少しずつ変わり始めたインドとロシアの安保関係 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

少しずつ変わり始めたインドとロシアの安保関係

October 29, 2014

[特別投稿]長尾 賢氏/東京財団アソシエイト

最近はナレンドラ・モディ首相の訪日など、日本との関係について取り上げられることの多くなったインドであるが、もともとはロシアとの関係が深い国だ。上海協力機構へのインドの加盟申請とアフガニスタン対策、タジキスタンへのインド空軍の基地の設置、サハリンにおけるエネルギー開発など、両国が協力している分野は多い。特にその関係は安全保障面、武器取引に表れている。インドが保有する武器の約7割が旧ソ連・ロシア製である。

しかし、インドとロシアの武器取引関係は少しずつ変化し始めている。最近では、インドはロシアの武器を買わなくなり、ロシアはインドへ技術協力しない事例が出始めている。ロシアがパキスタンへも積極的に武器を提案するようになったことも見逃せない変化だ。 インドとロシアの関係には何が起きているのだろうか。本稿は、この課題を武器取引に着目しながら分析したものである。

1.ソ連崩壊でインドが直面した危機

現在起きている印露関係変化の元をたどると、実はソ連の崩壊までさかのぼることができる。1991年にソ連が崩壊したときすでに、インドの武器体系はソ連への深い依存状態にあった。両国関係は準同盟状態で、きわめて緊密だったからだ。

しかし、そのような武器供給の依存状態は、インドにとって大きなリスクを伴うものであった。ソ連が崩壊し、特に修理部品の供給が途絶えてしまったからだ。

修理部品は武器の維持管理に欠かせない。本来、武器は、高度で精密な道具であるにもかかわらず、乱暴に扱われる特徴がある。だから専門の整備部隊を組織して、修理しながら使うものである。当然、修理部品を大量に消費する。修理部品の供給は大変重要なのだ。ソ連からの修理部品供給が途絶えた結果、インドの軍人たちは自らソ連に出向いて修理部品を探し回る事態になったのである。

そのような状態でも、もしインドに修理部品の製造能力があれば、それほど深刻な影響はなかったかもしれない。しかしインドにはそれがなかった。冷戦時代、ソ連の協力のもとで、インドは限定的な修理部品の製造能力を獲得していたが、必要なレベルからは程遠かったからである。

2.アメリカに接近するインド

このような経験を経て、インドは自国の製造能力を高める必要性を強く認識した。同時に、製造能力が十分なレベルに達するまでには時間がかかることから、まず、より多くの国から武器を輸入して、安定的な供給が行われるようにするよう工夫した。そして武器を輸入する際は技術の移転を重視し、自国の製造能力育成に役立てる戦略を採用した。そのようなインドの戦略を、冷戦後の状況が強く後押しした。

例えば、ソ連がなくなったため、インドは、アメリカなど西側諸国と関係を強化することができるようになった。 また、ソ連との経済関係が弱まったインドは、本格的に経済改革に着手し、急速に経済発展し始めた。武器購入のための潤沢な資金を得ることができたのである。

さらに、世界的な武器市場の動向がインドに有利に働いた。冷戦後、西側諸国は軍事機密を解除するようになった。そして、西側諸国で進む軍備削減の結果、各国の軍需産業が輸出に力を入れた。このような状況はインドにとって、複数の国・企業が競いあう中で、高度な技術の移転を受けやすい環境が整ったことを意味していた。

3.急速な改革のリスク

ただ、このようなインドの戦略、ロシア依存から脱却してアメリカとの関係を強める戦略もまた、リスクを伴うものである。武器を切り替えることは意外と難しいからだ。例えば戦車を考えてみるとわかりやすい。インドは主にロシアや旧ソ連が製造した戦車を配備している。それらの戦車の重量は41~46トン程度だ。そうするとインドは、その重量で通れる道路、橋などを調べ、あるいは整備することになる。そこに突然、アメリカ製の戦車を導入するとどうなるか。アメリカ製の戦車は52~63トンもある。これまで通ってきた道路はひび割れ、橋は落ちてしまうかもしれない。武器の輸入元を変えるというのは、戦略・戦術全体に影響を与え、膨大な仕事を伴う作業になる。

