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経済安全保障推進法は科学技術政策を変えるか?
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経済安全保障推進法は科学技術政策を変えるか?

February 15, 2023

R-2022-120

1.法律の概要
2.政策形成の特徴
3.経済安全保障重要技術育成プログラム
4.キャッチアップから逃れられない研究開発

20225月に成立した経済安全保障推進法は、現代の国際政治経済の中で問題となっている、他国による経済的威圧に対抗するための措置として起草されたものである。その法律を通じて、他国からの威圧に屈することのないよう、「戦略的自律性」を高めると同時に、他国に対して、唯一無二の技術を持ち、日本の技術が世界において不可欠なものであることで、他国が経済的威圧をかけにくくするという「戦略的不可欠性」を追求している。こうした「戦略的不可欠性」を獲得する手段として、先端重要技術の開発支援を行うという枠組みが設けられている。

本稿では、この経済安全保障推進法によって、これまでの日本における科学技術政策のあり方にどのような変化がもたらされるのかを検討し、新しい科学技術政策の再構築にどのような影響を及ぼしうるのかを検討する。

1.法律の概要

現代社会において、科学技術は様々な役割を果たす。技術は経済社会活動を発展させていくものであると同時に、軍事や安全保障分野においても、大きな変化をもたらすものである。とりわけ、日本を取り巻く安全保障環境が悪化する中で、技術的な優位性を持っているかどうかは、国際政治における重要な問題となっていく。それゆえ、その技術を他国に流出させないための技術管理や、優位性を持つ技術をテコにして他国に圧力をかける、経済制裁や輸出規制などが実施されている。

そんな中で、日本においても政府のインフラ構築やテロ・サイバー攻撃対策、さらには自衛隊の能力向上といった分野において、科学技術の重要性が見直されている。経済安全保障推進法においては、そうした利用可能性のある先端的な重要技術の研究開発を促進し、その成果を適切に利用することによって、日本が中長期的に国際社会において確固たる地位を保持することが出来る、と規定し、先端重要技術の開発支援を行うことになっている。

政府はまず特定重要技術の開発方針を定め、それに基づいて必要な情報を提供し、資金支援を行う。ここにおける「必要な情報」とは、国が研究者に求めるニーズを意味する。つまり、政府がインフラを構築する際に、国内で必要とされる技術は何かを特定したり、サイバー攻撃への対策で日本が保持しておくべき技術は何かを特定したりする、といったことである。こうした「必要な情報」を提供することで、研究者は、どのような研究開発を行うべきか、という方針を得ることになるが、その情報はしばしば機密事項が含まれうるため、研究者には一定の機密保持の義務が課されることになる。

現在のところ、まだ特定重要技術の開発方針が定まっているわけではないが、その技術がどのような分野の技術なのかを絞り込む作業は始まっている。202210月の時点で、特定重要技術分野として20の分野が定められている。それらは以下の通りである。

▽バイオ技術
▽医療・公衆衛生技術
▽人工知能・機械学習技術
▽先端コンピューティング技術
▽マイクロプロセッサ・半導体技術
▽データ科学・分析・蓄積・運用技術
▽先端エンジニアリング・製造技術
▽ロボット工学
▽量子情報科学
▽先端監視・測位・センサー技術
▽脳コンピューター・インターフェース技術
▽先端エネルギー・蓄エネルギー技術
▽高度情報通信・ネットワーク技術
▽サイバーセキュリティ技術
▽宇宙関連技術
▽海洋関連技術
▽輸送技術
▽極超音速
▽化学・生物・放射性物質及び核
▽先端材料科学

これらを見ても明らかなように、技術分野を絞ったとはいえ、具体的な技術課題はより詳細に決まるものであり、更なる絞り込みが必要となるだろう。しかし、このリストから、日本が「戦略的不可欠性」を得ようとする分野であり、政府が「ニーズ」として求めている分野が見えてくるのは興味深い。これらの特徴として、人工知能や量子情報科学のように、まだ社会実装が十分ではない分野の技術も含まれているが、海洋関連技術(おそらくエンジンやソナーといった技術に焦点は絞られるだろう)のように、古くからある技術分野だが、技術革新が続く分野も含まれている。また、ここで挙げられた20の技術分野はいずれも軍民両用技術であり、将来にわたって国家の軍事力の優劣を決めることになる技術である、というのも一つの特徴であろう。

