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オバマ大統領の一般教書演説が指し示す傾向

April 2, 2014

渡部 恒雄 上席研究員

2014年1月29日、オバマ大統領は恒例の年頭の一般教書演説を行った。一言でいえば、「控えめで」(modest)「内向き」(inward looking)ということになろう。今年は、オバマ政権にとっては、最後の中間選挙を控えており、共和党がコントロールする下院との確執もあり、アジェンダ自体が、有権者の望む内政志向になるのは、オバマ政権だけではなく、これまでの米国政権に共通してみられることではある。

しかし、その解決方法が、「議会とともに協力して」ではなく、むしろ、議会には頼らずに、「大統領令を使い行政府が独自に行動する一年にする」というのがオバマ大統領の発したメッセージだった。これは、かなり特異なメッセージといえる。昨年に政府の財政支出の上限をめぐり、政府の窓口閉鎖を人質にした議会と行政府との不毛な戦いには、一般有権者は批判的である。オバマ政権の支持率も40%前半、不支持は50%に迫り、かならずしも強くないが、一方で議会への支持率は、10%代半ばという政治不信の構造が米国に定着している。内政重視のメッセージにも関わらう図、今回のオバマ大統領の「我が道を行く」演説をTVで視聴した有権者の評価は、前回の一般教書演説よりも悪かった。

一般教書演説直後のCNNの世論調査では、「とても前向き」(VP, Very Positive) 44%で、 「どちらかといえば前向き」(SP, Somewhat Positive) 32%だった。2013年の一般教書演説についてみれば、VP は53%SP 24%で、2009年のオバマ就任直後ではVP 68%、SP 24%という高い数字だった。さらに、ブッシュ(子)大統領の二期目の中間選挙の年、2006年の同世論調査では、VP 48%、SP 27%と、なんと今年のオバマ大統領への数字よりも高いのである。この年のブッシュ政権は、イラク戦争の戦後処理失敗や保守的な政権運営などへの世論の批判が高まり、かつてないレイムダック(死に体)といわれていた時期である。いかにオバマ政権の求心力が低下しているかが、わかるだろう。

景気回復の実感のなさ

米国の経済は、数値的には必ずしも悪くないのだが、それが、景気の実感や将来の希望につながっていないことが、米国民とオバマ政権の悩みだ。オバマ大統領は一般教書演説の中で、過去5年で失業率は最低で、住宅価格も上がっており、国内での雇用も増えていると説明する。しかし、そのような事実とは別に、オバマ大統領は、ピザチェーンの経営者と従業員を会場に招待し、時給を10ドルにあげたことを称え、政府の臨時雇用者の最低賃金を、7ドル25セントから10ドル10セントに上げることを訴え、民間の最低賃金の上げを求めた。またオバマ大統領は、経済が成長しても、むしろ社会の格差が広がっていることを取り上げた。これは、きわめて、民主党左派的なアジェンダであり、共和党のアジェンダとの歩み寄りは不可能だろう。ウォールストリートジャーナルが、分析記事で、幼児教育の充実、法人向けの税控除の朱首相、雇用の創出、雇用のための職業訓練などの、オバマ大統領の論点は、民主党や無党派層の支持を狙って、中間選挙向けのメッセージになっていると指摘しているが、そう受け取られても仕方がないほど、身も蓋もない、狭いターゲットに絞られたメッセージと言わざるを得ない。

これらの印象により、米国人全体の団結(union)を求める一般教書演説(英語ではState of Union Speechと呼ばれる)という本来の目的が失われたために、結果的に2008年の大統領選で、オバマ候補に期待した米国の団結力への期待を大きく損なうことになった。オバマ大統領は、少なくとも、2008年の大統領選挙や就任演説では、二つに分かれた米国の団結を強く訴えていたのに、今や、議会の協力は期待せずに、大統領令でやれることをやるといっているのである。

オバマ外交の方向性 中東の混乱

外交に関しての言及が少ないことも、今回の一般演説のスケールを小さくし、「大統領的」(presidential)でなくするマイナスの効果があった。しかも、メッセージの質が、あまり建設的ではない部分が耳についた。特に、イランの核開発断念と引き換えに、経済制裁を緩和する方向のディールに対して、議会が制裁強化の法案を出そうとしていることには、拒否権を行使するという断固たる姿勢を表明した。これは、イランとの合意に対して、いかに政治的に敵が多いかとともに、オバマ政権にとって、重要な外交課題であるかを示唆するものでもある。しかし、本来ならば、議会の協力と合意を求めるめる場で、議会の邪魔に拒否権を発動する、という演説内容は建設的ではない。しかも、イランが今後6ヶ月間で、合意を遵守するかについては、オバマ大統領自身が演説でも述べているように、楽観的な見方はできないのが現実だからだ。

