鶴岡路人
研究員
EUからの離脱(Brexit)をめぐる英国政治は、さらに迷走を続けている。3月12日、13日、14日にそれぞれ行われた離脱協定・「合意なき離脱」・離脱延期についての採決を経ても、Brexitの行方はまだ定まらない。EUとの離脱協定はいまだに承認されず、離脱期日の延期が濃厚になっている。
「Brexitカウントダウン」第3回となる今回は、3月12日からの一連の採決を受けた状況の構図を、英国側とともにEU側の見方を合わせて改めて整理し、Brexitの行方を考えることにしたい。
離脱協定2度目の否決から「合意なき離脱」回避へ
まず、3月12日の採決は、EUとの間で合意された離脱協定(Withdrawal Agreement)の可否に関するものであり、同協定は否決された。これは、2019年1月に次ぐ2度目の「意味ある投票(meaningful vote: MV)」であり、再度の否決となった。EU離脱をめぐっては当初から、政府(内閣)と議会の権限範囲について綱引きがあった。その結果、メイ政権は、離脱条件に関するEUとの交渉が妥結した後、修正の余地がなくなったような段階で事実上の事後承諾を議会に求めるのではなく、否決を含めて結果に影響力を行使する機会を議会に保証していた。これが「意味ある投票」と呼ばれるものである。
2回目となった今回の「意味ある投票」でも離脱協定は否決されたが、票差は149票だった。2019年1月の際の230票差での否決に比べれば、票差が縮まった。約40名が反対から賛成に立場を変えたのである。それでも、政府提案がこれだけの大差で敗北するのが異常事態であることに変わりはない。今回、与党保守党からの造反は75票だった。メイ政権にとっての主要な敵が、野党よりもまずは保守党内にあるとの構図は不変である。
これを受けて翌3月13日の採決では、「合意なき離脱」が否定された。321対278だった。「合意なき離脱」に同意しないとの文言だったため、「合意なき離脱」に反対する議員が動議に賛成をすることになり、この多くは野党労働党だった。保守党は自由投票の予定だったが、結局党としては反対することに決し、17票の造反が出た。当初政府が提出した動議は、3月29日の「合意なき離脱」を否定するのみだったが、「いかなる時点でも」とする修正動議が僅差ながら可決された。その結果、離脱期日が延期になった後でも「合意なき離脱」をしないことが議会の意思として示される格好になった。
ただし、これは法的拘束力のない決議であり、メイ首相が強調するように現状の法的な既定路線(default)は3月29日の離脱である。これはEU(離脱)法(European Union (Withdrawal) Act of 2018)に「離脱日(exit day)」として規定されており、これが改正されない限り自動的に「合意なき離脱」になってしまう。この点は注意が必要である。そのために、3月13日の採決にかかわらず、「合意なき離脱」の可能性は現実に残っている。
離脱期日延期へ
そして離脱期日の延期をめぐる3月14日の採決である。これがどのような文言になるかについて、事前にはあまり明確なイメージが共有されていなかったが、メイ政権の提案した動議は以下のようなものだった。すなわち、EUに対して離脱期日の延期を要請するにあたり、「3月20日までに離脱協定が可決されていれば6月末までの短期延期」だが、「3月20日までに離脱協定が可決されていない場合は、それ以上の大幅延期」が必要であり、しかも後者の場合には、延期の「明確な目的」が問われる他、6月末を超えて延期する場合には5月に欧州議会選挙を実施する必要が生じる。これは、ある意味不意打ちだったといってよい。特に後段からは、大幅延期へのハードルをあえて高くする政府の意図が強く窺われる。結局この動議は412対202の大差で可決されたが、反対票のほとんどは保守党議員だった。
この動議で注目されることは、現行の離脱協定が可決されないままでの小幅延期の可能性が排除された点である。小幅延期は、あくまでも離脱協定が可決されたうえで、その実施のために必要な立法措置を進めるために必要な技術的な時間の確保のためとされたのである。そして、3月20日までの現行の離脱協定に関する3回目の「意味のある投票」の実施方針が示されたということでもある。
この背景には、このまま数ヶ月延期しても、何も決められないという現状がただ続くだけであり、それでは何の問題も解決せず、意味がないとのメイ政権の強い危機感が存在する。そしてメイ首相は、3月21日から始まる欧州理事会を前に、再度の賭けに出ることになった。
「3度目の正直」への賭け――強硬離脱派への脅し
大差ですでに2度否決されたものを、3度目で可決に持ち込むことは、Brexitでなくても極めて困難な課題であろう。しかも、2019年1月の否決後は、議会の意思に基づくとして、英国はEUとの再交渉に臨み、EU側もそれに応じた。最終的にはメイ首相が3月11日の深夜に仏ストラスブールに出向き、ユンカー欧州委員長との間で、離脱協定に関するものを含むEU・英国共同文書に合意したのである。
