トランプ政権下のアメリカでは、共和党と民主党の党派対立が更に激化している。しかし同時に、その裏で、両党の変容も注目を集めるようになっている。また、こうした変容によって、両党内では、主流派と新興勢力の緊張関係も見られるようになっている。
こうした点は、特に外交の分野を考える上で重要である。これまでのアメリカでは、アメリカ主導の国際秩序を重視し、これの維持に向けて、軍事・経済・価値の全てでリーダーシップを発揮すべきとする方針が、長らく継承されてきた。こうした主流派の外交路線は、細部に違いはあれど、共和党と民主党の両者に支持されてきた。
しかし今日、こうした主流派の外交路線は、共和党と民主党の双方で、大きな挑戦を受けている(図1を参照)。周知のとおり、共和党の側では、トランプ大統領に象徴される「アメリカ第一(America First)」の外交路線が台頭している。冷戦終結後では、パトリック・ブキャナン(Patrick Buchanan)氏が「アメリカ第一」路線の代表的論者として知られたが、1990年代当時の「アメリカ第一」路線はあくまでも傍流で、イラク戦争開戦時などは、共和党の中でかなり浮いた存在にもなった。しかし、トランプ政権発足を経た現在においては、「アメリカ第一」路線が共和党の中で大きな存在になっている。
他方、民主党の側では、党内左派の間で「プログレッシブ外交」などと呼ばれる路線が台頭している。この路線は、民主党予備選(2020年)で敗れたサンダース(Bernie Sanders)上院議員(無所属、バーモント州)らの主張を土台とするもので、本選挙に向けて、党内での存在感を引き続き高めている[1]。世界の民主主義を支援する重要性を指摘しつつ、軍事的な手段を通した民主化促進には否定的な姿勢を示すこの路線は、主流派の路線とも「アメリカ第一」路線とも異なる「第三の路線」を自認するに至っている。
こうした両党の変容は、アメリカとしての政策にも、既に影響を及ぼしている。軍事力を用いた紛争介入や、自由貿易の考えは、以前と比べて遥かに不人気なものになっている。外交をめぐる両党の党内事情を理解することは、今後のアメリカ外交を見通す上でも、重要な試みと言える。
そこで本稿では、2020年党大会の時点を念頭に、党大会で採択された政策綱領や、これに関する動きを概観して、両党の現状を分析する。
図1:アメリカ外交をめぐる3つの基本路線
2020年党大会と政策綱領
民主党は2020年8月17日から20日(会場はウィスコンシン州ミルウォーキー)にかけて、共和党は8月23日から27日(会場はノースカロライナ州シャーロット)にかけて、それぞれ党大会を開催した。新型コロナウイルスの影響を受けて、民主党は開催を一度延期し、また、開催方法も大部分をオンライン方式とした。他方、共和党に関しては、オンライン方式を導入したものの、トランプ大統領が会場で演説を行うなど、対面方式へのこだわりも見られた。
こうしたコロナ対応の違いほどは注目を集めなかったが、今回の党大会では、政策綱領の扱いでも、両党の違いが際立った。すなわち、民主党は従来どおり、党大会で政策綱領(分量はこれまでの政策綱領と比べてかなり多め)[2]を採択したが、共和党は従来のやり方を踏襲せず、政策綱領を策定しなかったのである。共和党は代わりに、政権2期目に向けたトランプ大統領の公約(非常に簡素な内容)[3]を支持する方針を確認した。[4]
党大会ごとに採択されてきた政策綱領は、象徴的な性格の強い文書であり、候補者の言動を拘束する効果は低いとされる。列挙される方針については、実現可能性よりも、有権者へのアピールに力点を置く傾向が強い。
他方、その時点の政党の方向性や、党内の意見集約状況を知る上で、政策綱領は重要な文書である。特に党内の活動家の関心は高く、各活動家は自身の主張が政策綱領に盛り込まれることを精力的に目指すとされる[5]。
また、近年の党大会は、本選挙に向けて党内結束を演出する場にもなっているため、政策綱領では、個別争点をめぐる政策のすり合わせが、大きな注目点になる。
民主党の状況(政策綱領)
民主党では、指名を獲得したバイデン(Joe Biden)氏ら党内穏健派(中道派)が主流派の外交路線を重視し、サンダース氏ら党内左派が「プログレッシブ外交」を提唱する対立図式となっている。両者は、様々な個別争点をめぐって立場を異にしており、政策綱領でも、こうした争点に関する記述が注目の的になった。
2020年の民主党政策綱領は全10項目から成り、「アメリカのリーダーシップを刷新する」と題する最後の項目で、外交関連の指針を打ち出している。こうした外交関連指針に関して、特に注目すべきなのは、穏健派・左派の双方に配慮したような記述が目立つことである。
