◎最後の最後に登場、「ニューロムニー」
「数週間前、事故で手足が不自由になった友人のビリーがアトランタでの集会に来てくれた。私は彼の肩に手をおき『愛しているよ』とささやいたが、その翌日、彼は亡くなった。彼をどれだけ大切に思っているか、最後に伝えることができて良かった」
第1回討論会が終わったばかりの10月5日。フロリダ州セントピーターズバーグの集会で、ロムニー氏は学生時代からの旧友や白血病で亡くなった子供との思い出など“感動秘話”を次々と語り出した。慈善活動の体験などを選挙のために披露することに気まずさを感じ、これまで徹底して個人的な話題を避けてきたとされるロムニー氏。「冷徹なハゲタカ」「庶民の心が分からない大富豪」と中傷するオバマ陣営のPR合戦にさらされても、「人間味」をアピールする役割は専らアン夫人に任せ、自らは「経済再生請負人」としての能力を訴えることに専念してきた。「人間味アップ作戦」に乗り出したきっかけは、10月3日の第1回討論会。オバマ大統領を圧倒したことで自信をつけ、個人的な側面を前面に押し出す決意を固めたという。
このころ、ロムニー氏はもう一つ大きな変化を遂げた。マサチューセッツ州知事時代から長らく封印してきた「中道路線」への回帰だ。
「すべての女性が避妊の選択肢を持てるようにするべきだ」「オバマケア(オバマ政権の医療保険改革法)の一部(既往症を保険の取り扱い対象とする条項)は維持する」「不法移民の子供が永住権を取得できる術が必要だ」―――。内政を扱った一回目と二回目の討論会では、幅広い問題について従来の保守的な主張を抑え、中道寄りの発言を連発した。外交がテーマの第3回討論会でも、民主党の地盤であるマサチューセッツ州で知事を務めた経験を挙げながら「強いアメリカの復活には超党派で政策を実現できる大統領が必要だ」と訴えた。
最終段階まで誰に投票するか決めていない有権者の大半は、極端な保守でも極端なリベラルでもない「穏健派」。約7000万人がテレビを通して見たロムニー氏はオバマ陣営が描いてきたような「過激な保守派」とは異なる中道寄りの政治家で、現実的な選択肢として改めて同氏に目を向ける有権者が増えたとみられる。
2つの変化の効果は顕著だった。討論会前はオバマ大統領に3-5ポイント程度のリードを許していた支持率は討論会を境に軒並み上昇。9月下旬、ロムニー氏が3ポイント負けていた激戦州の調査(POLITICO/GWU)は第1回討論会後、オバマ大統領49%、ロムニー氏48%とほぼ互角にまで接近。22日発表の最新調査ではロムニー氏(49%)が大統領を2ポイントリードした。これまで弱点とされてきた「好感度」でも変化がみられ、ロムニー氏を好意的にみる人は50%に拡大。「好感度の高さ」が最大の強みとされてきたオバマ大統領への好感度(52%)にほぼ並んだ。
支持率上昇の大きな要因は女性からの支持が伸びたことだ。1週間前の調査では、オバマ大統領が11ポイント上回っていた女性からの支持率は6ポイントまでに縮小した。USA TODAY/ギャラップによる激戦州調査(10/15発表)でも、女性の支持率でロムニー氏とオバマ大統領はほぼ互角(オバマ49%、ロムニー48%)。全体の支持率ではロムニー氏がオバマ大統領を4ポイントリードするまでになった。一般的に女性の有権者は、選挙に関心を持ち始める時期が遅いうえ、投票行動が候補者の演説やCMに影響されやすいとされる。ロムニー陣営にとっては、ちょうど多くの女性が誰に投票するか本格的に検討し始める時期に、討論会で中道の姿勢を示したことや人間味を強調したキャンペーンを展開したことが奏功したと推測できる。
◎2つの変化の陰に家族の危機感
米メディア(ポリティコなど)によると、慎重派とされるロムニー候補が土壇場での軌道修正に踏み切った背景には、家族、特にアン夫人と長男のタグ氏の影響があるという。8月末の党大会で勢いづけなかったうえ、相次ぐ失言などで支持率が下降線をたどり、9月はロムニー陣営にとって最悪の一か月だった。保守派からは陣営への不満が噴出、袋小路に陥ったかに見えた。
