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国際環境の変化と平和安全保障法制

October 26, 2015

2015年9月16日に実施された、参議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会の横浜地方公聴会において、渡部恒雄上席研究員が公述人として意見を述べました。

以下は同特別委員会会議録第二十一号(その二)より該当箇所を抜粋したものです [1]

第189回国会参議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会会議録第二十一号

公述人 東京財団上席研究員 渡部恒雄

この度は、参議院平和安全法制に関する特別委員会にお招きいただき、ありがとうございました。私は、これまで、日本とアメリカのシンクタンクで両国の安全保障政策を研究してまいりました。本日は、安全保障の一研究者として意見を述べさせてもらいます。

今回、公述人をお受けした理由は、今回の平和安全保障法制の審議及び新聞等の報道を目にして、現実と乖離した極端な議論が心配になったからです。それは、日本の民主的な安全保障政策の形成を損ないますし、また、周辺国にも不要な警戒を与え、結果的に日本の安全保障のために良い結果をもたらさないと思います。

まず、国会での建設的な議論の前提として、日本を取り巻く安全保障環境の大きな変化を共通に理解する必要があると思います。

現在の日本の安全保障の法体系は、一九八〇年代までの冷戦期に対応して作られたものです。現在の国際状況には対応し切れていません。もちろん、日本がこれまで何もしてこなかったわけではありません。

一九九八年に北朝鮮のテポドンミサイル発射実験、こういう状況下で一九九九年に周辺事態法が定められ、日本周辺の有事への対応も定められました。ただし、周辺事態法は、日本が集団的自衛権を行使しないという制約がございましたので、朝鮮半島有事などの状況で米軍への後方支援を可能にするように定められたものでした。

また、二〇〇一年九月十一日、米国での同時多発テロを受け、多国籍軍の対テロ作戦の支援を可能にするために同年にテロ特措法が制定されて、多国籍軍のアフガニスタンでの軍事活動をインド洋での海上自衛隊の給油活動で支援することを可能にしました。しかし、これは二年間の時限立法であり、もし同じような行動が必要な場合、新しい立法が必要となり、タイムリーな措置がとれません。

アフガニスタンでの多国籍軍の軍事活動は国際テロとの闘いでした。現在も、シリア、イラクでの過激組織イスラム国の脅威が拡大し、日本人人質二人が犠牲になり、ほかにも、日本人十人が犠牲になったアルジェリア人質事件、五人が犠牲になったチュニジアでの銃乱射事件など、テロの脅威は深刻化しております [2]

さらに、日本に突き付けられた新しい状況が、尖閣諸島周辺に中国が漁船や巡視船を送るようになったことで新たに認識されたいわゆるグレーゾーン事態です。もし尖閣諸島に国籍不明の武装勢力が上陸した場合、明らかな有事ではない、でも平時ではない、グレーゾーンであって現在の法律が想定していないために適切な処理ができません。

今回の法制は、日本が自国をより確実に防衛すること、それから東アジア地域及び世界の安全保障環境を安定させるために行うべきことを法的に担保するものだと思います。それによって日本の防衛能力を向上させて、平和を維持させ、日本を取り巻く環境を安定させて、日本が侵略されたり、あるいは軍事の圧力に屈するようなリスクを少なくするということが目的です。

冷静に考えれば、日本の限られた資源と防衛力だけで日本の安全を守れないことは明らかで、米国という世界最強の軍事力を持つ同盟国との共同対処が想定されているからこそ、そうでない場合に比べて少ない予算とリスクで自国の安全を確実に守ることができます。

今年一月、内閣府の世論調査において、日本の安全を守るためにはどのような方法を取るべきかという問いに対して、日米の安全保障体制と自衛隊で日本の安全を守ると答えた人の割合が八二・三%もありまして、国民はその点はよく理解していると思います [3]

ただ一方で、国民の中に今回の法案について不安があります。これまで平和を維持してきた政策が変わるわけですから、日本のリスクが増えるのではないかという、こういう不安があります。しかし、国際環境が変わっているのに古い想定のままだと、適切な行動が取れずに、むしろ日本の平和を損なうことになりかねません。

今回の法制の重要な目的の一つは、日本の防衛及び東アジア地域の平和に極めて重要な役割を果たしている米国の軍事プレゼンス及び日米同盟をより持続的で安定的なものにするための一連の措置であるということと私は理解しております。

一九九九年の周辺事態法は、朝鮮半島等の有事で日本が米国に後方支援をすることを可能にするということを定めた法律でしたが、集団的自衛権を行使しないという解釈の制約があったために限定されていました。

今回の法制では、集団的自衛権を一部行使できるように解釈を変えて、米国や関係国により幅広い協力をすることを可能にしました。この法律を基にして、平時から米国や関係国と共同訓練を行って準備しておけば、いざというときに同盟が機能するというだけではなくて、それを潜在的な挑戦者に見せておくことで、軍事攻撃をためらわせて未然に防ぐことが期待できます。