しかし、3月12日の否決から、次の採決までの間にEU側からさらに新しい譲歩を勝ち取れる可能性はほぼゼロである。「可能なことはすでに全て行った」というのがユンカー委員長やバルニエEU主席交渉官の立場である。そのため、「3度目の正直」を実現するためには、EUとの関係ではなく、英国国内の政治力学のなかで何をどう変えられるかが焦点になる。
「Brexitカウントダウン(2)」で議論したように、強硬離脱派の選好は、「合意なき離脱」>「現行合意」>「離脱延期」>「残留」である。これは変わっていない。現段階のメイ首相の戦術は、まず「合意なき離脱」という選択肢を排除したうえで、現行協定に賛成しなければ大幅な期日延期になり、それは残留の可能性を伴うものであることを、いわば脅しとして使い、強硬離脱派による現行協定への賛成を促そうというものである。首相および側近は、この切り崩し工作に力を入れていると報じられている。ここで鍵を握るのは、「合意なき離脱」実現の可能性が本当にゼロなのか、という点である。というのも、強硬離脱派(のなかでもさらに強硬派)にとって、現行合意が望ましくない以上、少しでも可能性が残っているのであれば「合意なき離脱」の追求を諦めたくないと考えたとして不思議ではない。
そうした説得工作において再び注目されるのは、コックス法務長官の見解である。3月11日のEUとの合意を受けて、12日朝に公表された「法的意見(Legal Opinion)」のなかでコックス長官は、焦点となっていたアイルランド国境に関する「安全策(バックストップ)」が英国の意思に反して永遠に続いてしまうリスクは軽減されたものの、法的な状況は「何も変わっていない(remains unchanged)」であると述べた。これが、強硬離脱派の協定賛成へのハードルを上げたとみられている。法的な解釈はそのとおりであり、コックス長官は、閣僚・政治家としての立場ではなく、法律家・弁護士としての立場を維持したのだといわれた。
第3回採決に向けて、EU側との新たな合意がない限り、法的な評価が変更される余地はない。しかし、法務長官が何らかの文書を出し、そのなかで、「安全策」への懸念が少しでも和らげられるようなことになれば、強硬離脱派のなかからも離脱協定への賛成が増えると見込まれている。強硬離脱派のなかでも最強硬派以外は、現在の反対から「降りるための梯子を探している」のも現実だからである。
「3度目の正直」へのぎりぎりの票読み
従来メイ政権は、強硬離脱派への働きかけとともに、労働党を含む穏健派(ソフト離脱派)に対しては、現行協定が承認されなければ「合意なき離脱」になってしまうというロジックを使って賛成を呼びかけてきた。それでも、3月12日の採決で現行合意に賛成票を投じた労働党議員は3名にとどまった。延期、なかでもさらに大幅な延期が現実的な選択肢にのぼった以上、この方面での説得工作はもはや機能し得ない。しかし労働党のなかには、EU離脱を強く支持する住民が多数を占める選挙区出身の議員も少なくない。3回目の採決に向けて、メイ政権の閣僚等が彼らへの働きかけを強化しているとされ、場合によっては、何らかの交換条件で一部労働党議員が賛成にまわるとの期待もある。労働党からの賛成を一定数確保できれば、保守党からの造反を相殺することが可能になる。
その場合に、どうしても翻意させなければならないのは、少数与党である保守党を閣外で支える北アイルランドの地域保守政党である民主統一党(DUP)の10票である。これに関しては、メイ政権が全力の説得工作を続けているようであり、北アイルランド向けの予算の確保のような議論も含まれているといわれる。DUPが離脱協定への反対方針を撤回すれば、保守党の強硬離脱派も協定支持にまわりやすくなるとの声もある。
現行合意に賛成しなければBrexit自体が無くなってしまうとの議論は、残り時間が少なくなるなかでは力を増す可能性が高く、第3回の採決を行えば、第1回、第2回に比べて現行合意への賛成が増える可能性は高い。しかし、差が縮まるだけでは最終的には無意味であり、過半数の獲得が必要になる。その道のりがいまだに険しいものであることは否定できない。
その観点でも、メイ政権の一体性が完全に崩壊していることはプラス材料になりようがない。3月12、13、14日の採決では、メイ首相の方針に反する投票を行う閣僚が相次いだが処分は見送られた。メイ政権には、閣僚の大量辞任を耐える体力が残っていないのである。それでも明確な後継候補を欠いているために、結果として「メイ下ろし」が顕在化せず、政権が続いているというのが実態である。
小幅延期vs大幅延期――英国の視点、EUの視点
