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アメリカNOW 第86号 共和党政権は「オバマケア」を廃止できるのか

January 12, 2012

いよいよ共和党の大統領候補者指名を争う予備選挙の投票が始まった。選挙結果の行方もさることながら、注目されるのは選挙後の米国の政策の行方だ。本稿では、共和党の各候補がこぞって公約に掲げる「オバマケア(オバマ政権下で成立した医療改革法)の廃止」の可能性について考察する。

1.万能ではない新政権

オバマ政権下で成立した医療改革法(PPACA:Patient Protection and Affordable Care Act)の廃止は、共和党の大統領候補指名を目指す有力候補に共通する公約だ。誰が予備選挙を勝ち抜くにしても、PPACAの廃止がオバマ大統領に対峙する共和党候補の公約になることは間違いがない。また、共和党関係者には、「2014年にPPACAが本格稼動してしまうと、廃止に持ち込むのは難しくなる」という問題意識が強い。このため、2013年に共和党政権が誕生した場合には、PPACAの廃止が直ちに優先課題となる可能性が高い。

しかし、共和党政権が誕生しさえすれば、PPACAが廃止になるとは限らない。新政権は万能ではない。曲がりなりにも法律として成立した改革である以上、その廃止には議会を通じた立法措置が必要になる。新大統領の決断だけでは、「オバマケア」の廃止は覚束ない。

共和党政権がPPACAを廃止するためには、大統領選挙と同時に投票が行なわれる議会選挙において、共和党が上下両院で多数党を獲得することが望ましい。上下院のいずれか一つでも民主党が多数党となれば、新政権は法案審議のスケジュールをコントロールしきれなくなる。たとえ民主党議員の一部がPPACA廃止に寝返ったとしても、民主党指導部の反対がある限り、廃止法案の審議は難しいだろう。

それでは、上下両院で共和党が多数党になりさえすれば、共和党の新政権はPPACAを廃止できるのだろうか。話はそう簡単ではない。今年の議会選挙では、どちらの政党が勝つにしても、圧倒的な多数で上下両院を制する可能性は低い。とくに上院では、共和党が多数党の座を民主党から奪回した場合でも、少数党による議事進行妨害(フィリバスター)を阻止できる60議席に届く可能性は極めて低い。下院で可決されたPPACA廃止法案も、上院では民主党のフィリバスターで足止めとなる展開が想定される。

2.強行突破を可能にする財政調整法

結局のところ、共和党の新政権がPPACAを廃止するためには、何らかの「強行突破」を試みる必要がありそうだ。議会選挙で共和党が上下両院の多数党を獲得することを前提に、上院のフィリバスターを無効にする方策である。

実は米国の議会には、こうした「強行突破」を可能にする手続きがある。論争的な財政再建策を議会が通しやすくするために設けられた、財政調整法(Reconciliation Act)の活用である。財政調整法は、上院でフィリバスターが使えない特殊な法律だ。議会が各年度の予算の青写真を決める予算決議(Budget Resolution)で財政調整法の利用を定めれば、これに該当する法律は上院のフィリバスターを受けずに過半数で上院を通過できる。予算決議も過半数で可決できるので、共和党政権は上院50票の賛成で財政調整法を成立させられる *1

既に共和党の大統領候補者は、財政調整法を通じたPPACA廃止の可能性を示唆している。2011年10月11日の候補者討論会でリック・サントラム元上院議員が「われわれは財政調整法によって(PPACAを)廃止しなければならない」と発言、ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事も「全面的に正しい主張だ」と同調している。

3.財政調整法の論点

財政調整法を利用したPPACAの廃止には二つの論点がある。
第一に、財政調整法がもつ技術的な限界である。財政調整法を利用した場合には、PPACAの廃止は部分的なものに止まる可能性がある。財政調整法で扱えるのは、財政に関係する条文に限られるからだ。例えば、「既往症を理由とした保険加入拒否の禁止」といった民間保険会社に対する規制の強化は、財政調整法での廃止には馴染まない。

PPACAの部分的な廃止は、医療制度の歪みをもたらしかねない。民間保険会社が既往症に関する規制強化を受け入れられるのは、PPACAが個人に医療保険への加入を義務付けているからだ。そうでなければ、既往症患者には病気が発症するギリギリの段階まで保険加入を遅らせる力学が働き、民間保険会社の負担が大きくなってしまう。ところが、財政調整法を通じたプロセスでは、保険加入の義務付けだけが廃止され、規制強化は存続してしまいかねない *2

第二に、党派間で合意が得られない問題を、本来財政再建のために設けられた特例措置を「流用」して強行突破することの是非である *3

この点については、PPACA自体が財政調整法のプロセスを使って成立しているという経緯に注意が必要だ。民主党はPPACAの審議が大詰めを迎えていた2010年1月にマサチューセッツ州で行なわれた補欠選挙で敗北し、上院の議席数がフィリバスターを阻止できる60議席を割り込んだ。共和党の協力が見込めない中で、民主党は財政調整法のプロセスを使って、ようやくPPACAを成立に持ち込んでいる *4

それでも、財政調整法の利用が党派対立を前提とした「強行突破」の一策であることに変わりはない。共和党政権がこうしたルートを選択した場合には、たとえ新政権が公約を実現できたとしても、その後の政策運営では厳しい党派対立の継続を覚悟する必要が生まれる。まして新政権は、やはり党派対立の火種である財政再建やブッシュ減税の延長問題でも、財政調整法を使わざるを得ない可能性がある *5 。これらが一つの法案にまとめられた場合には、政治的な騒乱は相当な水準に達しよう。

現在の米国では、PPACAの廃止を共和党が主張し続けていることが、医度制度の今後にとっての大きな不確定要因になっている。民主党が財政調整法を使ってPPACAを成立させたように、共和党の新政権も「強行突破」によってPPACAを廃止したとしても、世論の一致が見られていない以上、その是非が問われ続ける展開は続く。医療制度の先行きがある程度落ち着いてくるには、党派の違いを超えた改善策を待つ必要がありそうだ。



*1 :上院は100議席なので50票では賛否同数となるが、この場合は上院議長である副大統領の投票によって採否が決まる。共和党政権であれば副大統領は共和党なので、賛成51票・反対50票での可決が可能となる。
*2 :この点については、「規制部分を廃止する条文に財政関連の内容を盛り込んで、財政調整法を適用可能にする」という方策を指摘する向きもある。「政治的な意思さえあれば、どのような手続きにも抜け穴がある」という米国らしい考え方ではあるが、後述するように強行突破が党派対立を深刻化させる可能性がさらに高まる点は見逃せない。ちなみに、さらに強硬な方法としては、議会規則の解釈を変えて財政調整法の適用範囲を広げるやり方(上院50票で可能)もある。
*3 :このほかに、「本来財政再建が目的であるプロセスを、財政赤字を減らさない法案に使うのはおかしい」という批判もあるが、2000年代前半のブッシュ減税のように、過去に財政調整法によって財政赤字が増える法案を可決した例は存在する。
*4 :より厳密には、PPACA自体は通常の法案として可決した上で、上下両院の意見の相違を調整するためにPPACAを修正する別の法律(Health Care and Education Reconciliation Act)を、財政調整法のプロセスで可決している。
*5 :医療改革についても、PPACAの廃止だけではなく、プレミアム・サポートの導入など、共和党が主張する改革案を一気に財政調整法で可決する方法も考えられる(プレミアム・サポートについては、安井明彦、 米国で続く「次の医療改革」の模索 、アメリカNOW第84号、2011年12月22日を参照)。

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
    • 安井 明彦
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