中央大学 法学部非常勤講師
西住祐亮
性的少数者(LGBT)の権利をめぐる共和党と民主党の対立は、人工妊娠中絶の議論と並んで、アメリカ国内の社会・文化的な分断を象徴するものとされてきた。しかし性的少数者の中でも、同性愛者の問題に注目すると、同性愛者の軍への入隊が公然と認められたり(2011年)、同性婚がすべての州で合法化されたりするなど(2015年)、権利推進を目指す民主党の側が、この問題では勢いを増しているようにも見受けられる。
こうしたアメリカ国内の変化を背景に、近年では、外交政策の分野でも、性的少数者の問題を取り上げる動きが少しずつ増えている。民主党では、海外の性的少数者にも関心を向け、深刻な差別や人権侵害が報告される外国政府に対しては、何らかの行動をとるべきとの声も強まっている。
他方、共和党では、概してこうした声は少数である。とりわけ2017年1月に発足したトランプ政権(共和党)は、海外の性的少数者の問題を優先課題とは捉えておらず、民主党の側からは、この分野における「後退」を危惧する声も上がっている。
この論考では、この問題に関するトランプ政権発足後の状況について概観する。前半ではトランプ政権の取り組みを、後半では連邦議会の動きを紹介する。
トランプ政権の取り組み
トランプ大統領の「アメリカ第一」の外交論が、共和党主流派の外交論と大きく異なるものであることもあり、トランプ政権の外交政策では、大統領本人の姿勢と政権幹部の動きが噛み合わない場面が多々見られる。足並みの乱れが顕在化しやすいこうしたトランプ政権の体質については、「二元的大統領制(two-track presidency)」などの指摘も示されるようになっている[1]。
しかし海外の性的少数者の問題については、この問題を優先課題としない姿勢が、トランプ大統領と政権幹部の間でかなり共有されている。まずトランプ大統領については、性的少数者の問題に限らず、そもそも海外の人権問題に対する関心が低く、民主化の促進や「価値の普及」にも消極的であると見られる。他方、政権幹部については、トランプ大統領ほど人権問題に無関心とは言えないが、性的少数者の問題については、伝統的な価値観の立場から、権利の保護や促進に積極的でない。
こうした足並みの一致を背景に、トランプ政権は、性的少数者の問題を優先課題から除外するような取り組みを、着実に幾つか進めている。第一に、2019年の「プライド月間」(毎年6月)では、レインボーフラッグ(性的少数者の尊厳を象徴する旗)の掲揚許可を求める世界各国のアメリカ大使館に対して、ポンペオ(Mike Pompeo)国務長官が許可を出さなかったとされることが注目を集めた。ただしこれについては、国務長官の方針が国務省全体に浸透したわけではなく、複数の大使館(韓国やインドなど)が、他の方法で性的少数者への支持を表明(横断幕やライトアップ)するなど、こうした方針に反発する動きも顕在化した[2]。
第二に注目すべきは、ポンペオ国務長官の主導の下、「不可侵の権利に関する委員会(Commission on Unalienable Rights)」が設置されたことである。この動きは、アメリカ外交における「人権」の概念があまりにも拡大し、ぼやけたものになってしまったとの認識に立つもので、ポンペオ国務長官は、本来守るべき「人権」について、今一度、再検討すべき時期に差しかかっているとの主張を、委員会設置を公表する場で示した(2019年7月)[3]。他方、民主党の側では、この動きが「守るべき人権」から性的少数者の権利や女性の権利を除外することになるのではとの懸念が強い[4]。上院では、22名の民主党議員が、委員会の設置に反対する書簡をポンペオ国務長官に提出する動きも見せており、この中にはサンダース(Bernie Sanders)氏、ウォーレン(Elizabeth Warren)氏、ハリス(Kamala Harris)氏など、2020年大統領選挙に出馬する者も多く含まれている[5]。
第三に注目すべきは、国務省人事の動きである。トランプ政権発足後の国務省で空席ポストが目立つことはよく知られているが、民主主義・人権・労働の問題を担当する国務次官補ポストも、長らく空席の状態が続いている。この空席状況については、「価値の普及」に関するトランプ政権の消極姿勢を象徴するものであるとして、民主党だけでなく、共和党の中からも懸念する声が上がっている。こうした中、トランプ大統領は、アメリカ・カトリック大学(Catholic University of America)のロバート・デストロ(Robert Destro)氏を同ポストに指名することを表明し(2018年6月)[6]、その後、連邦議会の上院で指名承認公聴会も開催された(2019年3月)。しかし指名承認公聴会では、デストロ氏の保守的な立場や、性的少数者の権利に関する過去の言動を問題視する声が、メネンデス(Robert Menendez)上院議員(民主党、ニュージャージー州)など、民主党議員から相次いだ[7]。デストロ氏の指名承認に向けた動きも、その後は進んでおらず、同ポストの空席状況が続いている(2019年8月現在)[8]。
加えて、トランプ政権の「国家安全保障戦略(NSS)」(2017年12月公表)では、性的少数者の権利に関する言及が見当たらない。「国家安全保障戦略」で性的少数者の問題を明記したのは、オバマ前政権(民主党)が初めて(2015年2月公表)であったが、民主党の側からすると、こうした前政権からの変化も、不満を感じる部分になるであろう。
トランプ政権の以上の取り組みについては、世界の性的少数者を支持するアメリカの役割を放棄するものであるとして、民主党支持勢力が批判の声を強めている[9]。しかし共和党の側の反応は異なる。民主党政権の下、人権の概念が拡大・変容してきたとの不満は、共和党の中でかねてより強かった。性的少数者の権利についても、アメリカ国内でコンセンサスが十分に確立されていない状態で、海外の問題に目を向けることを疑問視する見方があった[10]。こうした事情を背景に、共和党の側では、むしろトランプ政権の取り組みを支持する声が目立つ[11]。
連邦議会の動き