2.政策形成の特徴

経済安全保障推進法における政策形成過程の特徴がいくつかある。第一に、科学技術政策とはいいながら、特定重要技術に指定された技術の多くは民間企業や研究所にあり、政府が研究開発課題として設定したものばかりではない、という点である。そのため、政策決定において「官民パートナーシップ(協議会)」が組まれている。伝統的に科学技術政策は一部の研究者の代表が全ての科学技術分野を包括する形で科学技術政策全体を調整するのに対し、経済安全保障推進法では、個別プロジェクトごとに研究者の代表と政府によって構成される協議会を設置する。つまり、これまでの研究開発プロジェクトでは、政府が研究計画に基づいて資金を提供し、その運用などについては研究者に一定の自由度があったのに対し、経済安全保障推進法では研究開発大臣[1]、国の関係行政機関の長、研究代表者/従事者、シンクタンク等によって構成される協議会が研究の方針などを決定し、技術と情報を管理する。この協議会では、研究開発の推進に有用なシーズ・ニーズ情報の共有や社会実装に向けた制度面での協力など、政府が積極的な伴走支援を実施することとなっており、研究者の自由度は一定程度制約される。また、機微な情報について、協議会構成員に対し、適切な情報管理と国家公務員と同等の守秘義務が求められている。基本的に研究成果は公開されるが、その中で安全保障や国家の脆弱性を明らかにする恐れのある技術に関して、個々の技術ごとに情報の取り扱いを規定することになっている。

第二の特徴として、政府は技術情報をすべて持っているわけではなく、それぞれの技術分野に関しての調査研究は、新たに設置されるシンクタンク(特定重要技術調査研究機関)が各国の技術状況を調査し、政府が取るべき技術戦略を提案することになっている。この機関はアメリカにおけるRAND研究所のような、国家の戦略的意思決定に大きな影響を与えるシンクタンクをイメージしており、守秘義務を伴う調査研究機関として、政府が求める技術情報を調査することになっている。こうした機関がどのくらいの規模になるのか、また具体的にどこまで調査するのか、ということは定かではないが、特定重要技術として認定された20分野に関して、それぞれが先進工業国や中国などの技術調査を行うとなれば、かなりの規模の機関になるであろう。

3.経済安全保障重要技術育成プログラム

経済安全保障推進法の成立前から、法律の制定に向けて動き始めたプログラムがあった。それが内閣府の下にある経済安全保障推進会議及び統合イノベーション戦略推進会議において実施される経済安全保障重要技術育成プログラム(通称「K Program」)である。このK Programは内閣府が主導し、日本が国際社会において中長期的に確固たる地位を確保し続ける上で不可欠な要素となる先端的な重要技術について、研究開発及びその成果の活用を推進することを目的としている。このK Programは将来的には経済安全保障推進法の下での先端技術開発支援の指定基金になると想定して、法律制定前の2021年度の補正予算で組まれたところからスタートしている。

ここでは5つの技術と4つの領域を重要技術・領域として設定し、重点を置くことにしている[2]。その5つの技術とはAI技術、量子技術、ロボット工学、先端センサー技術、先端エネルギー技術である。これらは内閣府委託事業「安全・安心に関するシンクタンク機能の構築」の広範囲調査において示された技術分野であり、各国で開発が進んでいる技術である。また、4つの領域とは海洋領域、宇宙・航空領域、領域横断・サイバー空間領域、バイオ領域である。これらは社会やヒトの活動が関わる場として科学技術・イノベーション基本計画を発展させる形で位置づけられている。

