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増加する山林売買と土地制度の盲点

November 16, 2010

増加する山林売買と土地制度の盲点

東京財団研究員兼政策プロデューサー
吉原祥子

北海道が初めて山林売買実態を公表

近年、グローバルな資源争奪戦と国内の林業低迷を背景に、様々な主体が山林売買に関心を示している。国内の林地価格は今年19年連続で最安値を更新し、1973年の価格水準にまで落ち込んだ。採算のとれない山を抱え、高齢化と後継者問題に悩む地方の山林地主に対して、東京の不動産会社や国内外の商社が林地売買の話を持ちかけてきた、という話が各地で仄聞される。

この問題は、話題にはなるものの具体的な実態が掴めないという状態が続いていたが、今年6月、北海道議会水産林務委員会において全国で初めて道内の森林売買調査結果が公表され、その一端が明らかになった。

小野寺秀議員(自民)の質問に対して道当局が答弁したもので、それによると、今回の調査によって、

・2006~08年に、道内で新たに森林(30ヘクタール以上)を取得した法人139社のうち75社は林業・木材関係以外の企業
・うち4社は国内企業、1社が外国資本と特定できたものの、残り70社は株主割合が不明
・外国資本が2008年に取得した57ヘクタールのうち32ヘクタールが水源涵養保安林

などの事実が明らかになった。

さらに9月には、同じく小野寺議員の再質問によって、

・2009年に新たに海外資本・外国人による森林取得が7件、合計406ヘクタールあり、うち355ヘクタールが水土保全林(水源涵養機能又は山地災害防止機能が重視される森林)
・取得された森林は倶知安町とニセコ町が各2件、砂川市、蘭越町、日高町が各1件。海外資本は中国3件、英領バージン諸島(香港資本)1件、外国人の国籍はオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール
・道内で水土保全林を保有する林業・木材関係以外の企業約2,200社(合計約4万ヘクタール)のうち、株主割合が判明したのは半数に満たない1,038社

といった実態が明らかになった。

こうした調査結果を受け、北海道は庁内に部局横断の「水資源関係幹事会」を設立し、森林売買の実態把握に努めることとなった。また、近年、森林売買やリゾート開発の進むニセコ町では、町内の水道水源林の一部公有化をはじめることとしたほか、地下水利用・森林伐採等の開発を規制する条例を制定する方針を決定した。条例案については、今年度中に議会に提出予定という。

山林売買の増加と困難な実態把握

国土交通省の統計によると、山間部での土地取引総面積は過去10年で倍増している。

土地取引件数の経年変化をみると、5ヘクタール以上の大規模な土地売買は、2000~2002年は全国で年間800件余りだったが、それ以降増加をつづけ、直近3年(2006~2008年)は1,100~1,200件だ。5ヘクタール以上の土地取引は、ほとんどが森林と考えてよい。その取引総面積は、過去10年間で14,000ヘクタール(1999年)から32,000ヘクタール(2008年)へと倍増し、特にここ3年の伸びが著しい (図参照)

都道府県別には、北海道、宮崎、福島、熊本の順(2008年)になる。

我が国の国土の67%を占める森林は、木材資源としての現時点での私的な経済的価値のみならず、水資源涵養や土砂防備など、公益的機能を果たす社会基盤でもある。森林および森林が涵養する水資源は我々の重要な国土資源であり、その売買にあたっては、私有林であっても、国土資源保全の観点から慎重な対応が求められる。

こうした問題意識から、我々は2008年から山林売買の増加に注目し、実態把握と政策課題の分析に取り組んできた。そこで明らかになったのは、我が国の森林の約6割、すなわち国土全体の約4割を占める私有林について、売買実態の把握そのものが極めて困難であること、そして、その根底には、我が国の土地制度の盲点ともいうべき根本的な課題があるということだった。

基礎情報の不備

土地制度の課題の1つは、基礎情報の不備である。

そもそも我が国では、土地制度の基盤となる地籍(土地の面積・境界・所有者等)の過半が確定していない。1951年から地籍調査を開始しているものの、進捗率は未だ49%に過ぎない。

特に山林は6割が調査未了で、隣接する土地の境界線も未確定なまま、相続時の扱いも曖昧に放置されている例も少なくない。そのため、林地の大半は不動産登記簿上も正確な所有実態が記載されていない。

