社会参加拡大の一環として検討を
ゴールデンウィーク中の5月5日、共同通信から配信された「障害学生の支援拡大へ=補助員増の大学対象」という記事が全国の地方紙に掲載された *1 。文部科学省が障害学生 *2 を受け入れている大学に対する財政支援の強化に乗り出すこととし、その方策を検討するための有識者会議を立ち上げるというニュースである。東京財団では「医療・介護・社会保障制度の将来設計プロジェクト」の一環として、日本財団と連携して高等教育分野における障害学生支援に関する政策研究プロジェクトを展開しており、近く公表する政策提言(中間報告)では障害学生が進学を選択しやすい政策・制度を提案する予定である。政権交代を契機に障害者政策の見直しが全般的に進む中、手付かずだった高等教育の分野で支援策の検討が進むことは意義深く、今回の国の動きは財団の政策研究と軌を一にしている。本稿では来月上旬の有識者会議発足を前に、中間報告に盛り込む問題意識や政策・制度の在り方などを提示したい。
1.高等教育分野での障害者支援の現状
日本学生支援機構の最新調査 *3 によると、全国の高等教育機関(大学、短期大学、高等専門学校など。以下は大学で表記統一)のうち、807校に計1万236人の障害学生が在籍している。表1に見られる通り、在籍者数は増加傾向にあるが、総在籍者数に占める割合は0.3%に過ぎない。身体、知的、精神の3類型の合計で「障害者手帳」を持っている人が約740万人 *4 と、総人口の約6%に及ぶことを考えれば、大学への進学者数の少なさは際立つ *5 。中・高の接続 *6 で見ても、特別支援学校 *7 中等部から高校(一般高校、特別支援学校高等部)に進学する人は98.2%、一般中学校の特別支援学級 *8 から高校(一般高校、特別支援学校高等部)に進学する障害者は93.3%に達しており、これらのデータを考えると、大学進学者の少なさは際立っており、何らかのバリアが障害者の進学選択を妨げていると考えられる。政策・制度面で見ても、図1~2に見られる通り、福祉、雇用、義務教育と比べても、高等教育の分野は支援措置が十分とは言い難い *9 。しかし、大学は専門性や社会性、人間性を養う「社会に出る上での最終関門」であり、教育と雇用を接続する重要な機能を有している。それにもかかわらず、障害者の進学が少ないことは社会参加機会を失わせる一因であるとともに、社会参加機会が失われている典型例と考えるべきではないだろうか。障害者基本法が掲げる「全ての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」を目指すには社会で活躍する障害者の数が増えなければならない。もちろん、社会参加や自立が困難な重度障害者を社会全体で助け合う必要性は言うまでもないが、所謂「健常者」 *10 と同じぐらい社会の第一線で活躍する障害者が日常的になる社会が「共生社会」(インクルーシブ社会)なのではないか *11 。そのためには能力と意欲を持つ障害者が大学進学を選択できる環境づくりは欠かせない。
その一方で、障害者の進学者増加に向けて一時的に国の予算を増やしたり、特例措置で障害者を受け入れたりしたとしても、社会全体の理解を伴わないと持続的とは言えず、進学選択を妨げているバリアを取り除くことが重要である。中間報告は(1)情報の壁、(2)コストの壁―が存在している *12 という認識の下、バリアを取り除く政策・制度を提言する予定である。
(出所)日本学生支援機構『大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』各年度版を基に筆者作成
(出所)内閣府編『障害者白書』、東京都編『社会福祉の手引』などを基に筆者作成
(出所)内閣府編『障害者白書』などを基に筆者作成
2.障害者の進学を妨げる「壁」の考察
まず、情報の壁については、進学を選択しようとする障害学生にとって「進学先で十分な支援措置を受けられるのかどうかが分からない」という点である。健常者は進学を考える際、インターネットや雑誌、書籍、口コミなど様々な情報源に接して希望校や進学先を選択しているが、障害学生が意欲と能力を持っていたとしても、手話通訳や点字への翻訳、カウンセリング、施設のバリアフリー化といった支援措置がなければ、十分な学生生活を送ることはできない。しかし、子ども3~8人で1つの学級が編成される特別支援学校と異なり、大学の支援は手薄にならざるを得ない。現在は特別支援学校教職員の支援も受けつつ、受験の可否や設備面・授業面の配慮、支援担当組織の有無といった情報を収集しているが、大学からの情報開示が十分とは言えず、多くの場合は「◎◎大学の支援措置は充実している」といった口コミで情報を入手している。しかも、大学側が「支援措置は十分」「バリアフリー化は対応済み」と説明しても、障害学生にとって十分ではない可能性がある。例えばバリアフリーマップの作成やバリアフリーのコンサルティング業務を関西地区で展開している「株式会社ミライロ」の垣内俊哉社長は先天的な障害で車椅子を使って生活しているが、開示情報を基に関東地方の私立大学への進学を選択するとともに、大学にバリアフリー施設の有無を確認した。これに対し、大学当局は「エレベーターは大丈夫」「スロープは整備済み」という答えだった。しかし、実際に訪ねてみると確かにバリアフリー施設は整備されていたものの、垣内氏の目から見て車椅子で通学できる代物ではなかったという。近年は入学後の相談などに対応する専門窓口(例:障害学生支援室)を設置する機関が増えている *13 とはいえ、情報が進学を諦める一因となっている可能性がある。
