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変動するユーラシア情勢下の日韓関係 韓国の視点から

May 29, 2014

[特別投稿]黄洗姫(ファン セヒ)氏/海洋政策研究財団 研究員

国際政治の最前線でいま大きな地殻変動が起きている。アメリカの世界戦略の再構築として捉えられて来たリバランシング戦略が、ウクライナ危機、中東やアジアの政情不安、さらに中国の台頭が同時進行している中で大きな課題に直面している。とりわけ、ウクライナ危機への対応過程でアメリカとヨーロッパ諸国の足並みが揃らなかったこと自体が、アメリカのリバランシング戦略に内在する課題を浮き彫りにした。アメリカの影響力の低下とロシア、中国といった「地域大国」の台頭が絡み合う中、アメリカの同盟諸国は、自国の利益をしたたかに計算しながらアメリカとの協力関係を模索している。さまざまな懸案事項に対してアメリカの要求にただ従っているだけでは済まないのである。なぜならば、自国の利害を考えた時、ユーラシア地域の大国、すなわちロシアや中国は巨大な市場を抱える貿易相手国として、また、豊富な天然資源の供給国として無視できない存在となっているからである。ロシアへの制裁に消極的となる欧州連合の微妙な対応は、相互依存が既定の事実となった国際社会の現実を色濃く反映するものとなった。

日韓関係の停滞の長期化

北朝鮮という、従来からの脅威を抱えている韓国としても、今後の米韓同盟や日米韓三ヶ国の協力関係を考えていく際、上記のような戦略的な状況を意識しながら舵取りをしていくことが強く求められている。昨年の発足以来、朴槿恵政権は「米韓同盟60周年記念共同宣言」(2013年5月)に代表されるように、米韓同盟の強化をめざすとともに、中国とも首脳会談を実現するなど、この二つの主要国との友好関係の推進を図ってきた。一方、日韓関係において、朴政権は依然として強硬な姿勢を堅持している。日韓両国の新政権発足を契機に、日韓関係の改善を期待する声もあったが、いまのところ打開策が見いだせないまま疲労感が溜まる一方である。

しかしながら、今後 10年にわたり国防予算削減を行うアメリカや、南シナ海および東シナ海で領有権をめぐる紛争が絶えない中国との協力のみで韓国が周辺地域の秩序と安定を保つことは不可能である。米韓同盟、日米同盟の円滑な連携なしには、アジア地域におけるアメリカのプレゼンスは紛争抑止力として不完全なものとならざるを得ず、韓国の安全保障の根幹である米韓同盟もその有効性を低下させてしまう。そして対米・対中協力関係を同時に発展、維持させるためには、米中間の仲介者として同じような役割を担える日韓両国が協調し、米中関係の悪化を防ぐことが求められる。

韓国社会の対日認識

このように、日韓関係において強硬な姿勢を堅持しつつも、北東アジアの安定のためには日韓関係の改善を求めるという、相反する対日認識は、韓国社会が置かれている現状を如実に物語っている。韓国のアサン政策研究院が実施した世論調査によると、韓国人の日本に対する好感度は年々低下し、2014年は調査開始以来最も低い数値となった?。周辺国指導者に対する好感度に関しては、安倍首相と北朝鮮の金正恩第一書記がほぼ同点を記録している?。安倍政権下の日米同盟の強化や尖閣諸島をめぐる日中関係の緊張、そして集団的自衛権をめぐる議論は、歴史認識問題と絡まって、韓国社会の中で日本に対する警戒感をいっそう強める結果となった。韓国の日本研究者の間でも、こうした動きを日本社会の右傾化と捉え、一時的な局面でなく長期的な国家戦略の変化として認めた上で、これに対応する韓国の戦略を策定していくべきだという見解が広まっている?。

しかしその一方では、日韓間の軍事・安全保障の分野での協力の必要性に対する認識も決して低いわけではない。前述したアサンの世論調査報告書によると、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結を支持する意見は2013年12月に50.7%であった?。さらには、日韓関係の改善のために朴大統領が首脳会談の実現に努力するべきだとの意見が2013年中ずっと過半数を占めている?。ナショナリズムが沸騰する中でも、日韓関係の停滞が長期化することを懸念し、朝鮮半島情勢をめぐる不安定要因を取り除く、あるいは減らしていくためには日韓協力が不可欠だ、という認識は依然として支持を得ているのだ。

