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科学技術に関わる国家戦略を経営戦略論から研究する意義
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科学技術に関わる国家戦略を経営戦略論から研究する意義

March 31, 2023

R-2022-143

1.他国の科学技術政策、イノベーション政策の参照はいいことか、悪いことか
2.政策の国際的な移転・収束の要因
3.科学技術政策、イノベーション政策の文脈での移転要因
4.経営戦略論から予想される政策の移転の帰結
5.科学技術政策、イノベーション政策への示唆

 1.他国の科学技術政策、イノベーション政策の参照はいいことか、悪いことか

科学技術政策、イノベーション政策の立案の過程で海外の類似政策が参照され、そのまま複製されるか、多少改変されて利用されることがある。特にこれらの政策分野では、国の産業界の競争力に直接・間接に結びつくことが多い。一部の科学技術政策、イノベーション政策は、国の産業競争力の強化戦略とみることもできる。

ところが戦略としてのレンズを通して見ると、疑問が湧いてくる。ビジネス領域の典型的な競争戦略論では、差別化をするか、コストのリーダーシップを取るかが優位な競争力の源泉となることが知られている中、模倣的な行動は差別化の道を断ちかねない。コスト・リーダーシップが取れるならばいいが、そうでないならば、競争力を阻害してしまう可能性があるのではないか。

本稿では政策の模倣の要因を探求した上で、科学技術政策、イノベーション政策の文脈で、政策の模倣がどのような場合に好ましいか整理する。ただし、管見の限り、実証研究の蓄積は少ない。理論から予想される帰結を整理し、仮説として提示することが本稿の目的である。

2.政策の国際的な移転・収束の要因

科学技術政策、イノベーション政策に限らず、ある国で採用された政策が、国を超えて採用されることや多少変更を加えて採用されることは少なくない。これは、政治学で「政策の移転(policy transfer)」(Dolowitz & Marsh, 1996)や「政策の収束(policy convergence)」(Bennett, 1991)と呼ばれる現象である。

科学技術政策、イノベーション政策では、日本の1960年代から80年代の産業政策が東アジア諸国に伝播していった例(Ikenberry, 1990)、バイオセーフティーをめぐる規制では、1980年代から2000年代にかけて米国の規制体系が欧州に採用されていった例(McLeish & Nightingale, 2007)が典型的な政策の移転である。

政策の移転の要因は複数ある。主として①政策立案機関による学習、②バンドワゴン効果(近隣国や競合国に劣後することを恐れてそれらの国と同一または類似の政策を採ること)、③国家間の力関係が要因となった直接・間接的な強制が要因であることがわかっている(Evans, 2019)。前述の日本の産業政策が東アジアに移転した例では②のバンドワゴン効果が強く働いていたとされ(Ikenberry, 1990)、また、バイオセーフティーでの例では米国の研究力の高さが影響し、米国との共同研究を円滑に進めるために欧州が米国型の規制をとらざるを得なくなった面があること、すなわち、③の面があることが指摘されている(McLeish & Nightingale, 2007)。

ただ、現実的には学習による移転が多いようであり(Evans, 2019)、実際に政策立案において海外の政策を調査し、最適な政策上の選択肢を探索することは一般的である。そうだとすると、政策の移転そのものには好ましい側面があるといえる。

3.科学技術政策、イノベーション政策の文脈での移転要因

政策の移転についての理論、および、既存の実証研究を手がかりにすると、科学技術政策やイノベーション政策の移転については、政策の階層それぞれに、これらの政策の特性に応じた学習があると考えられる。

政策の階層とは、政策を「政策」「施策」「事業」の3階層によって捉える見方である(表 1)。「政策」は課題を定義し、それに対してどのような資源を動員して課題を解くのかについて計画をするものである。政府が示す戦略文書(戦略、イニシアティブの名で発出されるもの)や基本計画が対応する。「施策」は「政策」を実現するための手段、すなわち、政策課題を解く手段を選択するものである。ここでの手段には規制、経済的なインセンティブ(負のインセンティブを含む)、民間セクターの自発的な取り組みの促進が含まれる(Borrás & Edquis, 2013)。「事業」は「施策」の具体的な実装であり、個別の取り組みが該当する。

1 政策の3階層

階層

内容

政策(policy)

政策が対象とする課題の定義(agenda setting
例:電気自動車の普及を通じた地球温暖化の緩和

施策(program)

政策課題を解く手段(tool)の選択

例:電気自動車購入補助金の導入、電気自動車の研究開発支援

事業(project)

