このレビューのポイント
■ 被写体の人物を遠隔から識別することを指して本稿では遠隔生体識別と呼ぶ。この定義に基づけば、Augmented Reality(AR)における遠隔生体識別や、防犯カメラの画像を用いた遠隔生体識別があり得る。これらに関する日本国内の議論はまだ成熟の余地がある。
■ 第1章では、遠隔生体識別の中でも、スマートフォンのレンズ越しやメガネ型のスマートグラスを通じて情報の検索や翻訳ができるというARに関する人々のプライバシー意識の調査結果を紹介する。
■ 第2章では、顔照合による個人識別に対象を絞り、遠隔生体識別の応用的なユースケースに関する人々のプライバシー意識の調査結果を紹介する。
■ プライバシー意識は、誰が行為主体であるか、誰がその行為を被るのかによって違いがあると思われる。
■ 今回の調査結果では、関東地方よりも関西地方の女性がプライバシーを気にする傾向があった。
R-2023-125
※本稿の前半は、加藤綾子、満永拓邦、松崎和賢、原翔子、須藤修、「拡張現実(Augmented Reality: AR)に関するプライバシー意識の調査」、情報処理学会第196回DPS・第101回EIP合同研究発表会、2023年9月1日の予稿を基にしたものである。
1.ARにおける個人識別
1-1.本研究の着眼点
実空間に存在する人や物に対して、スマートフォンのレンズ越しや、メガネ型のスマートグラスを通じて、情報の検索や翻訳ができるようになってきている。本稿ではこうしたレンズを「検索機能付きレンズ」と呼び、メガネのように装着可能なものを「スマートグラス」と呼ぶことにする。こうした技術は異なる言語話者のコミュニケーション支援や視聴覚障がい者の支援に役立てることができる可能性がある一方で、ユーザーによる他者のプライバシー侵害の恐れもある。
このような機能が搭載されたデバイスによって離れた距離から、被写体の人物が誰であるかが識別されるとき、これは遠隔生体識別であるといえる。その処理がリアルタイムに行われるならば、それはリアルタイム遠隔生体識別と呼ばれる。遠隔生体識別は、事業者によるものと、個人のユーザーによるものが、少なくともあり得るだろう。
特定の個人を識別することができる情報は、個人情報である[1]。顔画像から抽出された、個人を識別可能な顔特徴データや、歩き方(歩容)のデータから抽出された、個人を識別可能な歩容データは、生体情報である。生体情報という個人情報は、容易に変更することができないという点で、本来、取り扱いに一層の配慮が必要であるはずだ。
遠隔生体識別に関するルール形成の議論は、この先、まだ成熟の余地があるだろう。公的空間における法執行目的のリアルタイム遠隔生体識別は、欧州のAI Actにおいて「容認することのできないリスク」(Unacceptable risk)に分類され禁止されている[2]。米国の一部の州でも、自治体の条例によって同様の事項が禁止されている地域がある。一方、日本では、現時点でこうした識別行為に関する検討はまだ本格的に行われているとは言えない。日本において事業者等は、日本の個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)に則った上で、経済産業省・総務省の「カメラ画像利活用ガイドブック」[3]や、個人情報保護委員会「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書」(令和5年3月)[4]を参照することになる。
ある技術ないし機能が、様々な用途に応用可能である場合、その技術や機能を単に禁止するのではなく、社会の中にどのように導入していくかを、社会のルールとセットで考えていく必要がある。本研究はこうした問題意識を背景としながら、検索機能付きレンズやスマートグラスの普及の前段階において、ユーザーのプライバシー意識と政策の選好について確認する。
1-2.事業者が採り得る方策
検索機能付きレンズやスマートグラスを通じて、公的な場で、個人ユーザーが他者の情報を検索や翻訳することができるという場合、問題は一見するとConsumer to Consumer (C2C)型のプライバシー侵害であるかのように見える。ところが、近年、特に欧州では、SNSの偽情報対策の一環として、個人間取引の仲介者たるプラットフォーマーにC2C型の情報流通に関する一定の責任を課すという方向性が打ち出されている。
