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アメリカ大統領選挙UPDATE 5:三回のディベートが示した両候補の決定的な違いは同盟国への姿勢

October 25, 2016

渡部恒雄 東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員

9月26日から10月19日までのクリントン対トランプの三回にわたる候補者ディベートにおいて、同盟国への姿勢について、両者の明らかな違いが明確となった。トランプは同盟国との約束の履行に対して留保をつけるが、クリントンは同盟国重視を明らかにした。第二次世界大戦後の大統領選挙で、同盟の履行が論点になったことはほとんどなく、今回の選挙の特徴の一つといえるだろう。そしてこの違いは、米国の基本的な安全保障戦略について、きわめて重大な違いをもたらすものである。三回のディベートで、多くの米国の外交・安保専門家は、クリントンに好感を持ち、トランプへの不信感を再確認したと考えられる。

これは、共和党の関係者の中でも明らかだ。例えば、ブッシュ(子)政権時代に国務省の政策・企画スタッフを務め、共和党のマケイン上院議員の外交政策アドバイザーも歴任したシンクタンクGMF(German Marshal Fund)のダン・トワインニング、アジアプログラム・ディレクターは、第一回ディベート後、日経アジアンレビューに「米大統領選挙ディベート:クリントンは最高司令官の試験に合格した」(筆者訳)を寄稿した。 [1]

トワイニングによれば、トランプはロシアのプーチン大統領が米国本土にサイバー攻撃をすることを許可するような発言をし、中国の為替操作は批判はするが南シナ海での軍事的な拡張主義には言及せず、米国にとって最も重要な同盟国である、日本、メキシコ、サウジアラビアやNATOとの関係に留保をつけたと指摘した。トランプは、アメリカの同盟国は同盟にタダ乗りをして経済的に不当な利益を得ていると考えているようだとも指摘している。以下がトランプの発言だ。

国名を挙げると、私たちは日本を防衛し、ドイツを防衛し、韓国を防衛し、サウジアラビアを防衛し、他国を防衛している。彼らは私たちに対価を払っていない。しかし、彼らは支払うべきです。なぜなら、私たちはかなりのサービスを提供し、お金を失っているからです。 [2]

一方で、クリントンは同盟というものを、2001年の同時多発テロ直後にNATO加盟国が米国の攻撃を加盟国への攻撃と見なして共同軍事行動をとったように、他国の防衛にコミットするだけでなく、同盟国がアメリカを防衛するための強さへの投資だということを有権者に訴えたとし、ディベートの中で最も強く表れた言葉が以下だとトワイニングは指摘する。

言葉は重要だということから始めたいです。大統領選候補者にとって、言葉は重要です。大統領にとっても、本当に言葉は重要です。私は日本や韓国などの同盟国に対して、私たちは相互防衛協定を結んでおり、私たちはそれを遵守するということを再確認したい。アメリカが約束を守ることが必要です。この選挙戦で、世界の多くの指導者について疑問や懸念が生じているのは知っています。私は彼らの多くと話をしてきました。私は私自身、そして、アメリカ国民の大多数を代表して、私たちは約束を守ると言いたい。 [3]

日本にとっても、9月の国連演説に渡米した安倍首相が、大統領候補の二人のうち、クリントン候補とだけ面会をして、その後にこのような発言があったことも留意しておくべきだろう。しかも、この発言はアジアの同盟国だけでなく、世界の同盟国および、米国と同盟国が協働して維持してきた現在の国際秩序に挑戦する国や勢力にも、向けられていることに重要だろう。

第三回ディベートでも両候補の同盟へのスタンスは変わらず、トワイニングスは、日経アジアンレビューに「トランプは自ら(さらに)大統領不適格者を証明した」(Trump (further) disqualifies himself)という「ダメ押し」記事を再度、寄稿した。 [4] 彼は、クリントン候補が、ロシアのサイバー攻撃を批判し、シリアでの飛行禁止区域設定など、オバマ政権よりも踏み込んだ政策を取ろうとしていることを高く評価した。そしてトランプの「米国は日本、ドイツ、サウジなどの同盟国からぼられている」という相変わらずの金銭面だけに偏った同盟観を批判して、トランプが大統領として不適格であることを示した。