例えば、国防予算については、「国防予算を合理化する(rationalize)」という記述が見られる。現在の民主党では、国防予算の大幅削減を求める声が左派の側で強まっているが(“Defund the Military”、“Defund Pentagon”)、穏健派はこうした動きと距離を置いていて、これが党内の対立点になっている[6]。政策綱領の以上のような記述は、どちらの側にも配慮した折衷案的な表現であると言える。
また、アフガニスタン戦争については、「終わりなき戦争を責任ある形で終結させる」といった記述になっている。アフガニスタンからの米軍撤退については、早期撤退を目指す党内左派と、それに慎重な穏健派の対立が見られるが、政策綱領の記述は、やはり両派への配慮がにじむ表現であると言える。
他方、党内左派にとって不満が残る記述も幾つかある。例えば、イスラエルについては、「BDS運動を含め、イスラエルの正統性を認めない全ての試みに反対する」といった記述がある。「BDS運動」とは、「ボイコット、投資撤退、制裁(Boycott, Divestment, Sanction)」の略称で、イスラエルに対する圧力を求める運動のことを指す。民主党左派の間では、ネタニヤフ政権への批判を念頭に、BDS運動を支持する動きがあるが、政策綱領では、このBDS運動が全面的に否定される格好になった。
本選挙に向けて、民主党は党大会で挙党態勢を演出し、政策綱領の記述でも、結束を演出しようとする努力が認められる。しかし、個別争点まで掘り下げると、どうしても覆い隠し難い立場の違いに出くわす場面も生まれる。
外交に限らず、民主党左派の間では、左派の主張の盛り込みが期待以下であったとの不満があり、政策綱領の採択に反対する動きも見られた[7]。本選挙に向けて、こうした点がしこりとなる可能性はないとは言えない。
共和党の状況
共和党では、トランプ大統領の「アメリカ第一」路線が影響力を増しているが、連邦議会や政権幹部の間では、主流派の路線も影響力を残している。
こうした中、共和党政策綱領の記述がどのようなものになるかが注目された。しかし既に述べたように、この度の共和党は政策綱領を策定しなかった。
代わりとみられるトランプ大統領の公約は、簡素な方針を箇条書きにしたもので、全11項目のうち2項目で、外交関連の方針を打ち出している。
「中国への依存を終わらせる」と題した項目では、「100万人分の製造業の雇用を中国から取り戻す」「新型コロナウイルスの世界への拡散を許した中国の責任を全面追及する」といった方針が打ち出された。また、「アメリカ第一外交」と題した別の項目では、「終わりなき戦争を終結させ、米兵を帰還させる」「同盟国に公平な負担を支払わせる」「アメリカ人を脅かすグローバル・テロ集団を根絶する」といった方針が掲げられた。
こうした共和党の現状については、幾つかの見方が示されている。まずは、「アメリカ第一」路線の共和党全体への浸透や、共和党の結束ぶりを強調する見方である。以前とは異なり、この度の共和党党大会では、世界の民主化といった問題に関する参加者の発言は少なく、「アメリカ第一」路線の浸透を印象づける場面が多かった[8]。
他方、共和党の結束ぶりがあくまでも表面的なもので、党内の立場の違いを表面化させないために、あえて政策綱領を策定しなかったとする見方もある[9]。実際、同盟国・友好国との向き合い方などでは、現在でも、トランプ大統領と議会共和党の間で、立場に隔たりがあるため[10]、共和党が党内結束の演出を何よりも優先させたという可能性はあるであろう。
また、以上の二つの見方とは別に、「トランプ色」の強い政策綱領を策定する好機を、大統領自らが手放したとするような見方もある。この度の共和党は、先述のトランプ大統領の公約を支持する方針とともに、2016年政策綱領を引き続き現行の政策綱領とする方針も確認した[11]。2016年政策綱領は、まだトランプ氏の立場を十分に反映したものでなかったため、こうした見方も興味深いものである。
本選挙に向けて
11月の本選挙に向けて、党内結束を演出することは、両党にとってますます重要になってくるであろう。しかし、少なくとも外交に関しては、両党ともに党内対立の火種を抱えている状態であり、これをどう管理していくかも、引き続き問われることになる。
今回、民主党は党内で政策のすり合わせを重ね、例年以上に分量の多い政策綱領を採択した。対照的に、共和党は簡素な公約のみを公表するという、いわば前例にとらわれないやり方を選んだ。こうした党内対立への向き合い方の違いが、今後、どのように作用するかも、選挙戦の隠れた注目点になるかもしれない。
[1] プログレッシブ外交について、詳しくは拙著「ウォーレン候補の外交論とは :サンダース候補との共通点と相違点」(東京財団政策研究所論考、2019年10月25日)<https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3259>を参照。
