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【書評】「植民地官僚の政治史 朝鮮・台湾総督府と帝国日本」岡本真希子著

August 29, 2008

評者:黒澤 良(学習院大学法学部兼任講師)


はじめに
近代日本は、1895(明治28)年に台湾を植民地として領有することにはじまり、1910年の韓国併合を経て、1945年までのほぼ半世紀におよぶ期間にわたって、植民地帝国としてアジアに君臨しつづけた。しかしながら、近代日本が植民地支配を行った地域における官吏たち、すなわち植民地官僚に関する基礎的な事柄は解明されないままに残されており、これが植民地支配をめぐる現在の認識に数々の誤解の余地を残す要因ともなっている。

本書は、台湾総督府・朝鮮総督府・樺太庁・関東庁・南洋庁など「植民地の官僚組織のなかで日々を送る、時として凡庸にすら見える膨大な、いわば‘顔の見えない’官僚たち」(P20)を分析対象に加えて、まずは植民地官僚の制度そのものを明らかにすることに重点をおいて、その実態解明を試みている。これをふまえて本書が目指すのは、帝国日本の本国-植民地を架橋する相関関係のなかに浮かびあがる、政治構造の発見である。

本書の目次は以下のとおり。

序論 1  本書の問題意識
   2  先行研究の検討と本書の課題
   3  本書の構成
第1部 植民地官僚制の制度設計と機能――秩序と格差
 第1章 植民地官僚組織の規模と構成
 第2章 植民地統治機構の形成と改変
 第3章 植民地官僚と制服
 第4章 俸給制度と民族格差
 第5章 植民地官僚の任用制度
第2部 植民地高級官僚の人材――学歴・資格と異動の動態
 第6章 文官高等試験合格者と植民地
 第7章 台湾総督府の高級官僚人事
 第8章  朝鮮総督府の高級官僚人事
第3部 植民地官僚をめぐる政治構造―重層し交錯する利害関係
 第 9 章 朝鮮総督府官僚と減俸・加俸削減反対運動
 第10章 台湾総督府官僚と減俸・加俸削減反対運動
結章 1  植民地官僚制の制度設計と機能(第 1 部)
   2  植民地高級官僚の「人材」(第 2 部)
   3  植民地官僚をめぐる政治構造(第 3 部)

本書の構成
序論および結章での指摘に負いつつ、本書の構成を紹介したい。

第1部では、植民地官僚の権限や官僚数、身なり、生活を保障・維持するための俸給、植民地在勤の内地人官僚の特権、官吏となる資格など、植民地官僚を規定する諸制度について、制度設計のプロセスを分析し、また、制定された制度が植民地において果たした機能を明らかにする。第1章で植民地官僚の規模と構成を概観し、以下の章では個々の制度を分析している。第2章では「官制」、第3章「制服」、第4章「俸給」、第5章「任用制度」が検討される。以上の論証から、第1部では、朝鮮総督府が大韓帝国の官吏を引き続き登用したことから朝鮮人官僚が一定の層を形成したのに対し、台湾総督府は台湾人の任用にきわめて消極的であり、台湾人が排除される傾向にあったこと、また、植民地官僚制度が本国とは異なる制度(特別任用制度・植民地在勤加俸制度など)を内包することで、民族間の溝と差別を生産する装置としても機能していたこと、などが明かにされる。

第2部では、植民地に勤務した高級官僚たちの人材が、いかなる学歴・資格を具備した人々から構成され、どのような異動の動態が見られたのかについて検討が加えられている。第6章では文官高等試験合格者の動態を分析し、近代日本が掲げた学歴主義・資格任用制度が植民地支配といかなる関係を有したのかが検証される。あわせて朝鮮人・台湾人有資格者についても分析を加えることで資格任用制度と民族問題の関係にも目を配っている。第7・8章では、台湾・朝鮮総督府の高級官僚の資質と異動の動態について、時期区分を行いながら分析を進める。その際、植民地間を周流する官僚(移入官吏)の存在だけではなく、植民地に“固着”するように勤務していた官僚(在来官吏)たちの存在にも着目する。以上、第2部では、内地人高級官僚は、移入・在来を問わず、本国の高文試験合格者であったこと、また高級官僚の異動には、本国の政治変動と密接にリンクする移入官吏と、本国の政治的影響をダイレクトには受けない在来官吏という二つの流れがあること、そして、全期間における人事を通観した場合、両総督府における高級官僚は在来官吏によって担われていたこと、などが論証される。

第3部では、植民地官僚がいかなる政治構造のなかにおかれていたのかを、1931(昭和6)年に起こった減俸・加俸削減問題を題材として、植民地官僚群がいかなる意識に支えられ、いかなる行動をとったのか、その政治過程を検証しながら、当該期の政治構造を明らかにしている。第9章では朝鮮総督府官僚、第10章では台湾総督府官僚の反対運動について、それぞれの相違に留意しつつ分析されている。そのうえで、植民地在勤者の減俸・加俸削減という本国政府の方針に対しては、本国にも植民地にも賛成・反対があり、本国政府対植民地官庁という対立図式には収まらなかったこと、加えて内地人官吏の間でも移入官吏と在来官吏とでは利害を異にしたこと、などが明かにされている。

