鶴岡 路人
研究員
2017年5月24日から27日にかけて、トランプ米大統領が就任後はじめて欧州を訪問する。今回の歴訪ではヴァチカン訪問やG7首脳会合出席も重要だが、今後の米欧関係を考えるうえで鍵となるのは5月25日に開催されるNATO(北大西洋条約機構)の首脳会合である。選挙戦中にトランプ候補は「NATOは時代遅れ」などのNATO批判・軽視発言を繰り返した。政権発足後は、ペンス副大統領やマティス国防長官がNATOの重要性を強調するなど、全体としてのトーンは変化している。しかし、肝心の大統領の欧州における言動から目を離せない。
加えて、今回の訪問では先日就任したばかりのマクロン仏大統領やEU首脳との会談も予定されており、EU(欧州連合)へのトランプ大統領の姿勢も問われることになる。そこで以下では、これまでのトランプ大統領の各種発言に着目しながら、NATOの文脈での国防予算増額要求とテロ対策問題、そしてEUへの姿勢を軸に米欧関係の課題を検討したい。
国防予算増額要求――とりあえずの先延ばし?
トランプ政権の対欧州政策に一貫性があるとすれば、それはまずもって国防予算の増額要求である。米国の不満の背景には、NATO加盟国の国防予算合計のうち、米国が70パーセント以上を占めていること、米国はGPD(国内総生産)比で3.5パーセント以上の国防予算を支出しているにもかかわらず、欧州の多くの諸国はGDP比2パーセント以下だとの現実がある。これでは不公平であり、欧州は「もっと払うべきだ」という主張になる。
NATOには、GDP比2パーセントという国防予算の目標基準値が存在し、2014年9月の英ウェールズでの首脳会合で各国は、10年以内の同基準達成に「向けて進むことを目指す(aim to move toward)」としていた。文言から明らかなとおり、基準達成を確約したものではないが、トランプ政権はこれを根拠に「約束」の履行を強く求めている。
そして、欧州諸国の国防予算は徐々に増加しており、トランプ大統領は、「全て自分のおかげだ」、「何十億ドルも追加で入るようになった。私は『みんな払っているか?』と問うただけだ」(米Timeとのインタビュー、2017年5月)と、当面の進展に満足な様子である。
もっとも、ロシアの脅威への対応や、緊縮財政下で削減し過ぎたことを受けての揺り戻しなどにより、欧州のNATO諸国の国防予算の合計は、すでに2015年から増加トレンドに転じていた。そのため、「全て自分のおかげ」ではないものの、トランプ大統領当選後は、この点での米国からの強い圧力の結果、国防予算問題がさらに注目され、予算に関する各国の意思決定に影響を及ぼしている可能性は否定できない。
トランプ政権の国防予算の増額要求に対して欧州では、国防費のみならず、開発援助や外交活動などを含めた国際平和や安定への貢献を全体像としてみるべきといった反発も根強い。しかし、ウェールズ首脳会合の合意があるために、2パーセントを真っ向から否定するのが難しい現実もある。この問題で焦点となるのは、国防予算がGDP比約1.2パーセントにとどまっている欧州最大の国、ドイツである。メルケル政権は増額の意思を示しているものの、2024年までに2パーセントに、つまり7割近く増やすことは、政治的にも、また実際に何に使うのかという予算の「吸収能力」の観点でも現実的ではないとみられる。
NATO首脳会合を含む今回の訪欧でトランプ大統領は、これまで同様に、より公平なバードン・シェアリングとして、国防予算の増額を強く求めることになるだろう。具体的に踏み込む場合は、2024年までという合意された上記の目標に照らして、その前倒しや、国防予算増額に関する具体的な計画の提示などを求めることになろうが、大統領レベルで細かな具体論に入ることはないとの見方もある。
いずれにしても、これは今後のコミットメントを求める性質の問題であり、当面は、ドイツを含めた欧州主要国が直近の国防予算増額を示し、努力を継続するとの方針を示せば、ある程度は先延ばし可能ともいえる。別のいい方をすれば、現実的にはおそらくそれ以外にとり得る選択肢はない。
なお、トランプ政権は現在のところ、日本に対しては防衛予算の増額を求めていない。この背景には、中国や北朝鮮といった米国にとっても深刻な問題の存在、および警戒監視や弾道ミサイル防衛などでの日米協力の深化という近年の実績があると考えられる。しかし、日米間のバードン・シェアリング、特に日本の防衛予算の水準が今後も問題化しないと安心するのは早計であろう。その観点では、NATOの欧州諸国に対する米国の姿勢、および欧州諸国の対応を日本でも注意深くフォローしていくことが求められる。
テロ対策における「幸福な誤解」?
