国民年金はなぜ廃止するべきか
少子・高齢化が進む一方、給与収入の高い伸びも期待できないことは、今から30年以上も前のバブル経済がはじけた1990年代には明らかであった。それにもかかわらず日本の年金の問題は、改革が後手に回ってきたことである。公的年金では、増大する給付を保険料負担に見合った水準に引き下げるマクロ経済スライドが、2004年に導入されたが、その名の通り、公的年金財政のマクロ的な財政調整で終わっている。
日本の公的年金が国民全体に行き渡ったのは、1960年代に入ってからである。この時、それ以前からあった被用者保険や公務員の恩給制度に加えて、国民年金制度が導入され、自営業者にも老後の所得保障が実現した。この当時の自営業者とは小商店の経営者や農民であった。零細で所得捕捉も困難なこれらの人々に対して、執行可能な簡素な年金制度を導入しようとした当時の事情は、よく理解できる。しかし、驚くべきことは、その後現在に至っても、国民年金と(厚生年金制度に統一された)被用者年金に二分された制度が続いていることである。
時代は大きく変わった。現在、自営業者の年金である国民年金の加入者(第1号被保険者)の多くは、小商店の事業主に代わって、パートタイムの給与所得者であったり、契約労働者・職員である。隣同士の机や場所で働いていても、フルタイムの被用者でなければ、働き方が違うことが原因で厚生年金への加入が認められない。これを雇用主のサイドからみれば、フルタイムの被用者でなければ、年金保険料の負担をしないで済む。働き方の多様化が進む中で、国民年金と厚生年金に二分した仕組みは行き詰っている。
国民年金の問題はそれだけではない。零細でかつ所得捕捉も困難な自営業者の老後所得保障という発足当時の制度の目的を反映して、保険料は定額となっている。現在では、保険料の月額は16,410円であり、20歳から60歳までの40年間の全期間保険料を支払った場合の満額の給付月額は、6.5万円(年額ほぼ78万円)である。老後の所得保障とは到底言えない額であり、若い時から自発的に老後の備えが必要である。
さらに、大きな問題が続く。国民年金の給付の仕組みは、定額部分と報酬比例部分からなる厚生年金の定額部分と同じで、この部分は基礎年金と呼ばれている。マクロ経済スライドによって基礎年金、報酬比例年金ともに給付額がカットされる。しかし、ここで重要なことは、基礎年金のカット率が報酬比例部分より大きいことである。基礎年金のマクロ経済スライドは国民年金のバランスシートをもとに行われ、その結果に基づいて厚生年金の報酬比例部分の調整が行われる。その結果、財政力が脆弱な国民年金から決定される基礎年金の給付カット率のほうが、報酬比例部分より大きくなるのである。(小黒、2019)[1]
このように国民年金は、働き方が多様化しているなかで、フルタイムの雇用形態以外で働く多くの人々の公的な老後所得保障を基礎年金に閉じ込めている。そして、マクロ経済スライドによって給付額は、報酬比例分より大きくカットされることになっている。公的年金に必要な改革とは、時代に取り残され、給付面でも不十分な国民年金を廃止し、厚生年金の一元化を実現することである。
田近・相川(2020)[2]では、多様化した働き方と保険料負担の格差の実際を示したうえ、公的年金の一元化について検討した。ここではその結果も踏まえて、次の2点について論じる。まず、厚生年金の適用拡大はなぜ阻まれてきたのか、その結果、働き方がどのように歪められているか考える。続いて、公的年金一元化を実現するために必要な対応と一元化の効果について述べる。
厚生年金の適用拡大を阻んできたもの
多様化した働き方のなかで、公平な老後の所得保障を実現するためには、公的年金の厚生年金への一元化が不可欠である。しかし、国民年金があるためにその改革が阻まれてきた。また、被用者を厚生年金の適用から除外するための措置が働き方を歪めてきた。このことを制度に即して簡潔に述べたい。
厚生年金は法人、身近な言葉では会社に適用される。また、従業員が常時5名以上いる個人事業所にも適用されることになっている。一方、厚生年金の被保険者となるのは、70歳未満のフルタイムの被用者である。このほか、フルタイムの被用者の1週の労働時間ないし1カ月の労働日数の4分の3以上働くパートタイマーなども、被保険者とされる。フルタイム雇用とされる1週の労働時間が40時間なら、厚生年金が適用されるのは、30時間以上となる。この「4分の3」基準を満たさない者には、原則として厚生年金が適用されない。
しかし、「4分の3」基準を満たさない場合であっても、以下の5つの条件をすべて満たす場合は、被保険者となる。すなわち、
1. 労働時間が週20時間以上であること
2. 雇用期間が1年以上であること
3. 賃金月額が8.8万円(年額106万円)以上であること
4. 学生でないこと
5. 常時501人以上の企業に勤めていること
これは、パートタイムで働く人たちにも厚生年金適用を図る前向きな仕組みのようにみえる。しかし、それは表向きに過ぎない。実際には、雇用主はこの5条件のうち1つでも満たさなければ、パートタイムの被用者への厚生年金の適用を免れることができる。ここでのポイントは、その場合でも、被用者は国民年金に加入、すなわち国民年金の被保険者となるので、雇用主からみれば、無年金者としてしまう心配はないということである。そして、コスト面では厚生年金の会社負担分を免れることができる。このように国民年金という受け皿があるから、会社は安心して厚生年金の適用除外を選択し、コストも節約できる。