しかも実際のところ、クリントン候補の同盟国への明確な態度は外国向けだけではなく有権者へのアピールにもなっている。例えば、接戦州のバージニアに多く住む、軍人とその関係者には強いメッセ―ジを送ったはずだ。加えて、同盟国にルーツを持つ有権者にも重要だったはずだ。過去を振り返っても、米国の同盟政策は、時として強い影響力を持つ有権者に影響を受けることもあった。例えば、90年代にビル・クリントン政権が行ったポーランド・ハンガリー・チェコスロバキアへのNATOの東方拡大は、ウィスコンシン州やイリノイ州などに住み、政治的な影響が強い東欧系住民へのアピールも考慮されたといわれている。

今回でいえば、ヒラリー・クリントンの同盟重視姿勢はアジア系有権者に強くアピールしていると考えられる。特に、政治的に影響力の強い二つのグループ、韓国系と東南アジア系は重要だ。韓国は北朝鮮の5度目の核実験に、東南アジア諸国は中国の南シナ海での拡張姿勢にそれぞれ不安を持ち、これらを祖国に持つエスニック・グループは米国の安全保障上のコミットメントを期待しているからだ。

10月1日付のニューヨークタイムズの記事「トランプは民主党陣営がアジア系有権者を取り込ませるのを助けているようだ」(筆者訳)は、全米の中で、ヒスパニックよりも早いペースで人口が拡大しているアジア系は、トランプ候補の態度により、ますます民主党支持に傾いているという点を指摘している。 [5] トランプは中南米からだけではなく、フィリピンからの移民を制限するとも発言している。しかも、不法移民を強制送還するという彼の立場は、第二次世界大戦前に中国系および日系移民を締め出した移民法(日本では排日移民法と呼ばれている)を想起させ、日系や中国系アメリカ人からも反発されている。

同記事は、アジア系有権者は全体の4%を占めるにすぎないが、ネバダ州やバージニア州などにまとまって住み、政治的な影響力も強いと指摘している。大学の研究者らが作る「National Asian American Survey」は、選挙登録をしているアジア系米国人は、「支持」と「支持に傾いている」の二つを合わせると、70%がクリントン、20%がトランプという数字を発表した。内訳をみると、韓国系では79%対19%、ベトナム系では66%対28%、フィリピン系では62%対32%でクリントンが優位である。ちなみに、最も共和党支持が強いカンボジア系ですら、53%対18 %でクリントンが優位にあり、インド系では82%対9%で最もクリントン支持が強い。 [6]

韓国系とベトナム系は、バージニア州やテキサス州などにまとまって住んでいる。バージニア、ネバダの接戦州は勝敗のカギを握る州であり、今回はテキサス州も接戦州となっている。この調査において、有権者の最も高い関心は26%が経済であり、外交問題への関心は3%と低いが、10%が人種差別を重視している。三回のディベートを通しての候補者の同盟国への姿勢の違いは、これらの有権者にも一定の影響を及ぼしている可能性がある。

[1] Daniel Twining, ”US presidential debate: Clinton passes commander-in-chief test,” Nikkei Asian Review , September. 27, 2016,
http://asia.nikkei.com/Politics-Economy/Policy-Politics/Daniel-Twining-US-presidential-debate-Clinton-passes-commander-in-chief-test?page=1

[2] 日本語訳はNHK News Web 「アメリカ大統領選挙2016」の訳を引用
http://www3.nhk.or.jp/news/special/2016-presidential-election/debate1.html

[3] 同掲

[4] Daniel Twining, ” Trump (further) disqualifies himself,” Nikkei Asian Review, October 20, 2016.
http://asia.nikkei.com/Politics-Economy/Policy-Politics/Daniel-Twining-Trump-further-disqualifies-himself

[5] Jeremy W. Peters, “Donald Trump Is Seen as Helping Push Asian-Americans Into Democratic Arms,” The New York Times , October 1, 2016
http://www.nytimes.com/2016/10/02/us/politics/trump-asian-american-voters.html?action=click&contentCollection=Election%202016&region=Footer&module=WhatsNext&version=WhatsNext&contentID=WhatsNext&moduleDetail=undefined&pgtype=Multimedia

[6] Karthick Ramakrishnan, Janelle Wong, Taeku Lee, and Jennifer Lee et al,
“Asian American Voices in the 2016 Election,” October 5, 2016, p.19,
http://naasurvey.com/wp-content/uploads/2016/10/NAAS2016-Oct5-report.pdf

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