加藤 和世 米国笹川平和財団(Sasakawa USA) シニア・プログラムオフィサー
「トランプが指名候補に選ばれたら、ヒラリーに投票する。」翳りを見せないトランプ人気に対し、ある共和党の若手研究者は述べる。トランプ現象の最中、大統領選を意識してワシントンのシンクタンクの専門家が行うアメリカ外交に関する議論には、多少「一人歩き」の感じが漂う。前回の拙稿で紹介した通り、ワシントンの共和党専門家は、2016年の共和党有権者は外交・安全保障を一層重視し、「世界におけるアメリカの役割」を問う選挙になると考えているが、そこに焦点をあてられない国内状況が生じているということであろう。
その中で、共和党系シンクタンクのアメリカ・エンタープライズ研究所(AEI)は、「 Why American Leadership Still Matters (何故アメリカのリーダーシップが引き続き重要なのか)」と題する報告書を発表した。2014年にジョゼフ・リーバーマン元上院議員(民主党内の保守派として2000年大統領選の民主党副大統領候補に選ばれ、その後無所属となった)がジョン・カイル元上院議員(共和党の元上院院内幹事)と立ち上げた「アメリカ国際主義プロジェクト」の成果をまとめたもので、米国が世界で積極的にリーダーシップを行使することの費用対効果を改めて説き、いかなる方法で指導力を発揮すべきか論じている。背景には、イラク、アフガニスタン戦争と不景気が続く2012年頃から、米国の世界を牽引する能力と見識に対して世論が懐疑的になっていたことがある。
報告書は、米国が「自由」「人間の尊厳」「ルールに基づく秩序」の原則を指針として軍事的、経済的、道徳的リーダーシップを発揮することで、米国と世界の安全、繁栄、自由が保証されると訴え、第二次世界大戦後に世界のGDPが14倍に増え、乳幼児死亡率が2/3削減され、85カ国以上の人々が「自由」を獲得したこと、米国が冷戦時代にその経済成長を支えた日本と韓国がいまや米国の重要なパートナーとなった実績等を例に挙げている。また、現在の国防費と外交予算の水準(GDPの3.8%)は、その効果に照らせば大きな「バーゲン」と主張する。そして、米国がリーダーシップを発揮する上で、軍事力は決して第一手段ではないが、「抑止力」のツールであり、それを実効的たらしめる基盤的な要素として堅持すること、前方展開能力を例に、同盟やパートナーシップを駆使する必要性を強調している。
メンバーには、共和党系の外交政策イニシアチブやジョン・ヘイ・イニシアチブ、民主党系のアメリカ進歩センター、超党派のブルッキングス研究所や新アメリカ安全保障センターなど、代表的なシンクタンクの専門家を超党派で揃えた。デヴィッド・ペトレイアス陸軍大将(元中央情報局(CIA)長官)のブレーンとして活躍するヴァンス・サーチャックなど、過去にリーバーマン議員に仕えた有力な安全保障専門家も複数参加した。全体をまとめた フィリップ・ローハウス研究員 も、共和党期待の新人だ。
世界における米国のリーダーシップについて超党派の合意があるというのは、特に目新しくない。報告書も指摘する通り、米国の指導者達は、第二次世界大戦後から常に米国が大国として世界を牽引する責任を意識してきた。今回の提言に特徴があるとすれば、ブッシュ政権の「失敗」を恐れたオバマ政権の外交姿勢を消極的と反省し、時に失敗しても、失敗を恐れて米国の理想と利益の追求を諦めてはならない、とのメッセージを含んでいる点であろう。
報告書は、米国が指導力を行使しなければ、中国やロシアがその空洞を埋める可能性があり、オバマ政権の外交姿勢が近年の中露の侵略的な行動、中東やアフリカ情勢の悪化を招いたと暗に指摘する。AEIが主催したエド・ロイス下院外交委員長の 講演 でも、外交におけるオバマ大統領の指導力の欠如が批判された。今年1月の一般教書演説で米国は「地球上最も強い国」と熱弁したオバマ大統領の主張は、こうした批判に対する「言い訳がましい(defensive)」ものに聞こえたかもしれない。
リーバーマン氏とカイル氏は、次なる使命は報告書のメッセージを全米の有権者に伝えることだと述べるが、彼らの声は共和党有権者に響くのか。共和党有権者を「保守」の度合いに基づき4種に分類してきた米国の政治学者ヘンリー・オルセン氏によれば、トランプ現象は欧州に見られる階級ベースの分裂(高学歴対低学歴)を具現化した、前例のないもので、教育レベルが低い層ほどトランプ支持者が多い。 [1] 過去の成功、失敗の経験を踏まえた理性的で洗練された外交政策の提言を求められるシンクタンクの専門家、共和党知識層にとって、トランプというワイルドカードの登場はそうした提言の土台を損なうものとして想定外の懸念材料となっているようだ。