現存するいくつかのサービスでは、C2C型のプライバシー侵害をサービス提供事業者側で防ぐ方法が採られている。人々のプライバシーを確保することは、サービス提供事業者にとって消費者の信頼を獲得して自社製品の市場における普及に寄与すると期待することができるのだろう。約10年前に、米国の大手IT企業からメガネ型のスマートグラスが発売された際、ユーザーによるプライバシー侵害が懸念されたということがあった。以後、こうしたサービスを提供する事業者は、被写体のプライバシーをできるだけ侵害しない工夫をしているということが窺える。以下、いくつかの事例を概観してみよう。
米国のある大手IT企業が顔識別機能の提供において採用している方法は、利用者を登録制にして法人のみに限定するというものである。利用者の対象を事業者に限定することで、個人情報保護法が適用されるようになる。また、顔識別機能の用途を「写真の整理」などに限定するという方法も見られる。このように利用可能な用途を限定することにより、公的な空間に実在する生身の人間に対してその機能が適用されにくくなる。
イスラエルの企業が販売している視覚障がい者向けのウェアラブルデバイスは、予め登録された顔情報とマッチする人物に遭遇した際に、デバイスがその人物を識別してユーザーに音声で知らせるという機能を提供するものだが、顔情報の登録には、被写体の人物に約1メートルの距離に立ってもらい、約30秒間静止してもらう必要がある[5]。
このように、C2C型のプライバシー侵害をサービス設計においてできるだけ防ぐことで、一部のサービス提供事業者は、安心安全な社会の構築に寄与する努力をしているようである。
1-3.アンケート調査の概要
それでは、日本の一般消費者は、遠隔生体識別についてどのようなプライバシー意識を有しているのだろうか。本研究はインターネット調査会社を利用して2023年3月にアンケート調査を実施した。調査対象は20歳から69歳までの男女であり、関東地方の1都3県と関西地方の2府1県からそれぞれ150人ずつ合計300人の回答を収集した(表1)。
一般的に、自分自身が行為主体となって他者の情報を取得する場合と、自分自身が被写体となって他者に情報を取得される場合では、プライバシー意識に差があるのではないかと思われる。そこで、本調査では、アンケートの回答者が行為主体であり他者が被写体となる場合と、他者が行為主体であり回答者が被写体となる場合に分けた上で、「検索機能付きレンズ」を用いた画像検索の場合と「スマートグラス」の場合のそれぞれについて、①文字として何が書かれているかが分かる、②持ち物についてどこのいくらの商品であるかが分かる、③顔画像からどこの誰であるかが分かる、④景色や建物の特徴から撮影場所がどこであるかが分かる、といったいくつかの場面について、被写体のプライバシーをどのくらい気にするかを問うた。ただし、本稿において質問項目の文面は意訳である。
回答選択肢はいずれも5段階評価とし、回答者のポジティブ/ネガティブな反応を捉えた。「検索機能付きレンズ」については、回答者と他者のどちらが行為主体の場合も、プライバシーを「とても気にする」から「まったく気にしない」までの5段階評価で回答を収集した。「スマートグラス」については、回答者が行為主体の場合については「とても使いたい」から「まったく使いたくない」までの5段階評価、他者が行為主体の場合については「まったく構わない」から「絶対に使って欲しくない」までの5段階評価で回答を収集した。
この結果、関西地方の20代の女性が、関東地方の同年代の女性に比べて「プライバシーをとても気にする」、スマートグラスを「絶対に使って欲しくない」と回答する傾向にあった。
1-4.全体の結果:いくつかの項目で男女差あり
まず、調査結果の全体像を把握するため、画像検索の場合とスマートグラスの場合のそれぞれについて、アンケートの回答者が行為主体であり他者が被写体となる場合と、他者が行為主体であり回答者が被写体となる場合に、先ほど挙げた項目群に男女差や地域差があるかどうかを調べた。
2群の差の検定を行った結果、統計的に有意な男女差があった(有意確率の値が5%未満であった)のは、回答者が被写体となる場合の③顔画像から誰であるかが分かること、④写真の撮影場所がどこであるかが分かること、また、他者が被写体となる場合の①文字として何が書かれているかが分かること、③顔画像から誰であるかが分かること、であった(表2、表3)。
出所:加藤綾子作成 *注1
1-5.年代・性別ごとの地域差
地域差については、関東地方と関西地方という2群の比較では、有意差がほとんど見られなかった。そこで、年代・性別ごとの地域差を調べてみたところ、20代女性の4項目と、30代女性の1項目、40代男性の2項目に、有意な地域差があった。
