アイオワ州にヘリコプターで飛来するトランプ
アイオワ州デモインの「ステート・フェア」(夏のカーニバル)は、11日間続くアイオワの夏の風物詩だ。平均9万人が連日訪れるが、大統領選挙の前年は大統領候補にとって重要なキャンペーンの場になる。筆者もアイオワ州民主党主催のイベントへの参加にあわせて、数日間集中的に「フェア」を訪れた。なかでも2015年8月15日はとりわけ人で溢れていた。民主党の有力大統領候補のヒラリー・クリントンと共和党の世論調査上のフロントランナーであるドナルド・トランプが、「フェア」に姿を見せるとされていたからだ。正午前、ヒラリーの「農業館」への来訪を見届けてから、筆者がアイオワ州民主党関係者と外に出て歩いていると、空中にヘリコプターが爆音とともに旋回し始めた。機体に「TRUMP」と書かれているのを見て、群衆が「トランプだ!」と騒ぎ立てている。まるでスーパーヒーローの登場のようだ。ヒラリーはメイン通りのグランド・アベニューを渡り、向かいの店でレモネードを飲み、ポークチョップをかじっていたところだった。まるで示し合わせたかのようなトランプの飛来に、米メディアははしゃいだ。「ステート・フェア」では、「デモイン・レジスター」紙が主催する「ソープボックス」というトークイベントが恒例だが、ヒラリーとトランプは、同トークイベントへの登壇を断った2人だった。主要候補としては異例の行動だが、独自のアピールの仕方を優先したのだ。
2016年共和党予備選の序盤の予想外の展開は、不動産王のトランプがレースに参入し、現在の世論調査上はトップを走っていることだ。Fox Newsの全国調査で推移を見てみると、3月末の世論調査では3%に過ぎず(ウォーカー15%、ジェブ・ブッシュ12%)、典型的な泡沫候補だったが、6月半ば以降に異変が始まる。6月21-23日調査で11%と支持が急増して2位に躍り出て、7月13-15日の調査で18%と首位に立った。7月30日-8月2日の調査では26%を記録し、8月6日の共和党予備選ディベート以後の8月11-13日の調査でも25%と衰えていない。しかし、これをもってトランプを真剣な共和党の大統領候補として考えるのは早合点である。アイオワ共和党のエスタブリッシュメントには、トランプの勝利を信じている者はほとんどいない。州共和党のある幹部は「トランプはブローハード・イン・チーフ(Blowhard-in-Chief)のポジションに向けて立候補しているにすぎない。現在、ラッシュ・リンボーが座っているポジションだ」と吐き捨てた。「ブローハード」とは大口をたたく自慢家という意味だ。
不動産やカジノ事業で成功し巨万の富を手にしているトランプの気まぐれな政治への参加は、今に始まったことではない。彼の出馬は個人資産を湯水のように用いた「趣味」であると考えられている。もちろん、アメリカの大統領選では政治実績のない資産家の出馬は珍しいことではなく、ロス・ペローがその好例だ。共和党ではむしろ「エグゼクティブ」としてのビジネスでのリーダーシップ経験は、知事経験と同じように価値あるものだとして評価される。ワシントンにまみれていない「経営者目線」は、とりわけ共和党では武器になる。1996年と2000年には「フォーブス」誌のスティーブ・フォーブスが立候補したこともある。しかし、トランプが問題なのは共和党への忠誠心の薄さだ。ロス・ペローが設立した改革党(Reform Party)から、トランプは2000年に出馬宣言をしたことがある。すぐに立候補を取り下げ、本格的なキャンペーンは行わなかったが、当時メディアはトランプの出馬を大きく報じた。改革党はイデオロギーを超えて既存の2大政党に不満を持つ層にアピールする候補を応援しており、2004年には消費者活動家のラルフ・ネーダーを支援した。トランプ自身も同性愛の権利には擁護的だったり、リバタリアンのように社会問題ではリベラルな傾向がある。