さらに、「コストの壁」である。障害学生を受け入れる場合、点字翻訳、教材テキストのデータ化、手話通訳、ノートテイク(授業の内容をノートに要約して伝える手法)、パソコンノートテイク(授業の内容をパソコンで要約して入力して伝える手法)などの支援について、相応のコストと手間が掛かるのは事実である。例えば、支援機器に関しては、コンピューターのスクリーンに表示される情報をリアルタイムに点字で表示する「点字ディスプレイ」は50~100万円、テキストや資料を点字で印刷する「点字プリンタ」は100~200万円掛かる。聴覚障害者向けに手話通訳やパソコンテイク、ノートテイクを講じる場合も、長時間の授業を1人で対応するのは困難なため、必ず複数で対応することになり、相応の人件費を要する。多くの大学では「支援する学生にとって学習機会になる」という考え方の下、1回当たり1000円程度を受け取る有償学生ボランティアスタッフの手によって支援が担われているが、財政基盤の弱い小規模校を中心に、こうしたコストが受け入れの足枷になっている点は否めない。
* 本稿執筆に際しては、東京財団研究会の議論に加えて、学識者や国・自治体の実務者、教育・福祉関係者から情報・助言を頂いた。ここに感謝の意を記したい。
*1 本稿は『東京新聞』2012年5月5日に従った。
*2 近年、「害」の字が好ましくないとして、「障がい」「障碍」などの字を当てるケースが増えているが、本稿は「障害」の表記で統一する。
*3 日本学生支援機構『平成23年度大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』(2012年2月)。
*4 重複障害を持っている人はダブルカウントとなっている。一方、手帳給付に至っていない発達障害や内部障害を持っている人、うつ病や認知症、統合失調症の患者、一時的な入院患者などを含めれば、重複を除外したとしても全人口の10~15%程度の人が心身に不自由を感じている可能性がある。その意味では、誰もが障害を持っている、または持つ可能性があり、障害は人間の属性のごく一部であり、一般的な理解としての「障害者」とは「障害者手帳を持っている人」と考えるべきである。さらに、障害者手帳は各種支援措置を実施するかどうかの線引きに使われているに過ぎず、健常者と障害者の区分はあいまいであり、便宜的なものと理解すべきである。
*5 なお、日本学生支援機構の調査では医師の診断があれば、手帳を持っていない人も障害学生と認定されており、統計の分類が異なることに留意する必要がある。
*6 文部科学省編『特別支援教育資料(平成22年度)』(2011年4月)参照。
*7 主に重度障害を持つ児童・生徒が通う学校。従来の盲、聾、養護学校を統合する形で、2007年施行の改正学校教育法で制度化された。
*8 特別な配慮が必要な児童・生徒の指導のため、一般校に設置されている学級。
*9 政権交代後、障害者政策の見直し論議が全般的に進んでいるが、高等教育の分野は殆ど検討されていない。
*10 本稿では「障害者手帳を持っていない人」という意味で健常者の文言を用いている。しかし、先に触れた通り、障害者と健常者の線引きは便宜的な区分に過ぎない。
*11 逆にメディアでは現在、社会の前線で働く障害者を「美談」として取り上げる傾向がある。これは社会で活躍する障害者が少ないためである。この点は男女共同参画社会と対比すれば分かりやすいであろう。女性の社会参画が進んでいない時代には「女性初の首長」「女性初の管理職」などがニュースになっていたが、1985年制定の男女雇用機会均等法を境に女性の社会進出が進んだ結果、この種のニュースは近年減少している。十分とは言い難いものの、女性の社会進出が珍しくなくなり、メディアがニュース性に欠けると判断しているためであり、社会で活躍する障害者が増えれば、メディアが美談として取り上げる頻度は減ると思われる。
*12 本稿では詳述を避けるが、「家庭、小・中・高との接続」「雇用との接続」も課題として想定される。前者については、手話や点字は小さい頃から学ぶ必要がある上、自立に向けた教育・学習の意義を理解して貰う上でも、家庭や義務教育、高校での働き掛けが不可欠である。後者についても、将来の就職に対する不安が「手に職を付けたい」という願望に繋がり、その結果として大学進学を選択しにくい環境を生んでいる。さらに、大学としても単なる入学許可だけではなく、障害学生が専門的な職業人として社会の一翼を担う人材になれるよう育成することが重要であり、自立支援に向けて成長段階に応じてシームレスな観点が不可欠になる。
*13 日本学生支援機構の調査によると、障害学生支援室(類似部署を含む)を設置している学校は54校。日本学生支援機構『平成23年度障害のある学生の就業力の支援に関する調査結果報告書』(2012年3月)。