4年間続いたトランプ政権は、アメリカ外交に一定の変化をもたらした。共和党に関しては、長らく傍流であった「アメリカ第一」の路線が、党内で影響力を増したという意味で、重要な変化を見せた。また、民主党に関しては、「アメリカ第一」路線への反発を強める過程で、共和党とは違う意味での変化を見せることになった。
こうした両党の変化は、民主化・人権の促進といったいわゆる「価値観外交」を考える上でも重要である。トランプ氏の「アメリカ第一」路線は、軍事・安全保障面での孤立主義(紛争介入への反対、在外米軍の縮小など)と、経済・貿易面での保護主義(高関税政策の多用など)を柱とするものであったが[1]、これらに加えて、民主主義や人権といった価値の普及に消極的であることも、この路線の重要な特徴であった。後述するように、価値観外交に関するトランプ氏のあからさまな消極姿勢が、この4年間で、共和党全体に浸透したわけでは決してない。しかし、以前の共和党に比べて、同党がこの問題への関心を低下させたように見えるのも事実である。
他方、トランプ氏のこうした消極姿勢は、党派対立の文脈の中で、民主党の側にも大きな影響を及ぼした。トランプ政権からのいわば反動で、価値の重視を掲げる姿勢が、これまで以上に民主党の側から示されるようになったのである。
この論考では、こうした変化の最中にあるアメリカの価値観外交について、トランプ政権4年の振り返りと、今後の展望を念頭に、検討してみたい。
・トランプ氏の特徴 ・共和党の現状 ・民主党の現状 ・「民主主義サミット」に関する議論 ・日本への若干の示唆 |
トランプ氏の特徴
アメリカは歴史的に、民主主義や人権の追求を、外交の中で重視してきた。こうした姿勢は、民主党・共和党の違いに関係なく、歴代政権が長らく継承してきたものである。もちろん、政権によってこの問題に対する熱意に差があったのも事実であり、また、アメリカの民主化・人権促進に対しては、様々な角度から批判も示されてきた。例えば、ある国で民主化を支援しておきながら、別の国では支援を控えるといったいわゆる二重基準(ダブルスタンダード)の問題がある。また、中国やロシアからは、民主主義や人権を口実に、アメリカは自身の国益を追求しているだけであるといった批判も投げかけられた。また逆に、アメリカ国内では、価値の追求に力を入れるあまり、アメリカの国益が犠牲にされているとの指摘もあった[2]。
このように、アメリカの価値観外交は、必ずしも順調な軌跡を辿ってきたわけではない。しかし、こうした点を踏まえても、トランプ大統領の登場が、この分野に「これまでにない課題」をもたらしたのも事実である。
トランプ氏に際立った第一の特徴は、価値観外交への無関心を隠そうとしなかった点である。これまでの大統領は、たとえ具体的な行動をとらない場合であっても、少なくとも建前上は、価値を重視する立場を言葉で表明してきた。しかし、トランプ氏の場合は、こうした言葉そのものが少なかった。
第二の特徴は、トランプ氏が、むしろ強権的指導者に対する称賛を公然と繰り返したことである。確かにこれまでの大統領も、安全保障上の利益や経済的な利潤を追求する中で、民主主義や人権に関する懸念を封印して、強権的指導者との関係強化に動くことはあった。しかし、こうした関係強化の試みは、あくまでも「選択的」「例外的」なものであり、いわば「必要悪」として関係強化を試みるという側面が強かった。これに対して、トランプ氏の場合は、強権的指導者を公然と批判することの方が、むしろ例外的であったところに特徴がある[3]。また、トランプ氏の言動からは、「必要悪」としてというよりも、かなり意欲的に強権的指導者に接近する傾向も見受けられた。
第三の特徴は、他ならぬトランプ氏自身が、民主主義や人権の規範に反するような行動を、アメリカ国内で繰り返し実践したことである。これについては、大統領就任当初から指摘されてきたことであるが、特に大統領任期の終盤において顕著であった。2020年大統領選挙における「不正投票」の訴えや、連邦議会議事堂占拠事件(2021年1月6日)の原因になったとされる集会での言動がこれに相当するが、これらを含む一連の行動は、世界各地の強権的指導者に「絶好の教科書」を提供したとも批判される。こうした批判の声は、特に民主党の中で強く、民主主義と権威主義の対立が深まる世界において、トランプ氏をむしろ「あっち側の人間」と見なす向きすら強まっている。
共和党の現状
冒頭で触れたように、こうしたトランプ氏の言動は、共和党・民主党の双方に影響を及ぼした。ただ、前回の論考で述べたように、現在の両党は、外交に関する路線対立を抱えている状況で、価値観外交の問題を考える際にも、こうした党内対立の存在に注意する必要がある。
まず共和党については、トランプ政権の4年間で、「アメリカ第一」路線が着実に党内で影響力を増した。価値観外交についても、共和党支持者や共和党議員の一部では、トランプ氏に同調する動きが見られる。また、党全体として見ても、以前の共和党と比べて、現在の共和党がこの問題への関心を低下させているのは間違いない。その意味で、トランプ政権の4年が共和党に残した影響は小さくない。
しかし他方、強権的指導者を公然と称賛するようなトランプ氏の態度が、党全体に浸透したとまでは言いがたい。プーチン大統領(ロシア)や金正恩委員長(北朝鮮)に寄り添うトランプ氏の姿勢については、共和党の中からも批判や疑問の声が上がった。また、トランプ氏が称賛したドゥテルテ大統領(フィリピン)の「麻薬戦争」についても、人権問題として批判する動きが共和党の中にあった[4]。さらに、トランプ政権が予算教書で示した民主化促進関連予算の削減案を、上下両院で共和党が多数を占める連邦議会(2017-19年の第115議会)が、拒否するという場面も見られた[5]。そして、米中対立の激化は、中国の人権問題に対する共和党の視線を、極めて厳しいものにした。こうした点を踏まえると、価値の分野における「アメリカ第一」路線の広がりは、限定的なものであったとも言える。
