長尾賢 (東京財団研究員)
日印安全保障協力の象徴的な存在になったのがUS-2救難飛行艇の取引である。合同作業部会も3回開かれており、一定の前進がみられている。この取引に代表されるように、防衛装備品の取引は、安全保障協力の柱となるもので、日印両国を、少なくとも3つの点で接近させる可能性がある。
1つは、日印両国が同じ装備を有する過程で、その装備にまつわる防衛上の機密を共有することだ。共有するための各種協定が結ばれるなどして、日印防衛当局者間では関係が深化する。実際、2015年12月「防衛装備品及び技術の移転に関する日本国政府とインド共和国政府との間の協定」が締結された [i] 。
2つ目は、日印両国が同じ装備品を有していれば、その使用法を学びあう共同演習などの企画を立てやすくなることだ。そして、3つ目が、修理部品や弾薬の供給を通じた長期的な関係を構築し得ることだ。防衛装備品は、高度で精密な機器であるにもかかわらず、過酷な環境で乱暴に扱われる性質があるため、専属の整備部隊をおいて常に修理して使用する。自然と修理部品・弾薬の供給が重要になる。インドが日本の防衛装備品を輸入し、その修理部品や弾薬を長期にわたって日本から輸入することは、日印の安全保障協力関係が長期的なものになることに貢献する。だから、日本の防衛装備品をインドが使用することは、非常に重要なステップになる。
ただ、それほど重要にもかかわらずUS-2救難飛行艇の取引はまだ成立していない。なぜか。本稿はこの課題に焦点を当て、解決策の一案を提案することにした。
日印間で防衛装備品を巡る取引上問題となっている点はどこか。政府開発援助(ODA)が使えず価格が高いこと、機密がインドを介してロシアなどに漏れる心配、日印間で共同生産した防衛装備品を第三国に輸出する際にどうするか、複数の省庁にまたがることで責任担当省庁が不在になっていることや、複雑な官僚システムといった、様々な問題がある。その中で、今、最も懸念されていることの一つは、インド側が救難飛行艇の必要性について繰り返し疑問を示し始めていることである。これは日本が売りたいものと、インドが買いたいものに相違があることを示している。
日本側にとって輸出するために理想的な防衛装備品とはなにか。軍事色の薄い装備で国内の慎重派を説得しやすく、競合する性能の製品が世界になく、機密流出につながるような技術が少ないものだ。救難飛行艇はこれらの条件をすべて満たす日本とって輸出に最適な製品である。ところが、この日本にとって最適な条件はインドにとって必ずしも良い条件とは言えない。第一に、インドは大国としての力を示す武器を必要としているため、潜水艦のような軍事色の濃いものがほしい。しかも、製品を購入する際には、複数の製品を競わせて適正価格を決めるから、競合する製品がいくつかあるものがいい。そして技術を向上させる観点からは、機密流出が懸念されるような高度な技術を学びたいという思いもある。つまり、日本が救難飛行艇の利点と思っていることが、インドにとっては必ずしも魅力的ではないのである。
結果として起きていることは、日本の救難飛行艇に関して、インド側がその必要性について疑問を提起する状態になっている。
どうしたらよいだろうか。2016年に日本で行われた国際航空宇宙展のインドパピリオンの展示品にはインド式ビジネスのヒントがある。そこで展示されていたものは、航空宇宙展なのに、潜水艦や大砲、銃の弾薬まで展示していたのである。これはとりあえずならべてみて、広い選択肢を提示し、柔軟に対応するインド式のやり方を示している。
だから、インド式のやり方を参考にするならば、救難飛行艇を販売する際に、他の防衛装備品も同時並行的に提案し、セット販売することが考えられる。現在、インド軍は、潜水艦、海中センサー、掃海艇、海上配備型ミサイル防衛、戦闘機やそのエンジンの共同開発、練習機、火砲などを急ぎ必要としている。これらは日本が提供できるものだ。救難飛行艇とのセット販売で提案し始めてよいはずである。最近フランスはラファール戦闘機を売る際に、インドがラファール戦闘機を購入すれば、フランスはインドが独自に開発中の戦闘機のエンジンに技術協力するという内容で取引に出た。セット販売を活用すれば、日印双方にとって魅力的な商品を作ることができるはずである。
日印の防衛装備品の取引は、日印の安全保障関係を長期に持続させる上で必要なものである。複数の防衛装備品取引を柔軟に組み合わせて提案し、日印双方が納得いく取引にすることが求められている。
[i] 外務省「 日印防衛装備品・技術移転協定及び日印秘密軍事情報保護協定の署名 」2015年12月12日