日本とは対照的に、多くの国々は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために極めて厳格な対策を取ってきた。その多くは個人の自由を制限するものだが、そうした対策は憲法で保障されている権利を侵害する可能性がある。例えばイタリアで実施された罰則付きの厳しいロックダウン(都市封鎖)は、おそらく同国の憲法に反している。イタリア以外にも、ノルウェーでは政府が一時的に憲法と国内法を超える権限を持つことを認める法律が制定され、イスラエルではネタニヤフ首相が国会の承認を得ることなく感染者の監視を行うことを決定。さらにハンガリーではオルバン首相の権限を無期限で拡大する法律が制定された。
では米国はどうかというと、他国と同様に、感染症対策のために私権の制限と憲法違反をどこまで許容するべきかというジレンマに直面している。まず、少なくともロックダウン(特に感染していない市民も対象とするもの)は違憲の疑いがある。また、ニュージャージー州のニューアーク市当局は、ウイルスに関する誤った情報を流した者を訴追すると発表したが、これは合衆国憲法修正第1条に違反する可能性がある。カリフォルニア州サンノゼでは当局が銃販売店の営業停止を命じたが、一部の人々は「武装権の侵害」を理由に反発している。そしておそらく最も懸念すべきなのは、司法省が連邦議会に対して、非常事態期間中は裁判を開かず無期限の勾留を可能にすることを裁判長に命じる権限を求めたことだろう。
私は人々が個人の自由とウイルスの感染拡大防止のどちらを重視しているのかを検証するため、州政府と地方政府が厳格な感染拡大防止策を取り始めた3月に、3人の研究者と共同で調査を実施した[1]。この調査によって判明したのは、意外にも米国人の多くが「感染拡大防止のためなら私権が制限されてもいい」と考えているという事実だった。しかも驚くべきことに、回答の傾向は民主党支持者と共産党支持者でほとんど変わらなかった。
厳格な対策に幅広い支持
調査では、米国を代表するサンプルとして選んだ3,000人に、新型コロナ対策として取り得る8つの政策を提示した。「感染者を政府施設に強制隔離する」「誤った情報を流した者に刑事罰を科す」「特定の人々の入国を禁止する」「医療従事者を徴用する」など、いずれも憲法違反が疑われる政策だが、これらは公衆衛生当局が確認のうえ、実施することで多くの命が救われると認めたものであることも伝えた。
調査の結果、8つの政策はすべて、大半の回答者から支持を得たが、支持の度合いは政策によって大きく異なっていた。最も支持が低かったのは、「事業の停止」と「国外にいるすべての人々の入国の禁止」だったが、それでも前者は58%、後者は63%の支持を得た。最も支持が高かった政策は「米国籍を持たない人々の入国の禁止」(85%)と「医療従事者の徴用」(78%)だ。これらの政策によって不利益を被るのが人口に占める割合の低い2つのグループ、すなわち米国籍を持たない人々と医療従事者に限られることを考えれば、大半の人が支持したのも驚きではない。その一方で、発言の内容次第で人を罰するという、現代アメリカの立憲主義とはまったく相容れない政策も高い支持を得た。「誤った情報を含む可能性のある発言を禁止する」という政策が、約70%の人々に支持されたのである。これら8つの政策が憲法に違反する可能性があることを回答者の半数に明示したにも関わらず、大半の回答者は言論の制限を含め、すべての政策を支持した。
今回の調査結果で最も特徴的なのが、自由を制限するこれらの政策が、支持政党にかかわらず広く支持を得たという点である。トランプ大統領のコロナ対応への支持率は民主党支持者で34%、共和党支持者で88%と、他の世論調査と同様に大きな差があった。大差が生じた理由は、両党の支持者が異なる政策を支持しているからだろう。つまり、民主党支持者は積極的な政府の介入を求めているためにトランプ大統領に不満を感じているが、共和党支持者は、トランプ大統領が当初新型コロナウイルスの脅威を否定していたこともあって、事態を静観する―言い換えれば放任主義の―アプローチを支持している、というわけだ。
ところが私たちの調査結果が示唆するのは、支持政党に関わらず、人々が感染症拡大防止のためなら喜んで自由を犠牲にするということだ。「感染者の政府施設への隔離」「医療従事者の徴用」「誤情報の拡散禁止」「すべての人の入国の禁止」という政策を支持する割合は、どちらのグループでもほぼ同じだったし、各政策の支持率の平均は民主党支持者で74%、共和党支持者で71%と、やはりほぼ同じだった。
このように民主党支持者と共和党支持者の間で大きな差がみられなかったことは、「支持政党によってコロナへの対応が大きく異なる」という、最近行われた他の調査結果とは対照的だ。例えばアトランティック誌に今年3月に掲載された記事によれば、ブルー・ステート(民主党支持者の多い州)ではレッド・ステート(共和党支持者の多い州)に比べてより積極的な感染拡大防止策を行う傾向がみられる。また、NBCニュースとウォール・ストリート・ジャーナル紙が行った世論調査では、家族の感染を心配している人の割合は民主党支持者で28%、共和党支持者で19%と、10ポイント近い差があった。とはいえ、どちらの党の支持者も、感染拡大を防ぐためには厳しい対策が必要だと納得しているのである。
権利はたやすく失われる
政策に関してこれほどまでに党派を超えた一致がみられたことは注目に値する。米国の二大政党である民主党と共和党は、ほとんどとは言わないまでも、多くの政治課題において対立しがちだ。ピュー・リサーチ・センターが昨年行った調査では、両党の間で30の政治課題について平均39ポイントの差がみられた。例えば、銃の所持をより厳しく制限することを支持する民主党支持者または民主党寄りの無党派層は9割に上るが、共和党支持者または共和党寄りの無党派層では3割ほどに過ぎない。
一般的には、民主・共和両党の支持者の間で意見が一致するのは望ましいことだ。意見の対立がなければ、中央政府が機能不全に陥ることもない。しかし今回の調査で挙げたような政策について両党の支持者の間で意見が一致するのは問題だ。市民の自由を制限する政策は反対を受けるのが普通なのに、今回のように超党派から支持が得られてしまうと、憲法が簡単にむしばまれかねない。
「憲法の父」と呼ばれる第4代大統領ジェームズ・マディソン(在任1809~1817年)は、憲法上の権利を(丈夫だが薄い)「羊皮紙の防壁(parchment barriers)」と表現し、大多数が望めばたやすく失われると予言した。実際、国家の安全が脅かされた時に自由が侵害された例は枚挙にいとまがない。18世紀末の外国人・治安諸法、第二次大戦中の日系アメリカ人の強制収容、そしてブッシュ政権時代のいわゆる「拷問メモ」などは最たる例だ。脅威が去った時、それが何のための憲法違反だったのかを私たちはしっかりと認識しなければならない。さもないと違憲状態が私たちの「ニューノーマル」になってしまう。
[1] 今年2月に日本でも2,500人を対象に調査を実施した。結果は7月に公表予定。