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畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ(6)北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐる米中露の三角関係

August 23, 2017

畔蒜泰助
研究員

はじめに

北朝鮮の金正恩主席は、今年7月4日と7月28日に相次いで米国本土の一部に到着可能なICBM(大陸間弾道ミサイル)と推定されるミサイル発射実験を行ったうえ、グアム近海へのミサイル打ち込みの可能性も示唆した。これに対して、米国のトランプ大統領も「炎と激しい怒りに直面する」と発言するなど、激しい言葉の応酬を繰り広げ、米朝関係は緊迫の度合いを増している。

ところで、北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐっては、まずは経済的な締め付けや米韓軍事演習の実施など北朝鮮への圧力を重視する米トランプ政権と、北朝鮮のみならず、米国側も、緊張感の緩和のために一歩踏み出すべきと主張する中国並びにこれに同調するロシアの間に、明確な立場の違いがある。

ただし、今年に入り、一見、一枚岩に思える北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐる中国とロシアの連携関係にも微妙なニュアンスを垣間見せる瞬間があった。それはどのタイミングだったのか? 本稿では、その背景と合わせて分析する。

対北朝鮮・国連安保理決議をめぐるロシアの立場が微妙に変化

まず、ロシアは今年に入って国連安保理での北朝鮮への非難決議案に二度反対し、その発表を事実上、阻止した事実を確認したい。

  1. 北朝鮮は故金正日主席の生誕記念日(4月15日)に平壌で大々的に行われた軍事パレードの翌16日、中距離弾道ミサイルと推定されるミサイル発射実験を実施した。実験は失敗に終わったが、国連安保理は4月19日、米国がまとめた北朝鮮に対する非難決議案を常任・非常任メンバー15カ国の全会一致で決議しようとした。 中国はこれに賛成したにもかかわらず、ロシアがこれに反対票を投じ、否決された
  2. 北朝鮮は米国独立記念日の7月4日、ICBMと推定されるミサイル発射実験を実施した。これに対して、7月6日、国連安保理は北朝鮮に対する非難声明案を採択しようとしたが、このミサイルは中距離弾頭ミサイルの範疇に入るものであるとするロシア軍の評価に基づいて、ロシアはこの非難声明案への修正を求めた結果、まとまらず、非難決議の発表は見送られた。

ところが、北朝鮮が7月28日に実施した2度目のICBMと推定されるミサイルの発射実験を受け、ロシアの立場は一転する。

  1. 8月5日、国連安保理は2006年以来、8度目となる北朝鮮に対する国連制裁決議2371がロシアを含む全会一致で採決された。現在、30億米ドルある北朝鮮の輸出収入を3分の1以上減らすのが目的で、同国の主要輸出品である石炭、鉄、鉄鉱石、鉛、鉛鉱、海産物は禁輸となる。また、 北朝鮮労働者の数も現状以上には増やさないことが合意された

露中関係において北朝鮮問題をめぐる主導権は中国にある

北朝鮮の核・ミサイル開発問題に対する一連のロシアの動きをどう理解すべきか? 筆者がヒヤリングした二人のロシア専門家は、「北朝鮮の対外貿易の約90%を占める中国とは異なり、ロシアには北朝鮮情勢を大きく左右する影響力はない。よって ロシアは北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐる主導権を基本的に中国に委ねている 」という見方で一致している。ただし、そこには微妙なニュアンスもある。上記1.~3.のケースを検証してみたい。

まず、ケース1. の最大の疑問は、ロシアが北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐる主導権を中国に委ねているのだとしたら、なぜこの時、中国も賛成した国連安保理での対北朝鮮非難声明の採択にロシアだけ反対票を投じたのか、である。