以上のトランプ政権の取り組みを受け、連邦議会では民主党議員が反発を強め、海外の性的少数者への支持をむしろ強化するような動きも見せている。また、限定的ではあるが、共和党議員の間でも、こうした民主党議員に同調する動きが見られる。
例えば、2019年6月には、性的少数者の権利を侵害した海外の主体に対するアメリカの制裁を規定した「グローバル尊厳法案」が、民主党議員により、上下両院で提出された[12]。この法案については、過去に同名の法案が提出され、議会期の終了とともに廃案となることが三度あったが(2014年、2015年、2017年に提出)、性的少数者の人権問題に特化した制裁案として、一定の注目を集めている。
また、トランプ政権発足後の具体的な懸案事項としては、ロシア・チェチェン共和国で性的少数者への迫害が報告される問題(2017年4月にロシア紙が初めて迫害を報じた)に注意が向けられた。この問題に対して、アメリカ連邦議会の上下両院では、共和党議員が関連する決議案を提出した。この決議案は、①迫害の即時停止を、チェチェン共和国の指導者に、②人権の保護と、この問題に関する徹底した調査を、ロシア連邦政府に、③迫害に対する非難と、迫害に関わった主体への制裁を、アメリカ政府に、それぞれ呼びかけるものであった。最終的に、上院の決議案は46名(民主党32名、共和党13名、無所属1名)、下院の決議案は85名(民主党65名、共和党20名)の共同提出者を集め、それぞれ成立に至った[13]。他方、このチェチェンの問題について、トランプ政権は一部の幹部を除いて、公の場で非難することを控えている[14]。ただ制裁については、その後、チェチェンの迫害に関わったとされる主体が、アメリカの制裁対象に加えられることになった(2017年12月と2019年5月)[15]。
さらに、2019年3月には、東南アジアのブルネイの動きに注意が向けられた。ブルネイでは、同性愛行為への厳罰を規定した新刑法を施行する方針が、政府によって発表され、これが国際人権団体などからの強い反発を招くことになった。アメリカ連邦議会でも、何人かの民主党議員が、こうしたブルネイ政府の動きに強く反発している。例えば、下院ではオマル(Ilhan Omar)議員(ミネソタ第5選挙区)が、この問題に関する対ブルネイ制裁を規定した「ブルネイ人権法案」を提出し[16]、上院ではダービン(Richard Durbin)議員(イリノイ州)が、施行方針の撤回をブルネイ政府に求める決議案を提出した[17]。しかし、共同提出者については、前者が15名(すべて民主党)、後者が14名(民主党10名、共和党3名、無所属1名)であり、チェチェンの事例と比べると、党派的な偏りが目立つ結果となった(ただし後者は2019年7月に成立した)。また、この問題に対するトランプ政権の反応は総じて鈍く[18]、トランプ大統領やペンス(Mike Pence)副大統領による批判も今のところない。
党派対立の新たな争点になるか
海外の性的少数者の問題について、アメリカでは、権利の保護・促進に積極的な民主党と、「沈黙」する共和党という対立図式ができつつあるように見受けられる。アメリカ国内の性的少数者の権利をめぐって、民主党と共和党は、この先も様々な案件(トランスジェンダーの軍への入隊問題など)で対立を続けていくものと見られるが、これと同時並行的に、両者は海外の問題をめぐっても、対立を強めることになるであろう。
しかし注意すべき点も幾つかある。まず民主党については、アメリカ国内の人権促進に取り組む一方、海外の状況には目をつぶる、いわゆる「二重基準」の問題が指摘されることもある。例えば、オバマ前政権も、既に問題化しつつあったブルネイの問題については、同国も参加する環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉を優先させ、ブルネイ政府への批判を極力控えたとされる[19]。
他方、共和党については、逆の意味での「二重基準」が問題になるかもしれない。たとえ性的少数者の権利促進に積極的でないにせよ、いわば「戦略上のカード」として、共和党がこの問題を、アメリカと緊張関係にある国々に対して突きつける。チェチェンの例は、こうした可能性があることを、示唆するものであるとも言えるだろう。
加えて、そもそも性的少数者の権利についての姿勢は、共和党支持者の間でも変化の兆しが見られる。中でも、同性婚の是非については、共和党支持者の間でも、支持する見方がここ20年で大きく増えている[20]。こうした一定の変化が、海外の性的少数者に対する共和党の見方も、ゆくゆく変えることになるかもしれない。
これらの点を踏まえると、海外の問題については、かつての国内の問題ほど、党派対立の図式がはっきりとしない可能性もある。
[1] 久保文明「アメリカ政治における連続と変化:トランプ政権の影響を読み解く」『変わるアメリカ、変わらないアメリカ:アメリカ政治の底流とトランプ政権』21世紀政策研究所, 2019年5月, 2-3頁 <http://www.21ppi.org/pdf/thesis/190531_2.pdf>
[2] Ernest Londono, “Pride Flags and Foreign Policy: U.S. Diplomats See Shift on Gay Rights,” The New York Times, June 6, 2019. <https://www.nytimes.com/2019/06/09/world/amhttps://www.france24.com/en/20190611-pompeo-restricts-gay-pride-flags-embassies-us-confirmsericas/pride-flags-us-embassies.html>; “Pompeo Restricts Gay Pride Flags at Embassies, US Confirms,” France 24, June 11, 2019. <https://www.france24.com/en/20190611-pompeo-restricts-gay-pride-flags-embassies-us-confirms> など。