手段(施策)の具体的な実装(implementation

例:電気自動車の研究開発委託プロジェクト

(出所)Borrás & Edquis (2013)および秋吉ほか(2015)を参考に筆者作成。

科学技術政策やイノベーション政策の移転において特徴的なのは、「政策」レベル、「施策」レベルでの政策の移転の促進要因である。

「政策」レベルでは、科学技術やイノベーションをめぐる社会的背景の変化がますます政策の移転を促すようになってきている。科学技術研究は国際的な研究者のネットワークにより行われ、イノベーションは国境を超えた組織のネットワークで実現されることが一般的になってきたため、政策立案者が認識する政策課題も同一のものであることが多くなってきた(Gulbrandsen & Etzkowitz, 1999)。さらに国境を超えた価値観の共有が進み、社会の望ましい姿が共有され、科学技術やイノベーションに関する課題について同じ解決策が社会的に望まれることも多くなっている(Lemola, 2002; Landoni, 2021[1]。この結果、ある国で認識された社会変化につながるパラダイムシフトの存在についての学習(Borrás, 2011)が起こりやすくなっている。

「施策」レベルでは、正統化の必要性の相対的な高さが政策の移転を促している。科学技術、イノベーションには共通して実現や普及の不確実性の高さがある。特に特定の研究開発やイノベーションの実現を促す施策(ターゲティング型の科学技術政策、イノベーション政策)では顕著である。このような場合には、国家の資源を動員することに対する正統性への疑義が生じやすい(Weber & Rohracher, 2012)。他国の先行例はこれからとろうとする政策への正統性を付与することにつながりやすくなる。この結果、同じような施策をとったほうが迅速に政策を実行できることとなる。

同時に、バンドワゴン効果も働きやすいことが予想される。科学技術政策やイノベーション政策の施策の多くが、国の競争力に直接・間接に影響する。競合国に負けたくないという思いから同じ施策をとることが社会的、政治的に求められることがあると考えられ、それが政策の移転を促すことになろう。

2 理論から導出される科学技術・イノベーション政策における階層別・政策の移転要因

階層

移転の要因

政策(policy)

l  社会変化につながるパラダイムシフトの存在についての学習

l  背景:国境を超えたイノベーションシステムの存在、社会的要請のボーダレス化

施策(program)

l  不確実性の高い目標に対する施策の正統化の必要性

l  競合国に負けたくないという思いからのバンドワゴン効果

(出所)Borrás (2011)を参考に筆者作成。

4.経営戦略論から予想される政策の移転の帰結

経営戦略においても移転[2]が発生することが知られている。特にある事業の行末が不確実な段階では、その事業に関して多くの企業が採用している戦略は正統性を持ちやすく、模倣されやすい(Deephouse, 1999)。これは部分的には科学技術・イノベーション政策の移転と同じような構造になっている。

経営戦略の移転の主たる要因は①移転元の組織のほうが優れた情報を保有しているという思いからの移転(模倣)、②競合に負けたくないという思いからの移転(模倣)であると整理されている(Libereman & Asaba, 2006)。その整理を行った研究では、それぞれの移転(模倣)の帰結がまとめられている(表 3)。

3 戦略の移転(模倣)の影響

 

好ましい影響

負の影響

情報優位を理由とする模倣

 

l  実現のための資源が不十分であるにも関わらず、戦略を模倣の上、実行すると失敗につながりやすい

競争関係を理由とする模倣

Winner-takes-allの市場につながるのであれば、競争激化になりやすい(=社会には便益、一方で参加企業の収益性は抑制)

l  そうでないのであれば、市場の棲み分けにつながりやすい(=参加企業には便益)

 

両模倣共通

l  先行者が生産的な戦略をとっている場合、戦略の移転を通じ、産業全体の生産性が向上

l  戦略の改変を伴う模倣により相互に補完的な役割を担うようになった場合、社会の便益が増加

l  先行者の戦略が妥当なものでない場合、社会としては無駄な投資が行われる

l  多様な可能性が探求されにくくなる

(出所)Libereman & Asaba (2006)を参考に筆者作成。

この議論を科学技術政策、イノベーション政策の移転に当てはめると次のことが予想される(表 4)。まず、政策レベルでは同一または類似の政策課題が設定されることで対象となった社会課題の解決は加速化される。一方で、各国が同じ課題解決に取り組むことになり、重複した施策が多数登場し、国際的にみると重複投資が発生してしまう。しかも、政策課題がいかに妥当なものであっても、それに取り組む資源(知識、人材など)が不十分であれば戦略としての妥当性を欠く。競争力向上にはつながらない。

次に施策レベルでは、先行国との相対的な関係次第で影響が変わりうる。先行国の施策が効果的で、かつ、その施策を効果的に実行できる環境条件が自国に揃っているのであれば、効果的な施策実行が期待できる。あるいは、先行国の施策がもたらす結果と補完的な結果をもたらす施策を選択するのであれば、対象となる社会課題解決が促進されるだけでなく、ある種の棲み分けを促すことになり、その棲み分け方次第では競争力の向上にもつながりうる。他方で、政策レベル同様、重複投資の懸念があるほか、とりわけ先行国の施策を同一または類似の形で移転する場合には、競争激化が予想され、産業セクター側からの当該施策へのコミットメントが得られないことが予想される。例外的にコミットメントが得られるのは、winner-takes-allの場面に限られるだろう。