共和党エスタブリッシュメントは、このトランプの政党帰属意識の薄さと「インデペンデント」としての立候補の動きの過去を忘れておらず、共和党の票を食い荒らすだけの「ぶち壊し家(スポイラー)」であると見ている。それだけに今回、トランプが「インデペンデント」ではなく、共和党候補として世論調査の首位に立っているのは新たな現象である。大統領予備選ディベートでも、トランプは共和党を離脱して第2のロス・ペローになってしまうのではないかという懸念から、トランプへの疑念が噴出した。トランプは今のところ「共和党候補として選挙戦を続ける」という言質を取られ、共和党候補であることを受け入れている。しかし、口約束にしか過ぎない。共和党の候補者は「トランプ・ファクター」がどう左右するのか、民主党を利することにならないか戦々恐々としている。
トランプ現象を解釈する手がかり
では、なぜトランプのような人物が世論調査上とはいえ首位なのか。東京財団「現代アメリカ」プロジェクトの海外メンバーである ポール・サンダース氏が既に興味深い考察を試みているが(ワシントンUPDATE) 、ここでは 少し違う角度から、アイオワ州を中心に現地の政党インサイダーの声も手がかりに考察してみたい。
1:エンスージアズム・ギャップ効果
第1に、共和党側の熱気が明らかに民主党側よりも強いという、「情熱のギャップ」(エスージアズム・ギャップ)である。民主党関係者は、それがオフレコであれば、誰もが(現時点では)2008年のような熱気が民主党支持者にあるわけではないことを認める。それは候補者固有の問題とは分けて考える必要もある。順番的に共和党ではないかという空気が皆無ではないからだ。戦後、3期連続で同じ党から大統領が出たのは、レーガン2期、父ブッシュ1期の1回のみで、アメリカでは同じ党から3期連続の大統領が出にくい傾向がある。無党派層を中心に振り子が反対側に揺れる。オバマ2期の後、民主党は戦後前例のない3期目の獲得を目指す「挑戦」を強いられている。もちろん、2000年のゴアが勝利していたという主張をするならば、民主党側もクリントン2期の後3期目を獲得したと考えることもできるし、現実にそういう主張をする民主党支持者もいる。しかし、いずれにせよ3期目が傾向として困難なのは事実だ。どこかで、次は共和党なのではないかという心理が蔓延し、よほど情熱的な民主党支持者でなければ、その空気になびいてしまう。
この要因が共和党に「次は俺たちの番だ」と大統領誕生に現実感を与え、「情熱のギャップ」をもたらしている分析は少なくない。1年ぶりの再会になるアイオワ大学のティモシー・ヘーグル准教授は、開口一番、アイオワですらトランプ人気が高い理由の背景にこうしたメカニズムがあることを筆者に力説した。「反対側の政党が2期ホワイトハウスを支配していた後によく生じる感情ではあるが、今回、共和党側には勝利したいという本物の欲求がある。そのことが多数の本格的な候補者を招き込んでいる」。連邦上院議員、州知事、ビジネス界の成功者など多くの候補者が乱立しているが、その候補者の数は異様だ。17人が立候補し、1回のディベートでは全員を登壇させられず、世論調査の支持率別に上位と下位のグループ2回に分けた。この数の多さを共和党側の盛り上がりの証拠として誇りに見る向きもあり、アイオワ共和党の「ステート・フェア」での本部のブースの壁紙は、すべての候補者をトウモロコシ畑に一列に並べる等身大の合成写真にしたほどだ(来訪者は好きな候補者の前で並んで写真を撮る)。また、候補者の実績から考えてもいずれもそれなりに「本格的な(シリアスな)候補者」といえ、その度合いも異例だと共和党関係者は異口同音に語る。共和党にチャンスのある番だからこそ、トランプのような本音を吐く候補者を応援したいという欲求も出る。
2:候補者の乱立による問題
しかし、第2に逆説的だが、あまりに多くの候補者が乱立したことが、トランプ以外の票が分散して1人の候補に収斂しない現象を生んでいる。トランプはエスタブリッシュメントではないので、割を食っているのは、エスタブリッシュメントに歯向かう対抗候補(protest candidates )である。2016年大統領選に向けての共和党の予備選も、このエスタブリッシュメントVS対抗候補の構図であると考えられてきた。ジェブ・ブッシュとランド・ポールあるいはテッド・クルーズなどの争いである。アメリカNOWでも123号で、2016年共和党予備選の構図はジェブ対「ジェブ以外」か?という見立てをした。しかし、トランプという強烈な対抗候補の出現で、他の対抗系の候補への支持が下落している。ワシントンUPDATEの記事でポール・サンダース氏が、トランプは「反エスタブリッシュメントの政治的ポジション」を獲得したと分析しているが、筆者も同感である。トランプが行う批判の多くは、ジェブら共和党主流に向けられている。