メイ政権が、離脱協定の承認ができた場合にのみ小幅延期を求め、承認できないままの場合は大幅延期であるとした背景については、2点指摘できる。第1は、長期にわたる延期、すなわちBrexit自体が実現しなくなること(「no Brexit at all」)をほのめかすことで、強硬離脱派に圧力をかけることである。最終的に総選挙や再度の国民投票を経て、Brexitが撤回されてしまう可能性よりは、たとえ不満があったとしても現行合意の方がマシであろうとのロジックに基づいている。
第2にEU側から聞こえてくる声がある。離脱期日の延期にはEU27カ国の合意が必要であり、EU側の考え方を英国としても踏まえなければならないのが現実である。これまでの離脱交渉を経て、EU側には「Brexit疲れ」のような認識が広まっており、これ以上の議論に付き合わされたくないというのが本音である。
そのため、数ヶ月延期したところで何も解決しないのではないかとの、いわば突き放したような見方が根強い。他方で、総選挙や再度の国民投票の実施により、EUからの離脱という方針自体に変更が生じるような可能性があるのであれば認めるという声が、欧州のさまざまな指導者から聞こえている。メイ政権としても、そうしたEU側の状況を無視できなかったのであろう。上述の3月14日の政府提出動議は、まさにそうしたEU側の見方ときれいに一致している。
英国の離脱期日延期に関しては、EU側でも具体的な検討が進められている。現時点での最も重要な結論は、7月2日の新たな欧州議会が招集される日に英国がEU加盟国である以上は、5月23-26日の欧州議会議員選挙を実施する義務があるということである。つまり欧州議会議員選挙を実施しないのであれば7月1日が離脱の期限となる。欧州議会議員選挙の実施は、メイ政権を含めた離脱派の多くにとっては極めてハードルが高い。ただし、離脱予定国である英国の欧州議会議員選挙実施義務についての法的解釈が一致しているわけはない。現在の英国選出議員が暫定的に務めることなど、離脱協定や離脱に関する枠組みのなかで詳細を決めることができるとの解釈もある。そうであれば最後は政治判断が問われる。
いずれにしても、3月21-22日の欧州理事会までに離脱協定が英議会で可決される見通しはまだ立っていない。可決の可能性がなくても採決を強行するのか、それとも可決が濃厚となるまで採決を待つのかは高度な政治判断になる。ハモンド財務相は、3月17日のBBCテレビ番組への出演で、可決の確信があるときにのみ採決にかけるとし、さらに、EUとの間で大幅な延期で合意してもそれは「最長期限」であり、離脱協定が承認され次第前倒しで離脱すればよいとの考えを示した。特に後段の点について、EU側の考え方と整合的であるかについては疑問があり、欧州理事会で英国に対する何らかの「条件」が議論されることが想定される。
しかしメイ政権としては、たとえ欧州理事会までに離脱協定を可決できなくても、その直後などに――3回目ないし4回目で――可決できれば、例えば6月末までの小幅延期で済ませられる可能性を残しておきたいということなのだろう。ただし、欧州議会議員選挙の実施には一定の準備と調整が必要であり、これに関する最終決断が必要になるタイミングが、離脱協定の議会での可決の最終的な期限になるのだろう。
再度の国民投票は問題を解決するのか
実際にもし大幅延期となった場合、メイ首相の辞任、さらには総選挙の実施という展開になる可能性がある他、やはり再度の国民投票が不可避になるという状況も十分に考えられる。しかし、保守党と労働党という政党の枠組みが変わらない限り、EUからの離脱問題が、総選挙の実施によって解決するとはにわかに信じられない。というのもこの問題に関しては、保守・労働両党がそれぞれ内部で完全に分裂状態だからである。
さらに、再度の国民投票も、「議会が決められないのであれば、国民に委ねるべき」といった原理原則論を超えて具体論の段階に入ったときに、設問をどうするのかという難題に直面する。「離脱」対「残留(離脱意思の撤回)」という2016年6月と同じ問いを立てるのか。そうでないとすれば、「現行合意」、「合意なき離脱」などの選択肢を入れるのか。その場合には選択肢が2つより多くならざるを得ない可能性が高い。しかしそれでは過半数を獲得する選択肢は出ないだろう。
さらに、国民投票が2度あり得るとすれば、3度目がない保証もなくなる。つまり、離脱派も残留派も、自らの望む結果が出るまで国民投票の実施を求め、望む結果が出た方はそれが最終的な国民の判断だと主張することが避けられないだろう。そうすれば、最悪の場合、常に国民投票を求める声にさらされ、EUとの関係をめぐる議論が際限なく続いてゆく可能性がある。それでは、離脱期日をいくら延期しても際限ない。
EU側にとってそのような状況の出現は悪夢であろう。そのため、英国の離脱を悔やむ立場からも、「ここまで来てしまった以上は、とりあえず今回は離脱した方が双方のためだ」との見方がEU内で広まっているのである。
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