論点と評価
著者は、結章の最後で、本書では本国-植民地を架橋する政治史の可能性をもっぱら官僚に即して論じたものの、植民地をめぐる政治的なイッシューは官僚制度に尽きるものではなく、取り上げるべき問題は数多くあると述べている。以下では、本書での膨大な指摘のすべてを汲むことはできないものの、評者が興味ひかれ、また著者の今後の研究への期待を込めた論点をかかげたうえで、本書の評価について述べることとしたい。
著者は、日本・朝鮮・台湾の各地域における、複数の言語・立場・視点からの資料を用いることで、植民地官僚に関する多面的な分析を心がけている。特に朝鮮・台湾関係の未公刊・新出史料(学習院大学東洋文化研究所所蔵「友邦文庫」〔朝鮮総督府関係者録音記録〕・国史館台湾文献館所蔵「台湾総督府公文類纂」など)を活用し、これまで注目されず、明らかにされてこなかった植民地官僚について、官制や制服、俸給、任用といった基礎的な事柄から説き起こす手堅さは、本書の凄みの一つである。また、第2部での分析の前提となっている朝鮮総督府と台湾総督府の官僚に関する人事データの集積は、データの収集に要する労力と時間を考えると瞠目に値し、しかも膨大な人事データが本書で公開されていることは、今後の研究にとって大きな助けとなろう。

上述のような史料とデータを駆使しての分析からは、例えば政党色が露骨な人事を行なったとのイメージがある田中義一内閣に関して、組閣当初の植民地長官人事があまりに「不評」であったために、総体的には抑制的な人事を行なったに過ぎなかったと指摘されていることは「発見」であった。

また、戦時下の朝鮮と台湾についても貴重な論点を提示している。1940年代の日本が南方軍政を拡大させた時期に、南方への司政官派遣は、台湾総督府からは1000名を超えたのに対し、朝鮮総督府からは僅かに13名に止まっている(P558)。台湾が占領地行政官の有力な補給基地となったことが見て取れる。一方、これに先立つ日中戦争期の朝鮮総督府には、南次郎が関東軍司令官から総督に転じ、あわせて満州国関係者の移入が見られた(P546)。南総督下での朝鮮では、隣接する大陸での戦争と朝鮮-満州関係を意識した皇民化政策が推進される。南方をにらんだ台湾と大陸を意識した朝鮮という対照が、司政官派遣にこれほど明確に投影されていることは興味深い。

第3部の減俸・加俸削減反対運動に関しては、1931年は、政党内閣期でも官僚に関してはその後の変化の前ぶれ(政党からの自立傾向など)が見え始める時期にあたり、内地での官僚の減俸反対運動はその文脈から注目されることが多い。その意味で、1931年時点の特徴や変化を把握することにとどまらず、これを起点としてその前後の時期の政治構造の分析に進むことが必要であろう。例えば、本書では、植民地に関する軍部の存在についてほとんど言及されていない。1931年の官僚の減俸・加俸削減問題については妥当するのかもしれないが、植民地政策一般に関して軍部が無関心であったとは思えない。本書で解明された政治構造のなかに、軍部をいかに位置付けていくのか、著者の研究の今後に期待したい。

また、人事面では、朝鮮総督の地位は台湾総督よりも高く設定されたことから、朝鮮に対しては本国の介入を困難にする状態が保たれた一方で、台湾総督は内閣の監督を受ける地位であったために、特に1920年代後半から1930年代初頭の二大政党期には頻繁な更迭にさらされたことが指摘されている。しかし、財政に目を転じると朝鮮と台湾とは逆の様相を呈し、台湾の方が自立的であったと評価される。人事面と財政面とを総合した場合にも、朝鮮と台湾両総督府の、本国からの自立性の程度が同様の結論に至るのかは興味ひかれる論点ではなかろうか。

以上、論点をいくつかあげてきたが、本書は1000頁に少しかけるだけの豊かな分量をもち、平易な文章に加えて小括でこまめに各章の要約が示されるなど、分析水準の深さと読みやすさとを両立している。また、植民地官僚をめぐる制度のあり方を基礎から解明し、それを踏まえて運用の分析に進む姿勢には、研究者としての手堅さが感じられる。特に、従来の研究では十分に分析されてこなかった、植民地に勤務し続けた日本人官僚の存在を明らかにした功績は大きく、日本の植民地統治に加えて、官僚制や行政、政治のあり方について知るために必読の好著であると言えよう。

    • 学習院大学法学部兼任講師
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