すなわち、関西地方の20代女性は、回答者が被写体となる場合に、プライバシーを「とても気にする」、スマートグラスを「絶対に使って欲しくない」と回答する傾向にあった。一方、関東地方の20代の女性は、これらについて「どちらともいえない」と回答する傾向にあった。これによって、20代女性の有意な地域差が生じていた。30代女性については、関東地方の30代女性がスマートグラスを「絶対に使って欲しくない」と回答する傾向にある一方で、関西地方の30代女性が「どちらともいえない」と回答する傾向にあった。
40代男性については、関東地方の40代男性は他者のプライバシーを「やや気にする」と回答する傾向にある一方で、関西地方の40代男性は他者のプライバシーを「まったく気にしない」と回答する傾向にあった。また、関東地方の40代の男性はスマートグラスを「とても使いたい」と回答しがちであるのに対して、関西地方の40代男性は「まったく使いたくない」と回答しがちであった。
1-6.ルールおよび政策決定者に関する選好
さらに、本調査では、ルールおよび政策決定に関する選好についても調査した。このような「検索機能付きレンズ」をどのように使えるようにするか否かを「誰が決めるのが良いと思いますか」と問い、「その他」を含む8つの回答選択肢(表4)の中から最も望ましいと思うものについて単一回答を得た。
回答者数の多かった上位4つの回答を見てみると(表4)、1つ目の「日本政府が法令を定める」という方法を顕著に支持していたのは関西地方の男性であった。この政策については関西地方の20代・60代の女性と、関東地方の50代男性も支持していた。
2つ目の「日本政府とサービス提供事業者が話し合って決める」という方法は、関東地方の男性があまり支持していないという特徴があった。この政策を支持していたのは、主に関東地方の20~30代女性や60代女性、関西地方の40代・60代の男性であった。
3つ目の「消費者や消費者団体とサービス提供事業者の話し合い」という方法は、関東地方の50~60代女性や関西地方の60代女性が支持しており、4つ目の「国際的な協調」という方法は、関東地方の30~40代の男性が支持していた。
1-7.小括
本調査の結果、一つ明らかになったことは、関東地方と関西地方を比較した場合に、関西地方の女性がプライバシーをとても気にする傾向にあったということである。実は、同様の傾向が別の調査結果注2でも見られた。その調査では、駅構内に設置されたカメラの画像を「防犯目的」「マーケティング目的」「研究目的」で使う場合についてプライバシー意識を聴取した。さらに、顔特徴データから年代・性別が推定されることと、歩容データから年代・性別が推定されることについて、それぞれプライバシーをどのくらい気にするかを問い、両者の回答者数の増減を確認したところ、関西地方の30~50代女性において、歩容データが使われる場合にプライバシーを「とても気にする」という回答が増加する傾向にあった。関東地方の同年代の女性にはこのような傾向が見られなかった。従って、こちらの結果からも、同じ年代の女性であっても関東地方と関西地方ではプライバシー意識に違いがある、ということが言えそうである。
関西地方の女性がプライバシーを懸念する傾向があるということの要因については、本調査では必ずしも十分に明らかにすることができていないのだが、体感治安の差や、駅構内で実施されている顔情報を用いたサービス(例えば顔認証改札[6][7])の認知度などを調べることで、今後、その要因の解明に迫ることができるかもしれない。
2.顔照合による個人識別
続いて、本稿の後半では、対象を顔照合による個人識別に絞り、遠隔生体識別の応用的なユースケースに関する人々のプライバシー意識について考えてみよう。
2-1.何と何をどのように照合するのか
顔照合による特定の個人の識別には、少なくとも次の2通りがある。例えば空港の入国審査では、パスポート持参者の顔特徴データと、パスポートの中のICチップに記録された顔画像の顔特徴データが照合される[8]。これは1対1の比較であるといえる。マイナンバーカードを用いた顔照合も基本的にこれと同様の方法でなされる[9]。照合時は、ICチップ内の顔画像が読み出されるため、顔情報が登録された照合用データベースを用意する必要はない。
1対1の比較による顔照合は、典型的には、対象者本人がパスポートやマイナンバーカードなどを持参し、自分自身の顔が照合されることを把握しているという状況が想定される(ただし、本人の認知機能によってはこの限りではないが)。それゆえ、本人が顔照合を拒むということも、選択肢としてはあり得る(例えば、入国審査において顔の照合を拒みたい場合には海外に渡航しない等)。
