中国共産党中央委員会第3回全体会議(党3中全会)は、11月12日、「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する党中央の決定」(以下「決定」)を採択した。本稿では、この決定の経済関連部分につき気づきの点を紹介する。
1.総論
(1)起草活動を習近平総書記が主導
通常であれば、決定案文は総書記以外の政治局常務委員が起草グループの組長となり、総書記はそれを指導する形をとる。ところが今回は習近平総書記自らが組長となり、議論を主導している。新華社によれば、これは今世紀に入ってからは初めてのことである。
決定の中身の多くが政府の政策に関わることであり、本来であれば李克強総理が組長を担当してもおかしくない。ただ、今回の改革内容は経済のみならず軍事面まで含んでおり、党中央軍事委員会のメンバーでない李克強が軍改革を主導するのは無理があった。また、彼が組長になると改革色が強く出すぎ、保守派、左派および長老が強く反発することへの懸念もあったかもしれない。起草作業は正に薄熙来裁判と同時進行だったからである。
(2)2020年までに重要分野で決定的成果を得る
もともと2020年には、「小康社会を全面的に実現する」という目標が設定されている。2021年は共産党創立100周年にあたるので、それまでに主要改革に目処をつけるということであろう。ただ、一部では「2020に目標を設定したということは、改革を先送りする趣旨ではないか」といううがった見方も出ており、2020年までにどういう段取りで成果を出していくのか、タイムスケジュールを明らかにする必要があろう。
(3)経済体制改革により全体を牽引
全体は3篇、16章、60項目で構成されている。第1篇第1章は総論、第3篇第16章は政策実施のための組織と指導について記している。第2篇第2章―第15章が各論にあたり、主として経済、政治、文化、社会、生態文明、国防及び軍隊の6方面から改革の全面深化の主要任務と重大措置を論じている。このうち経済方面は6章分と最も数が多く、決定にも「経済体制改革の牽引作用を発揮させる」、「経済体制改革は、改革の全面深化の重点である」と明記されている。
(4)資源配分において市場が決定的役割を果たす
これまで資源配分において市場は「基礎的役割」を果たすとされていたが、これが「決定的役割」に格上げされた。決定では「市場が資源配分を決定することは市場経済の一般ルールであり、社会主義市場経済体制を健全化するには、このルールを遵守し、市場システムが不完全で、政府の関与が多すぎ、監督管理が不十分という問題の解決に力を入れなければならない」とされている。
習近平総書記はこれについて、「各方面の意見と現実の発展の要求を考慮し、繰り返し討論、検討を経て、中央はこの問題について、理論上新たな表現にする条件が既に成熟しており、資源配分における市場の『基礎的役割』を『決定的役割』に改めるべきだと考えた」と説明しており、これが理論面での革新と位置付けられていることが分かる。
(5)政府の役割の限定
市場が決定的役割を果たすということになれば、おのずと政府の役割は限定されなければならない。決定は、「政府の職責及び役割は、主としてマクロ経済の安定の維持、公共サービスの強化と最適化、公平な競争の保障、市場監督管理の強化、市場秩序の擁護、持続可能な発展の推進、共同富裕の促進、市場の失敗の補完である」としている。
また、「政府のミクロ事務への管理を最大限度減らす」とし、投資についても、「企業の投資プロジェクトについては、国家の安全及び生態系の安全、全国の重大な生産力の配置、戦略的な資源開発及び重大な公共利益等に関わるプロジェクトを除き、一律に企業が法に基づき自主的に政策決定を行い、政府は今後審査、許認可を行わない」とされている。
2.各論
(1)国有経済については玉虫色
「公有制の主体的地位を堅持し、国有経済の主導的役割を発揮させ、国有経済の活力、コントロール力、影響力を不断に増強しなければならない」としている。これは、7月23日に武漢で開催された「改革開放全面深化のための地方座談会」で、習近平総書記が行った重要講話を踏まえている。また、「更に多くの国有資本の投資を国家の安全および国民経済の命脈に関わる重要業種やカギとなる分野に振り向け、公共サービスの提供、将来性のある重要な戦略的産業、生態環境保護、科学技術の進歩、国家の安全保障に重点を置く」としており、これだけを見ると、依然経済において国有経済が極めて重要な役割を果たしていくように思われる。
しかし他方で決定は、「国有資本、集団資本、非公有資本等が株を持ち合い、相互に融合した混合所有制経済は、基本経済制度の重要な実現形式である」とし、「国有資本投資プロジェクトに非国有資本が資本参加することを認める」とする。これは、李克強総理がかねてより強調していることである。また、国有資産管理については、今後は国有資本管理を主とするとし、若干の国有資本運営会社を設立し、条件の整った国有企業を国有資本投資会社に改組するとする。これは、国有企業を投資会社や持ち株会社に改組し、その傘下の競争的事業の分離を図るものであり、重要な形態変更である。しかも、「非公有制企業が国有企業改革に参加することを奨励し、非公有制資本が株を支配する混合所有制企業の発展を奨励する」としており、これは民間企業による国有企業の吸収、合併を事実上容認しているように見える。
