鶴岡路人 研究員
ウクライナ東部における戦闘激化を受けて、2015年2月11日の夜にベラルーシの首都ミンスクで始まったウクライナ、ロシア、ドイツ、フランスの首脳による和平交渉は、夜を徹して16、17時間という異例の長期戦となった。徹夜の交渉で、重火器の撤収と緩衝地帯の設置、外国勢力・兵器の撤収、ドネツク、ルガンスク両州への自治拡大等での合意(「ミンスク2」)がなされ、2月15日午前零時からの停戦の発効が発表された。停戦発効以降、戦闘は全般的に下火になっていると報じられるが、前年9月のミンスク合意が履行されなかったことに鑑み、今回の和平合意が履行されるかについては、当事者を含め、楽観的な声は全く聞かれない。
それでも今回の和平交渉、そして合意を導いたものは何だったのだろうか。合意自体については、すでにさまざまな分析がなされているため、ここでは、今回の事態の推移の大きな要因であった米国によるウクライナへの武器供与の可能性と、それに関連した、ウクライナ危機のエスカレーションへの懸念という観点から改めて考えてみたい。武器供与問題に揺れた西側の対応により、ウクライナ危機をめぐる国際的構図が改めて明らかになった。
なお、今回の停戦交渉が緊急課題として必要になった要因のもう一つに、数千人ものウクライナ政府軍部隊が、ドネツクのデバルツェヴォ(Debaltseve)において親ロ派勢力に包囲され、極めて危険な状況に陥っていたとの事情もあった。実際、この戦闘の扱いは、ミンスクでの交渉においても最も困難な争点の一つであった。そして、停戦合意後も親ロ派による攻勢は続き、結局、政府軍は同所から撤退することになった。しかし以下本稿では、西側(特に欧州)の対応における特徴を分析する観点から、国際的側面に着目することにしたい。
米国による武器供与の可能性がもたらした影響
2015年1月末から2月上旬にかけて、ウクライナ危機、なかでもウクライナ東部における戦闘の国際的構図が大きく変化した。その最大の要因は、現地情勢の悪化を受けて米国を中心に高まった、ウクライナへの殺傷兵器を含む武器供与を求める声であり、オバマ政権が実際に武器供与を具体的に検討し始めたことであったといえる。
武器供与という案自体は今回突然に出てきたものではなく、ウクライナ側は以前から求めていた。例えば2014年9月に、就任後初めて訪米したポロシェンコ(Petro Poroschenko)大統領は、米議会での演説のなかで、米国による非殺傷物資のみの供与を揶揄し、「毛布や暗視ゴーグルも重要だが、毛布で戦争に勝つことはできない」と述べた。
米国内でも、ウクライナへの殺傷兵器を含む武器供与の可能性はさまざまに検討されていたものと思われるが、それは、年明け以降の現地情勢の悪化、すなわち、ロシアの支援による親ロ派勢力の攻勢によって現実味が増した。この点は重要である。本稿では、ウクライナ危機をめぐる国際的構図を米国による武器供与問題を軸に検討しているが、米国による武器供与検討を原因として紛争のエスカレーションが生じたわけではなく、ロシアからの人員や兵器の流入が続く中で、親ロ派の攻勢が強まり、どのようにしてウクライナ軍を支えることができるかが喫緊の課題になったのである。米国やNATOは、ウクライナ東部へのロシアからの人員と兵器の流入を繰り返し非難してきた。
しかし、武器供与の是非については米国内でも賛否両論があり、一つにまとまっていたわけではなく、加えて政権の最終的な判断が具体的にどのようなものになるかも、明らかではなかった。それでも、今回の議論の進展によって、米国によるウクライナへの武器供与の可能性は、関係する各勢力にとっては考慮せざるをえない要素になり、特に、それを懸念する立場としては、何らかの行動をとらなければならない状況が作り出された。
米国による武器供与が実際に行われた場合、直接的に最も影響を受けるのは、ウクライナ東部の親ロシア派武装勢力である。ウクライナ政府軍との間で激しい戦闘を続ける親ロ派にとって、ウクライナ側の装備が強化されれば、戦況が悪化する可能性が高い。
ロシアにしてみても、親ロ派の(一定以上の)態勢悪化を放置するわけにはいかない。実際、ウクライナ政府軍が攻勢を強めると、ロシアが装備や人員面で親ロ派支援を強化することがすでにパターン化されており、米国による武器供与が実現した場合には、ロシア自身も、親ロ派への装備面でのコミットメントを拡大せざるを得なかったであろう。
エスカレーションの責任を西側(特に米国)に押し付け、自らはウクライナ東部への介入を強化する口実を得られるとすれば、米国によるウクライナへの武器供与は、プーチン政権にとっては悪くないシナリオだったとの見方も可能である。しかし、ライフルのような単純な装備品ではなく、報道されていたように、対戦車兵器や装甲車両のようなものを供与するにあたっては、単に物資を送るだけではなく、ウクライナ軍に対してその使い方の指導も必要になり、米国による関与は、質的に大きく変化せざるを得ない。プーチン政権は、すでに、ウクライナを不安定化させ、同国のNATOやEU加盟の現実的可能性をかなりの期間にわたって葬り去り、ウクライナ国内に同国政府の支配の及ばない地域をすでに実質的に確立する等、「目的」を概ね達成している。そのため、現段階で、米国を巻き込む形で紛争をエスカレーションさせることによって得られる利益は、ロシアにとってほとんど存在していなかったといってよい。