この疑問に対して、ロシア人専門家Aは、「 前回の国連安保理での対北朝鮮制裁決議 [1] をめぐって、中国はロシアへの事前の根回しもなく、米国と交渉を行った。ロシアは中国のこの振る舞いに苛立っていた。おそらく4月の時にも中国は同じように振る舞った可能性が高い。よって、ロシアは中国に対するその苛立ちを拒否権の行使というかたちで表したのだと思う 」とコメントした。

ロシアに生じたトランプ政権下での米中接近への懸念

このロシア人専門家のコメントに関連して、筆者が注目するのは北朝鮮が中距離弾道ミサイル発射実験を行い、これに対する国連安保理での非難声明の採択が行われた4月16~19日というタイミングである。ここで直前の主な国際情勢を振り返ってみよう。

  • 4月3日、シリアのイドリブでアサド政権による化学兵器使用疑惑が勃発した。
  • 4月7日、米トランプ政権はシリアに対して、巡航ミサイル「トマフォーク」による軍事攻撃を実施した。
  • 4月6~7日、中国の習近平主席が米国を訪問し、トランプ大統領との間で初めての首脳会談を行った。同首脳会談で、トランプ大統領は中国との貿易不均衡問題を取り上げつつ、北朝鮮核開発をめぐり、同国への一層の影響力の行使を要請した。なお、米軍によるシリアへのミサイル攻撃の実施は、4月6日(米国時間)のトランプ-習近平首脳会談の最中のことだった。
  • 4月12日、国連安保理において化学兵器使用をめぐるシリアのアサド政権への非難決議案の採択が行われ、ロシアがこれに拒否権を行使し、否決された。 ところが 2011 年以来、ロシアと共に、6回のシリアに関する国連安保理での決議案のすべてに拒否権を行使してきた中国は、この時、初めて棄権票を投じた [2]

つまりこういうことだ。米国におけるトランプ政権の誕生を受けて、この当時、プーチン政権要路とその周辺には、対IS、対イラン、そして対中国という文脈の中で、米国がロシアとの関係改善に向けて動き出すのでは、とのある種の期待があった。 [3] ところが、蓋を開けてみると、いわゆる「ロシアゲート」の勃発で、トランプ政権の対ロシア関係改善のために打てる政策の余地が大幅に狭められたのみならず、最も米露協力の可能性が高いと思われたシリアでの「対テロ」をめぐっても、この米軍によるミサイル攻撃により、暗雲が立ち込め始めた。 [4]

そんな米露関係の足踏みを横目に見ながら、中国の習近平国家主席は米トランプ大統領との初めての首脳会談の機会をとらえ、むしろ中国側から米中関係の改善を積極的に働きかけた。その表れが、 4 12 日のシリアのアサド政権に対する非難決議案への棄権票と 4 19 日の北朝鮮に対する非難決議案への賛成票だった のではないか。前出のロシア人専門家Aによると「 この当時、ロシアの外交・安全保障サークルの要路は、これら一連の中国の動きに大きな疑念を抱いていたのは事実だ 」という。だとすると、ロシアによる同じ北朝鮮に対する非難決議案への拒否権の行使は、そんな中国の動きへの“牽制球”だった可能性が高い。

露中間の溝を埋めた「朝鮮半島問題に関する露中共同声明」

そして、ロシアが中国に向けて投げ込んだこの“牽制球”は露中関係において一定の効果を表す。それがケース2. とケース3. である。具体的に見ていこう。

米トランプ政権はその発足直後から、「一つの中国」政策の見直しや対中貿易不均衡の是正のため経済制裁措置の発動の可能性を示唆しつつ、北朝鮮の対外貿易の約9割を占める中国に対して、同国への圧力を強化するよう求めるメッセージを発し続けた。

