R-2023-133
■はじめに
ポートランドは、全米の工業化、高速道路網などのインフラ整備にも市民主導である種の試行錯誤をしながら特徴的な都市形成に成功し、環境問題に対する先進的なスタンスなど、独自の価値を提唱することで全米から人口を引き付けてきたユニークな歴史背景を持つ都市である。この都市が如何にして魅力的なまちづくりを実現してきたのかを概観し、日本への示唆を述べる。
■現状
米国北西部に位置するオレゴン州ポートランドは居住性の高さや文化的な価値を内包し、ユニークな価値観やライフスタイルで人口増を実現している都市である。ナイキのグローバル本社、アディダス米国本社、 Columbia Sportswear本社など、スポーツウェアのメッカとして知られている他、近年はクリーンテックや健康科学・ヘルステック分野でのスタートアップが生まれている。
オレゴン州最大都市であり、大自然に囲まれた美しい街として評価が高い。広域都市圏としては250万人 (全米25位, 2019)の人口を持ち、1,749億ドル(全米22位)の名目GDPを有している(うち金融業や製造業が主要産業である)[1]。一方でVC投資は大きくなく、ユニコーンは現時点で存在しない。オレゴン州全体でみても、6 億ドル (2018)であり、シアトルの27.5 億ドル に比較すると4.5分の1程度に留まる。(IT関連職員数はオレゴン州: 約 9 万 2,000 人、 シアトル: 約 20 万人) [5]。また人口比率は白人 72.3%、ヒスパニック系 12.4%、アジア系 6.9%、黒人 2.8%と、近隣の大都市に比べて白人比率が高い(2019)[1]。
給与・賃金はどのポジションであってもサンフランシスコやシアトルと比べて低いが、教育・人材の質は高く、主要大学卒業生の約半分はSTEM人材である[5]。州立のオレゴン大学とオレゴン州立大学が代表的な大学としてあげられる。優秀なエンジニアを輩出しているものの、世界レベルの研究大学を有している訳ではない[13]。
環境配慮型の消費や、自然環境に配慮したコンパクトシティのまちづくりが評価され、「全米で最も環境に優しい都市」としても知られている。DIY文化の中心であり、例えばクラフトブルワリー、コーヒービジネスも非常に盛んである他、フェミニストやレズビアンなどの活動家が拠点をおき、サブカルチャーを牽引してきたことで知られている。
持続可能なイノベーション都市づくりに積極的に取り組むポートランド地域には、 太陽光パネルや風力タービンの部品メーカーなど、およそ 1,900 社のクリーンテック企業が集まる[5]。またポートランドには同州最大の医療研究機関である健康・科学大学 (Oregon Health & Science University:OHSU)があり、OHSU はポートランド州立大学、ポートランド・コミュニティ・カレッジ、オレゴン科学産業博物館と共同で、「ポートランド IQ(Portland Innovation Quadrant99)」イニシアティブを推進している[5]。
■歴史と政策
1843年、ウィリアム・オバートンが、ウィラメット川流域の一帯を商業地域にするため、マサチューセッツ州ボストン出身のアサ・ラブジョイと共同所有したのがポートランドであり[2]、1851年には「ポートランド市」が成立した。 1900年には人口が約9万人に達した[3]。 立地条件に恵まれていたため、19世紀末には太平洋側北西部で最大の港湾都市になった。またこの頃には日系移民を送り出す拠点としてジャパンタウンも成立した[4]。
1940 年代にオシロスコープ等の計測器メーカーの Tektronix 社や世界の電子製品メーカー向けにレーザーベースの製造ソリューションを提供するElectro Scientific Industries(ESI)社が同地で起業したのを皮切りに、その後、Intel社、Hewlett-Packard(HP)社、Xerox 社といった複数の主要テック企業が拠点を設置、1980 年代までにこれらの企業は同地域における最大の雇用主となり、ポートランド都市圏 は「シリコン・フォレスト(Silicon Forest)」と呼ばれるようになる[5]。Intel社は州最大の雇用主であり、本社はシリコンバレーに所在するが、世界最大の事業拠点はポートランドにある。同社が1974年からオレゴン州に投資した資本は総額400億ドル以上に及ぶ[13]。
U.S. Census Bureauによると、1940年から50年にかけて20%を超える増加率を記録した後は安定した人口推移だったが、80年代以降、10年ごとに約10-20%の増加率を示しており、1980年と2017年の比較ではおよそ1.5倍、約63万人まで増加。ポートランド都市圏でみると、1980年から2015年にかけて約130万人から240万人へ110万人の居住者が増加し、2060年には350万人まで増加すると推計されている[6]。
当初、工業都市として成長していたポートランドだが、1970年代に大きな転換期を迎えることになる。当時の米国は国によるトップダウンで国中に高速道路を建設していたが、当時のオレゴン州知事トム・マッコールは市民による特別委員会を発足。委員会は「高速道路ではなく公園を選ぶ」決断をし、米国初となる高速道路撤去を実現した[8]。これにより、高速道路建設の予算は公共交通と主要街路の改善に充てられることとなり、全米が車社会へ邁進している中、ポートランドは他の都市とは異なる発展の道を選択した[8]。
