R-2023-073
・はじめに ・1.日本のDX・GX政策の現状 ・2.DXとGXの関係性について ・3.DX・GX同時推進企業の現状 ・おわりに |
はじめに
「デジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)」という概念は、2004年にエリック・ストルターマンが「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と提唱したところから始まった[1]。その後、日本では、経済産業省を中心に2018年頃からDXに関する動きが活発化し、産業DXを目指した政策の策定が行われている。
他方、世界規模での気候変動問題の解決に向けて世界的に脱炭素の動きが活発化している。日本も問題解決に向けて、2030年度の温室効果ガス46%削減(2013年度比)、2050年カーボンニュートラルの実現という公約を発表した[2]。日本は目標達成に向け、産業・エネルギー政策の大転換を目指した「グリーン・トランスフォーメーション(以下、GX)」の実現に向けた政策の策定が行われている。
本論では日本産業のDXとGX実現に向けた政策を紹介しつつ、DXとGXの今後とその同時推進の在り方に着目する。その上で政府の公開データに基づいた企業のDX、GXに関する指標を分析し、業種ごとの取り組み状況の現状を可視化する。
1.日本のDX・GX政策の現状
本論では企業のDX、いわゆる産業DX、GXを対象とするため、経済産業省が中心となって行っている取り組みを述べる。
DX政策の推進が本格化したのは、経済産業省が2018年に「DXレポート」を公表したことが大きい。ここでは複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合、2025 年以降で年間最大12兆円の経済損失にのぼる可能性があるとする、いわゆる「2025年の崖」を発表し、企業にDXの必要性を強く認識させた[3]。
2019年には「DX推進指標の提示」、また2020年には「デジタルガバナンス・コード」の策定、「DX認定制度」や「DX銘柄」の選定を始め、企業のDX推進を後押ししている。
GX政策に関して、2022年には「GXリーグ基本構想」に基づき、GXに積極的に取り組む「企業群」が政府と一体となって経済社会システム全体の変革のための議論と新たな市場の創造のための実践を行う場として、「GXリーグ」の設立を発表した[4]。GXリーグでは、①自らの排出削減の取組、②サプライチェーンでの炭素中立に向けた取組、③製品・サービスを通じた市場での取組を要件とし、カーボンニュートラルにいち早く移行するための挑戦を行う企業を募っている。
また2023年2月には「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定され、今後10年を見据えた取り組みの方針がロードマップとして取りまとめられた。他にも、公約の達成やGXの実現に向けた戦略が策定されている。
2.DXとGXの関係性について
2つのトランスフォーメーションの関係性について、「GX実現のためのDX」と「DX実現のためのGX」双方から述べる。
まず前者について、カーボンニュートラルやGXを実現するうえで、DXを推し進めることは非常に重要である。先に取り上げたロードマップの中では、取りくむべき活動として「情報流通プラットフォーム等を活用した循環度やCO2排出量の測定、情報開示等を促す措置」や「MaaS(Mobility as a Service)」、「脱炭素目的のデジタル投資」について言及している。ここからも、GXのためのDXは非常に重要であることが分かる[5]。
次に後者について、DX実現のためにGXを推し進めることも非常に重要である。ここではDX実現に向けた重要技術の1つであるICTインフラを例として取り上げる。総務省の情報通信白書によると、現状のままでは、データセンターやネットワークに関連する消費電力が2018年と比較して550倍以上になると予想されている[6]。このようにDXの進展に伴う消費電力の増加は無視できず、脱炭素社会に向けたGXの取り組みをDXと一体となって進めることが必要とされている。
上記を踏まえると、2つのトランスフォーメーションが非常に密接で重要な関連を持っていることがわかる。2022年に改訂版として取りまとめられた「デジタルガバナンス・コード2.0」においても、DXとGXを一体となって取り組んでいくことが望まれるという記述が追加されており、DXとGXの同時推進が企業にも強く求められている[7]。
3.DX・GX同時推進企業の現状
では、企業のDX・GXの取り組みに関する現状はどのようになっているのか。
本論では、公開データを活用しつつ、東証上場企業のDXとGXに関するマクロ的な現状を取りまとめた。使用データと分析方法は以下の通りである。
使用データ:
Ⅰ. 東証上場銘柄一覧
体系的な業種区分がなされているデータを得るため、本研究では日本取引所グループで公開されている「東証上場銘柄一覧」を活用した[8]。
Ⅱ. DX認定制度 認定事業者の一覧
IPAがDXによるデジタル経営改革を推し進めるために提供しているDX推進ポータル上での公開データを活用した。本分析では本データに記載のある企業を「DX推進企業」とみなし「DX推進企業であるか否か」の2値で集計した[9]。
Ⅲ. GXリーグ「参画企業プロフィール」
GXリーグ公式Webサイトの「参画企業プロフィール」のデータを活用した。本分析では本データに記載のある企業を「GX推進企業」とみなし「GX推進企業であるか否か」の2値で集計した[10]。