これに対して、駅構内や商業施設、イベント会場などにおいて、大勢の中から、ある個人(例えば指名手配者など)を識別しようとする場合、通行人や観客の全員が撮影されてその顔特徴データが、照合用データベースに保存された検出対象の人物の顔特徴データと照合される。この場合、特別な配慮がなされていない限り、識別行為は無差別であるため避けることが難しく、また、識別対象となる全員が自分自身の顔がスキャンされて照合されるということを自覚することは難しいだろう。さらに、検出対象者の顔情報が登録された照合用データベースが必要となるが、その照合用データベースに誰の顔情報を登録しておくかということも問題となり得る。例えば、個人情報保護委員会「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書」(令和5年3月)の注58には「一定の刑事手続を受けた者を照合用データベースに登録する場合」との記載があり、例えば出所者の顔情報などを防犯目的で照合用データベースに登録しておき、公共交通機関や商業施設などにおいて事業者が対象者を検知・検出するということも想定されているようである[4]。
照合用データベースに来店客などの顔特徴データを記録・蓄積し、同一人物の再訪を検知・検出するということも可能である。照合用データベースを用いた個人識別行為を商業目的で行う場合の一例が、経済産業省・総務省の「カメラ画像利活用ガイドブックver3.0」の中で示されている「リピート分析」である[3]注3。リピート分析は、防犯目的でも行われ得る。
通行人や観客、来店客といった不特定多数の被写体の顔特徴データと、照合用データベースに登録された複数人の顔特徴データとを照合する行為は、多対多の比較であるといえる[10]。
上記の2通りの応用例として、顔認証改札や顔認証による支払いなどが挙げられる。例えば、ゲートの前に立った本人が身分証を機械にタッチして、身分証の中のICチップに記録された顔特徴データが読み出されて、ゲートの前の人物の顔特徴データと照合される場合は、1対1の比較であるといえる。ただし、予め利用者の顔情報を照合用データベースに登録しておく必要があるという場合は、本人の顔特徴データが、照合用データベースの中にある複数人の顔特徴データと照合されるという点で、1対多や多対多の比較に該当する[10]。
以上のような顔照合のユースケースについて、一般の人々はどのようなプライバシー意識を有しているのだろうか。本調査は、表5の9項目についても回答者のプライバシー意識を「とても気にする」から「まったく気にしない」までの5段階評価で聴取した。
2-2.顔照合による個人識別に関する調査結果
表5の9項目に関する調査結果においても、関西地方の女性は全般的に「まったく気にしない」との回答が少ない傾向にあり、関東地方の女性や両地方の男性よりもプライバシーを気にしがちであることが分かった(図1から図9)。また、関東地方の20代男性がプライバシーを「やや気にする」、関東地方の50~60代の男性がプライバシーを「とても気にする」と回答することが比較的多かった(図1から図9)。
図1は「勤め先や学校の入構時に、あなたの顔特徴データが、社員証や学生証の顔写真の顔特徴データと照合される」ということの回答結果を示している。これについて、プライバシーを「とても気にする」「やや気にする」との回答の合計値が、各年代・性別(n=15)の50%以上を占めたのは、関東地方の20代・40代・50代の男性、関東地方の60代女性、関西地方の50代男性、関西地方の50~60代女性であった。
他方で、関西地方の30代・40代の男性は、プライバシーを「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値が最も高く、関西地方の20代男性、関東地方の60代女性がこれに準ずる値であった。また、関西地方の20代・60代の女性も「あまり気にしない」との回答の値が比較的高かった。
このユースケースの実例がありそうであるのは、例えば都心のオフィスビルなどであるが、このユースケースは関東地方の男性よりも関西地方の男性に受け入れられそうである。
