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畔蒜泰助のユーラシア・ウォッチ(2)シリアでの化学兵器問題勃発前夜の米露関係

April 26, 2017

畔蒜泰助
研究員

本連載第一回目は 「米露「ビッグ・ディール」の可能性は?」 と題して、米トランプ政権発足直後からの米露関係をモスクワでの有識者へのヒヤリングをベースに分析をした。この場合の「ビッグ・ディール」とは、ロシアがいくつかの分野において米国に協力することと引き換えに、米国はウクライナ問題をめぐる対ロシア制裁を解除する、あるいは、より中長期的にウクライナを筆頭とする旧ソ連邦諸国におけるロシアの特別な地位を認めるというものである。

その結論としては、仮にトランプ大統領自身がロシアとの「ビッグ・ディール」を望んだとしても、米議会は軍、情報機関などに根強い反ロシア勢力の反対にあうのは必至であり、現時点での対ロシア経済制裁の解除は、まず有り得ない。その事を十分に理解しているプーチン政権は、ウクライナ問題をめぐる対ロシア経済制裁の早期解除などは求めず、まずはトランプ政権との一定の協力関係構築を通じた米国との関係改善の糸口を探っていく。その場合、唯一可能性のあるのがシリアでの「対テロ」協力となろうと述べた。

ところが、その為の米側の最大のキーパーソンと目されていたマイケル・フリン国家安全保障問題担当大統領補佐官が2月14日、トランプ政権の正式発足から僅か40日ほどで解任されてしまった。トランプ政権が正式に発足する以前にセルゲイ・キスリャク駐米ロシア大使と接触し、対ロシア経済制裁問題などについて話しあっていたことをマイク・ペンス副大統領に正確に報告していなかったことが解任の直接の理由として挙げられた。 [1]

だが、このフリン大統領補佐官の解任劇は、トランプ政権が志向するシリアでのロシアとの「対テロ」協力に決定的なダメージを与えたわけではなかった。

去る3月29~30日、筆者はロシアの北極圏にあるアルハンゲリスクで開催された北極国際フォーラム(Arctic International forum)に参加した。 30日の特別セッションではウラジーミル・プーチン大統領が登壇し、次のように発言していた。


さまざまな公の場での発言にもかかわらず、シリアのようないくつかのセンシティブな問題での我々の協力関係は改善しているし、ますます深化・拡大している。我々とのやり取りを発展させることに米国のパートナー達が関心を抱いていると感じている。このような米国との協力関係が北極圏を含む世界の他の地域にも拡大することを我々は望んでいる [2]

実は、このプーチン発言と機を一にするかのように、ロシアが支援するアサド政権を打倒するとの従来の方針を撤回する発言がトランプ政権高官からも相次いでいた。


アサド大統領の長期的な立場を決めるのはシリア国民である

(3月30日、レックス・ティラソン米国務長官)

「我々の優先順位はシリアに腰を下ろして、アサドを追い出すことに集中することでは最早ない。我々の優先順位は我々がどのようにして事をなすべきか、シリアの人々の現状を改善するには誰と組む必要があるのかを直視することである。我々は前政権のようにアサド(退陣)に必ずしも集中することはできない」

(3月30日、ニッキー・ヘイリー米国連大使)

「アサドに関しては、我々は受け入れざるを得ない政治的現実がある。米国はシリアとイラクにおいていくつかの重要な優先課題がある。「対テロ」、特にISIS打倒はそれらの中でも最も重要性の高いものである」

(3月31日、シェーン・スパイサー米大統領府報道官)


オバマ前政権以来、ロシアが支持するアサド政権の退陣を求めるのが米国政府の公式の立場だった。よって、このタイミングでのトランプ政権によるアサド政権への立場の変更は、シリアにおけるロシアとの「対テロ」協力に前向きとのシグナルに他ならなかった。

このように、 3 30 31 日、シリアでの「 テロ」 力をめぐって米露双方からポジティブなシグナルが せられていたが、これは なる偶然だったのだろうか? いや、偶然ではなかった可能性が高い。この疑 を解く はティラソンの 言が行われた 所とそのタイミングにある。
のティラソン国 務長 官の 言はトルコ 訪問時 のものだった。しかもその前日 3 29 日には、トルコ政府が昨年 8 月に 始した「ユ フラテスの盾」と名付けたシリア国内での 事作 了を 表していた のだ。どういうことか? これには若干の解説が必要であろう。
昨年8月にトルコ政府がシリア国内での軍事作戦を開始した際に掲げた第一の目標は、シリア・トルコ国境を占拠するISとの戦いだったが、そこには第二の目標があった。やはり、一連のISとの戦いにおいてトルコ・シリア国境における支配領域を拡大しているクルド人勢力の支配地域の分断を狙ったのだ。

シリア北部にはクルド人が事実上の自治を行う3つの州(東から西に向かってジャジーラ州、コバニ州、アフリン州)がある。現在、ジャジーラ州とコバニ州は地理的に接続している。しかも、当時、クルドの支配領域はユーフラテス河が流れるコバニ州の西端を越えて更に拡大しつつあった。このままいけば、3つの県の中で唯一孤立化している東方のアフリン州とも地理的に繋がる危険性があった。トルコはこれを断固として阻止したいと考えたのである( 地図参照 )。

その結果、今年2月末、トルコ政府軍はアフリン州とコバニ州に挟まれた領域にあるアル・バブ(Al-Bab)をISから奪取することに成功した。これは昨年12月のアレッポ陥落作戦で連携したロシアの空軍が、今年1月からトルコ軍のアル・バブ奪還作戦を支援したことが大きかった。また、米軍もトルコ軍を支援した。