[2] Democratic Party, “2020 Democratic Party Platform,” August 18, 2020. <https://www.demconvention.com/wp-content/uploads/2020/08/2020-07-31-Democratic-Party-Platform-For-Distribution.pdf >
[3] Donald Trump, “Trump Campaign Announces President Trump’s 2nd Term Agenda: Fighting for You!” August 23, 2020. <https://www.donaldjtrump.com/media/trump-campaign-announces-president-trumps-2nd-term-agenda-fighting-for-you/>
[4] 過去の政策綱領については、“National Political Party Platform,” The American Presidency Project. <https://www.presidency.ucsb.edu/documents/presidential-documents-archive-guidebook/party-platforms-and-nominating-conventions-3> を参照。
[5] Andrew Prokop, “The Democratic Platform, Explained,” Vox, August 18, 2020. <https://www.vox.com/2020/8/18/21322685/democratic-convention-platform-controversy>
[6] 国防予算をめぐる民主党内の対立については、Joe Gould, “Defund Pentagon Effort Holds Message for Biden,” Defense News, July 20, 2020. <https://www.defensenews.com/congress/2020/07/20/defund-pentagon-effort-holds-message-for-biden/> などを参照。
[7] Sydney Ember & Matt Stevens, “What the Newly Approved Democratic Platform Actually Says,” The New York Times, August 19, 2020. <https://www.nytimes.com/2020/08/19/us/politics/democratic-party-platform.html> など。
[8] Philip Gordon, “What the Republican National Convention Tells Us About Trump’s Foreign Policy,” Foreign Policy, August 27, 2020. <https://foreignpolicy.com/2020/08/27/republican-national-convention-trump-foreign-policy/>
[9] Laura Kelly, “Ukraine Language in GOP Platform Underscores Trump Tensions,” The Hill, August 30, 2020. <https://thehill.com/policy/international/514164-ukraine-language-in-gop-platform-underscores-trump-tensions> など。
[10] Mira Rapp-Hooper & Mathew Waxman, “Presidential Alliance Power,” The Washington Quarterly, Summer, 2019, pp.67-83.などを参照。
[11] Reid Epstein, “Why the GOP Punted on a New Party Platform for the 2020 RNC,” The New York Times, August 25, 2020. <https://www.nytimes.com/2020/08/25/us/politics/republicans-platform.html>