図1.勤め先や学校の入構時に、あなたの顔特徴データが、社員証や学生証の顔写真の顔特徴データと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図2は「音楽やスポーツのイベント会場への入場時に、あなたの顔特徴データが、顔写真付き身分証の顔特徴データと照合される」、図3は「音楽やスポーツのイベント会場で、あなたを含む来場者すべての顔特徴のデータが、指名手配犯の顔特徴データと照合される」ということの回答結果を示している。前者は入場時の顔照合、後者は指名手配者の検知・検出が目的であるという点で異なる。
前者のユースケースにおいて、プライバシーを「とても気にする」「やや気にする」との回答の合計値が、各年代・性別(n=15)の50%以上を占めたのは、関東地方の20代・50代・60代の男性、関東地方の40~60代女性、関西地方の50代男性、関西地方の50~60代女性であった。
他方、関東地方の30代女性はプライバシーを「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値が高く、関西地方の30~40代男性もこれに準ずる値であった。関東と関西の20代女性と、関西地方の60代男性は、「まったく気にしない」との回答が0であったが、「あまり気にしない」との回答者数は高かった。このユースケースは全体的に若い世代に受け入れられる可能性があるといえそうである。
後者のユースケースも、前者とほぼ同様の回答結果であったが、「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値は、関東地方の30代・30代・60代の男性や、関東地方の40~50代女性、関西地方の20代男性においてやや増加した。これらの年代・性別においては、入場時の顔照合よりも、指名手配者の検知・検出という目的の方が比較的許容され得るといえるのではないか。
図2.音楽やスポーツのイベント会場への入場時に、あなたの顔特徴データが、顔写真付き身分証の顔特徴データと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図3.音楽やスポーツのイベント会場で、あなたを含む来場者すべての顔特徴のデータが、指名手配犯の顔特徴データと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図4は「小売店での『スマート会計』時に、あなたの顔特徴データが、予め登録した顔写真付き身分証の顔特徴データと照合される」ということの回答結果を示している。これについて、プライバシーを「とても気にする」「やや気にする」との回答の合計値が、各年代・性別(n=15)の50%以上を占めたのは、関東地方の20代・50代・60代の男性、関東地方の50~60代女性、関西地方の40~50代男性、関西地方の40~60代女性であった。これ以外の年代ではこの値が比較的低めであった。
他方、プライバシーを「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値が高かったのは、関西地方の30~40代男性や、関東地方の30代女性であった。従って、このユースケースは、若い世代に受け入れられる可能性があるのではないかと思われる。
図5は「小売店の店舗内で、あなたを含む来店客すべての顔特徴データが、迷惑行為を行う人物の顔特徴データと照合される」ということの回答結果を示している。これについて、プライバシーを「とても気にする」「やや気にする」との回答の合計値が、各年代・性別(n=15)の50%以上を占めたのは、関東地方の20代・50代・60代の男性、関東地方の60代女性、関西地方の50代男性、関西地方の50~60代女性であった。
他方、プライバシーを「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値が最も高かったのは、関東地方の40代女性であった。関西地方の30~40代男性、関西地方の20代女性も、この値が高かった。図4のユースケースに比べて、全体的に「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の値が高めであった。この結果から、小売店でのスマート会計よりも、小売店での迷惑行為防止のために顔照合が用いられるという方が人々の受容性が高そうである。
