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マクロン仏大統領の誕生――3つの論点

May 17, 2017

鶴岡 路人
研究員

5月7日に実施されたフランス大統領選挙決選投票で、エマニュエル・マクロン候補が66パーセントあまりの得票で当選し、5月14日に正式に就任した。国立行政学院(ENA)出身の、フランス社会では正統派のエリートであり、オランド政権で経済大臣を務めたものの、中央でも地方でも選挙を経た経験のない39歳が大統領選挙を制したのである。決選投票の対立候補が極右国民戦線のマリーヌ・ルペン候補だったために、マクロン候補が主流派の代表とみられたものの、実際には、異端の候補だった。

そこで、今回の選挙結果の影響を、3つの論点に分けて欧州政治と日本の観点から改めて考えてみたい。

ポピュリズムの台頭は止まったか

第1の論点は、今回の選挙により、欧州におけるポピュリズムの台頭が止まったか否かである。穏健派、中道派、良識派が勝利したという観点で、今回の選挙が左右のポピュリズムの流れを押しとどめたのは事実である。しかし、国民戦線の候補が当然のように決戦投票に進出し、1000万票以上を獲得した現実は無視できないし、今後、国民戦線(ないし場合によっては同党をもとに改組・改名された政党)がフランス政治において今まで以上の重みを有することは否定できない。そして、5年後の大統領選挙では、再び極右を含むポピュリスト勢力の挑戦を受けることになる可能性が高い。「5年の猶予が与えられたに過ぎない」と評価されることが多いのはそのためである。したがって、油断するにはまだまだ早いというのが当面の結論になる。

他方で、この段階でルペン候補が当選していた場合にEUは存続そのものが問われる事態に陥っていたであろうことを思えば、マクロン大統領の誕生を過小評価すべきではない。かなりの数の有権者――マクロン候補への投票数の4割以上といわれる――が、ルペン候補当選阻止のための消極的選択としてマクロン候補に投票したことは事実だとしても、そのこと自体が理性の勝利だったといえるからである。そして、フェイクニュースの流布やサイバー攻撃は、数多く行われたようだが、選挙結果にほとんど影響を及ぼさなかったのもよいニュースである。

さらに、皮肉なことだが、英国のEU離脱問題を巡る混乱や不利益、および米国におけるトランプ政権の迷走を受けて、「同じ轍を踏むべきではない」との揺り戻しが起こったという側面もあろう。これは、今年3月のオランダでの議会選挙における穏健派・主流派の勝利にも見て取ることができる。英米の経験が反面教師になったといえるが、戦後、米国との同盟に加えて、例えば選挙制度を含む各種制度面では英国をモデルにするなど、何かにつけて米英を重視してきた日本としては、何とも複雑な気持ちにならざるを得ないかもしれない。

EUにおける仏独協力は復活するか

第2の論点はEUへの影響、特に仏独協力の行方である。英国のみならず、各種選挙において「反EU」が注目を集める昨今の欧州政治において、「親EU」の立場を隠さずに正面から打ち出したマクロン候補が勝利したこと自体、欧州統合にとっては朗報だった。しかし、問題はどのような課題をいかに実現するかである。

マクロン候補は、ユーロ圏の財務大臣ポストの創設などを提案していたが、条約改正を必要とする制度改革を短期的に実現するのはおそらく不可能だろう。条約批准プロセスでは、一部の国で国民投票が求められ、政治的リスクが依然として高すぎるからである。

そうしたなかで、より喫緊の課題として求められるのは、EUにおける強固な仏独協力の構築である。英国の抜けるEUにおいては、ドイツの力が相対的に上昇することが確実であり、フランスのEU政策上のアジェンダの実現は、分野を問わず、ドイツとの協力が今後さらに不可欠になる。そのため、マクロン大統領は最初の外国訪問として就任翌日にベルリンを訪れ、メルケル首相との会談に臨んだのである。

今年9月に連邦議会選挙を控えるメルケル首相は、穏健派で親EUのマクロン大統領の誕生に深く安堵したはずである。しかし、ユーロ圏改革に関して、フランスが構造改革や歳出削減を後回しにして、ユーロ圏共同予算の拡大やユーロ圏としての債権発行のみを求めるのではないかとの警戒感がドイツ国内には根強い。この警戒をいかに解くかが鍵となる。そのため、ベルリンでの記者会見でマクロン大統領は、まずはフランス経済の改革に取り組むことを強調したのである。フランスに対して、いかなる懸念と期待が存在しているかを踏まえた対応だったといえる。

マクロン政権としては、まずは国内改革を進めつつ、EUやユーロ圏レベルでの改革については、9月の独議会選挙を待って徐々に具体的な議論を始めるというのが現実的なアプローチであろう。他方で、テロ対策を含むEU内での安全保障・防衛協力は、コンセンサスが得やすく、当初の結束を示すには好都合な分野だといえる。

日仏協力、フランスのアジア関与の行方は

第3に、日本の観点からは、日EU間のFTA(EPA)妥結へのフランスのコミットメントを再確認するとともに、過去数年で大きく進んだ日仏安全保障・防衛協力をいかに継続、深化できるかが課題となる。この点では、当面明るい材料が多い。

マクロン候補は、「民主的な貿易政策」や「欧州製品優遇政策」などへの言及はあったものの、選挙で不利になりかねない自由貿易を基本的には擁護する姿勢を示した。また、日本との協力やアジアの安全保障へのフランスの関与の拡大に自ら主導権をとってきたルドリアン国防相は、マクロン大統領に近く、新政権での留任が取り沙汰されている(留任しなかった場合でも、マクロン政権で重要な役割を果たすとみられる)。仏海軍のミストラル級強襲揚陸艦が参加してのグアムなどでの日米仏英4カ国による共同訓練(5月3-22日)は、大統領選挙や新大統領就任を挟んで実施中である。

ただし、EU政策や一部の経済・財政政策の側面を除き、マクロン大統領の外交・安全保障政策全般への関与や関心はこれまで高かったとはいえない。それでも、多くの主流派アドバイザーを抱えており、新政権の外交・安全保障政策は、伝統的なラインを踏襲することになる可能性が高い。しかし、そうしたなかでどのような独自色を打ち出せるかは、新大統領にとっても大きな課題である。

5月下旬には、トランプ米大統領も参加してのNATO首脳会合、さらにはG7首脳会合と、外交日程が目白押しだが、マクロン外交の本格的始動は6月の仏議会選挙後になるだろう。議会選挙次第で、マクロン政権がいかなる政治的基盤に立って内政・外交の諸課題に取り組んでいけるかが決まることになる。


    • 鶴岡 路人/Michito Tsuruoka
    • 元主任研究員
    • 鶴岡 路人
    • 鶴岡 路人
    研究分野・主な関心領域
    • 欧州政治
    • 国際安全保障
    • 米欧関係
    • 日欧関係

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