動き始めた高等教育の障害者支援(2) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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動き始めた高等教育の障害者支援(2)

May 31, 2012

社会参加拡大の一環として検討を


3.壁を除去する政策提言(1)~情報開示の充実~

中間報告で示す政策は<底上げに向けた環境整備><モデル的な拠点校の指定と予算の重点配分>の2つであり、本稿は政府として取り組むべき課題や政策を掲げる。まず、最低限の仕組みとして国が各大学に対して、ワンストップで相談を受け付ける専門窓口(例えば、障害学生支援室)の設置を義務付けて、入学希望者や在籍者の支援窓口を一元化するほか、障害学生支援に関する大学の取り組みが評価されるよう、後述する国の大学評価制度の評価項目に「障害学生支援」を盛り込むことが求められる。自主性を高める国立大学法人化の趣旨や私立学校の独立性を考えると、大学の事務や組織に対する国の関与は最低限とすべきだが、障害学生の受け入れが大学の責務であることを明確にすることで、底上げに向けた意識啓発が可能になる。

さらに、国が各大学に対して障害学生支援の情報開示を義務付けて、その内容を国が集計・開示する重要性である。先に触れた通り、情報の壁が進学を妨げている可能性が高いため、バリアを排除する目的である。さらに、情報開示の重要性は財政制度の変更からも指摘できる。国立大学に対する運営費交付金と私立学校に対する助成制度は障害学生を多く受け入れるほど、国からの措置額が増える仕組みだった。例えば、2011年度の国立大学運営費交付金の配分基準を見ると、教育研究補助者が1人以上~10人以下ならば1人当たり200万円上乗せする制度となっていた。しかし、運営費交付金は2012年度に特別経費から一般経費に、私学助成は2011年度に特別補助から一般補助に移行した。つまり、国が障害学生支援のための経費を特別に上乗せするのではなく、各大学に配分する予算に含まれる形になったのである。言い換えれば、障害者を受け入れた場合、大学の責任で確実に支援することが予算上、明確になった。しかし、新しく障害学生を受け入れたり、これから支援体制を整えたりしようとする大学にとっては経費の存在が見えにくくなり、財政力や大学のスタンス、大学経営者の理解度などに応じて大学ごとの取り組みに格差が生じる可能性が高くなった。

では、大学の取り組みを外部から評価できる仕組みは存在するのだろうか。現在は表2の通り、学校教育法に基づく自己点検・評価、認証評価に加えて、国立大学法人法に基づく評価が実施されている *14 。例えば、国公私立を通じた認証評価に関しては、教育研究組織、教員組織などの評価基準に沿って、大学評価・学位授与機構、日本高等教育評価機構などが評価している。しかし、大学設置基準などの法令を満たしているかどうかに力点が置かれており、各大学の取り組みや年度ごとの変化を数値で比較・検証できる仕組みになっていない。国立大学評価についても有識者で構成する「国立大学法人評価委員会」などが大学の自己評価結果をチェックし、最終的に「非常に優れている」「良好である」「おおむね良好である」「不十分である」「重大な改善事項がある」と5段階で評価しているに過ぎない。

