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科学技術政策の再定義-分野間関係、国際関係、官民関係
写真提供:Getty Images

科学技術政策の再定義-分野間関係、国際関係、官民関係

March 18, 2022

R-2021-071

求められる科学技術政策と社会変革の連携
分野間関係の次元-内閣官房・内閣府の肥大化と限界
国際関係の次元-貿易枠組みにおける多様な社会的価値の調整
官民関係の次元-民間の自主的活動の可能性と政府の能力構築の必要
主体の多元化と関係主体の能力構築・連携枠組みの重要性

    求められる科学技術政策と社会変革の連携

    現代の科学技術政策は、狭義の科学技術の研究開発だけを対象とするのではなく、イノベーションという概念が強調されていることからもうかがえるように、様々な分野における社会変革との緊密な連携が求められている。このような方向性は20118月に決定された第4期科学技術基本計画以来示されていたが、20213月に決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画においても明らかである。そのような中で、科学技術政策における主要な決定においては、研究開発を担当する省庁と財政担当省庁との調整のみならず、現場を持つ多様な省庁等様々な主体との調整が必要となっている。新型コロナ感染症、デジタル化、気候変動への対応における科学技術の重要性は、このような変化を加速している。また、科学技術政策のあり方は、米中対立のような地政学的要因が重要になってくるとともに、国際的文脈にも位置づけられる必要が出てきた。さらに、日本は他のOECD諸国と比べた場合、研究開発投資等への政府の関与が少なく、活用や官民での連携あるいは民間同士の連携が重要になっている。そのような中で、政府部門が適切な方向付けを行うことも必要である。このように、現代の科学技術政策は分野間関係、国際関係、官民関係の3つの次元で再定義を迫られている。そこで、これらの次元に即して、科学技術政策の再定義の方向性と関係主体に必要とされる能力について検討してみたい。

    分野間関係の次元-内閣官房・内閣府の肥大化と限界

    1の次元は分野間関係である。科学技術政策の推進において、技術開発と社会変革の戦略的なマネジメントが必要であることは、アカデミックにも実務的にも議論されてきた。欧州を中心としたアカデミックな議論としては、ランドスケープレベル、レジームレベル、ニッチレベルといった多様なレベルの相互作用が重要であり、様々な分野間(所管省庁間、異なる産業間、ディシプリン間)のレジームの共進化にも注目する必要があるとするトランジション・マネジメント論がある[i]。実務的にも、内閣府が事務局を務める科学技術イノベーション会議が設置され、内閣府の戦略的イノベーション推進プログラム(SIP)やムーンショット型研究開発制度といった省庁横断型プログラムが実施されてきたことからもわかるように、分野間関係が重要であることについては認識されてきた。

    しかし、分野間関係が重要だからといって、何でも内閣府や内閣官房に取り込めばいいということでもない。確かに、2001年に実施された中央省庁再編により内閣機能の強化が図られたことに伴い、内閣における調整メカニズムや内閣官房・内閣府における事務が増大してきた[ii]。科学技術関連では、中央省庁再編当初から内閣府に事務局を置く総合科学技術会議が設置されていたが、それに加えて、内閣官房に事務局を置く高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部、知的財産戦略本部、地球温暖化対策推進本部、総合海洋政策本部、宇宙開発戦略本部、健康・医療戦略推進本部、内閣府に事務局を置く食品安全委員会、原子力防災会議等が追加されてきた。しかし、このように内閣官房・内閣府の機能が肥大化する中で、自民党の行政改革推進本部は2014年に組織見直しの方針をまとめ、内閣官房・内閣府見直し法が2015年に成立した。その内容は、内閣官房から内閣府への一定の移管・一元化、内閣府から各省等への事務の一定の移管を進めるものであった。

    このような内閣官房・内閣府の肥大化への対応にもみられるように、分野横断的対応の必要は様々な役割を内閣府や内閣官房に取り込めばいいというわけではない。むしろ、様々な分野の主体が、ボトムアップに柔軟に連携できるような俯瞰的視座と連携能力を持つことが重要であるといえる。

    国際関係の次元-貿易枠組みにおける多様な社会的価値の調整

    2の次元は国際関係である。科学技術を社会に実装する際には一定の社会的価値を実現すること、あるいは一定の社会的価値の侵害を回避することが求められる。その際、どのような社会的価値を重視するのかは、各国によって異なる。そのため、グローバルに科学技術の活動を図っていく際には、各国の重視する社会的価値を調整する必要が生じる。