さきの世論調査から見る限り、多くの日本人は日米同盟がいざというときに日本の防衛のために機能してくれるということを願っているはずです。では、法案への不安はというと、日本が望んでいないのに日本の防衛と関係ない場合のアメリカの戦争に巻き込まれることだと思います。これを国際関係論では、同盟に対する典型的な感情の一つ、巻き込まれの恐怖と呼びます。この逆の恐怖を見捨てられの恐怖と呼びます。日本人が今考えるべきは、一方のリスクだけを見て感情的に、情緒的に判断するのではなく、両方のリスクを勘案して、日本の平和にとって最善の策を取ることです。

今回の法案及び国際関係の現状を冷静に観察すると、日本の巻き込まれのリスクは人々が今不安に思っているほど大きくないと考えられます。今回の法案では、集団的自衛権の一部行使は、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態、いわゆる存立事態、それからもう一つ、読みませんが、重要影響事態、この二つのケースのみに適用されるからです。

このようなケースとして考えられるのは朝鮮半島等での有事ですけれども、日本が米軍や韓国軍などに適切な協力をせずに事態が悪化すれば、日本にも戦禍が及ぶことを覚悟しなくてはなりません。これは日本の防衛に限りなく近い状況ですから、このような状況は米国に巻き込まれるという心配をするケースではありません。

ただし、もし朝鮮半島有事の際に日本が自国に閉じこもって協力をしなかった、それにもかかわらず幸いにも事態が収束したとします。その時点では、日本は巻き込まれるリスクを取らずに日本の平和を保てたことで一時的には得したことになります。しかし、その後、アメリカから見れば同盟国日本に対する信頼は大きく揺らぎ、その後の同盟が弱まる大きなリスクを抱えることになります。その場合における見捨てられのリスクはかなり大きくなると考えておくべきです。

さらに、日本が心配するもう一つの巻き込まれのケースです。恐らく、中東地域などで、日本の防衛とは直接関係ないところでアメリカの戦闘に巻き込まれることかと思います。しかし、今回の法制では、国連PKOにしても国際平和共同対処にせよ、武力行使が必要な戦闘ミッションに参加することは想定されておりません。たとえアメリカが日本に対して中東で米国主導の多国籍の戦闘ミッションに参加してくれという強い要請があっても、法的に参加不可能です。

そもそも、今のアメリカが日本にそのような強い要請をすることも想像できません。なぜなら、米国には、それぞれの地域で米国に協力する同盟国や友好国がいるからです。今、アメリカは、シリア、イラクで脅威になっている過激組織イスラム国に対して、イラク軍、クルド人の民兵組織、シリアの反政府勢力などと協力して空爆や特殊作戦を行っていますが、地域の同盟国であるサウジアラビア、ヨルダン、UAE、トルコなどが共同作戦に参加しております。

二〇〇三年のイラク戦争当時とは異なって、アメリカにとって喫緊の脅威とは核兵器とミサイル能力を向上させている北朝鮮であります。それから、最大の潜在的な脅威は、世界第二の経済規模の下に軍事力の近代化を進め、最近も抗日七十周年記念で大きな軍事パレードを行った中国です。オバマ政権は、ブッシュ政権が開戦したイラク戦争は米国の国力をそぎ、北朝鮮や中国に優位性を与えてしまった戦略的な間違いだと考えており、日本や韓国には、むしろ自らの防衛を強化し、地域での米国との安全保障協力を深めることを期待しています。その意味で、中東での米国の戦争への巻き込まれを過度に心配する必要はありません。

日米同盟も重要ですが、将来を見渡すと、日本は東アジア地域の国々と平和を維持するための多国間の安全保障協力、信頼醸成措置、これを形成していく必要があります。今回の法案の国際平和共同対処事態法では、諸外国の軍隊等に対する捜索救助、協力支援活動を想定しています。すぐには難しくても、今後、日本が東南アジア諸国と安定した多国間の協力体制を形成し、中国をその協力のネットワークに入れていくことができれば、東アジアはより安定します。これを協力をしていけば、日本は頼れるパートナーとして認知されます。今回、国際平和共同対処事態法は例外なき国会の承認が前提ですから、日本人の主体的な意思として行っていく政策を担保する法律だと思います。

最後に、現在の安保法制は、専守防衛という憲法九条の精神を変えるようなものではありません。ただ、専門家からすれば、グレーゾーン事態の対処についてまだまだ不備な部分が多くあります。ただ、武力行使の新要件により歯止めは十分だと思います。

法律は、いずれにせよ万能ではありません。国際情勢が変わったり軍事力が変われば変えなくてはいけません。東日本大震災での津波、原発事故、あるいは最近の集中豪雨、こういうのを見ても、我々人間は想定できることしか準備できないんです。それでも、想像力を最大限に駆使して、想像できる最悪の事態に対処できるようにするということが、我々今の日本人の世界や後世の子孫に対する責任だと思います。

御清聴ありがとうございました。(終)


[2] チュニジアでの犠牲者は当初5人と報道されたが実際は3人だった。公聴会では公述人は5人と述べたが3人に訂正。
[3] この数字は平成24年1月のもので、平成27日1月には84.6%に増えている。詳細は内閣府「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」世論調査参照 http://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-bouei/gairyaku.pdf
    • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員
    • 渡部 恒雄
    • 渡部 恒雄

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