図4.小売店での「スマート会計」時に、あなたの顔特徴データが、予め登録した顔写真付き身分証の顔特徴データと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図5.小売店の店舗内で、あなたを含む来店客すべての顔特徴データが、迷惑行為を行う人物の顔特徴データと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図6は「自治体が設置した街頭の防犯カメラで、あなたを含む通行人すべての顔特徴のデータが、指名手配犯の顔特徴のデータと照合される」、図7は「警察が設置した街頭の防犯カメラで、あなたを含む通行人すべての顔特徴のデータが、指名手配犯の顔特徴のデータと照合される」ということの回答結果を示している。双方の相違点は、行為主体が自治体であるか、または、警察であるかという点である。
関東地方と関西地方の50代男性と、関西地方の50~60代女性は、双方においてプライバシーを「とても気にする」「やや気にする」との回答の合計値が各年代・性別(n=15)の50%以上を占めた。他方、プライバシーを「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値は、双方とも関東地方の30代女性や関西地方の30~40代男性において高い傾向にあった。
興味深いのは、関東地方の40~60代女性と関西地方の20代・40代女性において、行為主体が警察である場合は、行為主体が自治体である場合に比べてプライバシーを「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値が若干上昇していたことである。少なくとも女性に関しては、このユースケースの行為主体は自治体よりも警察である方が多少の安心感を与えるのかもしれない。
図6.自治体が設置した街頭の防犯カメラで、あなたを含む通行人すべての顔特徴のデータが、指名手配犯の顔特徴のデータと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図7.警察が設置した街頭の防犯カメラで、あなたを含む通行人すべての顔特徴のデータが、指名手配犯の顔特徴のデータと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図8は「防犯のために、個人宅のインターホンで、あなたの顔特徴データが、指名手配犯の顔特徴のデータと照合される」ということの回答結果を示している。これについて、プライバシーを「とても気にする」「やや気にする」との回答の合計値が、各年代・性別(n=15)の50%以上を占めたのは、関東地方の20代・50代男性、関西地方の50代男性、関東地方の50代女性であった。
他方、プライバシーを「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値が高かったのは、関東地方の50代女性であった。関東地方の30~40代女性、関西地方の30~40代男性、関西地方の20代女性はこれに準ずる値であった。関西地方の30代女性は「どちらともいえない」との回答が最も高かった。
ここまでのユースケースのすべてにおいてプライバシーを気にしがちであった関西地方の60代女性が、このユースケースにおいては、「とても気にする」との値が若干低めに転じた。
図8.防犯のために、個人宅のインターホンで、あなたの顔特徴データが、指名手配犯の顔特徴のデータと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
図9は「職場や学校の大勢が参加する場面で、あなたを含む参加者が互いに誰であるかが分かるように、予め登録された顔写真の顔特徴データと照合される」ということの回答結果を示している。これについて、プライバシーを「とても気にする」「やや気にする」との回答の合計値が、各年代・性別(n=15)の50%以上を占めたのは、関東地方の20代・60代の男性、関西地方の50代男性、関西地方の40~50代女性であった。
このユースケースにおいても関西地方の60代女性がプライバシーを気にする値はやや低下し、その分、「どちらともいえない」との回答の値が増加した。
「あまり気にしない」「まったく気にしない」との回答の合計値は、どの年代・性別においても比較的低めであったが、関西地方の30代男性においては若干高めであった。
図9.職場や学校の大勢が参加する場面で、あなたを含む参加者が互いに誰であるかが分かるように、予め登録された顔写真の顔特徴データと照合されることについて
注:図中の数字は割合(%)ではなくn数を表している。
出所:加藤綾子作成
2-3.小括
本稿の後半では、遠隔生体識別の中でも、顔照合による個人識別の様々なユースケースについて人々のプライバシー意識を確認した。今回の調査では、各年代・性別のサンプル数が小規模であったこともあり、年代・性別によってポジティブ/ネガティブの反応がやや固定化された。