前述の通り、4月に行われた米中首脳会談での合意を受けて、6月21日、初めての米中外交・安全保障対話(the U.S-China Diplomatic and Security Dialogue)がワシントンDCで開催された。 [5] 同対話の終了後、記者会見を開いた米国側の発表によると、国連決議で制裁対象になっている北朝鮮企業との取引を控えることで一致した。また、中国側に北朝鮮への一層の圧力をかけるよう迫ったという。一方、中国側はこの記者会見には参加せず、米国側が意欲を示した共同文書の作成も見送られた。また、中国メディアの報道 [6] によると、北朝鮮核開発問題について、中国側はいわゆる “dual suspension”提案を主張したという。

ここで、この中国提案について確認しておこう。話は米中首脳会談前の2017年3月8日に遡る。この日、中国の王毅外相が記者会見の中で、「双停」、英語で言えば“dual suspensions”とでも訳すべき北朝鮮核開発問題の解決に向けた中国の新アプローチを発表した。その要諦は、北朝鮮がその核実験並びにミサイル実験を凍結するのと引き換えに、米国と韓国も大規模な軍事演習を中止するというものである。いずれにせよ、圧力重視の米国側が、米中外交・安全保障対話において、この中国提案を真剣に検討した気配はなく、北朝鮮核開発問題をめぐる米中間のアプローチの違いが浮き彫りになった。

そんな米中外交・安全保障対話からわずか数日後の6月27日、ロシア外務省が発表したのが、朝鮮半島問題の解決に向けた「ロードマップ」提案である。モルグロフ外務次官によれば、これは前提条件なしの北朝鮮との対話に向けた段階的な計画であり、中国側とも調整を行なっているという。 [7]

前述の通り、北朝鮮は7月4日に最初のICBM発射実験を行った。この日は米国独立記念日であると同時に、G20サミットが開催される独ハンブルグに向かう途中、習近平国家主席がモスクワに立ち寄り、プーチン大統領との間で、露中首脳会談を実施した日でもあった。そして、この露中首脳会談に合わせて発表されたのが「朝鮮半島問題に関するロシア外務省と中国外務省による共同声明(以下、「朝鮮半島問題に関する露中共同声明」)」である。これは、中国側がかねてから主張する “dual suspension”提案にロシア側の「ロードマップ」提案を組み合わせた中露“共同”提案とでもいうべき内容であり、その後半には、北東アジア地域におけるミサイル防衛システムTHAAD配備には、露中両国共に反対することも明記された。

さて、前述のケース1. と同様にケース2. でも、北朝鮮による最初のICBM発射実験の実施に対する国連安保理での北朝鮮非難決議案は、ロシアがこれに修正を求めたことで、まとまらず、その発表が見送られた、と述べた。だが、 このミサイル発射実験の当日 7 月4日に行われたプーチン-習近平首脳会談に合わせて「朝鮮半島問題に関する露中共同声明」が発表されたことで、ケース 1. の背景ともいうべき、今年 4 月の米中首脳会談後に露中間に生まれた溝は埋められた と言って良い。

ロシアが重要視する極東地域開発と北朝鮮労働者


さて、そもそも北朝鮮に対するロシアの主要な関心事は何か、との筆者の問いに対し、ロシア 人専門家Bは、「主に経済的利害である。特に優秀な北朝鮮労働者の確保は、極東地域開発にとって重要な要素になっている。その意味からも、ロシア政府は、朝鮮半島における軍事衝突の結果、大量の不法難民が極東地域に流入し、組織犯罪が横行するなどの事態を非常に懸念している」と述べた。

なお、前述の通り、ケース3. では、7月28日の北朝鮮による2回目のICBMの発射実験を受けて、8月5日、国連安保理においてロシアを含む全会一致で北朝鮮に対する新たな制裁決議が可決された。前出のロシア専門家Aによれば、「今回の国連安保理での制裁決議の採択は、米中間の数カ月にわたる交渉の結果である。ただし、 4 月の非難決議案の採択の時と違い、ロシアは中国から事前に相談を受けた。その結果、この制裁決議には 、中露が重要視する6カ国協議の再開を含む北朝鮮との対話を必要性が盛り込まれた他、 ロシアの個別の利害も考慮され、現状レベルの北朝鮮労働者は容認するとの一項が挿入された 」という。