いずれにしても、トランプ氏退任後の共和党が、この分野でどのような方向に進んでいくのかは、アメリカ価値観外交の今後を見通す上でも重要な点になる。
民主党の現状
対する民主党の側では、トランプ氏への反対を念頭に、民主主義・人権を重視すべきとの姿勢が、党全体で強く共有されるようになっている。2020年8月の党大会で採択された民主党政策綱領でも、民主的価値を外交政策の中心に据えるとの姿勢が強調された[6]。こうしたトランプ政権からの反動は、バイデン政権発足後も続いており、バイデン大統領は「民主主義サミット(Summit for Democracy)」をできるだけ早期に開催する意欲を見せている。
ただこうした状況下でも、党内には一定の立場の違いがある。例えば、サンダース上院議員に代表される左派勢力は、海外での民主化・人権促進を重視する一方、何よりもアメリカ自身がまず身を正すべきであるとの主張も強調している。すなわち、アメリカ自身が国内の人権問題を解決し、民主主義を体現することが、価値観外交を進める上での大前提になるとの主張である。
ジョージ・フロイド氏の死(2020年5月25日)をきっかけとする抗議運動の広がりや[7]、先述の議事堂占拠事件は、アメリカ社会の諸問題や分断の深刻さを世界に向けて露呈することになった。実際、民主化・人権問題でアメリカと対立する中国やロシアは、アメリカ国内のこうした混乱を念頭に、アメリカ外交の「矛盾」や「偽善」を皮肉交じりに批判している。このような状況の下、サンダース議員らによる国内重視の主張は、一定の説得力を持っており、民主党の中で広がりも見せている。
なお、イラク戦争の反省から、武力を用いた民主化促進への反対は、民主党全体で強くなっている。ただこの点についても、党内で一定の温度差はある。党内左派の間では、「外交政策の非軍事化(demilitarize foreign policy)」を掲げる動きもあり[8]、武力行使に反対する姿勢は、現在の民主党の中でも際立っている。
「民主主義サミット」に関する議論
バイデン氏が開催を目指す「民主主義サミット」について、幾つか補足をしたい。このサミットを開催する主な目的は、価値観外交を重視する姿勢を鮮明にし、「アメリカ第一」路線からの転換を内外に示すことであると見られる。ただ、こうしたサミット開催方針を巡っては、アメリカ国内で様々な意見が投げかけられている。
サミット開催に懐疑的な議論としては、第一に、「招待国リスト」作成の難しさを指摘するものがある。すなわち、リストを広げて、民主主義の後退が見られる国々も招待すると、サミットが機能不全に陥る可能性が高まってしまう。逆に、リストを狭めて、参加国を限定すれば、一部の同盟国を枠組みから除外することになってしまう[9]。
第二の懐疑論は、サミット開催が、世界における民主主義と権威主義の対立を決定的なものとし、両陣営の間での実務的な協力すら阻みかねないと危惧するものである。気候変動や感染症対策での国際協力を目指すバイデン政権にとって、このような懐疑論は、無視しがたいものである。また、こうした懐疑論は、「民主主義サミット」の開催が、国連やG20といった既存の枠組みを傷つける危険性も指摘する[10]。
第三の懐疑論は、信頼性を低下させているアメリカの現状を不安視するものである。これは、サンダース議員らの先述の主張とも通じるもので、アメリカ国内の再建が先決すべき課題であるとするものである。中には、「民主主義サミット」の開催を止め、その代わりに、連邦議会議員や全米の州知事・市長を集めた国内版「民主主義サミット」を開催すべきとする声もある[11]。
他方、アメリカ国内の民主主義が危機に瀕している今だからこそ、国際的な「民主主義サミット」の開催が急務になると訴える声もある。民主主義各国が抱える国内問題をサミットの場で共有し、問題解決に向けて連携することが、国内の民主主義を再建する上でも有効になるとの主張である[12]。
また、国内民主主義の欠陥に真摯に向き合い、国際社会の場で謙虚さを保ちさえすれば、国内での再建と、海外での価値の普及は両立可能であると主張する声もある[13]。
さらには、国内の再建と、海外での価値の普及が、互いに補強し合う関係にあると指摘する見方もある。すなわち、アメリカに向けられる中国・ロシアの視線と、それに対する戦略的思考や緊張感が、アメリカ国内の改革を後押しする原動力になってきたというわけである。こうした見方に従うと、アメリカ国内の民主主義を再建するためにも、アメリカは海外での価値の普及に、より一層尽力しなくてはならないということになる[14]。
日本への若干の示唆
以上のように、現在のアメリカでは、価値観外交を巡って、様々な動きや議論が見られる。しかし、バイデン政権が発足して間もない現時点で最も重要なのは、アメリカが価値観外交の復権を意識的に重視していることである。
バイデン政権は、世界の民主化・人権問題に向き合う上でも、同盟国・友好国との連携を重視していくものと見られる。こうした点は、日本にとっても重要であり、香港、ウイグル、ミャンマーなどの問題で、日本が今後、難しい選択を迫られる可能性があることも、頭に入れておく必要がある。
また、現在の民主党の中には、同盟国・友好国の人権問題に対しても、強い関心を寄せる動きがあるため、日本としても、自国の人権状況への関心を、高めていく必要があるかもしれない。
[1] 久保文明「「トランプ外交」の原則をめぐって」SPFアメリカ現状モニター, 笹川平和財団, 2018年3月.
<https://www.spf.org/_jpus-j_media/img/investigation/doc_spf_america_monitor_10.pdf>
[2] アメリカ国内外の賛否については、Marian Lawson & Susan Epstein, “Democracy Promotion: An Objective of U.S. Foreign Assistance,” CRS Report, January 4, 2019, pp.17-18. <https://www.everycrsreport.com/files/20190104_R44858_aaa79dc011a9a071c15beaf4bcb8e1accefc564c.pdf> などを参照。