そこに輪をかけての候補者の多さである。エスタブリッシュメント系が約40%の安定した支持を得ている中で、ポール、クルーズ、カーソン、そして社会保守系候補(ハッカビー、サントラム、ジンダル)への支持がトランプに奪われたあげく、それぞれへの支持が細かく分散してしまった。今回とりわけ分散しているのは、社会保守系だ。アイオワ州共和党は社会保守の地盤が強いのだが、過去2回のアイオワ党員集会の勝者であるハッカビー、サントラムが2人とも同時に今回は立候補してしまい、票が割れている。ティーパーティ票もリバタリアン系(ポール)とそれ以外(クルーズ)に割れている。エスタブリッシュメント系の上位候補者だけを見ても、ブッシュ、ウォーカー、ルビオが存在する。対抗候補(protest candidates )としてのトランプは、この乱立の間隙を突いて他の候補の支持を奪っている。すべての候補に支持率が細かく分散している中、数字上はトランプ1人の支持が突出している。クリス・クリスティなどは、大口をたたくカリスマのキャラクターが似ていることから「軽量級トランプ」などと片付けられているほどだ。しかし、それだけにこのトランプの突出した支持率は、今後、選挙資金切れなどで候補者が淘汰されていった暁には必ずしも同じ数字を維持できない可能性がある。
3:「経済ポピュリズム」
2016年の予備選では、2008年のイラク戦争のような決定的争点(ときには分断要因になる)がない中、民主党は「経済ポピュリズム」を選挙のメッセージで展開しているが、共和党側でも程度の差はあれ、似たようなメッセージを発している。誰に対する減税か増税か、解決手法は違うが、経済の回復という同じ問題に焦点を合わせている。トランプのキャンペーンのスローガンは「アメリカを再び偉大な国に(Make America Great Again)」で、このスローガンの野球キャップ姿をトランプは今回の選挙のトレードマークにしている。「Newsweek」(August 14, 2015)が報じているように、トランプは大金持ちでありながらブルーカラー労働者層にアピールする不思議な力がある。製造業を復活させるために、アメリカ国内に雇用を取り戻せという主張である。トランプ人気の柱は、エスタブリッシュメントを遠慮せずに徹底批判する痛快さにもあるが、この共和党内の反自由貿易、製造業復活重視を代弁する勢力になっていることが大きい。共和党を離脱してトランプと同じく、かつて改革党の2000年の第三党ムーブメントに関係したパット・ブキャナンを彷彿とさせる保護貿易路線である。
トランプは、クリントン政権が実現したNAFTA(北米自由貿易協定)に対して厳しいだけでなく、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)にも反対している。メキシコ、日本、中国の3カ国をアメリカの職を奪う国として名指しでスケープゴートにしているほどだ。トランプは、メキシコ移民は「麻薬や犯罪を持ち込む」と発言したり、不法移民を入れないためにメキシコとの国境に巨大な壁を建設すべきなどと吠えているが、これらの爆弾発言が共和党のイメージダウンやヒスパニック票にマイナスとは言われながらも受けているのは、背後に経済問題があるからだ。トランプは人種差別主義に基づく反移民主義者ではない。「経済ポピュリズム」に基づく反移民路線である。奇妙なのはこの移民への寛容さの部分を脇に置けば、民主党大統領候補のバーニー・サンダースの保護貿易路線とトランプはあまりに酷似していることだ。2016年大統領選の争点として、通商政策が必要以上に脚光を浴びれば、保守・リベラル合同の反エスタブリッシュメント、反自由貿易の動きが部分的に生まれかねない。TPPを成功させたいオバマ政権にとって、これは望ましい兆候ではない。今のところ、トランプの経済ポピュリズムは世論調査上はアピールしている。
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