今年の共和党予備選レースは最初の3州でそれぞれ勝者が異なる異例の幕開けとなった。昨年夏からめまぐるしくフロントランナーが変わる「本命不在」の混戦状態が続いてきた流れをそのまま引き継いだ格好だ。
だが、舞台をサウスカロライナに移すまでは、波乱を予感させない展開だった。当初、ロムニー氏は8票差ながらアイオワを制したとされ、「準地元」のニューハンプシャー州でも手堅く勝利。3連勝すれば、あっけなく指名レースが決着するとの雰囲気が漂っていた。状況が一変したのはサウスカロライナ予備選の直前の1週間。再集計の結果、サントラム氏がアイオワ州の勝者に。保守派のペリー・テキサス州知事が撤退し、ギングリッチ氏支持を表明、保守派の一本化が進んだ。
「庶民の苦しみに乗じて利益を生み出す『ハゲタカ』がいるーミット・ロムニーもその一人だ」そのころ、ギングリッチ陣営が流した中傷CMは、投資会社時代のロムニー氏に焦点をあて、投資先にリストラを求める冷徹な経営者という印象を浸透させた。討論会でも、投資ファンド経営を通じて築いた巨額資産がやり玉にあがり、確定申告書を公表していないことなどが批判されたロムニー氏。大富豪ぶりが反発を招き、不景気にあえぐ州の有権者の支持を急速に失った。
一方のギングリッチ氏。前妻がテレビに出演し「不倫を容認するよう求められた」と暴露。共和党員の約3分の2がキリスト教右派という保守的な土地柄でどのような影響が出るか、注目を集めた。直後の討論会でこの件を質問されたギングリッチ氏は「大統領選の討論会をこんな(低俗な)話題で始めるなんて軽蔑する」と司会者を一蹴。エリートの象徴とみなされることが多いメディアにくってかかるその姿は「反エリート」志向が強いサウスカロライナ州民の心をつかみ、拍手喝采を浴びる。結局、同州予備選は12ポイント差でギングリッチ氏が圧勝。年収20万ドル以上の高所得者と大学院修了以上の高学歴層以外のほぼすべての属性を制し、キリスト教右派の44%、ティーパーティー支持者の45%と保守票をがっちり固めた勝利だった。
「みなさんの力(ピープルズパワー)があれば、資金力で負けていても勝てることを証明した」ギングリッチ氏は勝利集会で「ピープル」対「エリート」という対比を鮮明にしたうえで、今回の予備選を「真の保守で庶民の苦しみも分かる自分」と「マサチューセッツ出身のエリートで穏健派のロムニー」のどちらを選ぶかの戦いだと位置づけ、保守層、反エリート層の結集を呼びかけた。
「ABR(Anybody but Romney)ロムニー以外なら誰でも」―。ギングリッチ氏の集会ではこんなプラカードが目立ち、保守派の「ロムニーアレルギー」の強さを印象づけた。ティーパーティーの後押しで当選した同州のヘイリー知事らの支持を受けながら「保守派に好かれない」というかねてからの弱点を克服できなかったロムニー氏。富裕層への風当たりが強まるなか、資産家としての自らをいかに有権者に説明するかという新たな課題を突き付けられた予備選になった。
この予備選直後、ある現象が起きた。共和党内の主流派「エスタブリッシュメント」とされる元上・下院議員や現役議員、保守派の論客らが一斉にギングリッチ氏の批判を始めたのだ。1996年の大統領選候補、ボブ・ドール元上院議員は「ギングリッチ氏が候補になれば、今年の選挙で共和党全体に壊滅的な影響をもたらす」と警鐘を鳴らした。それまで意中の候補を絞り切れていなかった主流派だが、独断専行型で過激な言動の目立つギングリッチ氏が選ばれることへの危機感の高まりが、ロムニー支持を訴える動きとして一気に噴出した。共和党内では、1964年の大統領選挙で保守強硬派のゴールドウォーター上院議員を選び、本選挙でリンドン・ジョンソン大統領に歴史的大敗を喫した苦い記憶があり、民主党以上に「主流派が推す無難な候補」を選ぶ傾向が強い。一方、草の根保守派に人気のペイリン・元アラスカ州知事はギングリッチ氏を擁護。同氏への攻撃に対する不快感をむき出しにし、主流派VS草の根保守派の対立が深刻化する兆しが垣間見えた。
「フロリダの人々が住宅を失って困っているとき、ギングリッチはお金をもうけた」主流派からの追い風を受けたロムニー氏、次の予備選の舞台となるフロリダ州では撤退した中傷CM戦略をとった。ギングリッチ氏が金融危機の元凶と批判される住宅ローン公社から多額の顧問料を受け取っていたことや下院議長職から追放されるように去ったことなどをあげつらうCMを大量に流し、「信頼できない指導者」というイメージを植え付けた。スーパーPACも含め、同陣営がCMに使った資金は総額約1500万ドルで、ギングリッチ陣営の5倍とされる。ロムニー氏は「サウスカロライナでは誹謗中傷を受けても反撃せずにいたが、それは間違いだった」と自戒。討論会でもかつてないほどの攻撃性を前面に出し、移民政策でロムニー氏を批判するギングリッチ氏に謝罪を求めるなど激しくかみついた。
サウスカロライナでは致命傷となったロムニー氏の「富」の問題も、北東部からの豊かな移住者が多いフロリダでは大きな問題にならず、それよりも、広大な州で大量のテレビ広告を流せる資金力が効果を発揮。14ポイントの大差をつけてギングリッチ氏に勝利した。CNNの出口調査では7割の有権者が「CMが決め手となった」と回答。同州の勝利のカギを握る高齢者や女性、ヒスパニックなど幅広い層の支持をくまなく集めた。ただ「非常に保守的」の間ではギングリッチ氏に投票した人が43%、ロムニー氏は29%。回答者全体の約4割が「ロムニー氏が十分に保守的でない」と答えており、保守的な南部で再び予備選が実施されるスーパーチューズデー(3月6日)までに保守派の信頼をいかにして勝ち取るかという宿題が残った。
資金力と組織力のなさがたたり、再び劣勢に立たされたギングリッチ氏だが、主流派による攻撃を受けたこと自体が「反主流派の証」とばかりに、「真の保守」を今まで以上に自任し始めた。最近のサントラム氏の健闘で今後の展開がますます予想しにくくなったが、共和党主流派への嫌悪感も隠さない草の根保守派がギングリッチ氏のもとに集まり、一定の勢力になる可能性もある。最終的にロムニー氏が候補になった場合でも、長期間の泥沼の戦いを通じて草の根保守派が離反するようなことがあれば、今後に禍根を残すことにもなりかねない。サウスカロライナでの逆転劇は、内部分裂に悩む共和党の今日の姿を露呈したと言えるだろう。