージス・アショア」の導入・配備決定に対して、「米国の巡航ミサイル『トマフォーク』が搭載・発射される可能性があり、INF条約違反である」とのロシア側の主張を額面どおりには受け取るべきではないだろう。なぜなら、ロシア自身が本音では中国の中距離ミサイルの脅威を念頭に、東アジアでの中距離ミサイル配備を解禁するかたちでのINF条約の改定を望んでいるからだ。

問題は、プーチン政権のみならず、米太平洋軍司令官もまた、東アジアでの中距離ミサイル配備の解禁で利害が一致しているにもかかわらず、ここにきて米ロ関係が悪化 [9] の一途を辿っている。とりわけワシントンでは米国の内政問題にも多分に起因する反ロシア感情が渦巻いており、ロシアとの間で冷静にこのような戦略対話 [10] を行う環境が米国側にまったく整っていないことだ。

以上を踏まえると、わが国による「イージス・アショア」の導入・配備決定へのロシア側の強い不満の表明は、そんな米国の現状に対する苛立ちの表れであると同時に、INF条約の改定に向けた戦略対話を米国に呼びかけるシグナルの一環なのではないか。また、そんなプーチン・ロシアからすると、日ロの平和条約締結問題も、単なる二国間の問題などではなく、中国の急速な台頭を受けた東アジア地域における新たなバランス・オブ・パワー(勢力均衡)に基づく秩序の形成をめぐる米中ロ間の戦略ゲームの一環でもあると言えるだろう。

では、そもそもロシアはどのような東アジア秩序の形成を目指しているのか? また、そこにおいてわが国とどのような関係の構築を望んでいるのか? これについては、また別の機会に詳述しよう。

本記事の内容な筆者個人の見解であり、所属先とは無関係である。

▼畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチは こちら


[1] 2018年にも同じ「イージス・アショア」がポーランドにも配備される予定。なお、これがINF条約違反になり得る可能性については、米政府元高官も認めている。Steven Pifer, Arms Control, Security Cooperation And U.S.-Russia Relations. #78 Valdai Papers, November 2017.

[2] 山口県と秋田県への配備が検討されている。

[3] Russia confronts US on nuclear arms pact. Financial Times, 05 March 2005.

[4] Guy Plopsky, Why Is Russia Aiming Missile at China? The Diplomat, 12 July 2017.

[5] 2003年、同原子力潜水艦が寄港するカムチャッカ半島ヴィルチンスクの原子力潜水艦基地の閉鎖をロシア軍参謀本部が資金欠如を理由に提案したことがある。ところが、これをプーチン大統領が却下し、翌2004年、ロシア政府はプーチン大統領自身の監督のもと、同基地の修繕に着手した。Vassily Kashin, The Sum Total of All Fears. Russia in Global Affairs, 15 April 2013.

[6] Robert Gates, Duty : Memoirs Of A Secretary At War (Washington, Alfred A. Knopf, 2014: Kindle版) P153.

[7] PACOM : U.S. Should Renegotiate INF Missile Treaty to Better Compete with China. UNSI.News, 27 April 2017.

[8] PACOM Chief : INF Treaty Has Degraded U.S. Edge Over Chinese Missile Technology. The Washington Free Beacon, 15 March 2018.

[9] トランプ政権下での米ロ関係の推移については、以下の記事を参照されたい。

畔蒜泰助「プーチン大統領が目指す米国との戦略的関係 次の6年で冷戦時代に戻るのか、微妙な安定か」2018年3月29日付け「東洋経済Online( https://toyokeizai.net/articles/-/213536

[10] 2018年3月11日、プーチン大統領は毎年恒例の年次教書演説の中で、ロシアが開発を進める複数の新型戦略兵器について異例のプレゼンを行ったうえで、新たな軍備管理交渉の開始を米国に呼びかけた。そこには中国に対する戦略シグナルも含まれていた。これについては、以下の記事を参照されたい。

畔蒜泰助「米中2極時代の到来は許さない」2018年3月29日付け「日経ビジネスオンライン」( http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/030100205/032800003/

    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
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    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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