このK Programでは、大学や大企業の研究者だけでなく、スタートアップ企業や技術的ポテンシャルのある中小企業の研究者や技術者なども参加する多様性が求められている。また、特定の領域に留まるのではなく、多様な領域を横断的に研究することを求めているという点でも特徴がある。さらには社会実装を見据えた研究開発を進めることが求められ、潜在的な社会実装の担い手につなげていくことや将来の運用に関する枠組みの検討に関する視点、産業化などを想定して、世界に通用する技術を推進することが想定されている。

4.キャッチアップから逃れられない研究開発

経済安全保障推進法が目指すものは、本来、日本の技術が世界において唯一無二のものとなり、日本が国際社会において不可欠な存在になることである。しかし、ここまで見てきたように、日本が持つ特定の技術をさらに発展させ、唯一無二のものにするというよりは、シンクタンクを設立し、世界各国の技術動向を調査させ、日本が遅れている技術を開発して他国に追いつくことを目的としているように見える。

こうした国際技術動向を意識し、他国が持つ技術を日本も持つよう努力するというのは、日本の近代化プロセスで繰り返されてきた、キャッチアップ戦略と基本的には同じ構図である。官民協議会やシンクタンクを作るという側面に、政策形成の新しさはありつつも、その基本的な構造は大きな変化がなく、その意味では経済安全保障推進法によって、日本の科学技術政策が変化するとはいいがたい。

ただ、技術開発の出口が、極めて軍事安全保障分野に近い技術であるというのは、これまでの科学技術政策との違いとして際立っている。第二次大戦以降、日本の科学技術政策は、安全保障の問題と距離を取り、日本学術会議の数度にわたる決議に見られるように、「戦争目的」とみなされるものについて、研究者が関与することを原則として否定してきた。その意味では、今回の経済安全保障推進法を通じた軍民両用技術の研究開発の推進は、防衛装備庁が進めてきた「安全保障技術開発推進制度」を補完する役割と見ることが出来るかもしれない。防衛装備庁の制度は学術会議との関連で、多くの研究者、特に大学に所属する研究者が二の足を踏んでいると言われているが[3]、その根拠として防衛省予算による研究費は「戦争目的」とみなされる恐れがある、というものがある。その点、経済安全保障推進法を所掌する内閣府の予算であれば、そうした問題が回避できるという可能性があると言えるだろう。

いずれにせよ、日本学術会議も軍民両用技術を「単純に二分することはもはや困難[4]」と認めるなど、柔軟な立場を取り始めている。そうした流れを受けて、内閣府が主導する経済安全保障に関連したプログラムであれば、過去の決議を否定することなく軍民両用技術の研究開発を進めることが出来る、という流れが出来つつある。さらに経済安全保障推進法では、官民協議会などを通じて政府から一方的に命じられるのではなく、民間の研究者も意思決定に守秘義務を負いながら参加するという形になっている点も、ある種の歩み寄りと言えるだろう。

いずれにしても、経済安全保障推進法は、外国にあって自国にないものを埋め合わせるというキャッチアップ戦略の発想からは変わらず、「戦略的不可欠性」を獲得することを目指す形になっていないという点で、従来の科学技術政策を変えていない。しかし、これまで政府と研究者の間で大きな障害として残っていた、安全保障に関連する軍民両用技術の開発に関する点については、従来の科学技術政策を大きく変えたと結論付けることが出来るだろう。

 


[1] 国の資金により行われる研究開発等に関して、当該資金を交付する各大臣
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r4_dai1/siryou7.pdf
[2] 「経済安全保障重要技術育成プログラム研究開発ビジョン(第一次)」経済安全保障推進会議・統合イノベーション戦略推進会議、2022916日。
https://www8.cao.go.jp/cstp/anzen_anshin/2_vision.pdf
[3] 新谷由紀子「日本の大学における軍事的安全保障研究への取組と今後の課題」『文理シナジー』第24巻第1号、20204月、pp.21-40
https://coi-sec.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/2020/06/gunjitekianzenhosyou_202004.pdf
[4] 「学術会議、軍民「両用」技術の研究を容認…「単純に二分するのはもはや困難」」『読売新聞』2022727日。
https://www.yomiuri.co.jp/science/20220726-OYT1T50377/

※本Reviewの英語版はこちら

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