◇表2 大学評価制度の概要 ≪拡大はこちら≫


(出所)文部科学省資料を基に筆者作成


このため、情報開示を強化するとともに、国がデータを毎年度公表・集計し、各大学の取り組みを評価・比較できるようにすることが求められる *15 。その際には学校教育法や国立大学法人法など関連法の改正が必要になるだろう。さらに、開示方法としては総務省が毎年公表している『都道府県決算状況調』『市町村別決算状況調』が参考になるのではないか。これらの決算では各団体の予算執行額を約2年遅れで集計・公表しており、自治体ごとの決算額を細かく比較できるほか、過去分と照らし合わせれば決算額の推移も検証できる。例えば、表3のように総覧できる形にすれば、大学の取り組み状況を評価・比較することができる。透明性を高める措置を大学に導入すれば、進学を考える障害者や家族が情報を入手しやすくなり、修学支援に熱心な大学を選考しやすくなることが期待される。併せて、メディアや民間支援組織による格付けも可能になる。現在も大学のブランド力や教育環境、就職実績、地域貢献度などをランキングする雑誌や書籍がある *16 が、「障害学生支援」の項目が加わると障害学生の受け入れに熱心な大学が浮き彫りになる。その結果として、修学支援に熱心な大学への進学を希望する障害学生が自ずと増えることが期待され、1人当たりのコストが低減するとともに、修学支援に関する大学の専門性も高まる。同時に、他の大学に対しても「隣の大学も実施したので、うちもやらなければ」と考えさせることができるようになり、修学支援環境の底上げが進みやすくなるだろう。独自性や特色が明らかになることは少子化に伴う「全入時代」を迎える大学にとってもメリットに働くと期待できる。

◇表3 大学情報開示のイメージ ≪拡大はこちら≫


(出所)総務省編『都道府県決算状況調』、全国障害学生支援センター編『大学案内2008障害者版』を基に筆者作成

4.壁を除去する政策提言(2)~拠点校への重点配分~

半面、全体の底上げには時間を要すると思われるため、先進的な大学のモデル的な取り組みを強化・充実することで、他の大学や地域に取り組みを波及させる観点も重要となる。そのための方策として、国として全国10程度の大学を「インクルーシブ教育推進拠点校」(仮称)に選定し、国公私問わずにモデル的な取り組みに予算を重点配分することを提案する *17 。障害学生が希望する大学に進学できる環境を整備することが大前提だが、数年に1人しか障害学生を受け入れない小規模大学を含めて、全ての大学に万全の対策を求めるのは現時点では非現実的と思われる。このため、拠点校を中心にモデル的な取り組みを広げていく構想である。具体的には、単なるハコモノ整備ではなく、ノウハウや専門技能が蓄積・活用されるよう、障害学生の支援費や支援機器の導入経費、教職員向け研修、調査研究などに予算を配分するため、一定の義務付けを付与しつつ、拠点となる大学を指定して重点投資を進める方法である。一つのコミットメントとしては、拠点校を基に複数の大学が地域ごとでコンソーシアムを作り、ノウハウを持っていない近隣大学からの相談業務に加えて、近隣他校と共同でスタッフ養成や職員の派遣、教職員向け研修などを義務付けることである。さらに、連携先としては日本学生支援機構、国立特別支援教育総合研究所、各地の特別支援学校といった教育関係機関のみならず、雇用関係機関や障害者雇用の実績がある企業も候補に挙がるであろう。

もう一つのコミットメントとしては、拠点校に対して専門的な知識やノウハウを持つ支援担当教職員の育成・配置を義務付けることである。現在は教員が修学支援に主体的に関わっているケースは少なく、支援担当職員の多くも雇用契約形態が不安定で、ノウハウが蓄積されないなどの課題が指摘されている *18 。このため、拠点校では障害者の教育・指導について知見やノウハウを持っている教職員が主体的に関与することで、支援の枠組みを確実なものとすることができる。その際には特別支援学校に配置されている「特別支援教育コーディネーター」 *19 を参考にしつつ、在籍する障害学生に対する支援に加えて、他大学の支援や他機関との連携に当たってもらうこととする。さらに、拠点校では法定雇用率 *20 を超えた形で障害を持った教員、職員の採用を義務付ける。このことにより、障害を持った人の社会参加機会が広がるほか、健常者にとっても「インクルーシブ教育」(健常者と障害者が共に学ぶ教育環境)の重要性を認識する機会になるはずである。こうした制度設計を通じて、修学支援に関する先進的な取り組みが充実・蓄積されやすくなれば拠点校を中心に、障害者が進学しやすい環境が整備されると考える *21