問題はそれに止まらない。厚生年金の適用除外が可能となることによって、働き方に大きな影響が及ぶことである。以下2つの具体的なケースを通じて述べる。第1は、第3号被保険者として社会保険料を負担していない被扶養配偶者(たとえば専業主婦)のケースである。この場合、年収が106万円を超えると、本人と雇用主双方に年金保険料がかかる。この負担を回避するために、年収106万円までで「働き止め」が選択される可能性がある。この選択の仕組みや具体的な金額については田近・横田(2018)[3]で述べた通りである。
第2のケースは、65歳となって年金受給権を得た人の雇用についてである。この場合、労働時間を週20時間未満に設定することによって、雇用主は保険料負担を免れることができる。一方、被用者自身も厚生年金の被保険者でなくなるので、年金を全額受け取ることができる。さらに、雇用主はこの被用者の報酬から年金額相当分を減額することが可能となるかもしれない。
一見合理的な対応である。しかし、年金は長期化し、かつ不確実な寿命への備えであることを考えると、本末転倒している。本来ならば、65歳を超えて働く場合も、厚生年金の被保険者となって、70歳まで保険料を払い、年金額を上乗せしたうえ、その後の老後の生活に向かうべきではないのか。これによって保険財政にも寄与することができる。厚生年金の適用除外要件は、そうした本来の働き方を歪めているのである。
公的年金一元化の実現と効果
ここでは公的年金の一元化を実現するために必要となる手当と一元化の効果について述べる。公的年金の一元化を実現するためには、それを阻んできた厚生年金の適用除外制度を撤廃しなければならない。しかし、それを困難にしているもっとも重要な理由の1つは、適用除外とされてきた人々を厚生年金の被保険者とすることによって生じる保険料負担である。
負担の増加は新たに厚生年金被保険者となる本人だけではなく、雇用主にも生じる。現在の仕組みでは、常時501人以上の企業でなければ、雇用主はその従業員を厚生年金の被保険者とすることを回避できる。政府はこの条件を見直し、常時50人超規模の企業にまで被保険者要件を拡大することを検討している。しかし、それを実現することは容易ではない。
事実、全世代型社会検討会議で日本商工会議所の三村昭夫会頭は、中小企業にとって多くの負担が発生しているなかで、「『その上に厚生年金の適用範囲の拡大が来ると。この負担は恒久的だ。だれが負担するのかよく考えた上で慎重に対応してほしい』と苦言を呈し、その後、記者団に対し適用拡大について『反対』だと明言した」と報道されている(産経新聞、2019.11.21)。もっとも、この報道によれば、大企業連合である経団連は、「『企業規模の違いによって社会保険の扱いが異なることに合理性はない』」として、厚生年金適用除外要件から企業規模を撤廃することを求めている。
このように中小企業と大企業の間には温度差があることは事実であるが、厚生年金の適用拡大に伴って、わが国の雇用の大部分を担っている中小企業に負担増を求めることには十分配慮をするべきである。新たに被保険者となることによって、公的年金の保険料だけではなく、そのほか医療・介護保険などの社会保険料も発生することを考えると、この問題は、きわめて重大である。
さらに、厚生年金の適用除外要件の撤廃に伴う負担増は、低所得者と中小企業に集中して発生する。こうした改革に伴う負担増への手当がなされない限り、公的年金の厚生年金への一元化を実現することはできない。具体的には、社会保障と税制の一体化を進めて、新たに発生する保険料負担を軽減するための税額控除制度などの導入が必要である。その際、負担軽減を個人と企業の両サイドで行うかについても検討が必要である。改革には新たな負担が伴う。しかし、これまでの安上がりを可能としてきた国民年金を廃止し、日本の公的年金制度をどのような働き方をしても公平な仕組みとするために避けることができないコストである。
最後に、公的年金の厚生年金への一元化による改革効果について述べる。一元化によって、厚生年金の被保険者が増加するのでその効果を示すことは容易ではないが、そのイメージをうかがわせるものが、厚労省の財政検証のオプション試算Aである。その結果によれば、適用拡大によって基礎年金額が21.7%増加する(試算A-③、月額5.8万円以上の被用者に拡大するケース)。しかし、同時に注意が必要なことは、基礎年金額の増加によって国庫負担も増加することである。筆者の試算ではその額は、2019年度の現在価値で評価して174兆円である。これは、これまで指摘した安上がりの国民年金への依存を反映したものである。公的年金の一元化を実現するためには、すでに述べたように、低所得者や中小企業の保険料負担の軽減のための新たな手当も必要となる。
以上、公的年金改革について述べた。ここでの主張は、国民年金を廃止し、厚生年金への一元化を求めるものである。1960年代の自営業者と被用者の区分を前提としたわが国の公的年金は、時代の変化からはるか以前に取り残された遺物である。また、安上がりの国民年金が改革を遅らせてきたことも事実である。現在、多様な働き方に対して公平な公的年金の改革が求められている。
参考文献
[1]小黒一正、2019、「【2040年の社会保障を考える】国民年金と厚生年金の統合を目指せ」
キヤノングローバル戦略研究所(週刊エコノミスト 2019年11月5日号より転載)
[2]田近栄治・相川陽子、2020、「多様な働き方への税・社会保険制度の対応―負担の公平をどう実現するか―」、『租税研究』、1月号、pp.97-112
[3] 田近栄治・横田崇、2018、「配偶者控除・配偶者特別控除の改正-世帯収入影響額の推計と配偶者就業調整の改善提案」『租税研究』3月号、pp.344-357