同時に、武器供与とはいっても、すぐに現場に兵器が到着するわけではなかった点も理解する必要がある。米政府として供与を決定した後に、それらの兵器を調達し、輸送し、特に対戦車兵器のような兵器システムに関しては、誤使用を避けるためにも訓練が必要であり、これらを考えれば、たとえ米国がすぐに決定した場合でも、現地の戦況に影響を与えるまでには長い時間がかかったものと考えられる。そうした事情はロシア側も理解していたはずであり、そうであれば、政治・外交的にはともあれ、実際の軍事的観点に関する限り、プーチン政権にとっての停戦実現の緊急度は、必ずしも高くなかったともいえる。そのため、ロシア側は基本的に受け身の姿勢だったのであろう。
なお、ウクライナ政府にとって米国からの武器供与は、長らく求め続けてきたものであり、その実現を目前にして停戦を求める事情は、必ずしも自明ではない。それでも、国内経済を含めた国全体の疲弊状況に鑑みれば、東部での戦闘のこれ以上のエスカレーションは全く望んでいなかった。加えて、冒頭で触れたように、デバルツェヴォで包囲されつつあった政府軍部隊の問題もあった。
欧州におけるエスカレーションへの懸念
ウクライナ危機をめぐる国際的構図を考えた場合、今回の局面での最大の特徴は、ドイツとフランスの動きであった。米国による武器供与の議論の目的が、どこまで観測気球やロシア及び親ロ派勢力への牽制であり、どこまで本気の政策であったかの判断は難しい。意識的ないし無意識的に両方の要素があったことはいずれにしても否定できない。実際、武力紛争への対処として、現地の勢力への武器供与は――それを公に検討する段階での効果も含めて――、利害を有する外部勢力にとって伝統的な政策オプションである。
今回の場合、ドイツやフランスは、「牽制」としてではなく、実際の可能性として、米国における武器供与を巡る議論を捉えた部分が大きかったように見える。実際、メルケル(Angela Merkel)独首相とオランド(François Hollande)仏大統領による停戦調停は、米国による武器供与議論を背景に本格化した。そのさなかに開催されたミュンヘン安全保障会議では、武器供与を求める声に対してメルケル首相が強く反論するなど、西側諸国間の足並みの乱れが露呈されることになる。同会議でメルケルは、「この紛争は軍事的に勝利することはできない。これは現実だ。国際社会は(武器供与ではなく)他の何かを考えなければならない」と、極めて直截に述べたのである。
米国は、懐疑的ながらも、独仏による交渉の成否を当面は見守る意向を示した。ただし、停戦交渉が妥結しないのであれば、米国が武器供与を決定する可能性は高いと考えられており、結果として、(現段階では直接の確たる証拠には乏しいものの)米国による武器供与の脅しが、独仏の後ろ盾として、停戦調停に一定の影響を及ぼしたとも考えられる。
独仏に代表され、欧州に広く見られたウクライナへの武器供与への反対論は、端的にいって、エスカレーションへの懸念に基づいたものである。上述のように、たとえ米国が武器供与を決定しても、実際に武器が戦場に到着するには時間がかかる。それでも、ウクライナ東部の一部に実質的に封じ込められてきた紛争が、米国が当事者として直接関与することにより、米露の代理戦争となり、その場合に、はたしてエスカレーションをコントロールすることは可能なのか。ウクライナの一部地方を巡る争いとは次元の異なる紛争になってしまう懸念が高まったのである。この懸念は、ウクライナと地続きの欧州において、とりわけ切迫感を伴って本能的に抱かれることになった。
ポーランドは、最終的に米国が判断した場合にはその決定を支持するとの姿勢を明らかにしたものの、ウクライナと国境を接する国として、そうした方針の決定は容易なものではなかった。実際、同国のシェモニャク(Tomasz Siemoniak)副首相兼国防相は、「ロシアは核兵器を保有する国であり、西側の政治家はこのことを心に留めておく必要がある。これは世界戦争につながらないのだろうか」と、迷う心の内を吐露している。