テロ対策分野におけるNATOの役割拡大も、トランプ大統領が選挙戦中から繰り返してきた要求である。ただし、このテロ対策(counter-terrorism)という言葉自体にも注意が必要である。というのも、米国においては、アフガニスタン、イラク、シリアなどで行ってきたタリバンやアルカイダ、イスラム国(ISIS)に対する軍事作戦がテロ対策、ないしテロとの戦い(fight against terrorism)だと認識されることが多い。他方で、欧州においてテロ対策として想定されるのは、主として警察や治安機関によるテロ組織関係者の監視やその他情報収集といった治安面での活動である。このため、同じ言葉を使っても、意味するものには大きなギャップが存在する。注意が必要である。
NATO事務局には2016年7月のワルシャワ首脳会合を受けて、インテリジェンス担当の事務総長補ポストが創設されるなど、テロ関連を含むインテリジェンス協力の態勢強化を進めている。これは、政治的には必ずしも大きな変化ではないが、トランプ政権としては、NATOをプラスに評価し直す1つの理由になっているようである。
そして、2017年4月にホワイトハウスを訪れたストルテンベルクNATO事務総長との会談後の記者会見でトランプ大統領は、テロとの戦いにおけるNATOの役割拡大について建設的な議論ができたとしたうえで、「以前自分はそれについて不満を述べたら、彼ら[NATO]は変わり、今日ではテロと戦っている。それ[NATO]は古いといった。しかしそれはもはや古くない(no longer obsolete)」と述べた。
トランプ政権は、NATOがISISとの戦いの有志連合に正式に参加することを求めており、首脳会合に向けて大きな争点になっている。しかし、実質面で考えた場合、対ISISでNATOとして追加的にできることは多くないのが現実である。対ISISの有志連合にはすでに全てのNATO加盟国が参加している他、NATO自体もAWACS(早期警戒管制機)を提供しての上空の警戒監視活動やイラク軍の訓練支援などをすでに実施している。加えて、NATOが前面に出ることは、有志連合へのアラブ諸国の参加を確保する観点では逆効果になりかねない懸念もある。また、有志連合へのNATOの参加とはいっても、NATOが指揮権をとって軍事作戦を行うことが想定されているわけでもない。トランプ政権が軍事作戦実施にあたって、制約要因になりかねないNATOの使用を嫌うであろうことは想像に難くない。
それでも、NATOがテロ対策に乗り出したために「もはや古くなく」、しかもそれは「全て自分のおかげ」(ロイターとのインタビュー、2017年2月)だとトランプ大統領が認識しているのだとすれば、何とも「幸せな誤解」だともいえる。NATOが過大に評価されている状態なのかもしれない。当面はNATOにとってもそれでよいのかもしれないが、現実に気付いたときの反動の可能性は懸念材料である。
そして、NATO首脳会合の準備にあたっては、飽きっぽいトランプ大統領への対策として、各国首脳の発言が2分から4分に厳しく制限されるなど、雰囲気を乱さないための細心の努力がなされていると報じられている。まさに腫物を触るような扱いであり、NATO側の懸念は依然としてかなり高そうである。
トランプ政権のEU観
NATOに関してトランプ大統領がさまざまに学ぶなかで、認識を変化させている背景には、マティス国防長官やマクマスター国家安全保障問題担当補佐官など、政権内にNATOの理解者が存在しているとの事情がある。他方、政権内にEUの理解者を見つけるのは難しい状況が続いている。これが、大統領へのインプットという観点でも懸念がもたれる所以であり、トランプ大統領のEU観はいまだにネガティブなものである懸念が強い。
