トランプ大統領が、ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領との電話会談(2019年7月25日)で、ウクライナへの軍事支援と首脳会談開催の「見返り」に、バイデン(Joe Biden)前副大統領の捜査などを求めたとされる「ウクライナ疑惑」は、アメリカ政治の大きな関心事となった。
民主党が多数を占める連邦議会の下院は、疑惑の追及に注力し、下院情報特別委員会では、2019年11月に、この問題に関する公聴会が立て続けに開催された。その後、同年12月18日には、トランプ大統領を弾劾訴追する決議案が下院で可決された[1]。しかし上院で行われた弾劾裁判では、無罪評決が下されることになった(2020年2月5日)[2]。採決の結果は、上下両院ともに、極めて党派色の強いものとなった。
トランプ大統領の立場や、2020年大統領選挙への影響が、アメリカ政治における焦点であっただけに、弾劾裁判の終結によって、「ウクライナ疑惑」が大きな節目を迎えたことは間違いない。
しかしこの疑惑によって、トランプ政権の体質や構造的な問題(トランプ大統領と専門家集団の緊張関係など)に光が当てられたのも事実であり、こうした問題は、この先も様々な政策案件に影響を及ぼしていくものと思われる。
中でも、アメリカのウクライナ政策を考える上で、「ウクライナ疑惑」はそう簡単に「なかったこと」にはできない問題である。ウクライナは長年ロシアと紛争で対峙している。そのため、ウクライナとの関係は、対ロシア政策の文脈でも大きな意味を持ち、トランプ政権の外交政策を分析する上で重要な論点となる。
トランプ政権2年のウクライナ政策について論じた以前の論考では、ウクライナ側の当初の懸念とは裏腹に、ウクライナ支援の強化が、トランプ政権の下で実現したことを振り返った[3]。また、こうした支援強化が可能になった背景として、ウクライナ支援に消極的なトランプ氏の姿勢が政権内部に浸透しなかったこと、政権幹部によるトランプ大統領の説得が効果を上げたこと、ウクライナ支援を求める超党派の声が連邦議会で支配的であったことなどを指摘した。
しかし「ウクライナ疑惑」の展開を踏まえると、ウクライナ支援の強化を可能にした以上の諸条件が、今後も変わることがないとは言えない。そこでこの論考では、断片的にではあるが、以上の諸点に注目し、「ウクライナ疑惑」がこの先のウクライナ政策に与える影響について俯瞰してみたい。
トランプ大統領の「ウクライナ嫌い」
ウクライナ支援に関する消極姿勢が政権内部に浸透していない状況は、現在でも基本的には変わっていない。確かにトランプ政権では、外交・安全保障ポストを含め、政権幹部の交代が頻繁である。しかしウクライナ政策については、どんなに政権幹部が交代しても、ウクライナへの支持を明確にする姿勢が、前任者から後任者へ引き継がれる格好になっている。例えば、ボルトン(John Bolton)氏の後任として国家安全保障問題担当補佐官に就任(2019年9月)したオブライアン(Robert O’Brien)氏も、ウクライナ支援を重視する姿勢を見せている[4]。
しかし、政権幹部によるトランプ大統領の説得が、今後も効果を上げるかという点については、不透明な部分が多い。ここで特に注目されるのが、「ウクライナ疑惑」を通して指摘されたトランプ大統領の「ウクライナ嫌い」と、その根深さである。すなわちトランプ氏が、2016年大統領選挙の頃からウクライナ政府に不信感を抱き、こうした不信感が今日に至るまで根強く残っているとされることである。
この点については、ワシントン・ポスト紙が詳細な記事を掲載している(2019年11月3日)。この記事によると、ペリー(Rick Perry)エネルギー長官など3人の幹部が、「改革派のゼレンスキーは、これまでの大統領とは違う」と説いた場面でも、トランプ氏は「彼らは不愉快で、腐敗した人々だ」と反論したようである[5]。
「陰謀論」とジュリアーニ氏の存在
また、こうした「ウクライナ嫌い」の要因として注目を集めるのが、「ロシアではなく、ウクライナが2016年選挙に介入し、ヒラリー・クリントンを後押しした」とする「陰謀論」である。こうした「陰謀論」は、2017年1月の『ポリティコ』の記事などが元になったものとされ[6]、その後、これらが「ロシア疑惑」への「カウンター・ナラティブ」として、右派系サイトの一部で拡大した[7]。なお、下院情報特別委員会の公聴会に召喚されたフィオーナ・ヒル(Fiona Hill)氏は、こうした「カウンター・ナラティブ」の普及の背後に、ロシア情報機関の活動もあると証言し、選挙介入の脅威に向き合う必要性を改めて訴えた[8]。
加えて、以上の点と関連して注目すべきなのが、トランプ大統領の顧問弁護士を務めるルディ・ジュリアーニ(Rudy Giuliani)氏の存在である。政権幹部の説得にもかかわらず、トランプ大統領が「陰謀論」に執着する理由として、ジュリアーニ氏の存在を指摘する見方は、下院情報特別委員会の公聴会でも、複数の証人から示された。
