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日本の集団的自衛権問題に対する韓国の議論

June 25, 2014

[特別投稿]黄洗姫(ファン セヒ)氏/海洋政策研究財団 研究員

集団的自衛権問題をめぐる韓国政府の悩み

5月15日、安倍晋三首相が記者会見において集団的自衛権の限定的な行使容認の方針を表明した。閣議決定による憲法解釈の変更を図る安倍政権の積極的な意志が公になったことに対して、韓国の主要新聞は一斉に懸念を示した。「安倍、『戦争できる日本』を宣言※1」、「安倍の『集団的自衛権行使』、北東アジア情勢のねじれを懸念※2」といったタイトルから明らかなように、集団的自衛権の行使が日本の軍事大国化を促進し、北東アジアに緊張をもたらすと愚慮する論調が多く見られた。また、集団的自衛権の行使のためには韓国政府との緊密な協議が条件だという指摘※3もなされた。安倍政権の歴史認識に対する韓国社会の冷たい認識の影響もあり、集団的自衛権問題を日本社会の右傾化という文脈から懸念する見方がメディアの主流であり、(そのような見方は)韓国国民にも広く受け入れられている。

一方、韓国政府はこのような一般社会の世論からは少し距離を置く姿勢を堅持している。この問題に対して、韓国政府は「朝鮮半島、韓国の国益に関わる事項に関しては、韓国政府の同意なしには行使できない※4」との認識を示している。この背景には、国連憲章51条に明記されている集団的自衛権の行使を、そもそも他国政府が認めるか否かを判断する事はできないという韓国外交部内の見解がある※5。問題は、近年の日韓関係の悪化とともに日本社会の右傾化を警戒する韓国社会に対して、このような国際社会の現実を説明するのは韓国政府としても大きな負担が伴うことである。そのため韓国政府としては、国内の批判的な雰囲気に配慮をしつつも、集団的自衛権の行使が現実になる際には、韓国政府との緊密な協議が必要だという慎重な態度を取っているのだ。

積極的平和主義への疑問

同問題に対する韓国社会の警戒、ないし懸念は、 外交・安全保障専門家の論議の間でも多く支持されている。著名な外交安全保障専門家である文正仁教授は、集団的自衛権の問題を安倍首相が訴える「積極的平和主義」との関連から批判する。国際政治学において、積極的平和(positive peace)とは戦争の構造的な原因を除去し、永久的な平和をもたらすことを意味するのに対して、安倍首相の積極的平和主義は「積極的な攻勢主義」であり、これは積極的な抑止、すなわち軍事的な抑止力による戦争防止構想と類似であると、文教授は指摘する※6。安倍首相の積極的平和主義は「戦争できる日本」を求めており、従って彼の構想は積極的平和に逆らうものであり、信頼構築や軍備統制、軍備減縮により紛争の勃発を抑制する消極的平和(negative peace)の基準も満たさないと批判するのである※7。

このように国際的な理解と相反する論理に基づいた安倍首相の積極的平和主義に対する疑問から、安倍政権の集団的自衛権論議も、世界平和に寄与するという建前を用いた攻勢的な再武装の論理に基づくものであるとする見解が展開されている。このような理解は、主に安倍政権期に顕著になった歴史認識問題をめぐる一連の言動と日本の安全保障論議を結合し、安倍政権批判の一つとして語られている。そのため、国際社会への貢献、ないし日米同盟を基軸とする安全保障上の必要性に起因する、日本の集団的自衛権論議に対しては殆ど目が向けられない傾向がある。

日米韓協力の必要性からの接近

一方、日本の現実的、戦略的な必要性から集団的自衛権の問題を理解する見解も韓国の国際政治学会では多く受け入れられている。このような見方は、冷戦終結以降続いた日米同盟の協力強化のプロセス(例えば新ガイドライン※8、周辺事態法※9、テロ対策特別措置法※10の制定)により、日米間の安全保障はすでに憲法9条の想定を超えているという現実から、集団的自衛権問題を理解している※11。とりわけ、このような観点は中国の台頭とアメリカのリバランシングが並行している北東アジアの情勢の下で、日本の集団的自衛権の行使が朝鮮半島の後方支援体制として日米同盟の機能を強化する利点に注目する※12。彼らは、朝鮮半島および韓国の領土・領海における集団的自衛権の行使には韓国政府の許可が必要だが、日本の安全保障政策に対して過剰な対応は自制すべきだと提言する※13。