このままでは負けてしまうー。危機感を強めたアン夫人らは選挙戦略の抜本的な見直しを次のように主張したとされる。「自分たちの知っている夫は、父は、もっと優しくて人間味あふれる人なのに、それが国民には全く伝わっていない。もっとありのままのミット・ロムニーを押し出すべきだ」と。スチュアート・スティーブンスら陣営幹部は「経済再生に向けたロムニー氏の能力とオバマ大統領の経済失政に焦点を絞るべき」と主張していたが、戦況が悪化するに伴い、ロムニー氏自身が家族の意見を取り入れる方向に動いたようだ。
通常、土壇場での戦略変更はリスクが高いと敬遠されがちだ。今回も特に「中道回帰」に関しては、陣営内部からも「再び『風見鶏』批判が高まるのでは」「保守派の離反を招くのでは」と心配する向きがあった。しかし、これまでのところ、戦略シフトの効果はマイナス面を大きく上回っていると言える「打倒オバマ」で一致団結している保守派の熱意は高まったままで、予備選時のように、ロムニー氏の「保守性」を疑問視する声も出ていない。逆に、保守派に大きな影響力を持つキリスト教福音派のビリー・グラハム師は10月11日、ロムニー氏と面会し「私にできることは何でもする」と全面的な支援を約束。福音派はホームページから(ロムニー氏が信仰する)モルモン教を「カルト」扱いした部分を削除することも決めた。
◎「チェンジ」掲げてラストスパート
討論会直後の米メディアの調査では、1回目がロムニー氏の圧勝、2回目と3回目はオバマ大統領が僅差で勝利という結果が出たが、選挙戦全体に与えた影響としては1回目が飛びぬけて大きく、すべての討論会が終わった現時点でも、ロムニー氏が下降線をたどっていた選挙戦の流れを変え、逆転に向けた勢いをつけた状態が続いていると言える。今後は最後の最後まで勝敗が読めない「ザ・激戦州」(オハイオ、フロリダ、バージニア、アイオワ、ニューハンプシャー、コロラド)、なかでも選挙人の数が多いオハイオ、フロリダ、バージニア、オハイオが主戦場となる。
最終盤でロムニー陣営が重視するのは女性票だ。元来、男性票に強みを持つ共和党の候補にとって、より開拓余地の大きいのは民主党支持傾向が強い女性だ。女性票で民主党に肉薄したことが共和党勝利の一因となった2010年中間選挙からも分かるように、女性の支持でどれだけ差を縮められるかが選挙結果を大きく左右する。ロムニー陣営はこのほど女性を対象にした新CMを開始。女性は景気後退の影響を男性以上に受け、失業や貧困に苦しんでいる人が多いとの認識のもと、ロムニー候補の経済再生能力を訴えると同時に、レイプや近親相姦といった特別な場合の中絶を容認するなど社会問題で「過激な保守派」でないことを示し、女性の支持獲得を狙う。
「今回の選挙は現状維持か、より良い未来をもたらす本当の変化のどちらかを選ぶものだ」。10月26日、アイオワ州での演説でロムニー氏は「チェンジ」という言葉を16回以上使った。ここにきて顕在化しているのは、4年前「チェンジ」を掲げて当選したオバマ大統領のお株を奪おうという戦略だ。過去4年間をある程度肯定せざるを得ない現職大統領と対照的に、景気回復の足取りが鈍い現状からの脱却、「チェンジ」を掲げて支持拡大をはかる。ロムニー陣営はオバマ陣営に比べこれまでCM量を抑制してきたため、最終盤で使える資金に余裕がある。投票日直前に集中的にCMを流し「チェンジを約束するロムニー」というイメージを浸透させる狙いだ。最新の世論調査では「国が正しい方向に向かっている」と回答した有権者は37%。「悪い方向に向かっている」(57%)と答えた人をはるかに下回るが、1年前(15%)に比べると大幅に改善している。「チェンジ戦略」の成否やいかにー。