振り返ってみると、2001年9月のアメリカ同時多発テロ事件の際、ジュリアーニ氏はニューヨーク市長を務め、その対応ぶりから「アメリカの市長」と呼ばれる存在にもなった。また、2008年大統領選挙では、典型的な主流派の外交論を掲げ[9]、共和党予備選の序盤で善戦もした。
しかしその後のジュリアーニ氏は、政治の表舞台からしばらく姿を消し、次に脚光を浴びたのは、トランプ陣営に加わった2016年大統領選挙の時であった。そしてこの頃になると、ジュリアーニ氏は、主流派とはかけ離れた言動を示すようになっていた。こうしたジュリアーニ氏の「変貌ぶり」については、多くのメディアも注目し、「ステロイドをうったルディ」などと呼ぶ向きもある[10]。
既に述べたように、「ウクライナ疑惑」を経ても、ウクライナ支援への消極姿勢が、政権内部に広く浸透しているとは言いがたい。しかし、トランプ大統領と同様に「陰謀論」を信じるジュリアーニ氏が、「影の外交顧問」として、政権のウクライナ政策に深く関与してきたとされることは、ウクライナ政策の今後を考える上でも注視すべき点である。
議会共和党の中の温度差
以前の論考で論じたように、連邦議会では、トランプ政権発足後も、ウクライナ支援を求める超党派の声が支配的であった。
ところが「ウクライナ疑惑」を追及する姿勢については、党派による違いが鮮明になり、議会採決の結果も、極めて党派色の強いものとなった。投票を通してトランプ大統領に反対した共和党議員は、結果としてロムニー(Mitt Romney)上院議員(ユタ州)のみであった。こうした議会共和党の「結束ぶり」については、民主党の側から強い反発も招いた。
ところで、こうした「ウクライナ疑惑」の展開は、ウクライナ支援を求める連邦議会の超党派図式にいかなる影響を与えるであろうか。ここで特に注意すべきは、トランプ大統領を擁護した共和党議員の中でも、実はかなりの温度差があるという点である[11]。
「ウクライナ疑惑」については、トランプ大統領を強力に支持した共和党議員だけではなく、懸念を抱きながらトランプ大統領を擁護した共和党議員も相当数いた。トランプ大統領の振る舞いを「不適切であるが、弾劾には値しない」としたアレクサンダー(Lamar Alexander)上院議員(テネシー州)や、トランプ大統領の「行動改善」を期待して無罪票を投じたコリンズ(Susan Collins)上院議員(メイン州)の存在は、こうした共和党内の温度差を象徴していると言える。「ウクライナが2016年選挙に介入した」とする「陰謀論」についても、トランプ大統領を強力に支持する議員の間で広がりを見せる一方、議会共和党全体に浸透しているという状態には、今のところ至っていない。
加えて、議会共和党では、トランプ大統領への支持と、ウクライナ支援を分けて考える傾向も見られる。すなわち、大統領を擁護することと、ウクライナ支援を重視することは矛盾しないとの立場である(民主党側は両者が矛盾するものであると批判している)。
こうした点を踏まえると、「ウクライナ疑惑」についてトランプ大統領を擁護した議会共和党も、ウクライナ支援については、引き続き支援の強化をトランプ大統領に求めていく可能性が高い。
弾劾裁判後の展開
弾劾裁判の終結によって、「ウクライナ疑惑」は大きな節目を迎えた。しかし弾劾裁判の終結直後には、先の公聴会で証言した現役の政府高官が立て続けに解任されたことが注目を集めた[12]。また、2020年3月には、バイデン氏側の疑惑を追及するための証人喚問を求める動きが、共和党多数の上院で活発化した(新型コロナウイルスの感染拡大などにより中断した)[13]。こうした点を踏まえると、「ウクライナ疑惑」の問題は、国内政治の次元でも、尾を引いていくものと思われる。
また、ウクライナ政策の文脈で注目を集めたのは、弾劾裁判の最中に実現したポンペオ(Mike Pompeo)国務長官のウクライナ訪問であった(2020年1月31日)。ウクライナ側にとっては訪問自体に大きな意義があったが、さらにポンペオ国務長官は、ロシアと対峙するウクライナへの支持や、アメリカにとってのウクライナの重要性を繰り返し公言した。また、ロシアとの紛争で犠牲になった兵士を祀るウクライナ正教会の聖堂で献花も行った。しかしゼレンスキー大統領の訪米の見通しに関しては、訪米に向けた前提条件がないことを強調する一方、具体的な日程については回答を避けた[14]。
今日の共和党では、「オバマ政権下で実現しなかった軍事支援の強化が、トランプ政権下では実現した」「ウクライナ支援の本気度は、言葉よりも行動で評価されるべきである」といった発言が散見される[15]。こうした発言は、トランプ大統領への支持と、ウクライナへの支援強化を、何とか両立させようとする姿勢が表れたものと見ることができる。こうした発言も踏まえると、ウクライナ支援を求めるアメリカ国内の動きに、急激な変化が起こることは、今のところ考えにくい。
他方、「ウクライナ疑惑」は、トランプ政権下のウクライナ支援が、決して盤石なものではないことも印象づけた。とりわけ「陰謀論」の存在や、大統領とジュリアーニ氏の距離の近さは、ウクライナ支援にも直結しうる問題であるだけに、この先もウクライナにとっての不安材料になるであろう。