[3] “Secretary of State Michael R. Pompeo Remarks to the Press,” U.S. Department of State, July 8, 2019. <https://www.state.gov/secretary-of-state-michael-r-pompeo-remarks-to-the-press-3/>
[4] 三牧聖子「人権、米中対立の影」朝日新聞, 2019年6月27日<https://digital.asahi.com/articles/DA3S14071673.html>; Nicole Gaouette, “Pompeo Unveils Human Rights Commission, Critics Suggest It May Roll Back Protections,” CNN Politics, July 9, 2019. <https://edition.cnn.com/2019/07/08/politics/pompeo-unalienable-rights-commission/index.html> などを参照。
[5] Maya King, “Human Rights Advocates, Top Democrats, Sign Letter Condemning Pompeo’s Commission on Unalienable Rights,” Politico, July 23, 2019. <https://www.politico.com/story/2019/07/23/human-rights-advocates-mike-pompeo-commission-1427400>
[6] “Robert Destro to Be Nominated for Significant State Department Position,” The Catholic University of America, June 21, 2018. <https://communications.catholic.edu/news/2018/06/destro-appointment.html>
[7] “Nominations,” Hearing before the Committee on Foreign Relations, Senate, 116th Congress, 1st Session, March 27, 2019. <https://www.foreign.senate.gov/hearings/nominations-032719>
[8] 加えて、オバマ政権が2015年2月に新設した「性的少数者の人権に関する特使(Special Envoy for the Human Rights of LGBTI Persons)」のポストについても、トランプ政権発足以降は空席状況が続いている。
[9] 例えば、性的少数者の問題を専門とする人権団体のヒューマン・ライツ・キャンペーン(Human Rights Campaign)は、「不可侵の権利に関する委員会」や、レインボーフラッグの掲揚不許可などを、トランプ政権の「役割放棄」を象徴するものであるとして批判をしている。Jeremy Kadden, “Six Signs the Trump-Pence Administration is Abandoning LGBTQ Human Rights Abroad,” Human Rights Campaign, July 10, 2019. <https://www.hrc.org/blog/six-signs-the-trump-pence-administration-is-abandoning-lgbtq-human-rights>
[10] Thomas Farr, “Unalienable Rights and Foreign Policy,” First Thing, July 9, 2019. <https://www.firstthings.com/web-exclusives/2019/07/unalienable-rights-and-foreign-policy>
[11] John Hagee, “Trump’s Commission on Unalienable Rights Should Be Lauded, Not Condemned,” Fox News, August 1, 2019. <https://www.foxnews.com/opinion/trumps-commission-on-unalienable-rights-should-be-lauded-not-condemned> など。
[12] “S.1825: Global Respect Act of 2019,” Congress.gov <https://www.congress.gov/bill/116th-congress/senate-bill/1825>; “H.R.3252: Global Respect Act,” Congress.gov <https://www.congress.gov/bill/116th-congress/house-bill/3252> 上院の法案の提出者はシャヒーン(Jeanne Shaheen)上院議員(民主党、ニューハンプシャー州)、下院の法案の提出者はシシライン(David Cicilline)下院議員(民主党、ロードアイランド第1選挙区)である。上院の法案は8名(民主党5名、共和党3名)、下院の法案は62名(民主党61名、共和党1名)の共同提出者を集めている(2019年8月現在)。