この場面で核兵器の脅威にまで言及することが現実的かについては評価が分かれるだろう。それでも、エスカレーションの脅威の到達点は核兵器の使用であり、昨今のロシアの動きを見る限り、たとえ蓋然性は低くても、この究極の脅威について、少なくとも「心に留めておく必要がある」との指摘は妥当だろう。英国のファロン(Michael Fallon)国防相は、ロシアが核兵器使用の敷居を低くしたかもしれないとの懸念を表明し、それに対応するための「主たる答えは、我々の核抑止力の近代化を確実なものにすることである」と述べている。NATOは2014年9月の英ウェールズでの首脳会合において、ウクライナ危機の文脈において核兵器に言及することを意図的に避けたと見られているが、各国レベルでは、言及が増えつつある。米国によるウクライナへの武器供与問題は、事態のエスカレーションへのそうした懸念をも呼び起こすことになったのである。
欧州諸国は何を脅威と見るのか
ウクライナ危機を巡るエスカレーションへの懸念をより広い文脈で捉えなおせば、多くの欧州諸国及び国民が有する見方、すなわち問題の構図が明らかになる。欧州諸国に広く共有されている基本的な立場をまとめれば、以下のようになるだろう。
第一に、「武力による現状変更」は原則論としては容認できず、ロシアによるクリミア併合を認めることはない――そのため、クリミア併合に関して、外交上は非承認の立場を維持し、不法で正統性を欠く行為として非難し続ける。グルジアからの一方的独立をロシアが承認したアブハジア及び南オセチアと基本的には同じ扱いとなる。
第二に、すでに実際には既成事実化されてしまったクリミア併合と、いまだに流動的なウクライナ東部へのロシアの介入は性質が異なる問題であり、制裁に関しても、クリミア併合を受けてのものと、ウクライナ東部に関するものとは別物として対処する――すなわち制裁の緩和や解除の判断も別個になされる。実際、2014年9月の初回のミンスク合意(「ミンスク1」)を受けて、ウクライナ東部の事態に対する制裁措置については、緩和や解除が議論されていた。停戦が履行されるか否かにかかっているものの、欧州側には、「平常(business as usual)に戻る」ことを求める声が常に根強い。
第三に、ウクライナをEUやNATOに加盟させるほどのコミットメントを行う用意は、従来もなかったし、現下の情勢によりより困難になった――そのため、ウクライナ支援は行い、同国の主権と領土の一体性を支持しつつも、実際の行動は限られたものにとどまる。
そうである以上、第四に、ここでの議論において最も重要なこととして、安全保障に関する限り、ウクライナ危機のインプリケーションにおいて重要なのはウクライナ自身の安全保障ではなく、欧州のNATO・EU加盟国の安全保障への影響――すなわち、NATO・EU加盟国の安全保障が脅かされるか否かが大きな分水嶺になる。
結局のところ、まずは自国が悪影響を受けないことが重要であり、そのためには危機・紛争が局地的に「封じ込められる」ことが望ましというのが基本的な姿勢である。(なお、これはおそらく類似の問題に直面した際に多くの国がとる立場であり、ここでの議論に、欧州の立場を特だしして批判する意図はない。)こうした文脈があったからこそ、米国によるウクライナへの武器供与は、エスカレーションの懸念を強く惹起することになったのである。
つまり、問題がウクライナの安全保障に止まる場合には、脅威認識も低いままであり、西側の対応は従来の枠を大きく踏み出すものではないが、ウクライナと異なりNATOやEU加盟国の安全保障が直接の影響を受けるようになれば、対応のいわば本気度は急激に増すのである。例えばNATOにおいても、対ウクライナ支援は、あまり目立たない形で小規模に行われているものの、同盟国、特にバルト諸国やポーランドといった「東方の同盟国」への安心供与に関しては、「即応性行動計画(Readiness Action Plan)」等が打ち上げられ、対外発信の強化を含めて、態勢の整備が進められている。
欧州のメディアや安保専門家コミュニティにおいても、スウェーデンやフィンランド(NATO非加盟だがEUには加盟)、さらには英国等への空と海からのロシアによる示威行動――航空機の領空侵犯や船舶の領海侵犯等――の増加は、大きな問題として捉えられる傾向がある。それらは実際、ウクライナ東部での戦闘以上に、NATO・EU諸国において、ロシアに対する脅威認識を増大させる効果を有しているのである。
このように見てくると、今回の停戦合意は、ウクライナのための停戦であるものの、それを積極的に仲介した独仏にとっては、まさに自国への影響を最小限にとどめるためのぎりぎりの外交であったことがより明確になる。まさに、国際的エスカレーションの阻止であり、これこそが、ウクライナ危機をめぐる西側(特に欧州)外交の基本的な特徴だといえる。
しかし、本来エスカレーションの阻止は「手段」であり、戦略的「目的」とは言いがたい。今回は、エスカレーションの阻止自体を目的として外交努力がおこなわれたように見え、それは新たな停戦合意につながったものの、そこから先に何を目指すのかは見えてこない。この先の目的が不明であれば、そこに至る道のりも、当然不在である。この点こそが、今回の独仏による停戦外交の限界だったのだろう。
(2015年2月19日脱稿)