渡部恒雄 東京財団上席研究員、笹川平和財団特任研究員
2月10日に行われた日米首脳会談は期待以上に日本側のペースで進んだことは、その後の関係者の証言でもあきらかだ。トランプ大統領が選挙中に発言してきた日本との貿易赤字に対する厳しい発言や、同盟国の価値を軽視し、アメリカファーストという内向き志向を示していたことを考えると、安倍首相が安全保障面でトランプ大統領から引き出した内容は「満額回答」といわれたのも当然だろう。
しかし、はたして安倍・トランプ間で合意された米国の同盟重視路線の継続が、今後のトランプ政権全般の方向性になると考えていいのだろうか?とりわけ、ロシアとの関係改善をその中心に打ち出しているトランプ大統領が、欧州の同盟国とどのような関係を築くのかどうかはまだわからない。ただしアジア地域については、米国の従来どおりのアジアでのプレゼンスおよび同盟重視という方向性は見えてきた。
注目すべきは、日米首脳会談にさきがけて、トランプ大統領が中国の習近平首相と電話会談をして、自身の「一つの中国」の原則を疑問視する態度を転換し、それを尊重すると伝えて米中首脳会談に道を拓いたことだ。同盟国の日本や台湾にとっては、米中の極端な接近も心配だが、不必要に中国を刺激することも望まない。一方で、日米共同声明では、南シナ海などでの力による現状変更への試みに反対するという従来の米国の基本的な対中けん制路線も継承している。これは米国のアジア外交に大きな変更はないことを示唆している。中国や日本だけでなく、アジア諸国はトランプ政権の現実的な姿勢の継続に、一定の安堵をしたはずだ。
日本のもう一つの懸念は、トランプ政権のアジア政策において、どの程度、国内の雇用創出と保護貿易という要素が影響するかどうかだ。80年代から90年代前半に経験した「日米貿易摩擦」の再来は避けたい。今回の日米首脳会談で懸念が完全に払しょくされたわけではない。しかし、日本は経済協議が同盟関係に悪影響を及ぼさないような副大統領・副総理による新しい経済対話の設置に成功した。これも日本側のイニシアティブが大きかったようだ。今後も、時折吹き出てくる可能性がある国内雇用創出のための日本への「要求」や、大統領の不規則発言などを上手に封じ込めて、経済の対立を安保に飛び火させないの「枠組み」が設定されたことは重要だ。
トランプ政権全般の外交・安保政策を予測する上では、今回の首脳会談の前に、来日したジェームズ・マティス国防長官とのラインで合意した内容が、首脳会談に継続したプロセスは重要だ。これは、現実主義で同盟重視の国防総省が、ホワイトハウスに対して、強い主導権を持っていることを示唆している。これは世界の同盟国に朗報だ。おりしも、2月14日、マイケル・フリン国家安全保障担当補佐官が辞任したが、今後のトランプの外交・安保では、強い国防総省・国務省と弱いホワイトハウスという構図も予想される。
不確定要素は、ホワイトハウスに設置された国家通商委員会(National Trade Council)が今後の機能が不明な点だ。しかし、トップのピーター・ナヴァロ委員長は、明確な対中けん制派であり、同盟国重視のラインは変わらないだろう。その下に、ナヴァロ氏と共に対中けん制色が強い「ドナルド・トランプのアジア太平洋への『力による平和ビジョン』」を2016年11月7日に、フォーリンポリシー紙に寄稿したアレックス・グレイ、前ランディー・フォーブス下院議員補佐官が起用されるようだ。彼は、国防テクノロジーと米国の競争力強化についてのポジションに就くともいわれており、トランプ政権の一つの方向性を示唆している。これは、オバマ政権の国防総省が示してきた軍事技術の優位を保ち、同時に民政転用で経済利益も図る「第三の相殺戦略」の路線が継続する可能性を意味している。
今回の日米共同声明に防衛イノベーションに関する二国間の技術協力の強化、宇宙・サイバーでの協力を拡大するという文言が入ったが、日本としてはこれを積極的に活用することで、トランプ大統領に、日米同盟が地域を安定させて両国の経済利益の基盤になるという事実に加え、それは米国の職を増やし、ビジネスチャンスをつくるウィンウィンの性質であることを、アピールするいい「種」となるだろう。
世界の中でも孤立気味で、国内でも激しい批判にさらされているトランプ大統領と緊密な関係を作ることは、安倍首相にも大きなリスクであった。しかし、それ以上に、米国の安保専門家は、むしろ自らがアクセスできない、トランプ大統領とトランプ側近が、外交・安全保障政策を「革命的」で現実離れした方向に漂流させない歯止めの役割を安倍首相に期待していた。日本がこれに応えたことは重要だ。
今回、日米首脳会談で合意された内容が、ジェームズ・マティス国防長官、レックス・ティラーソン国務長官という、トランプ政権の中でも、「反エスタブリッシュメント」の傾向を持つ側近ではなく、政治任用による伝統的な現実主義者が主導する政策の方向性で設定されたことには、他地域の同盟国にとっても安心できる展開といえる。
2月10日付のニューヨークタイムズの電子版の記事、「トランプ外交は急速にその先鋭性を失いつつある (Trump Foreign Policy Quickly Loses Its Sharp Edge) 」という記事が示していることは、今後の「現実路線」への転換を示唆するものだ。この記事は、トランプ政権が「一つの中国」堅持に路線を戻し、トランプ大統領がイスラエルの新聞に、ネタニエフ首相のパレスチナ自治区での入植地の拡大はパレスチナとの和平にプラスにならない、という警告を送ったり、エルサレムへの米大使館移設は「難しい」と語り、ティラーソン国務長官とフリン国家安全保障担当補佐官がモゲリーニEU外交・安全保障上級代表にイランとの包括核合意を維持する方針を伝えたことを、トランプ政権の「現実回帰」として報じている。日米首脳会談はこの記事が書かれた後に行われたが、日米首脳会談もこの延長上にあると考えれば、日米会談がトランプ政権の「現実主義者」に与えるポジティブな影響は大きいし、これが世界における米国の同盟国への姿勢へのデフォルト(基本設定)になるかどうかを注視したい。