関山 健
伝統的安全保障分野では、中国の台頭が他国に不利益を与えるゼロサム・ゲームの状況と捉えられがちであるが、一方、経済分野においては、中国の台頭が日米を含む他国にとっても利益をもたらすポジティブサム・ゲームの状況となる余地が大きく、かつ現実にもそうした傾向が見られる。
日本と中国について言えば、両国の関係は民主党政権の下で尖閣諸島問題を巡って大きく悪化し、中国市場における日系企業のビジネスにも大きな影響を与えた。この日中関係を改善させられるかどうかは、安部内閣にとって重要課題の一つである。さらに、太平洋の反対側で再選を果たした米国オバマ大統領は、中国について「敵対者であり、ルールを守るなら国際社会の潜在的パートナーでもある」との認識を選挙中の公開討論で示していた *1 。
そもそも経済相互依存が国際協調を促進するという考えは古くから存在する *2 。通商による相互依存が深まるにつれ、衝突による通商の停止は高い費用を伴うことになるため、国家は衝突を回避する誘因を持つと考えられるからだ。
日米中関係においても、経済的相互依存の深化が三者間の政治や主権を巡る対立を鎮めてくれるなら、望ましいことだ。
鍵を握るのは、中国である。中国は、周辺諸国との間で経済相互依存を深めつつも、一方で対立も絶えない。南シナ海の領有権を巡ってベトナムやフィリピンとは緊張関係が続いており、日本との間でも尖閣諸島の領有権を巡って近年対立が深まっている。
経済的相互依存の深化は、日米中間の対立を鎮め、この三国関係の安定的発展に貢献するのであろうか? 中国は、経済的相互依存の維持を政治や主権が絡む問題よりも重視するのであろうか?
以下では、まず第1節で、経済的相互依存の観点から中国の当面の外交姿勢を筆者なりに予想する。結論から言えば、中国の外交姿勢に関する私の予想は、「対米協調、対日強硬」というものである。次に第2節では、そうした中国の外交姿勢が日米中関係に対して有する含意について考察する。もちろん、米中関係が安定することは、日本にとっても望ましい。しかし一方で、日中間に対立の火種が消えない限り、間に挟まれる米国は、常に、日中いずれの味方につくか、難しい選択を迫られることになるだろう。第3節では、本稿の結論をまとめる。日米中関係を、安定的で協力的な関係として発展させ、三国それぞれにとって利益あるものとするためには、日米中それぞれに慎重な対応が求められる。
1. 経済相互依存と中国の対外姿勢
そもそも日中間では、1972年の国交正常化の前から民間貿易が始まっていた。特に中国にとっては、1972年の国交正常化の時点で、日本は既に最大の貿易相手国であり、輸出の12%、輸入の22%を日本が占めていた *3 。まさに欠くべからざる経済パートナーだったと言える。
その後、この40年間で日本と中国は深い経済的相互依存関係を構築した。例えば、1991年から2011年までの20年間で、日中間の貿易は約6倍に拡大した *4 。ちなみに、この20年間で日米の貿易額は約20%減少している *5 。日本から中国への直接投資も、1991年には年間2.3億ドルであったが、2011年には年間126.5億ドルへと60倍になった *6 。経済的相互依存関係の深化に伴い、人の往来も増えた。日本から中国への年間渡航者は1980年には17万人であったが2010年には373万人となり、中国から日本への年間渡航者も1980年にはわずか2万人であったが2010年には141万人まで増加した *7 。
日中間では、これだけ経済相互依存が深まっていながら、しかし中国は、日本に対して、こうした経済相互依存を主権問題よりも重視するような姿勢は見せていない。では、経済相互依存は中国の強硬姿勢を抑止しないのか。この疑問に答えるためには、日中の経済的相互依存を二国間で見るのではなく、より広い視野から捉えて検討する必要がある。
この点、日中両国の貿易額に占める国別シェアの変化を見ると、実は、日中間の経済的結び付きが相対的に強くなってきているとは必ずしも言えないことを指摘できる。むしろ近年は、1972年当時と比べて、中国にとっての日本の経済的重要性が相対的に低下してきているとすら言える。
次の図は、1950年から2011年まで約60年間における中国の貿易に占める国・地域別シェアの推移をグラフにしたものである。
図から明らかなとおり、かつて中国にとって日本は、最大の貿易相手国だったが、1980年代後半以降、貿易パートナーとしての日本の重要性が年々低下してきている。2004年には、中国にとって最大の貿易相手国は日本からアメリカへと変わった。特に輸出相手として、日本は2009年にASEANに抜かれ、いまや第5位まで順位を落としている。また、輸入相手としても、2011年にはEUに抜かれ、2012年にはASENにも抜かれて、いまや第3位にとどまっている。