    例えば、デジタル技術を活用した電子商取引等においては、自由な越境データ流通を通したイノベーション、個人データ保護、安全、安全保障等の多様な社会的価値のうち、どの社会的価値を重視するのかは、各国・各地域で異なる。データ流通に関しては、アメリカ、欧州連合(EU)、中国は異なった3つの領域を構成している[iii]。アメリカはイノベーション促進の観点から、自由なデータ流通への制約を限定しようとしてきた。他方、EUでは個人データの保護は基本権であると考えられ、個人データ保護を目的とする制度枠組みが構築されてきた。20164月に採択された「個人データの取り扱いに係る自然人の保護と当該データの自由な移動に関する規則」(一般データ保護規則:GDPR)でも、個人データの「十分なレベルの保護」がEU域外に個人データを移転する条件とされた[iv]。また、中国では安全が重視されてきた。2017年に制定されたネットワーク安全法第37 条では、「重要情報インフラストラクチャーの運営者が中華人民共和国の国内での運営において収集、発生させた個人情報及び重要データは、国内で保存しなければならない。業務の必要性により、国外に対し確かに提供する必要のある場合には、国のネットワーク安全情報化機関が国務院の関係機関と共同して制定する弁法に従い安全評価を行わなければならない。法律及び行政法規に別段の定めのある場合には、当該定めに基づいて行う」と規定されている[v]

    このような状況の中で、自由な越境データ流通に基づくイノベーション促進と他の様々な社会的価値を重視する公共政策目的を具体的にどのように調整するのかが課題となり、このような調整は主として貿易に関する枠組みである二国間あるいは地域レベルでの自由貿易協定(FTA)あるいは経済連携協定(EPA)において試みられてきた。そのため、個別の技術に関して貿易・経済・イノベーションに関する知識と様々な社会的価値に関する知識の横断的統合が貿易枠組みの運用においては求められている。

    官民関係の次元-民間の自主的活動の可能性と政府の能力構築の必要

    3の次元は官民関係である。AIや新たなバイオテクノロジーといった新興技術の研究開発は分散的に実施されており、多くの主体は民間である。また、これらの規制においても民間主体の役割は大きい。そのような中で、どのような形で一定の公的コントロールを確保するのかという課題がある。

    例えば、一定の歴史的経験を有する原子力技術の安全規制に関しては、民間事業者も含めて、様々なインシデント・事故から学習するメカニズムをいかに構築するのかという課題があった。その点でアメリカではスリーマイル島事故の後に、事業者・メーカーによる自主的な学習・規制組織としてアメリカで設立された原子力発電運転協会(Institute of Nuclear Power Operations: INPO)の経験は興味深い。原子力については他社の事故も自社の活動への社会的評価に直接影響するため、事業者・メーカー同士がお互いに厳しくピアレビューを行うインセンティブを持ち、INPOという自主的な学習の仕組みが構築された。日本でも2005年には原子力技術協会が設置され、福島原発事故後の2012年には原子力安全推進協会が設置された。ただし、どの程度関係者間の緊張関係を確保することができているのか、実際にどの程度の情報共有ができているのかという点では、実効性は限定的であるようである[vi]

    また、民間の自主的活動を活用にするとしても、政府において専門性を持った人材養成をどうするのか、事業者から独立した人材養成をどのように行うのかという課題も残る。アメリカの場合、原子力潜水艦を運用するアメリカ海軍が原子力安全規制においても重要な人材供給源であり、INPOにおいても、また、アメリカの原子力規制委員会においても海軍出身者は大きな役割を果たした。このような電力事業者から独立した原子力運用に関する独自の人材供給源を持たない日本の場合、どうするのかという課題が日本については問われる[vii]

    主体の多元化と関係主体の能力構築・連携枠組みの重要性

    以上のような分野間関係、国際関係、官民関係の各次元において、科学技術政策の主体は多元化しており、そのような多元的主体の範囲は拡大している。また、これら3つの次元は相互に関連している。例えば分野間関係は国際関係においてもみられ、国際的調整においては様々な分野の社会的価値間の調整が求められている。官民関係においても、分野を横断した官民関係は重要な課題である。

    そのような中で、特定の主体に統合や調整の過度の負荷をかけることなく、多様な分野・主体が連携していくことを可能にする必要がある。そのために政府を含めた関係主体の能力構築と連携枠組みの構築が求められているといえる。

     


    [i] Derk Loorbach, Transition Management: New Mode of Governance for Sustainable Development, International Books, 2007.

    [ii] 城山英明『科学技術と政治』ミネルヴァ書房、2017年、第10章。

    [iii] Susan Ariel Aaronson and Patrick Leblond, “Another Digital Divide: The Rise of Data Realms and its Implications for the WTO”, Journal of International Economic Law, Vol. 21, 2018.

    [iv] 須田祐子『データプライバシーの国際政治:越境データをめぐる対立と協調』勁草書房、2021年、第1章。

    [v] 大地法律事務所「ネットワーク安全法(大地法律事務所仮訳)」

    https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/law/pdf/others_005.pdf)。

    [vi] 城山英明「原子力安全規制行政における能力構築の試みと課題」『年報行政研究』56号(行政における調査・学習・教訓導出-福島第一原発事故を中心に)、2021年、ぎょうせい。

    [vii] 城山英明『科学技術と政治』ミネルヴァ書房、2017年、第3章。

    ※本Reviewの英語版はこちら

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