分析方法:
上記3つのデータ用いて計3686社の上場企業データを含むデータファイルを作成し、業種におけるDX推進企業、GX推進企業の割合とDX・GX同時推進企業の分析を行った。具体的にはデータⅠの業種区分参考にして企業を分類し、業種ごとのDX推進企業数、GX推進企業数、DX・GX同時推進企業数の割合を導出した。
業種ごとのDX推進企業数、GX推進企業数は以下の表の通りである。
表が示すように、政策に基づくDXやGXの取り組みは現状活発であるとは言い難く、DX認定企業やGXリーグ参画企業のそれぞれ割合は上場企業全体の10%程度しかいない。
それぞれの結果を業種別で見ると、DXの取り組み状況としては「電気・ガス・熱供給・水道業」や「金融業・保険業」が高く、DXの担い手となり得る「情報通信業」は業種の中でも4%程度しか取り組めていないという点は非常に興味深い。またGXの取り組み状況としては、DXで取り上げた2つの業種に加え、「製造業」が比較的高い割合を示している。GXリーグに参画している上場企業数の半数を占めていることからも、業種としてのGXへの関心の高さが見て取れる。
続いて、DX・GX同時推進企業数の割合は、以下の表の通りである。
DX・GX同時推進企業の割合は上場企業の中でも全体の3.5%しかないのに加え、DX推進企業の割合が高かった業種は同時推進でその割合を大きく落としている。この結果からDX・GX同時推進に対する活動がまだまだ活発でないことが読み取れる。
しかし「製造業」に着目してみると、本業種は該当企業数が多いため割合こそ値は小さいが、DX・GX同時推進に関しては比較的活発に取り組めている業種であることがわかる。
このように、DXやGXの実現が日本にとって非常に重要であることは言うまでもない。しかし、両者はそれぞれ別の課題として取り組まれることが多いという現状があることが言えよう。
おわりに
本稿ではDXとGXの同時推進に着目した。従来のDXに関わる調査でも、企業のDXの取り組みが遅れているというのは以前からよく言われる話であった。しかしながらDX・GX同時推進の視点で調査を行うことで、新たな課題が見えてくる。政府としても個々の実現に力を入れるのではなく、2つのトランスフォーメーションを同時に進めていくための政策を検討する必要があろう。
また今回はアンケート等の主観的なデータに拠らず、体系的、客観的なデータを用いた分析を行った。産業DXやDXとGXの同時推進を実現していくにあたり、現実に即した政策を提示していくためにも、エビデンスに基づいた政策立案(EBPM)のアプローチを取ることが今後も不可欠であろう。
参考文献
[1] Erik Stolterman, Anna Croon Fors (2004). INFORMATION TECHNOLOGY AND THE GOOD LIFE. Information Systems Research. pp687–692.
https://link.springer.com/chapter/10.1007/1-4020-8095-6_45
[2] 環境省(2021).「地球温暖化対策計画」. p11.
https://www.env.go.jp/content/900440195.pdf
[3]経済産業省(2018).「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~」. p26.
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_03.pdf
[4]経済産業省.産業技術環境局.環境経済室(2022).「GXリーグ基本構想」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX-league/gxleague_concept.pdf
[5] 経済産業省(2023).「GX 実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~」. pp10-12.
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/pdf/kihon.pdf
[6] 総務省(2023).「令和5年版情報通信白書」. p228.
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/pdf/00zentai.pdf
[7]経済産業省(2022).「デジタルガバナンス・コード2.0」. p2.
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf
[8] 日本取引所グループ(2023).「東証上場銘柄一覧」.
https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/misc/01.html
*2023年1月末時点での公開データを使用.
[9]独立行政法人情報処理推進機構.DX推進ポータル(2023).「DX認定制度 認定事業者の一覧」.
https://disclosure.dx-portal.ipa.go.jp/p/dxcp/top
*2023年3月1日時点の公開データを使用.
[10]経済産業省「GXリーグ:参画企業プロフィール」.
https://gx-league.go.jp/member/
*2023年3月1日時点の公開データを使用.