またトム・マッコール知事(当時)は、就任直後から環境政策を次々と実現。1971年にはゴミを減らすためにガラス瓶のリサイクルを義務付けた法律を制定、1973年にはオレゴン州の地場産業の基盤拡大を通じて環境保全に努めるための「土地利用計画法」を採択[8]。またポートランド市は1993年、京都議定書の4年前に、米国初となる地球温暖化対策の政策も打ち出す。こうしてポートランドは、米国で初めて人口と経済を伸ばしつつ二酸化炭素排出量の削減を実現し、環境先端都市となった[8]。
上記のような流れの中1979年に制定された「都市成長境界線(通称UGB)」(一般に、スプロール現象などの無秩序な開発を防ぐ効果がある)の恩恵を受け、自然環境に配慮したコンパクトシティのまちづくりが評価され、「全米で最も環境に優しい都市」「全米で最も美味しいレストランが集まる都市」「米国で最も住みたい街の1つ」に選ばれている。また、米国で唯一の公選制の広域地方政府である「メトロ」の設立でも知られ、メトロがUGBの指定と土地利用計画策定に関わることで、市民参画による都市計画を実現している[7]。
野尻・寺島・水原(2019)は、「ポートランドで観察される消費文化の多くは、機能性の向上や量的拡大を特徴とした消費(第一の消費文化)や、関係的/記号的な価値の追求を目的とした消費(第二の消費文化)とは異なり、文化的な価値(精神的な充足)を追求しつつ、環境などの社会問題の解決をめざすという特徴をもつ。このような消費の動向を「第三の消費文化」と呼んでいる。第三の消費文化とは、エシカル消費、環境配慮型消費(グリーンコンシューマリズム)やスロームーブメント、ロハスといった社会的な動向に代表される、新しい消費の価値観、消費ライフスタイル、消費行動のあり方である」と述べている[6]。
■ポートランドへの継続的な人口流入の背景分析
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良好な生活環境
魅力的な生活環境から他の都市からの移住者が多い。2017年Forbes誌の発表する「Best Places for Business and Careers」第1位で、住宅価格は、シアトルより17%、サンフランシスコより 58%低い。またオフィスの賃貸料はサンフランシスコの半分、米国最大の水力発電所を擁し、商用及び工業用電力料金が安い[13]。このような良好な生活環境および企業投資環境に加え、市民主導の先進的な都市環境の創造活動が人口を引き付けている側面がある(後述)。
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結果として、DIYバリューが先行する環境都市が実現
上記のような都市の魅力に裏打ちされたプロシューマーまたはクラフトコンシューマーが地域の経済圏を作っている。
・(プロシューマ―)未来学者 Tofflerは1980年に『第三の波』のなかで、生産者(producer) と消費者(consumer)が統合された「プロシューマー(prosumer)」という造語を用いており、Tofflerは「産 業社会では生産と消費が分離したが、『第三の波」=脱工業化でその役割が復活しつつある」と述べている[6]。
・(クラフトコンシューマー) Campbell(2005)は「クラフトコンシューマー(craft consumer)」を提唱している。クラフト消費(コンシューマー)は、自身のスキル、知識、判断、情熱をもって自分の手で作ったり組み合わせたりすることであり、インテリアの装飾、ガーデニング、料理、洋服のコーディネートなどに典型的にみられるという。クラフトコンシューマーは、効用を最大化するために合理的に行動する消費者、市場の論理に操られている受動的な消費者、印象、アイデンティティ、ライフスタイルを創造・維持するために商品の象徴的な意味を操作するポストモダンな消費者、といった従来からの三つの見方では捉えられない要素を埋めるために提出された第4の消費者観である[6]。
ポートランドでは、プロシューマ―やクラフトコンシューマーのような新しい消費者観を持つ消費者の出現とともに、ヒップスターカルチャー、世界的なサスティナビリティ経済の潮流が、ポートランドのもつDIY思考と相まって独自の都市の競争力につながっているとみられる。
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その独自の都市形成の背景として、同質性の高さと、市民参加型の独自の政策形成およびまちづくりの存在
〇同質性の高さ
ポートランドの市民の活動が盛んな理由について、シアトルなどに比べて都市の発達が速くなく管理しやすかったことに加え、人種的に同質性が高かったことが分析されている[11][12]。一方で、その背景としてかつて長く黒人を排除してきた歴史も存在することには一定の留意が必要である。
〇「コミッショナー制」による独自の参加民主主義