いずれにしても、この先しばらくのウクライナ政策は、共和党内の動きに左右される部分が大きいと考えられる。
[1]「職権乱用」に関する下院の採決の結果は、賛成230(民主党229、無所属1)、反対197(共和党195、民主党2)であった。<http://clerk.house.gov/evs/2019/roll695.xml>「議会妨害」に関する下院の採決の結果は、 賛成229(民主党228、無所属1)、反対198(共和党195、民主党3)であった。<http://clerk.house.gov/evs/2019/roll696.xml>
[2]「職権乱用」に関する上院の採決の結果は、有罪48(民主党45、無所属2、共和党1)、無罪52(すべて共和党)であった。<https://www.senate.gov/legislative/LIS/roll_call_lists/roll_call_vote_cfm.cfm?congress=116&session=2&vote=00033>「議会妨害」に関する上院の採決の結果は、有罪47(民主党45、無所属2)、無罪53(すべて共和党)であった。<https://www.senate.gov/legislative/LIS/roll_call_lists/roll_call_vote_cfm.cfm?congress=116&session=2&vote=00034>
[3] この点については、ヴォルカー(Kurt Volker)元ウクライナ問題担当特使も、下院情報特別委員会の公聴会で指摘している。Kurt Volker, Written Statement for the Hearing of the House Permanent Select Committee on Intelligence, 116th Congress, 1st Session, November 19, 2019, pp.2-3. <https://docs.house.gov/meetings/IG/IG00/20191119/110232/HHRG-116-IG00-Wstate-VolkerA-20191119.pdf>
[4] Robert O’Brien, “Transcript: Robert O’Brien on “Face the Nation,” November 10, 2019,” CBS News, November 10, 2019. <https://www.cbsnews.com/news/transcript-robert-obrien-on-face-the-nation-november-10-2019/>
[5] Greg Jaffe & Josh Dawsey, “A Presidential Loathing for Ukraine Is at the Heart of the Impeachment Inquiry,” The Washington Post, November 3, 2019. <https://www.washingtonpost.com/national-security/a-presidential-loathing-for-ukraine-is-at-the-heart-of-the-impeachment-inquiry/2019/11/02/8280ee60-fcc5-11e9-ac8c-8eced29ca6ef_story.html>
[6] Kenneth Vogel & David Stern “Ukrainian Efforts to Sabotage Trump Backfire,” Politico, January 11, 2017. <https://www.politico.com/story/2017/01/ukraine-sabotage-trump-backfire-233446>
[7] Ryan Broderick, “How A Viral Article on Facebook Convinced Trump’s Inner Circle They Had Found Their Very Own Ukrainian ‘Whistleblower’,” Buzz Feed News, November 4, 2019. <https://www.buzzfeednews.com/article/ryanhatesthis/ukraine-whistleblower-politico-story-dnc-telizhenko>; Thomas Rid, “Who’s Really to Blame for the ‘Ukraine Did It’ Conspiracy Theory,” The Atlantic, December 5, 2019. <https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2019/12/who-created-ukraine-did-it-conspiracy-theory/602992/>
