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テロ対策でも注目されるインド

February 2, 2015

[特別投稿]長尾 賢氏/東京財団アソシエイト

世界的にインドへの注目度は上がる傾向にある。経済発展による市場としての重要性の拡大、安全保障面で中国に対する対抗策としてインドの存在がクローズアップされたことが一因であろう。特に昨年5月に就任したナレンドラ・モディ首相は、グジャラート州知事時代の手腕を高く評価されており、インドが国力を高め、国際社会でより大きな役割を果たすことへの期待も高い。

そのインドは、実はテロ対策でも高い評価を得ている。インドは過去多くのテロ事件に直面し、洗練されたテロ対策のノウハウを有しているとみられているためだ。実際、現在のインドが113万人の陸軍と、警察以外に、その中間を埋める警察軍(準軍隊)を約140万人規模で保有している。この大規模な警察軍は、インドがいかにテロ問題への対処能力を重視しているかをよく示している。

インドはどのようなテロの経験を持ち、どのような対策をとってきたのであろうか。そこから日本にとってどのような政策が導き出されるのか。本稿はこのような観点に着目したものである。

1.インドが経験してきた多くのテロ

2000年代半ばに世界で最もテロ活動が多かった国が、イラクやアフガニスタンではなくインドであることはあまり知られていない。インドでは、過去から現在まで、多くの反乱がおき、それらは、ゲリラ形式の戦闘、テロ形式の事件を伴うものであった。

このようなインドが直面してきたテロ活動をまとめると、大きく五つのテロ活動に分けることができる。まず、独立当初以来続く分離独立運動に関連するテロ事件がある。インド北東部の分離独立運動はその一つである。インドの辺境に位置し、文化も大きく違うため、分離独立を模索したのだ。この武装闘争では、当初、弓矢程度しか持たなかった独立派は、外部からの支援を受けて近代的な武器を使うようになった。そして武装勢力の一部が過激化し、次第に民間人を標的とした爆弾テロなどに変化していった過程がある。インド北東部の独立運動は、1971年以後、徐々に鎮静化の傾向があるが、最近でも継続している。特に最近、インド北東部へ外から流入する移民が現地の仕事を奪っていることに対する反発があり、新たな火種となっている。

毛沢東主義の武装蜂起もまた、インドが直面するテロ問題の一つである。もともとは、経済格差を背景にした武装蜂起であった。これ以上ないくらい貧しい人々の受け皿としての武装闘争が継続しており、特に昨今、経済発展に伴って格差が拡大するにつれて、勢いを増している。一度に75名もの警察軍を殺害した事例もあり、2000年代半ばには、インド最大の安全保障問題とも言われた。

パンジャブ州の独立運動は、宗教の差と経済的格差両方を背景にした独立運動であった。もともとシーク教徒が多いパンジャブ州において、外から流入する豊かなヒンドゥー系の商人に州を乗っ取られるとの考えが広がり、結果、分離独立運動が始まった。活発なテロ活動が行われたが、1992年には沈静化した。

スリランカ介入は、インドがスリランカの内戦に介入して直面した問題である。だから主な戦場はスリランカ北部であったが、インド国内でもテロが起きた。インドがスリランカに介入した原因は、スリランカがアメリカに接近し、米海軍艦艇が頻繁にスリランカに寄港するようになって、インドの中央政府はそれをやめさせたかったことが一因である。そこで、インドの中央政府はスリランカにおけるタミル人武装勢力を支援すると同時に、スリランカ政府に対してタミル人武装勢力の武装解除を持ちかけ、インド軍を派遣した。結果、インドは、自ら武器を与えた武装勢力から武器を取り上げるという矛盾した任務に直面し、3年間の戦闘の後、撤退させられてしまったのである。タミル人武装勢力はその後、派遣を決定した当時の首相であるラジブ・ガンジー氏を自爆テロで暗殺するにいたった。

カシミールにける紛争は、1947年の印パ分離独立時以来、印パ間の流有権問題の焦点であった。しかし、1980年代末、選挙の不正を機に分離独立武装闘争が始まった。活動は、当初は地元民中心であったが、すぐ外部からの支援・人的流入が始まり、活動は活発なテロ活動を伴い、その行為も過激化していった。カシミールにおいては2001年をピークにして活発ではなくなりつつあるが、現在でも継続している。 また、カシミールでテロ活動が活発になったのと同時期に、イスラム過激派の活動は、インド全土でみられるようになった。2008年のムンバイ同時多発テロは、そのようなイスラム過激派の活動の例として代表的なものである。

インドはこのようなテロ活動を継続して経験してきたのである。

2.テロ問題の背景とその特徴

これらインドが経験してきたテロ活動には、少なくとも、五つの特徴がある。第一の特徴は、紛争原因に共通性があることだ。宗教や経済的格差を背景に政治に自分たちの声が反映されていない、という不満から武装闘争が始まっている。

二つ目は、アクターが多様なことである。例えばインド北東部の反乱では何十もの武装組織が様々な形でテロ活動を行っている。これは、この種の武装闘争は、少人数で若干の武器があれば可能なことに起因している。

三つ目の特徴は外部からの支援を受けていることだ。インドで活動を行う武装組織の多くは先進国や東南アジアなどの移民を通じた武器や資金密輸により、活動を継続している。また、インドに敵対する国家からの支援を受けているものとみられている。具体的には中国とパキスタンである。1970年代以降国際テロに注目が集まり、特に9.11以後は、安全保障問題の最重要課題になってきているが、このようなグローバル化したテロ問題は、インドにとってはいわば「伝統的」に取り組んできた問題である。