一般教書演説では、イラクとアフガニスタンからの撤退を成果にし、シリアとイランについて言及したが、中東全域で、問題が悪化、山積している。イラクでは治安悪化が進み、1月3日には100人を超える死者を出す戦闘の末、14日、アルカイダ系の武装組織「イラク・レバント・イスラム国(ISIL)」がアンバル州のファルージャを制圧。これは、2007年ぐらいから進んだ「アンバル州の目覚め」という治安維持の進展が再度悪化している状況といえる。アフガニスタンでは、1月17日にレストランへのアルカイダ系の自爆テロで国連職員ら21人が殺害。1月26日に空軍士官学校のバスを狙ったテロにより、4人死亡22人が負傷した。

エジプトでは、ムスリム同胞団が非合法化され、シッシー前国防相が選挙に立候補する。米国は軍事援助の再開のかじ取りが難しい。シリアではジュネーブでの和平会議も膠着状況が継続で先がみえない。米国のイランへの制裁解除について、サウジとイスラエルは反発。ケリー国務長官が最優先課題として取り組むイスラエルとパレスチナ国家樹立という(Two State Solution)も先行き不透明である。

オバマ政権のアジア回帰政策はどう動く?

外交自体の言及が少ない中で、オバマ政権が打ち出ししてきたアジア回帰政策を裏打ちする部分は、「アジア太平洋では、同盟国を支持し、より安全で反映する将来の環境を形作る」という一般的な表現だけである。アジアの関係国には物足りなかったかと思うが、フィリピンの台風被害と米国の援助に言及したことで、南シナ海の領有権を巡り中国と激しく対決するフィリピンとの関係を示唆する程度にして、中国への言及を避けたのだろう。これにより、最低限、中国へのけん制の要素は入り、同時に中国を名指しせずに、あまり否定的なことをいわずに済んだ。昨年の中国によるADIZ(防空識別圏)の一方的な設定や、今年からの南シナ海などで、外交の漁船に中国の許可を義務付けたことを、米国は批判しているが、これにも言及しなかった。おそらく、中国の問題点を持ち出すと、日本と中韓の不毛な歴史認識や靖国をめぐる対立にも言及せざるを得ず、時間が限られている中で、多くをカットする判断をしたと思われる。

昨年12月26日の安倍首相の突然の靖国神社参拝は、中韓との関係悪化だけでなく、日米関係について、多くの関係者の懸念を呼ぶことになった。米国政府が安倍首相の参拝に「失望」という厳しいコメントをしたからである。しかも、昨年11月、スーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官はジョージタウン大学での講演で、「中国についていえば、大国関係の新しいモデルを運営することを求めている」“When it comes to China, we seek to operationalize a new model of major power relations.”と述べ、第一期オバマ政権に比べて、より中国寄りになったのではないか、という懸念が持たれた。

ただし、2月になってから、オバマ政権のアジア担当者のエバン・メデイロスNSCアジア上級部長や、ダニエル・ラッセルアジア太平洋担当国務次官補から、東シナ海での中国のADIZ(防空識別圏)の設定などの地域での挑発的な動きへの批判と、同盟国の日本との連帯を示す発言が、相次いでなされるようになってきた。 おそらく、弱体化したオバマ政権にとって、中国との紛争や、日中の不必要な紛争に巻き込まれることは、最も回避したいことだろう。世界のGDP第一位、第二位、第三位の日米中が深刻な軍事的緊張関係に陥った場合の経済への影響はきわめて深刻であり、内向きの米国民が最も嫌う展開となるからだ。オバマ政権にとっては、中国との首脳同士の交流や、米軍と中国人民解放軍との軍事交流などの信頼醸成措置も重要だし、「積極的平和主義」を唱える安倍政権が、アジアの地域安全保障について、限られた米国のリソースを補完してくれれば、それは大きく期待できる。なによりも、安定した日米同盟関係こそ、中国の冒険的行動を抑止することにもなるからだ。

ただし、安倍政権の歴史認識においては、アジアでの重要同盟国の韓国を中国寄りにさせてしまうことに対する米国の不満は大きい。北朝鮮の不透明な動きを睨み、米国のアジア外交も、日中それぞれの微妙な立場を考慮しながら、日本には日韓関係の改善を求めていくことになるのだろう。

以上

※本稿は2014年2月に執筆されたものを掲載しております。

    • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員
    • 渡部 恒雄
    • 渡部 恒雄

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