加藤和世 米国笹川平和財団(Sasakawa USA)シニアプログラムオフィサー
米大統領選と言えば、日本人であれば候補者の外交・安全保障政策やアドバイザーに関心がわくが、米国人有権者の場合はどうか。 Gallup 社等の世論調査では、大多数が投票先を決める最重要課題として「テロ」(74%)や「国際関係」(61%)の前に「経済」(86%)を挙げている。予備選を制覇する上で、外交・安全保障が決定的な要素となるとも言えない。
しかし、ブッシュ候補のアドバイザーの一人は、4年前と比べ、2016年は共和党有権者にとって外交・安全保障が遥かに切実な問題となっており、候補者の外交姿勢や能力を一層重視すると強調する。ロシアのクリミア侵攻、中国のサイバー攻撃、東シナ海防空識別圏(ADIZ)設定、南シナ海人工島建設を含む一連の行動もあるが、最大の発端は昨年8月のISIL米国人斬首事件と背景のシリア問題だと述べる。クリントン元国務長官が民主党指名候補となれば、外交問題が前面に押し出されることも予測される。だとすれば、候補者の外交政策アドバイザーの役割も一層重要になるだろう。
では、ポスト・オバマの外交・安全保障政策を担う両党の専門家には何が期待されるのか。複数のシンクタンク有識者は、ブッシュ、オバマ両政権の教訓を経て、2016年は「世界における米国の役割は何か」という内省(soul-searching)が重要なテーマとなり、この根本的な問いに対する答えが求められると主張する。その過程で「ガキ大将」と称される、反議会、反政治家のトランプ候補も登場している。
共和党陣営は、「背後からの指導(Leading from behind)」や協調外交で批判されるオバマ政権と異なる外交姿勢を示す必要に駆られる一方、イラク侵攻で批判されるブッシュ政権とも一線を画す必要性も意識している。しかし、 9月1日付のニューヨーク・タイムズ紙の記事 でも指摘されているとおり、些細な違いを大きく描くのが大統領選だ。実際には差別化に苦労しており、オバマ政権のISIL対応等を批判しても、有効な代替策を示せていないと反論されている。ブッシュ候補が幅広い思想のアドバイザーらを揃えている点からも、同党の外交哲学が未だ定まっていないことが窺える。共和党内の分裂が深刻で、米国史上初の三党体制誕生の可能性を指摘する有識者さえいる。
民主党陣営も、クリントン候補に対し国務長官時代よりも強腰な外交を期待する声がある。しかし、ロシア、イランに対してタカ派の姿勢を示す反面、国務長官を務めた手前、オバマ外交を批判しすぎては人間として誠実さに欠ける(TPP不支持表明で既に誠実性は疑われているが)。また、米ロ関係を「リセット」する現実路線を提示した本人で、イラン核協議の最終合意の構想を練ったのは彼女の外交政策アドバイザーの Jake Sullivan だ。そのため、彼女がオバマ政権よりも強硬な姿勢をアピールできるとすれば対中政策ではないかと、ある共和党専門家は推測する。9月の米中首脳会議で米中間に一層の緊張感を感じた有識者は多いが、こうした視点も一理あるかもしれない。
対中政策では多少温度差が見受けられるが、アジアや日米同盟の重要性については超党派の合意があるというのが有識者の見解が一致する点だ。しかし、アジア・リバランスの先行きは不透明だ。リバランスが示されたオバマ政権発足当時の米国は、イラク、アフガニスタン戦争で疲弊し、金融危機に直面する中、BRICSの台頭が持て囃されていた。だが現在に早送りすると、米国は中東からそう簡単に「Pivot(軸足を移すこと)」できず、二大政党間の対立激化と議会の機能不全に悩み、中国の経済成長は危ぶまれ、プーチンのロシアは世界から孤立している。人口を含む米国の基礎体力は相変わらず強く、世界でリーダー役を担えるのは米国だけ、というのが一部の共和党の強い思いだが、問題は、政治家の意思と統治能力が欠如し、米国のリーダーシップの必要性について政治的合意が得られない点だと、ある専門家は嘆く。
