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アメリカ大統領選挙UPDATE 2:オバマケアと大統領予備選挙:クリントンとトランプに注目して

January 25, 2016

山岸 敬和  南山大学外国語学部教授

医療政策は2016年の大統領選挙にどのような影響を与えるのか。世論調査をみていると、昨年末から続くテロ事件により、テロリズムが候補者を選ぶための争点として過去の大統領選挙と比べより重要視されている状態である。

しかし、大統領選挙は伝統的に経済政策など国内政策が重要争点となる。そして近年は、医療政策が有権者の投票を左右する争点となってきており、2015年のパリ同時多発テロ事件の数日後に行われたABC News/Washington Postによる世論調査 [1] では、大統領を選ぶ際の争点として重要なものは何かという質問に対し13%が医療であると回答した。それは経済(33%)、テロリズム(28%)についで3番目(移民が10%で4番目)となっている。

大統領選挙戦を戦う中で、各候補者が医療政策についての明確な政策スタンスを示すことが求められるのは確実である。これは、各候補者が2010年3月に成立したオバマケア(患者保護および医療費負担適正化法)に対してどのような立場をとるのかということとほぼ同義語となる。

オバマケアに対し政策スタンスを決めるというのは非常に難しい。それは、オバマケアの内容が複雑であることも大きく関係している。今回のコラムでは、まずオバマケアの特徴について述べた後で、近づいてきた予備選挙を見据え、現在両党のフロントランナーであるヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの最近の動きについて触れながら民主・共和党のジレンマについて述べたい。

1.オバマケアの「超党派性」と不人気

オバマケアが2010年3月に成立した時には、共和党の議員は誰一人として賛成しなかった。これだけを見ると、オバマケアは民主党リベラル派の考えが色濃いプログラムだという印象が残るだろう。しかし、プログラムの中身を見ると、超党派的なものであるといえる。

まず、民主党リベラル派が主張するようなシングルペイヤー制のような提案は退けられ、民間保険を中心に据えたということである。さらに、オバマケアでは個人に対する民間保険加入(購入)の義務付けがなされたが、これは元々は1980年代後半に保守派から生み出されたアイディアである。オバマケアは、民主党と共和党のアイディアを複雑に組み合わせた超党派的なプログラムであるといえる。

超党派的なプログラムではあるが、このプログラムに対する支持は未だ大きく広がっているとは言えない。 前回のコラム でも、大きな連邦政府権力に対する警戒心が未だ大きいということを指摘したが、もう一つ注目すべき研究結果がある。ステファン・モーガンとミンヒョン・カンによる研究 [2] によると、オバマケアが成立する前に比べると、成立した後のアメリカ市民の医療政策に対する姿勢はより保守的になったという。

さらに、医療保険料の上昇が続いていることも世論に影響しているであろう。マッキンゼーの調査 [3] によると、オバマケアで購入するプランの2016年の保険料は前年比で約10%の上昇となっている。これはオバマケアが施行される前にあった急激な上昇と比べると穏健なものである。それでも、アメリカ市民にしてみれば、「オバマケアで保険料が安くなるんじゃなかったのか?」という不信感が出てくるのは自然である。

オバマケアは超党派的ではあるが、だからといって支持層が分厚いわけでもないというジレンマの中で、今回の候補者たちは選挙戦を戦わなければならない。

2.クリントンとオバマケア

最近になって、クリントンが医療改革についてバーニー・サンダーズに攻撃をしかけた。予備選挙戦で肉薄されてきていることにクリントンが危機感を募らせたことがこの背景にある。

「社会主義者」と自称するサンダーズは、「全市民にメディケアを(Medicare-for-all) [4] 」というスローガンを使って、民間保険者が大きな権力を握っているオバマケアを破棄し、シングルペイヤー制を導入すべきであると主張する。これに対してクリントンは、サンダーズの提案はその費用や実現性の面から考えても不可能であると非難した。

民主党は100年来シングルペイヤー制の導入を党是としてきたと言える。過去に様々な穏健な改革をしてきたが、それらはこの目標のためのステップにすぎないというのが民主党の基本的な姿勢であった。そのため、クリントンのシングルペイヤー制に対する否定ともとれる発言は多くの民主党支持者を驚かせた。

クリントンは、その発言の趣旨をオバマケアによって新たに保険に加入できた者から保険を取り上げるわけにはいけないからと弁明したが、このようなサンダーズ批判をすることでクリントンがリベラル派の支持を失っていく可能性は高い。オバマケアの恩恵を直接感じていない民主党支持者は、サンダーズが主張するようなプランに夢を託すのである。

オバマケアを維持するという政策スタンスをとっているクリントンは、攻撃しても防御しても点数を稼げないというジレンマに直面している。

3.トランプとオバマケア

トランプは、過去にカナダのようなシングルペイヤー制をアメリカに導入すべきだと主張したことがあり、共和党の候補者の中でも例外的な存在であるといえる。最近になって、トランプは「考え方を改めた」として過去の主張を撤回した。しかし、彼は「皆保険」の実現は重要であるという主張は変えておらず、市場主義的な医療貯蓄口座を併用する民間保険プランをさらに拡大させて皆保険を実現させるとしている。

トランプ以外の共和党候補者は「皆保険が必要だ」とは明言していない。そして、オバマケアが成立してから「オバマケアを破棄せよ(Repeal Obamacare)」というスローガンを掲げてきたが、明確な代替案を示してこなかった。

トランプは皆保険の実現を訴えることで他の共和党候補者と一線を画し、共和党内の代替案についての議論を活性化させる可能性がある。しかし、彼の案にはまだ具体性がない。ワシントンDCのシンクタンク関係者の中でも、トランプの医療政策スタッフに誰がいるのか分からないという。

今後予備選挙が進むにつれ、トランプが医療改革についてどのような発言をしていくかは、彼の支持層を広げていくために重要な課題となっていく可能性がある。そしてトランプやその他の共和党候補者たちがどれだけ魅力的で実現可能性がある代替案を作り上げていけるかが注目される。

まとめにかえて

オバマケア成立前は、大統領候補者は皆保険にすべきか否かについて議論すればよかったといえる。しかし、オバマケア成立後は、より具体的にオバマケアのどの部分を維持、改革、または破棄し代替すべきかということを明言しないとならない。さほど人気がないプログラムではあるが、それでも受益者は確実に増えている中で各候補者がどのような政策スタンスをとりながら、他の候補者をどのように攻撃するのかが注目される。

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