しかもロシアからみると、インドの戦略は不誠実に映る。ロシアはインドに対して技術提供をためらうようになる。インドに高度な技術を伝えると、それがインド経由でアメリカに伝わる可能性を危惧するからだ。ロシアからの修理部品の供給の際も警戒するようになる。インドがアメリカに接近していることが明確になればなるほど、ロシアはインドに対していい条件を出さなくなる危険性がある。

だから、インドはロシアに配慮をみせながら、ゆっくりとしたペースで戦略を進めてきている。インドがロシアから買っているのは戦車や空母、戦闘機といった正面装備だ。一方、インドがアメリカから買っているのは輸送機や対潜哨戒機、揚陸艦など、目立たない後方装備にしている。また、インド空軍はアメリカ空軍と共同演習する時は、ロシア製のレーダーを切って参加するなど、情報管理にも注意してきた。

しかし、このような配慮も、次第に効かなくなってきている。アメリカから新規に輸入することを決めた武器の金額が、ロシアから新規に輸入することを決めた武器の金額を上回り始めたからだ。以下の図は、ストックホルム国際平和研究所のデータベースにより作成したソ連・ロシア、アメリカ、イスラエルの対印武器輸出額の推移を表したものである。インドが輸入する武器は修理部品などの供給もあって、ソ連・ロシアから輸入するものが大半であるが、1990年代半ばよりイスラエル、そして極最近アメリカからの輸入が急速に増えていることが分かる。

図:インドのソ連・ロシア、アメリカ、イスラエルからの武器輸入額推移
※ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータベースより筆者作成。縦軸の金額はSIPRI独自のもの

その結果、ロシアは警戒し始めている。数年前、ロシアがインドに対して戦車を売ったときは、砲身も含め多くの製造技術を移転する提案がなされていた。ところが今年、インドがロシアに、同じ戦車の砲弾の製造技術の提供を求めたところ、ロシアは拒否している。インドが保有するロシア製戦車には専用の砲弾が必要なので、インドは仕方なく、完成品を輸入するようだ。これでは技術を高めたいインドにとって、あまり利益にならない。

4.日本にチャンスが巡ってくる

このように印露両国の関係が、徐々に変わりつつあることは、日本にとってどういう意味を持つのだろうか。インドの今後の方針を考えると、日本にとっては徐々にチャンスが巡ってくる状況といえるかもしれない。

インドは、ロシア依存から脱却し、アメリカや日本を含む他の国からも武器を買う方針だ。インドが保有する武器の7割がロシア・旧ソ連製であることを考えれば、この比率は今後、下がっていくことが予想される。つまり今、インドがロシア製や旧ソ連製の武器を使っている場合、それらは将来、日本を含む他の国の製品に切り替わることになる。インドとの関係強化の実績として、今後、日印間の武器取引が増やすことができるはずだ。

問題があるとすれば、日本が狙う分野と、他の国、特にアメリカが狙う分野が競合しないですむか、である。最近、インド国防省は、イスラエル製対戦車ミサイルの採用を決めたが、これはアメリカ製のミサイルと争っていたものだ。同じように日本とアメリカが競い合う事態となれば、日米関係に一定の影響を与えるかもしれない。日本はアメリカと競合しない分野で武器輸出を進める方が賢い選択だろう。具体的には、アメリカが重視していない飛行艇や、通常動力型の(原子力推進でない)潜水艦、掃海艇、多くの実績がある災害派遣や地雷処理の装備などが挙げられる。

印露関係の変化は、日印関係に大きなチャンスをもたらすかもしれない。武器取引はその中で重要な役割を果たすことになる。だが、今は初期段階で芽が生え始めた段階だ。大事な芽をのばせるかどうかは、無駄な競合を避けながら効率よく浸透していけるかどうかにかかっている。

    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
    • 長尾 賢

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム