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米印関係の問題点と日本の役割

March 8, 2016

長尾 賢 研究員

南シナ海で緊張が高まる中、注目される動きがでている。アメリカとインドが共同で南シナ海のパトロールを行うという提案だ(注1)。2015年12月にインドの国防相が訪米した際、協議された。このパトロールは、その後、インド側から、行わないとの明確な意思表示があった。しかし、2012年にインドの海軍参謀長が、南シナ海への海軍艦艇の派遣について準備していることを認めており、今回の共同パトロール案も、実際に検討された案とみられる。

この事例に代表されるように、米印関係の進展が注視される状況になっている。そこで本稿では、米印間はどの程度進展しているといえるのか、問題はないのか、そしてそれは日本にとってどのような意味を持つのか、検証することにした。

(注1)Sanjeev Miglani, “Exclusive: U.S. & India consider joint patrols in South China Sea - U.S. official” (Reuter, 10 February 2016)

http://www.reuters.com/article/us-southchinasea-india-usa-idUSKCN0VJ0AA

1.米印関係はどの程度進展しているのか

米印関係の進展は、冷戦後、顕著になった動きだ。冷戦中、特に1970年代から、アメリカは中国やパキスタンと、インドはソ連との関係を深め、米印関係は冷え込んでいた。冷戦後の米印の安全保障関係構築の先駆けとなったのは、1992年から始まった海軍共同演習マラバールである。この演習以降、米印間では、他の演習も含め10年で60回という、同盟国並みの頻度で共同演習を行うようになった。インドのミサイル防衛などでもアメリカとの協力が進められ、原子力潜水艦建造計画の支援も検討されている。

このような関係の進展の度合いを示す指標の一つは武器取引だ。武器は精密機器なのに乱暴に扱われるため、専属の整備部隊が常に整備・修理して運用するものだ。そのため、いったん武器を購入すると、部品供給、定期的な能力向上、そして弾薬の供給などを通じて長期的な関係が必要になる。国家間の長期的友好の度合いを示すものといえる。

インドをめぐる武器取引についてみてみると、実際に、米印関係が変化していることを示している。図1はインドに対する武器輸出の上位5カ国を金額ベースで比較したものである。この5カ国で、すべての国の輸出額合計の9割以上を占めているから、ほぼ全体を代表したものだ。この図からは、長年、ソ連・ロシアが対印武器輸出の上位を占めてきたが、冷戦後、徐々にアメリカとイスラエルがシェアを伸ばし、特に最後の2年間はシェアをかなり明確な形で伸ばしていることがわかる。米印関係の急速な進展を示すものである。

図1:対インド武器輸出額推移

参照Stockholm International Peace Research Instituteのデータベース( http://www.sipri.org/databases )より作成。縦軸の金額は1990年を基準とした米ドル換算でSIPRI独自のもの。

現在、このような米印関係は、新たな段階に入り始めている。最も注目されているのは3つの協定が実際に締結される可能性が出てきているためだ。3つの協定とは、兵站支援協定(Logistics Support Agreement)、地理空間協力のための基礎的な交換・協力協定(Basic exchange and cooperation agreement for geo-spatial cooperation)、通信の相互運用性及び秘密に関する覚書(Communications interoperability and secrecy memorandum of agreement)である。日米、日豪間に置き換えれば、物品役務相互提供協定(Acquisition and Cross-Servicing Agreement)などにあたるものであるが、米印間のものは、日米に比べれば穏やかな内容で、協力の度合いが少し低めといわれている。それでも、実際に締結されれば、米軍がインド国内の基地を使用したり、インド軍が米軍の基地を利用し易くなる。

共同演習などを通じた防衛交流は、現時点でもかなり活発といえるが、この3つの協定が締結されれば、さらに活発になる可能性がある。また、現在、インドがアメリカから購入したC-17大型輸送機、C-130中型輸送機は、通信の協定がないために一部機器を搭載していない。協定締結後は、そういった機器も搭載可能になり、能力をフルに発揮することにつながる。米印関係が事実上の「同盟」に向けて、大きく前進しえる大事な協定といえる。

2.米印関係に横たわる障害

(1)3つの協定に見る米印間の問題点

しかし、実際には、この3つの協定は、米印関係に横たわる問題点をも示している。そもそも、この協定の交渉が提起されたのは2002年である。14年後の2016年2月現在、締結に至っていない。交渉が進まない原因は、この協定に対してインド側が懸念している事項があるからだ。それはインド政府、インド陸軍、インド空軍でそれぞれ違う懸念に基づいている。

まずインド政府は、例えばイラク戦争のように、インド政府が支持していない軍事作戦が行われる場合のことを懸念している。インドが支持していないにもかかわらず、この協定があるがために、自動的にインド国内の基地が米軍の軍事作戦を事実上支援している状態になる可能性があるとみているのだ。

次にインド陸軍は兵站支援協定について懸念している。インド陸軍の軍需物資の位置や動向がわかってしまうと、インド軍の作戦がわかってしまうかもしれない。例えば、2001年のインド国会襲撃事件や2008年のムンバイ同時多発テロのように、パキスタン政府が支援したとみられるテロ組織がインド国内で事件を起こすことを想定してみる。インドはパキスタンに対する軍事作戦を計画することになる。こういった状況の時に、アメリカがインド軍の動きを正確に察知していた場合、インドに圧力をかけて、インドの作戦実施を止めようとするかもしれない。だから、インド陸軍は、特定地域の特定分野だけに限定して、インドの作戦上の自由度に影響を与えない協定にしたいようである。インド空軍も同じような理由で、通信の相互運用性及び秘密に関する覚書を懸念している。インド空軍機の活動データを記録可能になり、インドの軍事作戦がアメリカにわかってしまうのを懸念しているからだ。

結局これら3つの協定に比較的積極的なのは海軍だけの状態である。海軍はすでに兵站支援協定に近い燃料交換協定(Fuel Exchange Agreement)を結んでいる。アメリカの補給艦は現金による支払いなしで、インドの港で給油可能だ。このような積極的な協力が陸軍、空軍を含むインド政府全体で共有される事項になるかどうか、2016年の交渉は重要な山場になりつつある。

(2)米印関係にある伝統的な不信感

全体としては米印関係が進展する中、なぜ、インドはアメリカとの関係強化につながる3つの協定を懸念しているのだろうか。その背景には、米印間にある伝統的な不信感がある。その不信感とは、アメリカはパキスタンを必要とし、インドはロシアを必要としている点に起因する。この伝統的な不信感は最近、再びクローズアップされた。アメリカがパキスタンへF-16戦闘機を輸出しようとしたからである。インドから見ると、パキスタンはこの米国製の武器をインドへの攻撃に使用する可能性がある。だから、反対である。

しかし、アメリカから見ると、パキスタン軍へのF-16戦闘機の供給は、パキスタンを味方につけておく上で有用だ。アメリカにとってパキスタンとの関係は、テロとの戦いにおいて一定の役割を果たしているとみられるし、中東政策を考える際は、ムスリム国家であるパキスタンを支援する方がよい。また、パキスタンは中央アジアへ進出するルート上にある地政学上の戦略的重要地でもある。冷戦時代も、ソ連に圧力をかける役割を果たしてきた。だから、アメリカにとってパキスタンとの関係は無視しえないのである。しかし、このようなアメリカのパキスタンに対する姿勢について、インドは不満に感じている。

一方で、アメリカ側もインドに対し不満に感じていることがある。それはインドがロシアと深い関係にあることだ。インドにとってロシアは、対中戦略上の要である。インドがソ連と事実上の同盟状態になったのは、1971年の第3次印パ戦争の直前だ。インドは、パキスタンを攻撃した場合に、中国がパキスタン側にたって参戦するのを懸念していた。そしてそれを阻止するために、インドから見て中国の反対側にある国、ソ連との事実上の同盟に踏み切ったのである。その結果、インドはソ連から多くの武器の供給を受けるようになり、現在でも保有する武器の約7割が旧ソ連ないしロシア製である。ロシアが修理部品や弾薬を提供し続けてくれなければ、インド軍は大規模で長期間の作戦を実施できない状態だ。

だからこそ、インドは2014年のクリミア併合、2015年の対独戦勝70周年記念軍事パレードなどへの参加など、ロシアよりの態度を示してきた。クリミアやウクライナ、シリアの問題で米露間の立場に隔たりがある中、アメリカにとって、インドのロシアよりの態度は不愉快なものとなっている。

最近、この伝統的な不信感にも変化が見られ始めている。アメリカでは、パキスタンに戦闘機を売ることについて、インド系アメリカ人を中心に米議会共和党議員への働きかけを強め、反対派の活動が活発化してきた。最終的には輸出が決まってしまったが、アメリカがパキスタンへ武器を売る動きは徐々に難しくなっていくかもしれない。一方、インドがアメリカから武器の購入を増やすにつれて、ロシアはパキスタンへ武器の供給を増やすようになってもいる。インドはロシアに抗議しており、印露関係の暗雲となっている。米印関係から見れば好都合の状況になり始めている。ただ、このような変化は、ゆっくりとしたものである。アメリカにとってパキスタンとの関係は一定の価値を持っているし、インドの武器体系を短期間で変えるのは難しい。米印間の不信感が消え去るには、もう少し時間がかかりそうな状況といえる。

3.重要性を増す日本の役割

このように米印関係は全般的には徐々に進展がみられている一方で、まだ障害を抱えている。今後の状況次第であるが、アメリカにとって例えば大規模テロなど、パキスタンの重要性を再認識させられるような事態が起きた場合や、アメリカとロシアの関係が極度悪化する中で、インドがロシアの行動を指示した場合など、米印間は不安定な動きを見せる可能性がある。米印には関係を安定させるものが必要だ。

実は、このような状況は、日本にとってチャンスになりえる。日本には、米印の、いわば「かすがい」になる潜在性があるからだ。米印二国間ではなく、日米印三カ国間での枠組みを考えた場合、米印間には問題があることは上記のとおりである。しかし日米間、日印間には問題が存在しない。アメリカにとって日本は揺るぎない同盟国である。インドにとっても日本が重要だ。2014年にアメリカのピュー・リサーチ・センターが行った世論調査で、インド人にどこの国と同盟を組むべきか聞いたところ、半数がアメリカ、29%がロシア、そして26%は日本と答えた(注2)。中国が台頭する中、地域のパワーバランスを維持する上で、アメリカにとってもインドにとっても日本は大事な存在とみられているのである。

だから、米印関係ではなく、日米印関係にした方が、より安定する可能性がある。もし仮に米印間に何か問題が生じ、米印だけでは協議の場が設定しがたい状況になったときも、アメリカも、インドも、日本と交渉するために協議への参加が必要になるからだ。かつて、1970年代、中国と国交のなかったアメリカのキッシンジャー大統領補佐官は、米中両国と国交があったパキスタンを訪問して、そこから中国にいき交渉を行った。この時のパキスタンのような役割を、日本は担うことができるかもしれないのである。

実際、日米印協議も始まり、米印海軍共同演習マラバールも日本を加えた三カ国共同演習へと拡大している。日米印の三カ国協力が積極的に推進されている状態だ。このようなチャンスを積極的に生かして、日本は米印関係における自らの存在感を高めていくべきといえよう。

(注2)”72% of Indians fear border issue can spark China war” (The Times of India, 15 July 2014)

http://timesofindia.indiatimes.com/india/72-of-Indians-fear-border-issue-can-spark-China-war/articleshow/38397343.cms

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