米中露の三角関係と日露関係へのインプリケーション

北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐる中国とロシアの間の主導権は前者にあることは間違いなく、ロシアは自国の利害の確保を最優先に置きつつも、そのことをロシア自身は十分に自覚している。

またそうであるが故に、ロシアは、この問題で中国がロシアの利害を無視するかたちで米国とディールを行ってしまうのではないか、一抹の懸念を抱いている。4月19日の国連安保理での北朝鮮非難決議へのロシアの拒否権の行使は、そんなロシアの懸念の表れと言えるだろう。

そして、その後のロシアの動きを見ると、同問題をめぐる中国の立場にロシアのそれを積極的に接近させることで、中国を米国から引き離そうとしている意図が伺える。当面、米露関係の改善が見通せない状況にあっては、尚更である。

ただし、ロシアが必要以上に米国との対立を望んでいるわけではない。プーチン大統領はまだウクライナ危機が勃発する以前の2011年10月、ロシアの国営放送とのインタビューの中で、次のように述べたことがある。

「中国の野心は隣接領土の天然資源なんかではなく、グローバルな指導的地位を獲得することである。我々はこれについて中国と争うつもりはない。中国にはこの分野で別の競争相手がいるので、彼らの間で白黒つけさせればよい。西側のパートナー達は中国の脅威を言い立ててロシアを脅そうとするが、 ロシアの目標は、高まりつつある中国と米国のライバル関係に完全に関与するのを回避しつつ、第三者としての利益を得ていくことだ

クレムリンに近いロシアの外交・安全保障サークルは、今後の国際政治を米中露の三角関係の中で読み解こうとする傾向がある [8] が、その一方で、ロシアには米中と互角に張り合うだけの国力が、特に経済力の面で備わっていないことも彼らは十分に理解している。そこにこそ、日露関係の可能性があるのだが、日米同盟という文脈の中で、ロシアとの距離感の取り方が難しいのも事実である。わが国としては、今後の米中露の三角関係の動向を慎重に見極めつつ、難しい領土問題では早期決着は焦らずに、まずは可能な分野・問題からロシアとの関係を深めていく政策が求められよう。


[1] 2016年11月30日に採択された対北朝鮮国連安保理制裁決議2321

[2] China’s Split With Russia on Syria Signals Warmer Xi-Trump Ties. Bloomberg. Apr. 13, 2017

[3] なお、ロシアがそのような米国の動きを期待するということと、ロシアの外交・安全保障戦略上、米国との関係改善のためにイランや中国との関係を犠牲にする余地がどこまであるかという議論は、また別である。ただ、米国が対中国という文脈の中で、ロシアとの関係改善に動き出せば、米中露の三角関係の中で、ロシアにとって対中戦略上も、現状よりも有利な状況が生まれる。ロシアが期待したのは、そのような戦略的状況である。

[4] その後、シリアをめぐる米露「対テロ」協力は継続されることになる。詳細は本連載 (4)シリア「対テロ」での米露「協調」は再開へ を参照されたい。

[5] 日米間における外交・防衛閣僚協議(2+2)に相当。米国側からはティラソン国務長官とマティス国防長官が、中国側からは楊潔篪国務委員と人民解放軍の房峰輝統合参謀部参謀長が参加。

[6] China, US hold fruitful security talks. China Daily. June 22, 2017.

[7] ロシア外務省の発表によれば、モルグロフ次官は7月6日、ワシントンDCでジョセフ・ユン米国務省北朝鮮担当特別代表とも会談し、北朝鮮核開発問題について意見交換を行っている。

[8] 2017年4月、露ヴァルダイ・クラブが中国側と共催した国際会議での議論を参照。 http://valdaiclub.com/events/posts/articles/potential-for-relations-in-the-china-russia-us-triangle/

    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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