評者:黒澤 良(学習院大学法学部兼任講師)
「制度」が変化するとはどういうことか、そのメカニズムの解明は、制度を取り扱う社会科学系の永遠の問いである。この問いを念頭に、本書は、現代日本の地方制度改革の実証的な分析を通じて、(1)中央地方関係研究、(2)「アイディアの政治」アプローチ、(3)官僚制研究、に貢献することを目的に掲げる。
本書が分析の対象とした1990年代以降に取り組まれた一連の地方制度改革(市町村合併・機関委任事務廃止・地方交付税改革、出先機関改革など)は、長期にわたって安定的であった戦後日本の地方自治において、特筆すべき大きな制度改革であった。
制度改革を分析するにあたって、著者が重視するのは「アイディア」である。本書は、改革が実現されたケースと、アジェンダにのりながら実現されなかったケースを分かつ要因を、改革の目標設定や、説得・調整に有効な「アイディア」に関わる3つの条件に注目して明らかにする。
アイディアは、アクターに現状を解釈・意味づけさせ、選好を形成させる。まず、目標設定する段階(構成的局面)においては2つの条件が重要である。第一は政策プログラムの技術的な目標や対象を定義し、解決策や政策手段、方法を明示して、必要性を訴えて正当化すること(認知的次元)である。第二に政策プログラムの政治的な目標や理念を示し、伝統的または新しく登場してきた価値に訴えて、適切さを通じた正統化を行うこと(規範的次元)が求められる。
次に、制度変化のための支持調達にアイディアを武器として主体的に使い、説得・調整していく段階(因果的局面)においては、第三の条件として、「主導アクター」が専門的執務的知識を有することが求められるという。なお、日本のようにエリート間に権威が分散する政治体制(「複雑な政体」)においては、制度改革をめざす政治エリートは、他のエリートの支持を調達する必要がある。本書はアイディアに対する支持調達のために動くアクターを「主導アクター」と呼んでいる。
「複雑な政体」においては、構成的局面でアイディアが認知的次元と規範的次元を満たすことで主導アクターに受け入れられ、さらに因果的局面で主導アクターの専門的執務知識が十分で、政治的合意調達が可能になったときに制度は変化するという。そして、1990年代以降の地方制度改革では、この3つの条件がそろった市町村合併と機関委任事務廃止、地方交付税の総額削減で改革が実現したことを検証している。
著者は、経済学や経営学、知識経営学など隣接諸科学における様々な理論的枠組みに関する丹念かつ批判的な検討をふまえて、制度改革モデルを提示している。読者は分析枠組みを示した第1章に著者が費やした多大な時間と労力とを見出すであろう。本書は、制度改革を説明するための諸理論に接する手がかりを提供するとともに、1990年代の制度改革にとどまらず、日本の戦後地方自治の有り様をも知ることができる研究である。著者には本書で提示した制度改革モデルのさらなる検証や精緻化を期待したい。
「制度」が変化するとはどういうことか、そのメカニズムの解明は、制度を取り扱う社会科学系の永遠の問いである。この問いを念頭に、本書は、現代日本の地方制度改革の実証的な分析を通じて、(1)中央地方関係研究、(2)「アイディアの政治」アプローチ、(3)官僚制研究、に貢献することを目的に掲げる。
本書が分析の対象とした1990年代以降に取り組まれた一連の地方制度改革(市町村合併・機関委任事務廃止・地方交付税改革、出先機関改革など)は、長期にわたって安定的であった戦後日本の地方自治において、特筆すべき大きな制度改革であった。
制度改革を分析するにあたって、著者が重視するのは「アイディア」である。本書は、改革が実現されたケースと、アジェンダにのりながら実現されなかったケースを分かつ要因を、改革の目標設定や、説得・調整に有効な「アイディア」に関わる3つの条件に注目して明らかにする。
アイディアは、アクターに現状を解釈・意味づけさせ、選好を形成させる。まず、目標設定する段階(構成的局面)においては2つの条件が重要である。第一は政策プログラムの技術的な目標や対象を定義し、解決策や政策手段、方法を明示して、必要性を訴えて正当化すること(認知的次元)である。第二に政策プログラムの政治的な目標や理念を示し、伝統的または新しく登場してきた価値に訴えて、適切さを通じた正統化を行うこと(規範的次元)が求められる。
次に、制度変化のための支持調達にアイディアを武器として主体的に使い、説得・調整していく段階(因果的局面)においては、第三の条件として、「主導アクター」が専門的執務的知識を有することが求められるという。なお、日本のようにエリート間に権威が分散する政治体制(「複雑な政体」)においては、制度改革をめざす政治エリートは、他のエリートの支持を調達する必要がある。本書はアイディアに対する支持調達のために動くアクターを「主導アクター」と呼んでいる。
「複雑な政体」においては、構成的局面でアイディアが認知的次元と規範的次元を満たすことで主導アクターに受け入れられ、さらに因果的局面で主導アクターの専門的執務知識が十分で、政治的合意調達が可能になったときに制度は変化するという。そして、1990年代以降の地方制度改革では、この3つの条件がそろった市町村合併と機関委任事務廃止、地方交付税の総額削減で改革が実現したことを検証している。
著者は、経済学や経営学、知識経営学など隣接諸科学における様々な理論的枠組みに関する丹念かつ批判的な検討をふまえて、制度改革モデルを提示している。読者は分析枠組みを示した第1章に著者が費やした多大な時間と労力とを見出すであろう。本書は、制度改革を説明するための諸理論に接する手がかりを提供するとともに、1990年代の制度改革にとどまらず、日本の戦後地方自治の有り様をも知ることができる研究である。著者には本書で提示した制度改革モデルのさらなる検証や精緻化を期待したい。
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