評者:黒澤良(学習院大学法学部兼任講師)
目次
プロローグ
I章 兵士たちの見た銃後
II章 戦場のデモクラシー
III章 戦場から国家を改造する
IV章 失われた可能性
V章 「神の国」の滅亡
エピローグ
本書は〈日中戦争とは何だったのか?〉との問いに、「日中戦争が日本社会の変容に及ぼした影響」を解き明かすことによって答える試みである。この問いに答えるために、筆者は、過酷な戦場に送られた出征兵士の「前線」と、戦争景気に沸き立つ「銃後」との対照を描写することから始めている。「前線」と「銃後」との隔絶は、銃後から届く慰問袋に、デパートで購入された「真心」が感じられない既製品が一番目立ったとのエピソードに象徴される。好景気によって支店の数を増やし、売り上げ戦争を繰り広げていたデパートにとって、慰問袋は大きなビジネスチャンスとなっていたからである。さらには兵士に対する国民の「気持ち」の稀薄さを反映して、既製品の慰問袋すら数を減じていった。
消費に浮かれた銃後の社会の退廃ぶりに、奇跡的に生還を遂げた帰還兵が不信の目を向けたのも当然であった。帰還兵に共通する疎外感は、やがて戦争を通して国内を改革し、新しい日本を作り出すという使命感につながっていく。兵士ばかりではなく、実は労働者や農民、女性にとっても、戦争は地位向上(社会的平準化)をもたらす「革新」を実現するチャンスであった。だからこそ、国民は、国家に強制されることなく、自発的に戦争に協力していったのである。国民は戦争被害者であると同時に、加害者でもあった。
日中戦争を見据える筆者の目線の先には現在の日本、そして日中関係のありようがある。70年前の日本と同じく、格差が拡大しつつある現在の日本も社会システムの不調に見舞われている。本書の醍醐味は、例えば文学を通して前線と銃後を結びつけた火野葦平を再読して日中戦争下の戦場を追体験することの今日的意味を示唆している点にある。かつての前線と銃後とにあった隔絶を、巧妙にも日本の現在と過去との間にある隔絶になぞらえている。日中戦争から70年目、日中国交正常化から35年目にあたる本年に、本書は、戦争の歴史と、現在とについて思索をめぐらせる貴重な手がかりを提供してくれる。
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