防犯目的が示唆されるユースケースについては、例えば関西地方の30~40代男性などの一定層が多少ポジティブな反応に転じる傾向にあった。ただし、同じ防犯目的であっても、行為主体が自治体であるよりも警察である方がより受け入れられる傾向にあるようであった。
おわりに
プライバシー意識は、誰が行為主体であるか、誰がその行為を被るのかによって違いがあるといえる。また、男性よりも女性の方が対応策を求める傾向にある。今回の調査では、それが地域によっても違いがあるということが分かった。ルール形成に関しても、年代・性別・地域による違いが見られた。本調査結果が、日本における遠隔生体識別に関する政策検討の議論の一助となれば幸いである。
注
注1:「本人が現在地を知る」という場面については、「あなたの視界に写った景色から、自分が今どこにいるかを知る」「レンズ装着者の視界に写った景色から、その装着者自身が今どこにいるかを知る」という行為をそれぞれ問うている。これらの行為では被写体が明確には想定されないため、他の4つの場面に関する質問とは異なるということに注意が必要である。
注2:駅構内に設置されたカメラの画像を用いた遠隔生体識別に関するプライバシー意識の調査については別途論文を執筆中。
注3:本ガイドブックの定義によると、リピート分析とは、「特定空間(店舗等)に設置されたカメラで、目的に応じて定めた期間、『特徴量データ』(個人識別符号)を保持して、同一の人物が来店した際にそれを識別し、単一店舗又は同一の事業者が運営する複数店舗において、同一の来店客の来店履歴、来店時の店舗内動線、購買履歴、推定される属性(性別・年代等)等を一定の期間にわたり連結しつつ取得し、分析するもの」(p.4)である。なお、本ガイドブックにおける「特徴量データ」のことを、本稿では「顔特徴データ」と称している。
参考文献一覧
[1]日本の個人情報の保護に関する法律https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=415AC0000000057
[2] European Parliament, EU AI Act: first regulation on artificial intelligence, Last updated: 19-12-2023.https://www.europarl.europa.eu/topics/en/article/20230601STO93804/eu-ai-act-first-regulation-on-artificial-intelligence
[3] 経済産業省,「カメラ画像利活用ガイドブックver3.0」,2022年3月30日.https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220330001/20220330001.html
[4] 個人情報保護委員会,「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書」,2023年3月.
[5] OrCam社,オンラインチュートリアル.https://www.orcam.com/ja-jp/videos-tutorials
[6] Osaka Metro,顔認証改札機.https://subway.osakametro.co.jp/news/topics/20191125_kaoninsyou_jissyoujikken.php
[7] JR西日本,ニュースリリース,2023年3月2日.https://www.westjr.co.jp/press/article/items/230302_00_press_kaoninsyo.pdf
[8] 法務省,日本人の出帰国確認手続における「顔認証ゲート」の導入について.https://www.mlit.go.jp/common/001278992.pdf
[9] 厚生労働省,「マイナンバーカードの健康保険証利用について~医療機関・薬局で利用可能~」,令和4年1月,p.4.https://www.mhlw.go.jp/content/10200000/000577618.pdf
[10] 小川有希子,連載 デジタル社会と憲法 第4回「顔認識技術の法規制」,法学館憲法研究所,2022年9月5日.https://www.jicl.jp/articles/topics_digital_20220905.html