実際、「英国のEU離脱はよいことだ」、「他にも続く国が出るだろう」、「EUはドイツが影響力を行使する道具だ」(2017年1月、英独メディアとのインタビュー)などの批判的発言に、欧州側は懸念を募らせてきたのである。加えて、バノン主席戦略官のEU嫌いは有名である。 もっとも、その後は、「自分は完全にEUを支持している。彼らが幸せなら素晴らしい(wonderful)」(2017年2月、ロイターとのインタビュー)と述べたほか、「他国も[英国のEU離脱に]続くと考えたが」、「彼ら[EU]は一緒に行動するのに成功している」(2017年4月、英フィナンシャル・タイムズとのインタビュー)などと、批判的トーンは弱まっているようにもみえる。
しかし、突然に「素晴らしい」といわれても、さすがに安心できないのがEU側の本音である。実際、2017年4月、5月に行われたフランス大統領選挙に関してトランプ大統領は、極右で反EUの国民戦線のルペン候補支持を示唆し続けたし、新たな米・EU協力が進んでいるわけでもない。2017年2月にEUの将来に関して開催されたマルタでの英国抜きのEU首脳の会合を前にした各国首脳宛の書簡でトゥスク欧州理事会議長は、欧州が直面する「脅威」の文脈で、中国やロシアの強硬姿勢、中東・アフリカの不安定と並んで米新政権に触れ、「ワシントンにおける変化は欧州連合を困難な状況に陥らせている」と警告した。
EUの観点では、オバマ政権までのように米国がEU統合の推進を明確に支持することが理想だが、それが望めないのであれば、せめて「ビナイン・ネグレクト」、すなわち放っておいて欲しいはずである。英国以外の加盟国のEU離脱を促したり、各国の反EU勢力に肩入れしたりしてEUの結束を意図的に乱すようなことはして欲しくないのである。だからこそ、5月25日のブリュッセルでのEU首脳との会談でどのようなメッセージを発することができるかが注目されている。
トランプ大統領とトゥスク議長およびユンカー欧州委員会委員長との会談場所については、米大使館などさまざまな噂が飛び交ったが、最終的にEUの理事会本部ビル(Europa Building)で行われると発表された。なお、ジョージ・W・ブッシュ大統領がEU本部を初めて訪問したのは、第2期政権になってからの2005年2月だったことを考えれば、就任4か月あまりでのEU訪問は画期的ですらある。
トランプ政権の対欧州、対EU政策を見極めるうえでは、同じくブリュッセルで行われるマクロン仏大統領との会談――「長い昼食」と言及されている――も注目される。トランプ政権は、ともにアウトサイダーであり、旧来の政治的垣根を越えたというマクロン大統領との共通点を強調している。米国とフランスは、対ISISの有志連合による軍事作戦などで緊密な協力関係にあり、まずはこの点から協力の強化を確認することが想定される。
トランプ政権下で続く課題と懸念
ブリュッセルを始め、今回のトランプ大統領の訪問先では反トランプのデモが予定されていると報じられている。欧州の世論において、反トランプ感情や警戒感が根強いことに鑑みれば、指導者がトランプ政権に安易にすり寄る姿勢をみせることには、国内的なリスクが存在する。反エスタブリシュメントのポピュリズムを勢いづかせるわけにもいかない。これが日本と大きく異なる点だが、それでも、トランプ政権との間で安定的な関係を築く必要性も認識されている。今回のトランプ大統領訪欧は、その試金石になる。
ただし、ここで述べてきたような課題や懸念が今回の訪問によって、あるいは短期的に一気に解決・消滅することはありえない。そのため、トランプ政権下の米欧関係は、こうした課題や懸念との共存が迫られることになろう。
【関連文献】
鶴岡路人「トランプ政権の誕生と欧州――『トランプ現象』波及への懸念とバードン・シェアリング」『世界経済評論』(2017年3-4月号)