ポートランド市は議員が行政各部局のトップを兼ねる「コミッショナー制」を採用されており、住民の積極的な市政参加を奨励しているなど、特筆的な行政システムが見られる。 80年代には、重要な意思決定のプロセスに住民が参加すべきという文化が発展し、アメリカのタフツ大学の研究グループによって、ポートランドは参加民主主義のベスト・プラクティスの1つとして評価され、注目されるようになった[9][10]。
〇特徴的な議会と行政の関係
先に述べたコミッショナー制とは、議員が行政各部局のトップを兼ねるコミッショナーを担うというものである。議員はわずか5名しかおらず、そのうち1名が市長も兼ねる。部局の予算審議の政治化、タテ割り行政が強くなることなどデメリットもあるが、リーダーシップによって担当部局の革新的な取り組みを後押しできる[9]。このような特徴的な政治システムが、ボトムアップによる住民参加型の独自のまちづくりを実現している。このような政治システムも、ポートランドの独自の魅力的なまちづくりの要因となっていると考えられる。
■日本への示唆
ポートランドは全米の工業化、高速道路網などのインフラ整備にも市民主導である種の試行錯誤をしながら発展を遂げてきた独自の歴史がある。結果、シアトルやサンフランシスコといった同じく急成長を遂げた米国西海岸北部の大都市圏のカウンターカルチャーが、歴史的に人種的な同質性や気質もあり更に独自の形で形成され、結果、他州からの投資の呼び込みに加え、全米から人を引き付けている側面がある。このバリュードリブンともいえる、ポートランド独自の都市形成のモデルは、必ずしも企業誘致に留まらない形での人口誘致の考え方として、日本の地方都市にも参考になるモデルであると考えられる。経済規模だけでは評価できない強いカルチャーを持つ都市形成のモデルは、新たな産業クラスター形成の観点として再評価されるべきであろう。
参考文献
[1] オレゴン州 Oregon 米国 進出基礎情報 2021年8月 ジェトロ・サンフランシスコ事務所, p.8-10 https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/0a219b2db9759ee7/20210032_3.pdf
[2] History of Oregon by Oregon Historical Society https://www.oregonhistoryproject.org/articles/historical-records/overton-cabin/
[3] Population of Portland, OR https://population.us/or/portland/
[4] Nihonmachi: Portland's Japantown https://www.discovernikkei.org/en/nikkeialbum/albums/44/slide/
[5] JETRO: カスケーディア・イノベーション・コリドー(バンクーバー、シアトル、ポートランド) p.1, 3, 11-14 https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2019/4f1d2a3781b8a278/cascadia_2019_09.pdf
[6] 持続可能な消費都市ポートランドの現状と課題 (野尻洋平・寺島拓幸・水原俊博) p.60-61, 70-71
http://www2.ngu.ac.jp/uri/syakai/pdf/syakai_vol5601_04.pdf
[7] 佐々木宏幸 (2020) 「ネイバフッドから都市を考える」p.68-69
https://www.machinami.or.jp/pdf/machinami/machinami082_19.pdf
[8]「最も住みたいまち」ポートランドの歴史に学ぶ、まちづくりの秘訣
https://lab.smout.jp/area_foreign/america/portland/history
[9] 川勝健志(2019)「ポートランドのまちづくりに学ぶ」p.42
https://www.jiam.jp/journal/pdf/105-05-01.pdf
[10] 岩淵泰(2016)「多様性の中の参加民主主義 ―オレゴン州・ポートランド市における市民参加―」p.216
https://core.ac.uk/download/pdf/32592112.pdf
[11] 全米のあこがれポートランド 「きれいごと」に本気で取り組む人がいる
https://globe.asahi.com/article/12531867
[12] Steve Johnson “The Myth and Reality of Portland's Engaged Citizenry and Process-Oriented Governance” in Ozawa, The Portland Edge, 102-117.
[13]「地域の産学官金の集積を基にした、国際競争力のある継続的なイノベーション・エコシステム拠点の創出に関する調査」 平成30年11月 株式会社NTTデータ経営研究所, p29-30, 33
https://www.mext.go.jp/content/1411301_002.pdf