[13] “S.Res.211: A Resolution Condemning the Violence and Persecution in Chechnya,” Congress.gov <https://www.congress.gov/bill/115th-congress/senate-resolution/211>; “H.Res.351: Condemning the Violence and Persecution in Chechnya,” Congress.gov <https://www.congress.gov/bill/115th-congress/house-resolution/351> 上院の決議案の提出者はトゥーミー(Pat Toomey)上院議員(共和党、ペンシルベニア州)、下院の決議案の提出者はロス・レイティネン(Ileana Ros-Lehtinen)下院議員(共和党、フロリダ第27選挙区)であった。なお、上院の決議案の共同提出者には、サンダース氏、ウォーレン氏、ハリス氏など、2020年大統領選挙に出馬する者も多く含まれた。
[14] “U.S. Congress Unanimously Condemns Anti-LGBTQ Violence in Chechnya While Donald Trump Remains Silent,” Human Rights Campaign, October 31, 2017. <https://www.hrc.org/blog/the-us-congress-unanimously-condemns-anti-lgbtq-violence-in-chechnya-trump>; “Trump-Pence Admin Refuses to Join Call for Investigation Into Anti-LGBTQ Violence in Chechnya,” Human Rights Campaign, March 20, 2019. <https://www.hrc.org/blog/trump-pence-admin-refuses-to-join-call-for-investigation-in-chechnya> など。なお、声を上げた政権幹部としては、ヘイリー(Nikki Haley)国連大使(当時)が挙げられる。
[15] Brooke Sopelsa, “U.S. Slaps Chechen Leaders with Sanctions over Human Rights Abuses,” NBC News, December 21, 2017. <https://www.nbcnews.com/feature/nbc-out/u-s-slaps-chechen-leaders-sanctions-over-human-rights-abuses-n831546>; David Brunnstrom, “U.S. Places Sanctions on Chechen Group, Russians, Suspected of Human Rights Abuses,” Reuters, May 17, 2019. <https://www.reuters.com/article/us-usa-russia-sanctions/us-places-sanctions-on-chechen-group-russians-suspected-of-human-rights-abuses-idUSKCN1SM295>
[16] “H.R.2561: Brunei Human Rights Act,” Congress.gov <https://www.congress.gov/bill/116th-congress/house-bill/2561?q=%7B%22search%22%3A%5B%22brunei+human+rights%22%5D%7D&s=1&r=2>
[17] “S.Res.198: A Resolution Condemning Brunei’s Dramatic Human Rights Backsliding,” Congress.gov <https://www.congress.gov/bill/116th-congress/senate-resolution/198?q=%7B%22search%22%3A%5B%22brunei%22%5D%7D&s=2&r=1>
[18] Chad Griffin, “The Trump Administration’s Silence on LGBTQ Right is Unconscionable,” The Washington Post, April 10, 2019. <https://www.washingtonpost.com/opinions/2019/04/10/trump-administrations-silence-lgbtq-rights-is-unconscionable/> など。
[19] Patrick Goodenough, “Biden Swipes Trump over Brunei LGBT Abuses, But Obama Administration Embraced the Sultanate,” CNS News, June 3, 2019. <https://www.cnsnews.com/print/2146335>; Michelangelo Signorile, “Brunei’s Sharia Law Will Be Rewarded by Obama’s First-Track Trade Deal,” HuffPost, May 7, 2014. <https://www.huffpost.com/entry/bruneis-sharia-law-will-be-rewarded-by-obamas-fast-track-trade-deal_b_5277637> など。
[20] Justin McCarthy, “Two in Three Americans Support Same-Sex Marriage,” Gallup, May 23, 2018. <https://news.gallup.com/poll/234866/two-three-americans-support-sex-marriage.aspx>