森林の場合、農地のような売買規制はなく、所有権の移転に際して第三者のチェックが事前に入ることはない。(地籍調査が未了でも、通常の経済行為として、売り方・買い方の二者さえ合意すれば売買は成立する。)したがって、所有権の移転状況を調べるにはひとまず登記簿を見るしかないが、地籍調査が進んでないがゆえに、登記簿上の情報自体が正確性を欠いてしまっている。相続時の名義変更漏れも珍しくなく、また、仮に所有者が何らかの理由で登記簿上の名義にダミーの個人・法人名を使っていれば、実態把握はさらに困難になる。

1ヘクタール以上(都市計画区域以外)の土地売買は、国土利用計画法によって、都道府県・政令市への事後届出(契約締結後2週間以内)が義務付けられている。だが、自治体が土地売買状況を完全に把握・分析しているわけでもなく、届出のあった取引の約3分の1は、地番不明などで都道府県でさえ詳細を把握できていないといわれる。また、そもそもこの届出は不動産登記の際の必要書類になっていないため、無届出でも登記は可能だ。

こうした土地売買届出は、個人情報保護の観点から公開されておらず、情報開示請求をしても、ほぼすべての部分が黒塗りで示される。同様の理由から、同じ自治体内において他部門が届出情報を利用することも、情報の目的外使用にあたるとして、実態上不可能だ。先述の北海道の調査報告でも、水産林務部は、他部門が管理する土地売買の届出情報を利用することができず苦戦を強いられており、森林所有者の状況についても独自で調査を行っている。

強い私的所有権とルール不備

もう1つの課題は、土地を公益的な観点から守るためのルールが不備であることだ。我が国の土地制度は、国土資源管理の基盤となる基礎情報すら整っていない一方で、土地所有者に極めて強い土地私有権を認めている。

欧米では一般的に、土地は公的な性格を有し、公益に資するよう活用されるべきとの考え方から、土地の私有権に対する公益面からの制約が厳しい。英国では土地所有権は土地利用権に近いもので、国民は土地の保有権(hold)は持つものの、最終処分権は持たない。フランスや米国には公的機関による強い先買権や強力な政府権原が存在する。

これに対し、我が国では、明治期の地租改正の際に最終処分権を含む強い私有権が認められて以来、土地所有権(私的財産権)は実質的に絶対不可侵に近い。一部の地権者の合意が得られずに公共道路が完成できない事例がいくつもあるように、政府の土地収用権は十分機能しているとは言い難く、土地私有権は政府の公権に対抗し得るまで強い。

一方で、土地所有者の義務は、森林の場合、きわめて安い固定資産税を納めるだけであり(1ヘクタール当たり年間2,000円程度)、土地の開発についても、保安林以外の森林は開発規制があるとは言い難い。

海外からの投資という観点でも、諸外国を見ると、近隣のアジアでは、ドバイなど一部を除けば、外国人や外国法人の土地所有については、地域を限定したり、事前許可制とするなどの制限を課していることが多いが、日本はそうした制限もない (表参照)

また、欧米では、例えば米国の外国投資国家安全保障法(2007年制定)など、国の重要なインフラや基幹産業に対する投資について、公共の利益の観点等から公的に介入できる法制度が整えられているが、日本にはそうした包括的なルールもない。外為法(外国為替及び外国貿易法)による外資規制はあるが、不動産業への投資は事後届出でよく、土地の所有・転売について、同法でどこまで未然に問題を防ぐことができるかは定かでない。

緊急に必要な対策

ここまで述べてきたように、我が国の重要な国土資源である森林について、現状では売買実態の把握は難しく、公益的な観点から守っていく制度も十分とは言い難い。

国内の林業低迷とグローバルな資源争奪戦の中、安価と見られる日本の山林が、海外も含む様々な資本から、今後、投資対象として評価されていくことは十分にありえる。その際、仮に周辺環境に配慮しない不適切な山林売買・開発が進んでも、現行制度下では、解決の前面に立つ自治体や国も迅速な対応をとることは難しいのではないだろうか。