すると、トルコ政府は3月初頭、次なる作戦目標として、アル・バブに隣接するマンビジ(Manbij)の奪取を掲げた。ここは昨年、クルド人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍(SDF)が米軍の支援の下、ISから奪取し、自らの支配地域に置いている町だった。

トルコ政府はかねてよりISが本拠を構えるラッカ陥落作戦を米軍が実施する際には、シリア民主軍(SDF)ではなく、トルコ政府軍並びにトルコの影響下にある自由シリア軍(FSA)が地上軍の役割を果たすと主張していた。だが、彼らがアル・バブからラッカに進行する上で、マンビジは通過点に位置しており、ここがクルド勢力の支配領域である限り、米国主導のラッカ陥落作戦において地上軍の役割を果たす事はできないからだ( 地図参照 )。

ところが、ここで事態は急展開する。なんと3月2日、マンビジ軍事評議会(=クルド勢力)が、ロシア軍の仲介の下、マンビジ西部をシリア政府軍に明け渡したのである。もちろん、シリア政府軍とは実質的にはロシア軍である。しかも、なんとその4日後の3月6日、今度は米軍がマンビジ北部に展開したのである。かくして、クルド勢力が支配するマンビジへのトルコ政府軍からの攻撃を抑制するという同じ目的の為に、ロシア軍と米軍が共にマンビジに展開するという珍しい状況が生まれた。

そんな中、ト ルコ のフルシ アカル参 謀総長 が呼び けるかたちで、米 のジェセフ ダンフォ 合参 本部 議長 、露 のヴァレリ ゲラシモフ参 謀総長 との 3 者会 がトルコ南部のアンタリャで 催されたのは、翌 3 7 日のこと である。 [3] この で、トルコ が、米 のラッカ 落作 ではトルコ軍並びにトルコの影響下にある自由シリア FSA )が地上 の役割を果たすとの意向を再度 えたことは想像に くない。これに して、米 はあくまでシリア民主 軍( SDF と共に同作 を行うとの方 え、そしてロシア も米 側の立場を 支持したのであろう。
すると、翌3月8~9日にかけて、米軍がクルド軍主体のシリア民主軍(SDF)を地上軍としたラッカ陥落作戦の本格的な支援準備の為に、陸軍レンジャー部隊と海兵隊砲兵部隊からの兵士を含む400人を増派していることが明らかになる。 [4]

これはシリアに展開する兵士の数をオバマ前政権時代からほぼ倍増させることを意味したが、あくまで地上軍はシリア民主軍(SDF)であり、シリアへの米軍の大規模派遣を否定した前政権の基本方針を踏襲したものである。

なお、3月21日には、やはりクルド勢力が支配するシリア北西部のアフリン近郊にロシア軍が軍事基地を建設するとクルド人民防衛隊(YPG)が発表した。ロシア政府は軍事基地の建設は否定したが、同地域にロシア軍が駐留を開始したのは間違いない。トルコ軍がアフリンを攻撃するのをロシア軍が抑止するための措置であり、米軍がクルド民主軍(SDF)を地上軍として実施するラッカ陥落作戦に対するロシア軍による側面支援と見て良いであろう。
何にせよ、さすが のトルコのエルドワン大 統領 をしても、米露 国に「これ以上のシリアでの 事作 は不要!」と告げられたら止まらざるを得ないだろう。ティラソン国 務長 官がトルコを 訪問 する前日 3 29 日に「ユ フラテスの盾」の成功 了宣言を行った のである。
以上の流れを踏まえると、 3 30 日、プ チン大 統領 がアルハンゲリスクで、ティラソン国 務長 官がアンカラで今後のシリアでの米露 力に非常に前向きなシグナルを送ったことが、 筆者 にはどうしても偶然とは思えない のだ。
なお、ロシアの有識者の中には「このラッカ陥落作戦もロシアとの連携なしには完結しない。ラッカに侵攻し、これを占領する役割を担うのは、ロシア軍の支援を受けたシリア政府軍だけだからである」との指摘もある。正直、そこまで米露が深い連携を協議していたのかどうかは不明である。ただ、少なくとも、 アルハンゲリスクでのプ チン大 統領 言から判断して、ロシア がここに至るシリアでの米国との 力を今後の米露 関係 全般に良い影 を与え得るものとして、非常に重要 していたのは 間違 いない。また、ティラソン国務長官はじめトランプ政権高官の一連の発言から、米国側もこれをかなり前向きに捉えていたことが伺える。
ところがそのわずか5日後の4月4日、シリア北西部イドリブでの化学兵器使用事件が勃発し、米露関係に再び暗雲が立ち込め始めるのだった(了)。

[1] Trump : I fired Flynn because of what he told Pence. 16 Feb, 2017. CNBC

[2] The Arctic : Territory of Dialogue international forum. 30 March, 2017. http://en.kremlin.ru/events/president/news/54149

[3] Top U.S. General Discusses Syria With Counterparts From Russia and Turkey. 7 Mar, 2017. NYT

[4] Marins have arrived in Syria to fire artillery in the fight for Raqqa. 8 Mar, 2017. Washington Post/U.S. Is Sending 400 More Troops to Syria. 9 Mar, 2017. NYT/Turkey warns US on battle against Isis in Raqqa. 9 Mar, 2017. Financial Times

    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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