4 戦略の移転(模倣)の議論から予想される政策の移転の影響

階層

予想される好ましい影響

予想される負の影響

政策(policy)

l  対象となった社会課題の解決が加速する

l  国際的な重複投資が発生

l  実現のための内部資源の調査が不足していた場合、競争力向上につながらない

施策(program)

l  先行国と環境が類似していれば(または差異を踏まえて施策を修正できれば)、効果的な施策を採用できる

l  先行国と補完的な関係を促す施策を実施できれば、社会課題解決が加速し、競争力の向上にもつながりやすい

l  国際的な重複投資が発生

l  競争激化につながることが予想される場合、産業セクター側からのコミットメントが得られない

(出所)Lieberman & Asaba (2006)の議論を基に筆者作成

5.科学技術政策、イノベーション政策への示唆

このように政治学と経営戦略論の議論を接合してみると、政策の模倣・移転が好ましい条件と好ましくない条件が見えてくる。冒頭に述べたように、類似の政策だから直ちに好ましくないということはできない。

一方で、好ましい影響をもたらす環境を整えることの必要性が、これらの議論からは見えてくる。そもそも、前述の議論のうち、政策の移転の負の影響である重複投資については、国際競争の中で無駄な投資と評価されることは多くないように思われる。そうであれば、問題の焦点は自国の資源(知識、人材)との整合性が適切に調査されているか、先行国の施策が有効である条件について適切に分析がなされているかにあることとなる。

実際、適切な移転・学習のためには、政策立案組織に組織的な学習能力が必要であることも指摘されている(Borrás, 2011)。例えば、政策の移転が効果をあげずに失敗する要因として、(1)与えられた他国の政策に対する理解不足や情報不足、(2)政策を構成する要素の一部を欠いた不完全な移転、(3)文化、政治的背景が異なる中での不適切な移転が指摘されている(Dolowitz and Marsh 2000)。これらはいずれも政策立案組織としての調査不足、分析不足に起因することを表している。

つまり、ただ他国の政策・施策を調べ、都合のよい正統化につかうだけではなく、どのような環境条件があり、その政策・施策が当該国で有効と考えられるのかのロジックを探求することが必要なのである。


参照文献

秋吉貴雄・伊藤修一郎・北山俊哉(2015)『公共政策学の基礎 新版』有斐閣.

Bennett, C. J. (1991). What is policy convergence and what causes it?. British Journal of Political Science, 21(2), 215-233.

Borrás, S. (2011). Policy learning and organizational capacities in innovation policies. Science and Public Policy, 38(9), 725734.

Borrás, S., & Edquist, C. (2013). The choice of innovation policy instruments. Technological Forecasting and Social Change, 80(8), 1513-1522.

Deephouse, D. L. (1999). To be different, or to be the same? It’s a question (and theory) of strategic balance. Strategic Management Journal, 20(2), 147-166.

Dolowitz, D. P., & Marsh, D. (1996). Who learns what from whom: A review of the policy transfer literature. Political Studies, 44(2), 343357.

Dolowitz, D. P., & Marsh, D. (2000). Learning from abroad: The role of policy transfer in contemporary policymaking. Governance, 13(1), 523.

Evans, M. (2019). International policy transfer. In Stone, D., & Moloney, K. (eds). The Oxford Handbook of Global Policy and Transnational Administration (pp. 94­­–110). Oxford University Press.

Gulbrandsen, M., & Etzkowitz, H. (1999). Convergence between Europe and America: the transition from industrial to innovation policy. The Journal of Technology Transfer, 24(2-3), 223-233.

Ikenberry, J. G. (1990). The international spread of privatisation policies: Inducements, learning and policy bandwaggoning. In Suleiman, E., & Waterbury, J. (eds). The Political Economy of Public Sector Reform and Privatization (pp. 88­­–110). Westview Press.

Landoni, M. (2019). Convergence of innovation policies in the European aerospace industry (1960–2000). Technological Forecasting and Social Change, 147, 174-184.

Lieberman, M. B., & Asaba, S. (2006). Why do firms imitate each other? Academy of Management Review, 31(2), 366-385.

McLeish, C., & Nightingale, P. (2007). Biosecurity, bioterrorism and the governance of science: The increasing convergence of science and security policy. Research Policy, 36(10), 1635-1654.

Weber, K. M., & Rohracher, H. (2012). Legitimizing research, technology and innovation policies for transformative change: Combining insights from innovation systems and multi-level perspective in a comprehensive ‘failures’ framework. Research Policy, 41(6), 1037-1047.

[1] 社会の望ましい姿に差異がある場合、政策の移転・収束は阻害される。例えば、大学の技術の実用化促進政策については、イギリスとフランスで大学に対する社会からの期待が異なっていたため、政策の移転は目立った形で進行しなかったことがMuster & Wright (2010)により報告されている。

[2] 経営戦略論では模倣として捉えられている。

※本Reviewの英訳版はこちら

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