【出典】中国国家統計局『中国統計年鑑』1981-2012より筆者作成。
注)1990年以前、ドイツについては西ドイツの貿易シェアを計上。
1991年以前、ロシアについてはソ連の貿易シェアを計上。
一方、日本にとっては、中国の経済的重要性が近年飛躍的に高まっていることが、図2を見ると一目瞭然だ。日本にとって中国との貿易の重要性は90年代中頃から年々高まり、2007年にはアメリカも抜いて、中国が最大の貿易パートナーとなった。いまや日本にとって貿易総額の20 %を中国が占める。
胡錦濤前指導部の対日姿勢は2000年代中頃までは協調的であったが、2010年頃から非常に強硬な姿勢を見せてきた。これは、中国の国別貿易額シェアに占める日本の順位が相対的に低下してきたタイミングと、ちょうど重なる。
過去40年間の日中関係にあって、政府間関係の悪化が経済関係の発展に必ずしも大きな影響を与えることがなかった理由の一つは、日本政府も中国政府も、政府間関係の悪化を経済関係に影響させることを望まなかったからだと考えられる。戦後の日中間では、政府間では時に歴史認識を巡る問題などで度々衝突があったものの、経済関係は基本的に一貫した発展を続けてきた。2000年代に入ってからも、小泉政権時代に日中関係は「政冷経熱」と呼ばれたが、これも日中間では政府関係の良し悪しとはある程度独立して経済関係が発展してきたことを示す一事例と捉えることができる。
ところが、中国にとって経済パートナーとして日本の重要性が相対的に低下するにつれ、中国政府がそうした配慮をしなくなる可能性が高まってきた。実際、対日協調派の代表的存在と目されてきた温家宝首相すら、2012年の尖閣諸島国有化問題に際しては「釣魚島は中国固有の領土で、主権と領土問題では、中国政府と人民は半歩たりとも譲歩しない」と発言したほどである *8 。
【出典】1978年以前は総務省統計局『日本長期統計総覧』(原典:大蔵省『日本貿易月表』)、
1979年以降は財務省『貿易統計』を基に筆者作成。
注) 1990年以前、ドイツについては西ドイツの貿易シェアを計上。
さらに言えば、いまや中国が日本を必要とする以上に、日本が中国を必要としている状況であるとすれば、こうした非対称的な経済依存関係をテコにして政治目的を達成しようという誘因が中国側に芽生える可能性も否定できない *9 。実際、日中間では、2010年の尖閣沖漁船衝突事故に際して、中国が日本向けレアアースの輸出を制限したという報道があった *10 。また、今回の尖閣諸島国有化問題に際しても、中国の税関当局が日本からの輸入品に対する通関検査を遅延させるなどの措置を採ったとの報道があった *11 。
*1 米国大統領候補第3回公開討論会、2012年10月22日、米国フロリダ州。
*2 国際関係論における自由主義学派は、国家間の相互依存の深化が対立の危険を低下させると主張する。例えば、Bruce Russett and John Oneal, Triangulating Peace: Democracy, Interdependence, and International Organizations, New York, Norton, 2001を参照。
*3 中国国家統計局『中国統計年鑑』1981年版。
*4 日本円での計算による。財務省Trade Statistics of Japan。
*5 Ibid。
*6 日本貿易振興機構(JETRO), Japan's Outward and Inward Foreign Direct Investment。
*7 国際観光振興機構(JNTO), Visitor Arrivals and Japanese Overseas Travelers。
*8 新華網2012年9月11日、 http://jp.xinhuanet.com/2012-09/11/c_131841961.htm より2012年12月6日DL。
*9 ロバート・ギルピンによれば、貿易依存度の不均衡は、しばしば対外的な政治操作の手段として利用される。See Robert Gilpin, The Political Economy of International Relations, Princeton University Press, 1987.
*10 例えば、“China lifts rare earth export ban to Japan: trader,” Reuters, September 29, 2010。
*11 例えば、読売新聞「中国、日本製品検査強化 尖閣報復措置か」2012年9月21日夕刊、朝日新聞「日本製品の税関検査強化 中国・天津 経済制裁の動きか」2012年9月21日朝刊、産経新聞「中国、日系企業の通関厳格化」2012年9月21日朝刊など。