しかし、拠点校制度の創設が役所の予算獲得として手段に使われるのであれば、税金を投入する意味はなくなる。単なるバラマキや惰性に陥らないよう予算配分の効果を高める必要があり、認定に際しては施設のバリアフリー化や支援スタッフの養成、支援措置を実施する授業時間数、関係機関との連携などに関する計画を大学に策定・提出させた上で、優れたプロジェクトを提出した大学を認定する仕組みが必要である。同時に、認定基準や大学の提出した計画、選考過程の公開に加えて、3~5年の事業最終年度に何処まで計画を達成・実施できたかどうかも開示し、計画の履行状況や事業効果などを外部からチェックできるようにする必要がある。さらに、その過程では認定を継続するかどうか適宜見直し、もし効果を上げているならば5年を超える長期間の支援も検討するべきである。

このほか、来月頃に発表する政策提言(中間報告)では改正障害者基本法に盛り込まれた「合理的配慮」との関係や修学支援体制の充実に向けた方策を盛り込むことにしており、文部科学省などに提案して行くことで政策の実現を図りたいと考えている。同時に、義務教育・高校・家庭との接続、雇用との接続、海外の事例なども盛り込んだ政策提言を今秋に公表する予定である。



<主要参考文献(新聞、調査報告書は除く)>
▽ 朝日新聞出版教育・ジュニア編集部大学編集室編『大学ランキング』2009年版~2013年版、朝日新聞出版
▽ 全国障害学生支援センター編『大学案内2008障害者版』2007年11月
▽ 東京都編『社会福祉の手引』2010年8月
▽ 内閣府編『障害者白書 平成23年版』2011年8月
▽ 日本学生支援機構『教職員のための障害学生修学支援ガイド』2012年3月
▽ 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク、聴覚障害学生支援システム構築・運営マニュアル作成事業グループ『一歩進んだ聴覚障害学生支援』2010年6月、生活書院
▽ 文部科学省編『特別支援教育資料 平成22年度』2011年4月



*14 地方独立行政法人に移行した公立大学だけが評価の対象。
*15 なお、この点は障害学生支援に限らず、国立大学運営費交付金や私学助成の在り方に共通する課題である。
*16 朝日新聞出版が毎年発刊している『大学ランキング』はブランド力、教育環境などとともに、開示情報や情報収集した結果を基に、障害学生支援も総合、受験、授業、設備、支援に分けてランキングを付けていた。しかし、2009年度版を最後に障害学生支援のコーナーは姿を消している。
*17 既に同様の事業として、日本学生支援機構が2006年10月から「障害学生修学支援ネットワーク事業」を展開している。他の学校から相談を受け付ける「拠点校」として、札幌学院、宮城教育、筑波、富山、日本福祉、同志社、関西学院、広島、福岡教育の各大学を指定し、協力機関として筑波技術大学、国立特別支援教育総合研究所、国立障害者リハビリテーションセンターが選定されている。しかし、財源・人員面の裏付けがない上、大学に対するコミットメントも小さいなどの理由から必ずしも有効に機能していない。
*18 日本学生支援機構の調査によると、修学支援担当部署に教員を配置している学校は111校にとどまる。さらに、障害学生支援の専属職員を配置している学校は139校だったが、正規職員を配置しているのは64校に過ぎない。日本学生支援機構『平成23年度障害のある学生の就業力の支援に関する調査結果報告書』(2012年3月)。
*19 校長から指名された特別支援学校の教職員が校内研修の企画や関係機関との連携、保護者との相談窓口などを担うのが主な役目。2007年度に制度化された。
*20 身体、知的障害者に働く機会を創出するため、常用労働者数に占める一定数以上の障害者雇用の義務を課すとともに、未達成企業から納付金を支払わせる制度。現在の法定率は民間企業1.8%、国・自治体、国立大学2.1%となっている。
*21 一定程度まとまった障害学生が在籍した方がノウハウ、コストの両面で充実した修学支援が可能となるため、大学の判断において障害学生を対象にした別枠の入学試験を取り入れることも一案である。現在も筑波大学など一部の大学が実施している。

    • 元東京財団研究員
    • 三原 岳
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