従来のメディアに加えて、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)が世論を左右する現在、国内の政治状況が外交政策に影響を及ぼすことはよくあることが韓国もその例外ではない。民主化以降の韓国政治において、「外交問題の政治化」によって、外交問題がすぐに政争の道具になる、あるいは世論に影響されやすくなるために、外交当局が純粋に外交の観点から日韓関係を考えようとしてもなかなか難しい状況が生まれている。とりわけ、2011年8月の憲法裁判所による慰安婦関連問題の違憲判決、そして2012年5月の大法院の強制徴用に関する判決等、植民地時代をめぐる問題に司法判断が示されてから、韓国政府の日韓関係に対する管理能力はさらに弱体化した?。国内の政治状況とナショナリズムの盛り上がりにより歴史認識問題と安全保障、経済、文化といった本来個別に議論すべきイシューでも、個別に議論しているだけでは済まなくなり、イシュー間の関連性が益々深まっている?。

アジア戦略としてのミドルパワー外交を重視

このように国内政治要因が大きな足かせになっている日韓関係に比べて、韓中関係はまだ管理が容易な状況である。北朝鮮問題の解決のために、中国との連携を緊密にしていくことに対して、韓国社会には一定のコンセンサスが形成されている。しかし、韓国の対中接近が、アメリカと日本に「中国傾斜」というイメージを与えることへの懸念も徐々に広まっている?。韓国は韓中関係の連携強化を実態としては模索しながら、それが域内国家間の対立を深めることへ繋がらないように注意を払っている?。

尖閣諸島をめぐる日中間の緊張が高まることと、アジア地域の秩序維持をめぐる米中の対立が激化する事態を、韓国は極力回避したいと思っている。韓国が日中・米中対立の挾間で揺れ動くことは、100年前の歴史を想起させるからである。それ故に、周辺国間の緊張がエスカレートしないように働きかけ行動することが韓国の役割であるという理解から周辺国外交が成り立っている。近年、韓国外交において注目を集めている「ミドルパワー外交」は、韓国を取り囲む国家間関係を管理・調整するために考案されたものとして理解できる?。すなわち、韓国が目指す北東アジアでの役割とは、東アジアの多国間協力の定着に貢献する地域アーキテクチャー構築の協力者(architectural partner)?であるという考え方が広く受け入れられている 。

まだ見えない日韓関係改善への出口

ミドルパワー外交の観点から、韓国政府および外交政策の専門家らは、韓国外交が中国傾斜だといわれる日本などからの指摘や懸念に対して、米韓同盟と韓中関係がゼローサム関係でないことを主張する。それと同時に、いわゆる「韓中歴史同盟」、また「韓中連携」が日本へ圧力をかけるカードとして使われることは賢明でないという見解?が依然として主流である。実際、韓中連携が対日圧力のために使われた場合、日本の反発はもちろん、米韓同盟の弱化を招来し、自ら大国間の軋轢を招きかねないからである。

以上のように、日韓関係の改善を求める声が高まっているものの、韓国政府が急激な政策転換を行うことはまだ困難である。オバマ大統領の日韓訪問の際、韓国政府はアメリカ政府の仲介による日韓関係の局面転換を期待した。日米間において尖閣諸島が日米安保条約の対象であることを明言された後、米韓首脳会談では戦時作戦権の返還時期を再検討することで合意した。オバマ大統領のアジア歴訪により日米同盟の緊密化と米韓同盟の結束が確認されたものの、日米韓の安全保障協力においては三ヶ国間の情報共有の重要性を強調することにとどまった。日米韓間の安全保障協力体制作りに対するアメリカの強い意志にも関わらず、協力体制が名実ともに実効性があるものとして機能するだめにはまだまだ長い時間を要するかに見える。