四つ目は、長期化しやすいことだ。インドが直面しているテロ活動にはすでに60年近く続いているものがある。これは上記三つの特徴と関連している。根本的な不満が解消されないと解決しないが、宗教的・経済的格差を是正するには時間がかかる。アクターが多様だと、ある武装勢力を鎮圧したり、和平を結んだとしても、他の組織は活動を継続する可能性がある。そして外部から支援を受けていると、インド政府の管轄外で、支援そのものに直接打撃を加えることが難しい。

五つ目の特徴は、長期化した結果、武装組織が犯罪組織化することである。例えば、インド北東部では、独立派武装勢力が麻薬や人身売買などの犯罪に手を染める例が少なくない。これは当初掲げた分離独立の熱狂が冷めるとともに、長期的に活動するための資金源も必要なことから起きているものと考えられる。

3.インドのテロ対策の発展

このような特徴を持つテロ問題に対応して、インドも対策を発展させてきた。大きく三つに分けると以下のようになる。

まず、政治的解決と武力による解決を巧みに組み合わせる手法の模索である。アクターが多いため、和平によって和解することも、武力によって壊滅させることは難しい。しかし多くの組織がいることは、一部組織と連携して他の組織を壊滅させることができることも意味する。しかも、これらの組織はもともと自国民の一部であるから、戦闘が終われば一緒に国民に戻る必要性もある。

そこでインド政府は、相手の組織を武力によって一挙に壊滅する方法ではなく、和平を結んだり、戦闘をしたり、「同盟」したりしながら、徐々に弱体化させる方法で、問題の解決を図る傾向が見て取れる。インド北東部の武装闘争や、毛沢東主義派との戦闘の際は、一部武装組織のメンバーが、和平により、議員としてインド政府の一部に加わっている。

次に、短期間で解決するという期待を抱かないことである。これは、特にパンジャブ州でのテロ問題に対処した際の教訓に由来するところが大きい。1984年パンジャブ州で独立を求めるテロ活動が始まり、テロリストがシーク教徒の聖地に立てこもった時、インド政府は陸軍を投入し、戦車を突入させて戦闘を展開、聖地を激しく損壊してしまった(ブルースター作戦)。結果として、テロ活動はより激しくなり、首相暗殺に至った経験がある。

その後、インド政府は方針を転換した。インド政府は住民が警察を信頼していないため、警察に通報しないという問題の解決を模索した。住民へのきめ細かなサービス、パトロールも車両から歩行に改めるなどの改革を行った。地元との癒着のある警察官だけでなく、全く関係ない地域から呼び寄せた警察官の活用方法なども検討した。そして陸軍では強力すぎるが、警察では弱すぎるため、その中間的な警察軍、準軍隊組織の立ち上げ、活用に着手した。こういった手法は、短期的には成果が見えがたいが、長期的に継続することで効果を上げていった。

三つ目は、外国からの支援の根絶だ。これには攻撃と防御両方の方法があり、積極的に軍を活用している。インド政府はパンジャブ州やカシミールにおけるパキスタンのテロ支援に対して、武力行使を何度も検討したことがある。1987年のブラスタクス演習や、1990年の核危機、2001年のインド国会襲撃事件に対する軍の大規模動員、2008年のムンバイ同時多発テロに対する空爆準備などはその一例である。1971年の第3次印パ戦争と、2003年のブータンにおけるブータン軍との共同軍事作戦は、実際に国外のテロ組織解決に従事し、一定の成果を上げた軍事作戦の例である。

防御作戦の例としては国境封鎖作戦がある。パンジャブ州でのテロ対策の例では、インド軍を主体とする国境封鎖作戦ラクシャクI,ラクシャク?作戦などが行われ、一定の効果を上げた。スリランカのタミル人組織への支援においても海軍、沿岸警備隊を通じた密輸阻止の作戦が行われた。こういった作戦は一定の効果を上げたものとみられている。

4.日印テロ対策連携

昨今、日本でもテロ対策への関心が高まり始めている。2015年に入ってフランスでの銃撃テロや、イスラム国による日本人人質事件が相次いだためだ。特に、日本人にとってなじみのない地域でのテロ活動にどう対処したらよいかを対応を迫られる事例である。

昨今のテロ活動の特徴は、テロリストの側がグローバルなネットワークを持っている点だ。このようなグローバルなネットワークに対応するには、対応する側もグローバルなネットワークを持つ必要がある。具体的には、テロ活動に対応する際の情報の共有や、武力による活動と和平、人心を得るための経済開発などは各国で役割分担する方法が必要とされよう。

日本とインドはすでに日印テロ協議、海上警備機関同士の連携も深まっているものの、より緊密に連携する余地がある。例えば人質救出や法人を避難させる際に、両国の軍や治安組織が役割分担をしながら、共同して対応できるならば、それが理想となろう。また、テロ予防のための経済開発においても、インドが現地のインド系のネットワークの情報を提供し、日本が技術を提供する形で共同作業することも考えられる。

日印の安全保障協力は進みつつあるが、ごく最近始まったばかりでもある。今後の潜在性が高いだけに、積極的に取り組む必要があろう。

    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
    • 長尾 賢

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