[8] Fiona Hill, Written Statement for the Hearing of the House Permanent Select Committee on Intelligence, 116th Congress, 1st Session, November 21, 2019, pp.6-8. <https://docs.house.gov/meetings/IG/IG00/20191121/110235/HHRG-116-IG00-Wstate-HillF-20191121.pdf>
[9] 当時のジュリアーニ氏の外交論については、Rudolph Giuliani, “Toward a Realistic Peace,” Foreign Affairs, September/October, 2007 <https://www.foreignaffairs.com/articles/2007-09-01/toward-realistic-peace> などから把握できる。
[10] Josh Dawsey & Rosalind Helderman & Tom Hamburger & Devlin Barrett, “Inside Giuliani’s Dual Roles: Power-Broker-for-Hire and Shadow Foreign Policy Adviser,” The Washington Post, December 9, 2019. <https://www.washingtonpost.com/politics/inside-giulianis-dual-roles-power-broker-for-hire-and-shadow-foreign-policy-adviser/2019/12/08/f9ab9c4c-1773-11ea-9110-3b34ce1d92b1_story.html>
[11] このような議会共和党内の温度差については、ワシントン・ポスト紙の記事(2019年10月8日)が早い段階で指摘している。この記事は、「ウクライナ疑惑」をめぐる共和党議員の立場を、①トランプ大統領を強力に支持する「トランプ支持者(all-in Trumpers)」、②内密には懸念を示すが、公の場では発言を控える「沈黙する多数派」、③公の場で懸念を示す「一定の批判者」、④公の場で批判をする「批判者」の4つに分類している。Amber Philips, “From All-In Trumpers to the Lone Critic: The Four GOP Factions on Trump and Ukraine,” The Washington Post, October 8, 2019. <https://www.washingtonpost.com/politics/2019/10/07/all-in-trumpers-lone-critic-four-gop-factions-trump-ukraine/>
[12] 2020年2月7日に、ビンドマン(Alexander Vindman)国家安全保障会議(NSC)欧州担当部長と、ソンドランド(Gordon Sondland)EU大使が解任された。
[13] Mike DeBonis, “Senate GOP Chairman Abruptly Shifts Course on Subpoena Targeting Biden,” The Washington Post, March 12, 2020. <https://www.washingtonpost.com/powerpost/senate-gop-chairman-abruptly-postpones-vote-on-subpoena-targeting-bidens/2020/03/11/feaad1ce-63a2-11ea-b3fc-7841686c5c57_story.html>
[14] Nolan Peterson, “Amid Impeachment, Pompeo Visit to Ukraine Underscores US Support,” The Daily Signal, January 31, 2020. <https://www.dailysignal.com/2020/01/31/amid-impeachment-pompeo-visit-underscores-us-support-for-ukraine/>; Steven Pifer, “Pompeo Visited Ukraine. Good. What Next,” Brookings Institution, February 3, 2020. <https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2020/02/03/pompeo-visited-ukraine-good-what-next/>
[15] 例として、オブライアン補佐官もこのような発言をしている。O’Brien, op.cit.