外交政策としての対日政策が、安倍政権への対応をめぐる韓国国内の議論に左右される現状では、当面の打開策は見当たらない。しかし外交における政治の影響力が増大したことは、逆説的にいえば政治レベルでの局面転換による劇的な展開の可能性も否定できない。日韓関係の改善も結局、両国首脳の政治決断から始まることになる。そのためにも、市民社会・学者レベル、いわば草の根の日韓交流を継続し、各国の政策決定者に働きかけていく努力が不可欠なのではないだろうか。

以上

  • 同調査は、「全く好感がない(0点)」から「とても好感を持つ(10点)」の中で周辺国の好感度を測定する。2010年調査で4.24点であった日本の好感度は2014年1月現在、2.38点である。アサン政策研究院「日本に対する二つの視線-韓国人の日韓関係の認識とその含意」、2014年3月(韓国語)、12-13頁、17頁。英文版はAsan Institute for Policy Analysis, “South Koreans and Their Neighbors 2014,” 2014.4.19(http://asaninst.org/south-koreans-and-their-neighbors-2014/, last accessed on May 19, 2014).
  • 同上。2014年1月現在、韓国人の周辺国指導者に対する好感度はオバマ米大統領(6.21)、習近平中国主席(4.55)、プーチンロシア大統領(4.14)、安倍日本首相(0.99)、金正恩北朝鮮第一書記(0.99)の順である。また、2013年9月に韓国ギャロップが実施した周辺国首脳の好感度調査では、オバマ大統領(71%)、習近平主席(48%)、プーチン大統領(31%)、 金正恩第一書記(6%)、安倍首相(3%)の順であった。韓国ギャロップ「周辺国の政治指導者の好感度調査」2013年9月16日。http://www.gallup.co.kr/gallupdb/reportContent.asp?seqNo=477&pagePos=1&selectYear=0&search=3&searchKeyword=%C0%CF%BA%BB(last accessed on May 19, 2014)
  • 李スンジュ「中国の台頭と日本の21世紀外交戦略-普通の国の多次元化」『北東アジアのデタント・脱冷戦の国家対外戦略比較研究レポート』第64号、東アジア研究院、2014年(韓国語);?良鉉「安倍総理の靖国参拝以後の日韓関係」『主要国際問題分析』外交安保研究所、2014年3月6日(韓国語)。
  • 2012年同協定の締結に決裂した際の支持率は44.3%、2013年9月には60.4%に達していた。アサン政策研究院、前掲、21?22頁。
  • 前掲、23頁。
  • ?良鉉、前掲。
  • 李元徳「ヘーグ日米韓首脳会談と日韓関係改善の出口の模索」『EAI論評』第34号、2014年3月31日(韓国語)。
  • 同上。
  • 朴コニョン「オバマの算盤とその長い波長??リバランシングと朝鮮半島に対する含意」『韓国と国際政治』第29巻第3号、2013年秋、32頁(韓国語);ソン・キドン「朴勤恵政府の対米外交政策の方向と戦略?アメリカの政策基調と韓国の国政課程を中心に」『統一戦略』第13巻第2号、2013年、81-82頁(韓国語)。
  • 韓国のミドルパワーに関する議論はYul Sohn and Won-Taek Kang, “South Korea in 2012: An Election Year under Rebalancing Challenges,” Asian Survey, Vol. 53, No. 1, January/February 2013, p. 203; 金宇祥『新韓国策略?-韓国のミドルパワー外交』セチャン出版、2012年; 全在晟、チュ・ゼウ「米中関係の変化と韓国の未来外交の課題」『東アジア研究所国家安全保障パネル報告書』2012年(韓国語)参照。
  • 全在晟、チュ・ゼウ、前掲 。また金宇祥は、このような外交を「ピボタル・ミドル・パワー(pivotal middle power)外交」と命名し、韓国が大国に囲まれつつも緩衝国の地位に甘んじたり中立的な立場を求めるのではなく、周辺諸国とともに地域の重要事案の解決に積極的に参加する外交であると定義した。金宇祥、前掲、14頁 。
  • ?良鉉、前掲 。
    • 海洋政策研究財団 研究員
    • 黄 洗姫
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