政治はさておき、次期政権に政治任用されうる専門家の養成と、次期政権が採用しうる政策の提言がシンクタンクに期待される役割だ。アジア政策を含め次期政権の外交・安全保障政策を視野にワシントンのシンクタンク業界を概観すると、共和党系の Foreign Policy Initiative や Hudson Institute 、 John Hay Initiative 、民主党系の Center for American Progress や Truman National Security Project 、超党派の Carnegie Endowment for International Peace など、由緒あるものから近年目立ち始めたものまで、注目すべきシンクタンクは多岐にわたる。その中のほんの一例であり、日本でも知れ渡った存在だが、超党派の 新アメリカ安全保障センター(CNAS) と 戦略国際問題研究所(CSIS) は、外交・安全保障の専門家の豊富さと政策に影響を与えた過去の実績から、今回も無視はできない。
CNASはアジア・リバランス発案者のカート・キャンベル前国務次官補がミシェル・フロノイ前国防次官と共に2007年に設立したが、現在の所長は、ブッシュ候補の外交政策アドバイザーで、 ニューヨーク・タイムズ紙 も大々的に取り上げた、 Richard Fontaine だ。上院外交委員会、国務省、国家安全保障会議(NSC)を経て、2008年の大統領選でマケイン共和党候補の外交政策アドバイザーを務めた。国務省ではリチャード・アーミテージ副長官を支え、 JETプログラム にも参加した知日派である。ゲイツ国防長官に仕えた Elbridge Colby もアジア安全保障に詳しいブッシュ陣営の一人だ。その他に、バイデン副大統領の元国家安全保障担当副補佐官で欧州・NATO専門家の Julianne Smith や、フロノイ国防次官の右腕としてQDR(四年毎の国防計画見直し)を担当し、オバマ政権でNSCの戦略立案を率いた Shawn Brimley (元カナダ人の彼も元JETだ)など、両党を支える安全保障の「戦略家」が万遍なく揃っている。バイデン副大統領の国家安全保障副補佐官の Ely Ratner 前アジア副部長は、中露接近を警戒し、中東に翻弄されるオバマ政権に対しアジア重視の必要性を積極的に説いた中国専門家だ。CNASでは、NSCと国家安全保障局(NSA)の改革案や、次期大統領に向けた政策提言シリーズ(大統領決定から就任式の間)を発表予定である。
CSIS(1962年設立)は、軍事力だけでなく外交でも影響力も行使する「スマート・パワー」を提言した委員会(共同議長:ハーバード大学のジョゼフ・ナイ教授とアーミテージ元国務副長官)を2007年に発足させ、そのコンセプトはオバマ外交の基本方針に採用された。CSIS指導部によれば、収入、人材、成果等のあらゆる面で、現在はアジア・チームに最も勢いがあり、世界の重心はアジアにあるとの米国の認識を反映している。ブッシュ政権のNSCで活躍した Michael Green や Victor Cha らの存在は周知の通りだ。国家安全保障( Kathleen Hicks 部長)、エネルギー( Sarah Ladislaw 部長)、サイバー部門( Denise Zheng 副部長)でも、期待の研究者が台頭しつつあるという。最近の花形事業は「 アジア海洋透明性イニシアチブ 」だが、中国の南シナ海人工島建設の衛星画像を捉えた Mira Rapp-Hooper は、現在CNASのアジア部上級研究員だ。CSIS では、次期政権への提言を目指し、超党派の専門家を集め、今後の日米同盟のビジョンやTPP可決後の米国・アジア経済に関する委員会を発足させたほか、米軍と同盟国・友好国の軍事協力強化策を提言する事業などに力を入れている。
初の予備選まで数ヶ月、両党の指名候補を予測するには時期尚早であるが、ワシントンのシンクタンクは次期政権を睨み準備を始め、その注目株も特定の候補者の周囲で動き出した。彼らがどのような政策を立案するのか、また、「バイデン候補」登場の場合に民主党専門家はどう動くのか、今後の動向が期待されるところだ(バイデン副大統領は10月21日、本稿執筆後に大統領選出馬断念を発表した) 。