このように、国有経済については、左派及び保守派、改革派どちらの主張にも配慮した形となっており、国有企業改革が今後どちらの方向に進むのか、注意を要する。
(2)権限と財源の対応
中央と地方の権限関係を次のように再整理している。
中央の権限と支出責任を適切に強化し、国防、外交、国家安全、全国統一市場に関わるルール及び管理等を中央の権限とする。
一部の社会保障、地域をまたがった重大プロジェクトの建設や維持等を中央及び地方の共同権限とし、権限関係を徐々に調整する。
地域的な公共サービスを地方の権限とする。
注意すべきは、中央の権限が一部強化されていることである。これまで社会保障制度の整備は専ら地方政府に任されてきたが、これからは中央及び地方の共同権限となった。決定では、基礎年金を全国プール制にすることが明記されており、社会保障制度を全国統一的に企画するのは、今後中央政府の仕事となろう。
そのうえで財源については、「中央と地方は権限の区分に応じて相応に支出責任を負担及び分担する。中央は、移転支出の計上を通じて、一部の権限や支出責任を地方に委託、負担させることができる。地域をまたがり、その他地方に与える影響がかなり大きい公共サービスについては、中央は移転支出を通じて、一部の地方の権限、支出責任を負担する」としている。
かねてより問題となっている地方政府の慢性的財源不足については、「中央及び地方の財政力構造の総体としての安定を維持し、税制改革と結びつけ、税目の属性を考慮して、中央と地方の収入区分を更に調整する」としている。税制改革では、地方税システムを整備することもうたわれており、今後営業税を増値税に改めるテスト、不動産税の立法化が進展するにつれ、国税、地方税、共有税の税目及び財源配分について大きな見直しが行われることになろう。
また、都市化推進において、地方政府が建設地方債を発行して建設資金を調達することを認めている。違法な借入を起債に改めることにより、地方政府債務の透明化を図るということであろう。さらに、「都市基本公共サービスで常住人口全てをカバーすることを着実に推進し、都市に戸籍転入した農民を完全に都市住宅や社会保障体系に組み入れる」としているが、これには相当な財源が必要となる。このため、財政移転支出を農業移転人口の市民化とリンクさせるとしており、このための制度改正も進むものとみられる。
(3)金融の自由化・国際化
民間資本による中小タイプの銀行等の金融機関の設立、人民元レートの市場化(弾力化)、金利の市場化(自由化)加速、人民元の資本項目の兌換化の実現加速が盛り込まれている。2020年までに金融の自由化及び国際化が急速に進展することになろう。しかし、これが混乱なく進むためには、金融面のセーフティ・ネットと金融機関の破綻処理システムの構築が不可欠である。このため決定では「預金保険制度を確立し、金融機関の市場化による退出メカニズムを整備する」としている。
また、決定には都市インフラ及び住宅政策の金融機関と国境沿いの開発のための金融機関の設立も記載されている。わが国のかつての住宅金融公庫や北海道東北開発公庫のようなものであろうか。しかし、このような開発系の政策性金融機関のみならず、かつての国民金融公庫や中小企業金融公庫のように、中小企業金融を担う政策性金融機関の設立も真剣に検討すべきであろう。純粋の民間金融機関を設立しても、中小企業への融資が円滑になる保証はないからである。
(4)少子高齢化対応
「漸進式の退職年齢の延長政策を検討、実施する」としている。年金財政の持続可能性を配慮したものであろう。しかし、これは既に社会問題化している大学卒業生の就職難を更に深刻化させるおそれもあり、慎重な運用が必要である。
また、2012年に労働年齢人口が初めてマイナスに転じたことを踏まえ、一人っ子政策が見直され、「一方が一人っ子の夫婦が2人の子供をつくることを認める」とされた。しかし、これにより大都市で進行する少子化傾向に歯止めがかかるかどうかははっきりしない。
おわりに
決定では、改革を進めるにあたっては「胆力は大きく、歩みは穏やかでなければならない」とする。これは習近平国家主席が10月7日のAPEC首脳会議で行った演説を引用したものである。彼は「歩みは穏やかに」の意味については、「統一的に企画、考慮し、全面的に論証し、科学的に政策決定すること」だと説明している。
これをみると、習近平総書記は改革に慎重なようにも見えるが、他方で彼は決定の説明にあたり「改革措置の提起は、当然に慎重でなければならず、繰り返し検討及び論証しなければならないが、このために過度に慎重となり、二の足を踏み、敢えて何も行おうとも試そうともしないようなことがあってはならない。改革を行えば、現行の政策構造、体制運営が何ひとつ打破されないということはあり得ず、当たり障りなく何のリスクもないということはあり得ない。十分な論証と評価を経て、実際に符合しさえすれば、行うべきであり、やるべき事は大胆にやらなければならない」とも述べている。このように、習近平総書記の改革への取り組み姿勢にはまだはっきりしない部分がある。
今後決定に記された改革措置が着実に実行に移され、2020年までに決定的成果を挙げられるかどうかは、新設される「改革全面深化領導小組」がどのようなメンバーで構成されるか、改革の明確なタイムスケジュールや具体的な実施細則が速やかに示されるか否かにかかっているといえよう。