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Brexitカウントダウン(12)Brexitは憲政危機なのか
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Brexitカウントダウン(12)Brexitは憲政危機なのか

June 26, 2019

鶴岡路人
主任研究員

2016年6月23日の国民投票から3年が経過した。国民投票でEU離脱が選択されたことも衝撃的だったが、それ以上に深刻なのは、その後の3年間に起きたことだといえるかもしれない。Brexitをめぐる英国政治の迷走ぶりは、当の英国人にとっても、他のEU諸国にとっても、そして日本のような域外国にとっても想像以上だったといってよい。 

結果として、「人民の意思」とされた英国のEU離脱はいまだ実現していない。当初は2019年3月29日をもって英国はEUから離脱する予定だったが、離脱期日はその後2度にわたって延期され、現在は10月31日になっている。離脱を延期――EUに対して英国が延期を要請――せざるを得なかったこと自体が、政治の混迷ぶりを示している。そして、膠着状態が長引くなかで、これは単なる政策選択をめぐる対立ではなく、憲政危機(constitutional crisis)に移行した、ないしするかもしれないとの指摘が増えている。EUからの離脱プロセスのなかで、国の根幹が揺らぐという状況にまで陥ったのだろうか。 

今回は、国民投票で示された国民の意思の履行という、当初ある意味技術的な問題と捉えられていたものが、ここまでの危機的状況に立ちいたった背景と現状を考えてみたい。Brexit危機の本質は何なのかという問いでもある。Brexitに関する具体的な政策選択をめぐる膠着状態については、本連載ですでに繰り返し検討しているため、ここでは視点を若干かえて、英国の政治制度との関係を見てみることにしよう。 

政治危機から憲政危機へ?

まず、国民投票後の過程で明らかになったことの1つは、EUから離脱することの難しさである。メイ首相も、辞任表明間近の2019年5月21日の演説で、Brexitの履行は「自分が想像したよりもさらに難しかった」ことを認めた。1973年に当時のEEC(欧州経済共同体)に加盟して以降、単一市場に関する部分をはじめとして、英国という国の仕組み自体が完全にEUの一部となっていたのである。離脱派はEUとの統合度合いの深さが理解できていなかったのであり、北アイルランド国境問題を含め、次々に浮上する問題への対応は場当たり的なものにならざるを得なかった。 

国民投票から半年ほど経った時期にドイツで開催された国際会議で、英国出身のとある元EU高官が、「抜けるのが無理なのがEUで、そのように作ったのだ」と述べていたのを、筆者は鮮明に覚えている。こうした議論は、これこそがEUの罠だったとの陰謀論的な批判にもつながるが、英国自身が選択してきた道でもある。単一市場の構築にはそれを支える制度が必要なのであり、国家の根幹に関わらざるを得ない。そして、そのようなEUから離脱するためには、国家を作り直すぐらいの作業が必要になるのであった。 

しかしこのことは、Brexitが必然的に憲政危機に発展することを意味しない。というのも、もしメイ政権が交渉したEUとの離脱協定が2019年春に政権の思惑どおりに議会で可決されていれば、粛々と、当初の期日通りに離脱が実現していたと考えることも可能だからである。その前には、メイ首相が2017年に下院解散による総選挙を実施しなければ、少数与党に陥ることもなかった。 

EUとの離脱協定に関する議会での投票では、(野党の反対は織り込み済みだったが)保守党内の分裂が深まったために大量の造反票が発生し、協定は否決され続けたのである。もっとも、造反票の発生自体は党内ガバナンスの問題に過ぎない。それでも結果として、憲政危機と指摘される局面が生起するようになる。例えば具体的には下記があった。 

  • 2019年3月、バーカウ下院議長が、同じ案件に関する採決を同一議会で再び行うことは議会の規則に反するとして、メイ政権によるEU離脱協定の3度目の採択の試みを阻止しようとした件。――および、それに対して保守党の一部から、現議会を終了させ、再び女王スピーチを実施して新たな議会を開くべきだとの声が出た件。
  • 2019年6月の保守党党首選においてラーブ候補(前EU離脱相)が、「合意なき離脱」に議会があくまでも反対するのであれば、議会を停会(prorogue)する選択肢があると主張した件。

何が憲政危機なのか

上記はいずれも政府(内閣)と議会の間での綱引きの構図である。Brexit問題の膠着状態に着目すれば、「決められない」状態が続くこと自体が、英国における政治体制の限界であり、この状態を打開する手だてがないのだとすれば、憲政上の問題に発展し得る。他方で、政治(議会)で頓挫した問題を国民投票によって解決しようという発想自体が英国の憲法的伝統に反するともいえる。国民投票とは議会ではなく国民が直接決定をする方法であり、英国が築いてきた「議会主権」の原則と国民投票は相性が悪いのである(国民投票立法上、国民投票結果は法的拘束力を有さないが、それに反する決定を行うことが政治的に困難であることは明らかである)。

