昨年11月11~12日、ユーラシア情報ネットワークのオーバービュー・ミーティングでは、アメリカから著名な3人のロシア専門家、米CSISのアンディー・クチンズ氏、米カーネギー平和財団のマーク・メディッシュ氏、米ニクソン・センターのポール・サンダース氏を迎えて、ロシア問題に関する日米対話を行った。
初日はクローズド・セッションの形で、日本のロシア・アメリカ・中国・エネルギーなどの専門家との対話が、二日目はオープン・セッションの形で、短いプレゼンテーションの後、主にマスメディアの方々との質疑応答が行われた。
筆者はロシア専門家として、米ニクソン・センターのポール・サンダース氏の呼び掛けと国際交流基金の資金援助で実現した「ロシアに関する日米対話」の企画・運営にスタート時点から関与し、アメリカ側とのアジェンダ・セッティングや日本側から参加頂いた専門家の方々とのやり取りなどにも携わった。
4つのパネルで交わされた議論の全体報告については、既に 渡部恒雄上級研究員のレポート が掲載されているので、本稿の中では特にパネル3「ロシアとエネルギー安全保障(Russia and Energy Security)」に絞ってレビューを行いたい。
ロシアはいわずとしれたエネルギー大国である。特に天然ガスは、世界全体の埋蔵量の約26%を有し、生産量でも21%と他国を圧倒している。ところが、06年1月に勃発した所謂“ウクライナ天然ガス戦争”を境に、欧州諸国を中心に、ロシアへのエネルギー供給依存の危険性が声高に叫ばれるようになった。
フランスなど一部の国を除いて原子力アレルギーが強い欧州地域では、国内のエネルギー減に占める天然ガスの割合が20~30%超の国が殆どであり、国内で消費される天然ガス供給の約60%をロシアからの輸入に依存している国が10か国。中・東欧諸国に至っては6カ国が100%の天然ガスをロシアに依存している。しかも、ロシアから欧州へ供給される天然ガスの約80%はウクライナ経由のパイプラインを経由していることを考えると、欧州諸国はエネルギー安全保障の面で、ロシアに一定の脆弱性を有しているといえるだろう。
では、ロシアはアジアにおいてはエネルギー分野においてどれ程の影響力を持っているのか、また、今後、持ち得るのか?更に、日本にとって、エネルギー分野でのロシアとの関係はどのような意味を持つのか?というのが、本パネルの主要な論点だった。
まず、欧州と比較すると、ロシアのエネルギー資源の影響力は、アジアではそれほど大きくなく、将来的にもそれ程大きな影響力を持ち得ないとの見方が提示された。そこには経済的、政治的、外交政策的な理由があるという。
経済的には、ロシアが東シベリア・極東の新しい鉱区・インフラに積極的に投資しておらず、また、ロシアにとって天然ガスの輸出市場としての高い潜在性がよく指摘される中国も、実はロシアにとって欧州と比較するとずっと小さい市場である。
国内政治的な理由としては、エネルギー分野の独占体制や不安定な政治状況が東シベリア・極東での新しい鉱区・インフラで投資を阻害している。
外交政策的要因としては、ロシアと中国が依然として相互に不信感を抱いているとの指摘があった。また、欧州と違い、アジアでは、ロシアのエネルギー資源を巡る競争相手が少なく、また、中国や日本などはエネルギー資源の点で欧州諸国より多角化しているので、ロシアとしてもレバレッジが効かせ難いという。
その一方で、一昨年9月のリーマンショック以来の経済危機の結果、欧州でのエネルギー需要が急激に低下した結果、ロシアにとって、アジア市場の重要性が今まで以上に増しているとの指摘もあった。実際、昨年、メドベージェフ大統領がサハリンを訪問したり、プーチン首相が北方のヤマル半島にシェルや三菱や三井の幹部を招待したりして、何とかアジアへの市場の多角化に躍起となっている。
日本にとっては、ロシアからのエネルギー資源の輸入は、過度に中東地域に依存する輸入供給源の多角化に寄与するとの見方が大勢を占めた。石油でいうと、2004年~2006年に掛けて89~90%だった中東地域への依存度は、昨年86.4%、今年は東シベリアからの石油が太平洋に来るので83%まで低下すると予想されている。
また、天然ガスについても、昨年からサハリンからのLNG輸入が始まった。サハリンからの天然ガスは、今後、生産量が減退しているインドネシアからの輸入を代替していくことが期待されている。
また、2006年に世界を騒がせたサハリン2の開発中止問題についても、その後、露ガスプロム社が、英蘭シェル社、三菱商事、三井物産から、サハリン2プロジェクトの権益の過半数の譲渡を受けたことを含めて、日本の経済産業省やエネルギー業界からは、プロジェクトの安定性を担保するという面で、露ガスプロムの参加を、むしろ肯定的に受け止めているとの指摘がなされた。
このようなわが国におけるロシアからの石油・天然ガス輸入増加への冷静な反応は、欧州と比較して、そもそも、日本を含むアジアにおいては、ロシアのエネルギー資源の影響力が限定されていることの裏返しでもあろう。
以上は石油・天然ガスという化石燃料を巡る議論であるが、今後、アジアにおけるロシアのエネルギー資源の影響力を考える上で、原子力分野でのロシアの重要性の高まりが指摘された。
昨年5月のプーチン首相の訪日時、日露は原子力協力協定に締結している。日本は今後、自国の原子力発電所で使用する天然ウランの約30%をカザフスタンから輸入する計画だが、その天然ウランの濃縮は、世界最大のウラン濃縮の余剰能力を持つロシアで行うことになる。
また、今後、日本の原子力プラントメーカーが、新興国に原子力プラントを輸出する場合、それと同時に燃料供給保証をする必要があるが、その能力はわが国の原子力産業にはなく、ロシアとの戦略的パートナーシップ関係の構築が不可欠である。ロシアはバックエンドの分野でも、自国が提供したウラン燃料に限って、使用済み核燃料の引き取りが可能なので世界で唯一の国でもある。
しかも、わが国の主要な原子力プラントメーカー3社のうち、東芝は米ウェスティングハウス社を傘下におさめ、日立は米GE社と原子力部門を統合している為、原子力分野での日露の戦略的パートナーシップ関係の構築は、必然的に日米露の戦略的パートナーシップ関係への発展する可能性を秘めているという。(了)