このように安全保障上の必要性を認める見方は、それと同時に、日本の集団的自衛権行使による日米同盟の強化が中国の対日警戒を刺激し、日中間のセキュリティー・ジレンマを招き、それが北東アジア全体の不安定へとつながる事態を懸念する。日本の集団的自衛権の行使が米韓同盟と日米同盟の円滑な連携による抑止力の向上という効果をもたらすとしても、韓国としては、それが北朝鮮と中国の脅威認識を刺激する可能性に細心の注意を払わなければならないのである。このような観点から、彼らは日韓の安全保障対話を継続し、日韓関係を管理する努力を求めている。日本の集団的自衛権行使をアメリカのように積極的に支持することは不可能であるが、日韓の安全保障対話を再開し、最小限の信頼構築を図ることが朝鮮半島をめぐる危機管理に必要とされるのだ。

安倍政権への警戒と日本社会への対応を区別すべき

このように、日本の集団的自衛権問題について、韓国国内には、社会、政府、そして学者レベルにおいて、異なる認識に基づく多様な議論が存在する。しかしながら、様々な見解が安倍首相個人に対する不信、あるいは警戒感を共有しているのは興味深い。集団的自衛権をはじめとする一連の安全保障論議に存在する現実的、戦略的な必要性を認める人ですら、安倍政権の真意を疑っている。安倍首相個人の歴史認識やナショナリズム的な言動から、現在の日米関係優先の基調は、自身が追求する戦後体制からの脱却と対等な日米関係の構築を果たすための手段に過ぎない※14と評価する見解が広まりつつあるのである。

ただし、このような「対日警戒=安倍警戒」の図式が一般化する現状があるがゆえに、安倍政権のナショナリズムに基づく右傾化と集団的自衛権の行使問題を冷静に区別して対応する必要があるという主張は注目に値する※15。前述したように、安倍政権の集団的自衛権行使に批判的な文教授も、安倍批判が日本社会全体に対する批判へとつながることは、安倍政権の国内政治的な目的を満たすことになると指摘した。相手国の言動を批判することで、国内政治上の立場を強化する、「敵対的な共生」の力学が日韓両国の政治に存在しているからである。集団的自衛権問題に対しても、安倍政権への批判と日本の安全保障論議の進展を見分ける冷静な判断が求められる。

  • ※1:東亜日報、2014年5月16日。
  • ※2:韓国日報、2014年5月16日。
  • ※3:「日本集団的自衛権の行使の条件」中央日報社説、2014年5月16日;「日本の集団的自衛権問題『朝鮮半島問題』は韓国の同意が必須」東亜日報社説、2014年5月16日。
  • ※4:韓国外交部定例ブリフィング、2014年5月16日。
  • ※5:ニュース1、2013年10月30日。
  • ※6:文正仁、プレッシアンとのインタビュー、2014年1月3日(http://www.pressian.com/news/article.html?no=110140)。
  • ※7:文正仁「安倍の『本音』」シサIN、 2013年12月4日(http://m.sisainlive.com/news/articleView.html?idxno=18668)。
  • ※8:正式名称は「日米防衛協力のための指針(1997年9月)」。
  • ※9:正式名称は「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」。
  • ※10:正式名称は「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」。
  • ※11:金ジュンソプ「日米安全保障協力の強化と日本の安全保障政策」『国防研究』第56巻4号(2013年12月)、1-23頁;ホチンニョン「日本の集団的自衛権論議に関する研究-日本の対米同盟政策の変化を中心に」『韓日軍事文化研究』第17巻(2014年)、211-236頁等。
  • ※12:南昌熙「日本の解釈改憲、脅威なのか、資産なのか」『国際政治論叢』第54集1号(2014年)、297-330頁。
  • ※13:朴栄濬「日本の集団的自衛権の推進と韓国の対応方向」東アジア研究院Smart Q&A、2013年11月19日(http://www.eai.or.kr/type_k/panelView.asp?bytag=p&code=kor_multimedia&idx=12614&page=1)
  • ※14:崔ウンド「日本の集団的自衛権-概念、解釈、そして憲法改正」『国防研究』第56巻第4号(2013年12月)、25-49頁。なお、日韓関係に対する韓国社会の認識については前回のレポートを参照。(http://www.tkfd.or.jp/eurasia/asia/report.php?id=422)
  • ※15:南昌熙、前掲、305頁。
    • 海洋政策研究財団 研究員
    • 黄 洗姫
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