ただし、危機の本質が長期的な性質であり政治体制自体を変更せずには解決しないのか、短期的な性質で指導者の交代や選挙の実施で解決可能なのかは峻別する必要がある。メノン(Anand Menon)とウェイジャー(Alan Wager)によれば、前者は憲政危機だが、後者は政治危機である[1]

現状では、立場の異なる相手を批判するために双方が憲政危機という言葉を使っている例が少なくない。政策課題に関する立場の相違が深刻であるために議会において多数派の形成が困難であることが、そのまま現行の政治体制では問題解決が困難であることを意味するわけでもない。総選挙を実施しても膠着状態が続く懸念は十分に存在するものの、下院の解散による総選挙という選択肢が残されていることは重要である。それでも、「憲政危機」という、穏当ならざる用語が日常的に使われる状況自体が危機的であることは間違いない。

そもそも、単一の成文憲法を持たずに、13世紀末のマグナ・カルタに始まるさまざまな重要な法律や判例、国際条約、慣習法などの集合体として構成される英国の憲法は、プラグマティズム(実用主義)に支えられたものである。その体制を安定的に維持するためには、政治家と有権者がともにプラグマティックであり、抑制をはたらかせつつ、急進的な立場をとらないことが求められる。Brexitをめぐる英国内の対立の先鋭化は、そうした価値・伝統を根底から揺るがしているのかもしれない。これも少なくとも間接的には憲政危機を引き起こし得る要素である。

「合意なき離脱」に向かうのか

今回の局面でより具体的に問われるのは、政府の意思と議会の意思が異なる場合に、いかなる手続きに基づく調整が可能かという問題である。そもそも、議院内閣制をとる英国において、政府(内閣)の意思と議会のそれとが異なることは、基本的に想定されない。加えて、二大政党制・小選挙区制に支えられた英国の議会制度は、与野党間(ないし多党間)の妥協よりは競争・対決を基調とするものでもある。連立政権も例外的であり、妥協の文化が浸透しているとはいえない。Brexitをめぐる議会審議も、各議員が原則的立場を唱えるアピール合戦の様相を呈した。 

そして直近の課題は、「合意なき離脱」の是非について、政府と議会の意思が異なる可能性である。新首相への就任が有力視されるジョンソン前外相は、EUとの間での離脱協定の再交渉を掲げつつも、「合意があってもなくても10月31日に必ずEUを離脱する」と繰り返し述べている。新政権が「合意なき離脱」が不可避であるとの判断に至った場合に、議会には、それを阻止するための手段が残されているかが争点になっている。というのも、英議会が離脱協定を批准しない以上、英政府が離脱期日の延期をEUに要請し、EU側が全会一致によりそれを承認しない限り、10月31日には「合意なき離脱」という結果になる。 

つまり、「合意なき離脱」については、それを強行する側ではなく、阻止したい側に行動が求められるのである。議会の行動として確実視されるのは内閣不信任であり、クラーク元財務相など、保守党内にも、「合意なき離脱」を阻止するためであれば、野党の提出するであろう内閣不信任に賛成し、自党の政権の打倒に加わる用意があるとの声がすでに複数あがっている。 

10月31日の「合意なき離脱」に際して内閣不信任を行う場合、その手続きに時間を要している間に時間切れとなり、「合意なき離脱」に陥ってしまう懸念が残る。その際には、議会の意思を政府が押し切ることになり、議院内閣制における主従関係――すなわち、議会が内閣を選び、内閣は議会に責任を負うとの関係――が逆転してしまう懸念がある。特に「議会主権」という世界でも珍しい原則を掲げてきた英国にとって、議会の意思が政府によって覆されるとすれば、深刻な事態となる。その合法性に関する議論とともに、事態を政治的にいかに収拾するかをめぐって紛糾することが予想される。その場合には、憲政危機に該当することになるのだろう。 

こうした政治制度に関する懸念に加えて、より直接的に英国という国家の根底を揺るがしかねないのは、スコットランド独立問題に代表される連合王国分裂の危機である。これも、Brexitに関係して新たな局面を迎えつつあり、次回の「Brexitカウントダウン」で検討することにしたい。憲政危機と連合王国分裂の危機は、Brexitが原因となって引き起こしかねない、まさに双子の危機だといえる。

 

[1] Anand Menon and Alan Wager, “Is Brexit a constitutional crisis, or a political one? The answer matters,” LSE Blog, 10 April 2019, https://blogs.lse.ac.uk/brexit/2019/04/10/is-brexit-a-constitutional-crisis-or-a-political-one-the-answer-matters/ (last accessed 24 June 2019).

 

 【Brexitカウントダウン】連載一覧はこちら

 

    • 鶴岡 路人/Michito Tsuruoka
    • 元主任研究員
    • 鶴岡 路人
    • 鶴岡 路人
    研究分野・主な関心領域
    • 欧州政治
    • 国際安全保障
    • 米欧関係
    • 日欧関係

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