[3] Thomas Carothers, “Democracy Promotion under Trump: What Has Been Lost? What Remains?,” Carnegie Endowment for International Peace, September 6, 2017. <https://carnegieendowment.org/2017/09/06/democracy-promotion-under-trump-what-has-been-lost-what-remains-pub-73021>
[4] 例えば、共和党議員の大多数が支持したアジア再保証イニシアチブ法(ARIA、2018年12月成立)は、フィリピンについて、「超法規的な殺害の気がかりな報告が続いている」との懸念を示し、トランプ氏との立場の違いを明確にした(第401条)。“Asia Reassurance Initiative Act of 2018,” 115th Congress, 2nd Session, December 31, 2018. <https://www.congress.gov/115/bills/s2736/BILLS-115s2736enr.pdf>
[5] Lawson & Epstein, op.cit, pp.12-16.
[6] Democratic Party, “2020 Democratic Party Platform,” pp.82-85. <https://www.demconvention.com/wp-content/uploads/2020/08/2020-07-31-Democratic-Party-Platform-For-Distribution.pdf>
[7] この問題の外交への影響については、Judah Grunstein, “America’s Struggle For Racial Justice Is a Barrier– and a Bridge– to the World,” World Politics Review, June 10, 2020. <https://www.worldpoliticsreview.com/articles/28827/america-s-struggle-for-racial-justice-is-a-barrier-and-a-bridge-to-the-world>; Mark Scott, “Russia and China Target U.S. Protests on Social Media,” Politico, June 1, 2020. <https://www.politico.com/news/2020/06/01/russia-and-china-target-us-protests-on-social-media-294315> などを参照。
[8] Medea Benjamin, “Demilitarize Foreign Policy,” The Progressive, February 4, 2020. <https://progressive.org/magazine/demilitarize-foreign-policy-benjamin/> などを参照。
[9] Stewart Patrick, “After the Capitol Riot, Biden’s Summit for Democracy Is More Needed Than Ever,” World Politics Review, January 18, 2021.
<https://www.worldpoliticsreview.com/articles/29358/after-the-capitol-riot-biden-s-summit-for-democracy-is-more-needed-than-ever>
[10] Ibid.
[11] James Goldgeier & Bruce Jentleson, “The United States Needs a Democracy Summit at Home,” The Foreign Affairs, January 9, 2021. <https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-01-09/united-states-needs-democracy-summit-home>
[12] Frances Brown & Thomas Carothers & Alex Pascal, “America Needs a Democracy Summit More Than Ever,” The Foreign Affairs, January 15, 2021. <https://www.foreignaffairs.com/articles/world/2021-01-15/america-needs-democracy-summit-more-ever>
[13] Patrick, op.cit.
[14] Nick Danforth, “Democracy at Home and Democracy Promotion Abroad Aren’t the Same,” Foreign Policy, January 14, 2021. <https://foreignpolicy.com/2021/01/14/hypocrisy-democracy-united-states-foreign-policy-capitol-riot/>