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アメリカ大統領選挙UPDATE 1:イラン核合意は外交のオバマケア?

November 4, 2015

渡部恒雄 東京財団上席研究員兼政策研究ディレクター

イランとの核合意撤回にクルーズとトランプが共闘する理由

大統領選挙前哨戦で賛否が分かれている政策課題の典型が、「外交政策におけるオバマケア」といわれている、今年7月にオバマ政権が達成したイランとの包括核合意である。この政策は、2008年の大統領選挙で、イランのような「ならず者国家」とも条件をつけずに話し合う用意があるという、ブッシュ・ドクトリンへのアンチテーゼとして示されたオバマ外交の成果を示すものであると同時に、この合意に反対するイスラエルの影響力を反映した共和党からの反対が顕著な政策である。

「外交政策におけるオバマケア」といわれるのは、オバマ大統領が内政上の成果として誇る「医療保険改革法」を撤廃させると強く主張してきた共和党保守派が、同様に強く反発しているからだ。最右翼は、オバマケア撤回の急先鋒テッド・クルーズ上院議員だが、ドナルド・トランプ候補もこの政策においてはクルーズと共闘している。クルーズ上院議員は、9月10日付の「ポリティコ・マガジン」に”We Can Still Stop the Iran Deal―Here's How”(まだイラン合意を止められる こうすればいい)を寄稿している [1] 。その中で、もしオバマ大統領がこのままイランとの核合意を進めていけば、イランが核兵器を持つことを止めるものは何もなくなる、と批判している。この提言の中で、クルーズ上院議員は法的にどのようにオバマ政権の合意を取りやめさせるかどうかを議論しているが、イランの核開発を止める実効的な代替の方策は示していない。クルーズは大統領に就任したその日に、イラン合意を見直すといっているが、マルコ・ルビオ上院議員も同様の意見を示している [2] 。さらにトランプ候補は、9月9日に連邦議会議事堂の前でのイラン合意に反対する集会にクルーズ氏とともに出席してタッグを組み、合意批判を行った。ジェブ・ブッシュ候補もイラン合意には批判的だが、あまり厳しい批判はしていない。むしろブッシュは、実際に大統領になってすぐに国際合意を一方的に取り消すことは、現実的ではないというようなニュアンスのある発言もしているし、トランプもそのような発言はしている [3]

この点で、共和党大統領候補の第二回ディベートで、ジョン・ケーシックオハイオ州知事が、今回のイラン合意についてのクルーズ氏の政策は経験不足を示すものと指摘して異なるアプローチを示した。ケーシック氏は、自分は必ずしもオバマ政権のイラン合意を支持するものではないが、一方で現在の合意の履行を邪魔はせずに、イランが合意を守らなかったときにすかさず制裁を強化すればいいと答えている [4] 。この点が、ケーシック氏が一般にはそれほど人気はでていないにもかかわらず、ワシントンDCの専門家には意外に待望論がある部分かもしれない。

オバマ政権の国務長官として、イランとの合意を進めてきたヒラリー・クリントン候補は、現在の合意を支持している(自らが推進してきたアジア・リバランス政策の一要素である環太平洋経済連携協定(TPP)合意には反旗を翻したので必ずしも自明の話ではない)。ただし、オバマ大統領との違いを明確にするために、もしイランが核兵器を獲得するような状況になれば、「軍事オプションをとることを躊躇しない」と明言している [5] 。物騒なようだが、このような覚悟なしに現在の核合意を批判するクルーズやトランプのほうが、ナイーブで現実性を欠いた議論ということになる。実際にも、オバマ政権とイスラエル政府は、いざというときにはイランの核施設を空爆することについて、内々には合意している可能性があると考えるほうがリアリストとしては自然である。ヒラリー・クリントンの意見は、あきらかにイスラエルの影響が強いユダヤ系の選挙民を意識したものでもあり、その点で労働組合を意識したTPP合意反対とは同趣旨のものともいえる。

民主党二番手のバーニー・サンダース上院議員は、イラン核合意について、「米国が中東でもう一つの戦争に引き込まれることを避け、イランの核能力を制限するための最良の方策」としてオバマ政権の外交を称賛している。もしイランが核開発に動いた場合は全てのオプションを検討するとはいっているが、そのリスクを過少評価している印象は否めず、クルーズ達とは逆の意味で、反戦世論を意識したナイーブな要素が窺える [6]

イラン核合意への姿勢は候補者の外交議論の深さを見る試金石

イラン包括核合意をめぐる賛否は、今後の米国外交の在り方をめぐる試金石となろう。共和党には、オバマのイラン政策への明確な代替案はないはずだ。米国民の軍事力行使への心理的ハードルが高い上に、アフガニスタンのタリバーン、イラクのサダム・フセイン、北朝鮮の「キム王朝」と比較しても、イランの軍事力と国力は圧倒的に大きい。共和党候補が、党内に孤立主義的な勢力が台頭している中で、軍事オプションを口にするのは政治的にも賢い選択ではない。もし現在の包括核合意をひっくり返して、イランが核能力を取得してしまえば、それも批判されてしまう。前ブッシュ政権はクリントン政権の行った枠組み合意を決裂させてまで圧力をかけたが、北朝鮮に核能力を持たせるだけに終わった。

実のところ、イランをめぐる包括核合意というのは、必ずしも完璧ではない。現在の「核開発を遅らせる仕組み」を効果的とみるか、それとも不十分とみるかの認識の問題だ。いわば、グラスの水が「半分が空になっている」のか、「半分は満たされている」とみるのかの違いである。認識に大きく左右されるからこそ、政治的な要素が入る要素がある。一般的な米国人は、1979年のイラン革命とそれに続く米国大使館占拠事件以降、イランを「ならず者」国家としてみてきたし、この認識は一朝一夕には変わらないだろう。さらに、米国のユダヤ系の圧力団体を通して、米国政治に影響が強いイスラエルのイランへの脅威認識が加わる。

このような視点でイラン核合意についての各候補の議論をみていくと、政治的効果だけを狙った浅薄な議論と、それなりに戦略を持った責任のある議論なのかの違いだけは理解できるはずだ。

    • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員
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