早急にとるべき対策として、以下を提言したい。

第1に、山林の地籍調査(境界画定)の促進が急務である。境界を確定していくことは、あらゆる施策の基本である。境界確定には隣接する土地の所有者同士の合意が必要であるが、このまま10年もたつと、現在の境界(目印)を知る老人から、山とは縁遠い次の世代へと代替わりが進み、境界が確定できないままとなる山林が増えていく可能性が高い。

境界線も曖昧なまま山林の転売が繰り返され、地元からは遠く離れた所有者に所有権が移っていけば、自治体における公平な徴税も困難になり、また路網整備等、林業再生に必要な事業への所有者合意を取り付ける行政コストも多大なものになろう。

地籍未確定の山林が、地権者間の調整がつかず利用できない土地になってしまったり、境界や所有権をめぐって係争が多発する場とならないよう、まずは境界確定の促進が急務である。

第2に、林地取引をできるだけ公開市場化していくことである。一般的に、森林売買は相続税対策や譲渡にかかる所得税対策など、それぞれ個別の事情があり、閉鎖的な商慣習の中で行われることが少なくない。そのため、適性な売買価格を知ることが難しく、仲介者(山林ブローカー)が活躍する余地が残されている。

今後は、そうした非公開の相対取引ではなく、個人情報に配慮しつつ、透明性を高めたマーケットで林地が売買されていくことが重要である。例えば、都道府県において売買相談窓口を設けることなどは、その第一歩となろう。

第3に、売買において森林のもつ公益的機能がきちんと担保される仕組みが必要である。例えば、地域の水道水源林など重要なインフラに該当する森林については、今後、地価上昇が見込まれる区域(監視区域)とみなし、国土利用計画法を広義に適用して売買の事前届出制を設け、価格と利用目的について公的機関のチェックを加えることも検討すべきである。さらに、そうした対策では不十分な場合や緊急度の高いケースについては、最終手段ではあるが、冒頭に挙げたニセコ町の事例のような「公有林化」も進めていくべきであろう。

山林売買が示唆する根本的課題

土地・森林・水(地下水含む)といった国土資源は、我々の暮らしの基盤であり資産である。日本は資源のない国だと言われるが、実は我が国は森や水に恵まれた有数の資源国である。19年連続で最安値を記録する日本の山林にグローバル資本が関心を示しているとすれば、それは、我々自身が気づいていない国土資源の価値に彼らは気付いているということ、ともいえよう。山林売買増加と実態把握の困難さ、という現象が問いかけているのは、我々自身が国土資源の価値に無自覚であり、必要なルール整備をしてきていない、という根本的課題なのである。

林業低迷および人口減少・超高齢化により、今後、山を管理しきれなくなった所有者が山林売却を希望するケースは急速に増加すると考えられる。これまでのように、森林保全を山林所有者の善意に任せることは、もはや期待できない。

そうした中、水源涵養など公共財としての価値を併せ持つ森林が、木材部分の現在価値を基準に、国内外の様々な資本によって経済財としての評価のみで取引され、それを国も自治体も把握しきれずにいるのが今の実態だ。

今後、山林の所有権が海外資本を含む様々な主体に移り、万一、森林が果たす水源涵養や土砂防備機能、あるいは住民の安全・安心の観点から問題が起きたとしても、先述のとおり、現行制度下で「合法」と判断されれば、国や自治体が直ちに対処することは難しい。中央省庁の目の届きにくい奥山や離島で進行するケースであればなおさら、国としての対応が後手になることも懸念される。

グローバルな資源争奪戦の中で国土資源をどう保全していくか。その際、人口減少と地域経済縮小を見据えて、国、自治体、個人・企業・NPO等の役割分担をどのように進めていくか――。考えるべき課題は山積している。まずは、現行の土地制度の不備が、日本の山林の「近い将来」にどれほど大きな問題をはらんでいるかを認識し、それらの問題を未然に防ぐためのルール整備に踏み出すことが急務である。

『地方議会人』 (中央文化社)2010年11月号より転載


<参考文献>
◎東京財団『グローバル化する国土資源(土・緑・水)と土地制度の盲点―日本の水源林の危機II』( https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2634 )、(2010年1月)
◎吉原祥子・平野秀樹「日本の水源林を守れ」『週刊エコノミスト』2010年1月26日号

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