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アメリカ大統領選挙 UPDATE 6:大統領選挙結果とオバマケア

December 14, 2016

山岸敬和 南山大学外国語学部教授

ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に勝利した背景について様々な説明がなされているが、オバマケアへの不満も一因であることは間違いない。本コラムでは、まずトランプ氏勝利の背景にオバマケアがどのような影響を及ぼしていたのかを論じ、次にトランプ次期政権における改革の方向性を考える上でのキーパーソンについて触れたい。

オバマケアの行き詰まりと大統領選挙

オバマケアは2010年3月に成立してからもう少しで丸7年経過するが、未だ医療問題は重要な政治的争点であり続けている。ピュー・リサーチ・センターによる大統領選挙において「とても重要だ」と考える争点を聞いた世論調査では、医療だと答えた人々は74%に及び、経済、テロ、外交などについで4番目であった [1]

無保険者数は2008年には人口比15.4%だったのが、2015年には9.1%に減少するなど、オバマケアの受益者は確実に増加してきている。しかし、オバマケアへの支持は広がっていない。カイザー・ファミリー財団の調査によると、2016年11月の時点でオバマケアを支持すると答える者は43%、不支持は45%となっている。2016年に入ってから、支持率が不支持率を上回ったことは一度もなかった [2]

特にトランプ氏勝利への追い風となったと考えられるのは、医療保険取引所の行き詰まりについてのニュースである。医療保険取引所は、個人で民間保険に加入する人々のためにオバマケアによって設立されたものである。

以前のコラムでも指摘したが、エトナやユナイテッド・ヘルスケアなど大手民間保険会社が医療保険取引所からのほぼ全面撤退を表明した。それらの保険会社は医療保険取引所を実際に使用する人々に想定していたよりも健康リスクが高い者が多く利益が少なかったことを撤退の理由として挙げている。

これに関連しているが、もう一つは選挙日直前の10月末のニュースであった。それは2017年のオバマケア関連保険プランの保険料が引き上げられるというものであった。平均で20%以上の上昇が予想された。医療保険取引所で引き続き保険プランを提供すると決断した企業なども利益を確保するために保険料を引き上げざるを得ない状況になっていたのである。

これらのニュースはオバマケアの核となる医療保険取引所が行き詰まっていることを表していた。

ヒラリー・クリントン陣営としてはオバマケアが導入されていなかった場合と比べると状況は良いはずだと主張してきたし、また状況を改善するために連邦政府の規制をより強化して保険料を抑制すべきであると唱えてきた。

他方トランプ氏は、このようなニュースを受けて、「オバマケアを破棄せよ」という共和党がそれまで使用してきたスローガンを多用し、クリントンや民主党リーダーの傲慢さとも関連付けながら反オバマケアの姿勢をより強く押し出し、共和党の支持層にアピールしたのである。

しかし、大きな連邦政府に嫌悪感を示す近年の世論全体の傾向もあり、クリントンの主張よりもトランプ氏のメッセージが世論に訴える力を持っていたといえる。

トランプ次期政権における医療改革

トランプ氏は、当選後間もなくオバマケアを破棄することが新政権の重要課題の一つとなることを明らかにした。共和党の大統領が誕生するとともに、連邦議会も共和党が上下両院を抑えた。オバマ政権の時と比べると共和党を取り巻く政治状況は好転した。

しかし、オバマケアは簡単に破棄できない。上院で60議席(選挙結果は共和党54議席)を確保しないと議事妨害行為(フィリバスター)を乗り越えることができない。

共和党が取りうる手段は、予算調整法案の形でオバマケアを骨抜きにすることである。これだと単純多数で可決に持ち込むことができる。予算に関係する部分しか破棄することができないが、医療保険取引所に参加する人々への財政補助やメディケイドの拡大など、オバマケアの核となる部分については大きな修正を加えることができる。

しかし問題は、オバマケアを破棄するだけでは事がすまないということである。説得力のある代替案を示すことができないと、次の中間選挙で弱者切り捨ての党として共和党が攻撃され大きな打撃になりかねない。代替案をどのような内容にするのか、そしてそれをいつまでに共和党内でまとめることができるかが重要である。

最後に、共和党案としてまとめるために鍵となる人物を三人挙げる。

第一の人物は、トランプ氏本人である。彼は皆保険を支持するという旨の発言をしてきた経歴を持つため、オバマケアに代わるプログラムを作ることについて反対しない。しかしトランプ自身が法案の内容について強いこだわりがあるとは思えない。ただ、共和党がまとまらない時に彼が重要な政治的役割を果たすことができるかは重要である。

第二の人物は、マイク・ペンス次期副大統領である。ペンス氏はインディアナ州知事として、オバマケアの実施に関わってきた。共和党知事にも関わらず、州内のメディケイドの拡大に合意するなどの経歴を持つ。彼の下で働いていたシーマ・バーマ氏がトランプ次期政権のメディケアおよびメディケイドサービスセンターの長に任命されたことを見ても、ペンス氏がある程度の役割を果たすことが考えられる。

第三の人物は、次期保健福祉長官に指名されたトム・プライス氏(現ジョージア州選出下院議員)である。整形外科医の経験を持つ彼は、オバマケアが審議されている時期から議会内で代替案を示してきた。下院予算委員長を務めてきたこともあり、ホワイトハウスと議会との調整役も期待されている。

トランプ政権下での改革の方向性は政権発足以降にならないと明らかにならないだろうが、この三人を中心にして政治が動いていく可能性は高い。ただここで重要なのは、大規模な医療制度改革を行うと必ずと言ってよいほど政治的なダメージを被るという事が歴史的に証明されているという事である。トランプとしては、オバマケアをマイナーチェンジして「トランプケア」とし、歴史に名を刻み、早くこの問題をやり過ごしたいというのが本音かもしれない。実際に彼の思う通りに物事が進むかどうかが注目される。

[1] Pew Research Center, Top Voting Issues in 2016 Election

[2] Kaiser Family Foundation, Kaiser Health Tracking Poll

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