日本のスタートアップ環境の現在と未来 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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日本のスタートアップ環境の現在と未来
画像提供:Getty Images

R-2023-129

1. はじめに
2. サーベイ概要
3. サーベイ結果
4. 政策提言
5. 結語

1. はじめに

近年スタートアップの日本経済にとっての重要性が政策決定者、識者、メディアなどで語られる場面が増えている。「失われた数十年」の間に硬直した日本の経済システムを改革し、同時期にアメリカの経済成長の多くの部分を担ってきたシリコンバレーやシアトルをベースに活動するスタートアップ企業に匹敵するような経済成長のエンジンを生み出すためには、日本でもスタートアップに関わる環境を変えていく必要がある、という議論が支持を集め、さまざまな新しい政策が打ち出されてきた。それらが目指すのは、起業家がリスクを恐れることなく、技術的イノベーションを実装した結果、スタートアップが大きく成長し世界的に市場を席巻できるようなエコシステムを作り上げていく、というところであろう。これらの政策が実りを結ぶためには、スタートアップ・エコシステムと呼ばれるスタートアップを取り巻く環境に関連するすべてのプレーヤーのうち、一定程度が共通の理解のもとに同じ方向を向いて進むことが必要だと考えられる。

もちろん、事業や起業家の多様性や、市場がリードするメカニズムなどは担保されなければならないが、日本政府の政策形成にあたっては、スタートアップ環境に関わる人たちをどうサポートし、どの方向に流れを作っていくかが重要になる。そして、その過程では現在の日本でのスタートアップを取り巻く状況を把握することが不可欠である。起業家や投資家は現状をどう見ており、これからの日本のスタートアップ業界の成長にどのような要素が必要だと考えているのか。一般市民や日本経済の将来を担う学生は、スタートアップにどのようなイメージを持っており、何を期待しているのか。グローバルに成功するユニコーンを作る、というようなよく語られる目標が支持されているのか、またその方向にスタートアップ環境が動いているのか。これらの疑問に答えていくことで、日本のスタートアップ環境の現在を理解し、今後のスタートアップ政策のあり方への指針を示そうというのが、本プログラムの目的である。

そのために、我々はスタートアップにまつわるさまざまな質問を異なる回答者に向けて作成し、それをサーベイ調査の形で実現した。本稿では、そのサーベイについて、特に興味深い結果とともにまとめ、政策的針路を探るとともに、そこから今後の同様のサーベイやさらなるスタートアップ研究の深化への道筋を探る。

2. サーベイ概要

このサーベイでは、スタートアップ環境への関わり方の違いから、調査対象を一般市民、起業家、投資家、学生、という4つのグループに分けてサーベイを実施した。それぞれに対して、重複する質問もありながら、対象によって異なる質問も多く含み、それぞれのグループのスタートアップに関する考え方を理解できるような質問表を作成した。さらに、コンジョイント実験やビニエット実験と呼ばれるサーベイ実験の手法も取り入れ、単なる現状理解を超えて、スタートアップに対する考え方がどう動くのかなどについての深い理解を目指した。

サーベイは202312月から20241月の間に、すべて日本語で、オンラインで実施した。一般市民を対象とするサーベイは、サーベイ業者に委託し4,688人から回答を得た。これは、代表性のあるサンプルであり、その結果は日本でのスタートアップについての一般的な考え方として理解できる。

それ以外のサーベイは、スノーボール・サンプリングであり、それぞれのグループでキープレーヤーに回答をもらい、さらに質問票を知り合いに回してもらって回答を依頼するという流れで進めた。起業家や投資家に関しては、アクセラレーターやインキュベーターなどを通して特に幅広く質問票を拡散してもらい、学生に関しては、多くの大学でスタートアップに関わる授業などを受け持っている教員の方々に、質問票の拡散にご協力いただいた。その結果、起業家では182人、投資家では93人、学生では469人の回答を集めることができた。

注意しておかなくてはいけないのは、この三つのグループの回答に関しては、代表性のあるサンプリングではないので、その結果を一般化することはできず、議論の参考にするというスタンスで理解しなければならないことである。それでも、こうしたサーベイの数がまだまだ少ない中で、ここで得られた知見は貴重なものであり、今後のさらなる研究や政策議論に資するものであると考えられる。以下で、その結果を4つのグループに分けて紹介する。

3. サーベイ結果

3−1 一般市民

一般市民を対象としたサーベイでは、主に日本でのスタートアップに対する一般的なイメージを把握するための質問をした。まず、職場としてのスタートアップのイメージに関して、「あなたの友人が大企業とスタートアップから仕事のオファーを受けているとして、どちらを薦めますか?」という質問をしたところ、62.2%が大企業を、37.8%がスタートアップ を薦めるという結果が出た。この数字については、新卒に限らない就職である点も含め、さまざまな理解が可能だが、4割近い人たちが大企業よりスタートアップを薦めるということは、比較対象が中小企業などではなく、安定していて好まれるとされてきた大企業であることからも、スタートアップに対してのイメージがかなり良好なことの証左と捉えられるのではないだろうか。

それぞれを薦める理由についても聞いたところ、大企業を薦める理由として多かったのは、期待される報酬(21.3%)、雇用の長期安定(20.3%)、社会的地位(13.2%)などで、スタートアップを薦める理由として多いのは、自分の成長の機会(28.7%)、期待される報酬(16.7%)、ワークライフバランス(14.2%)であった。かなりの程度予想できる要因であるが、報酬やワークライフバランスなどに関してはおそらく一般市民の間でも大企業とスタートアップについてさまざまなイメージが混在しているものと思われる。

次に、スタートアップ業界全体に対する支持については、87.1が日本の起業家のグローバルな成功を支持し、84.5がこれからの日本経済の発展のために起業家が必要だと考えている 、という結果が出た。これは起業家およびスタートアップに対する高い支持率を示すもので、これからもスタートアップ政策でかなりの予算拠出が見込まれる中、この支持はポジティブに理解できる一方で、今後この支持率がどう上下していくかも注目される。

続いて、コンジョイント実験と呼ばれる、二つの選択肢から選んでもらうことで回答者の選好を見極めるサーベイ実験の結果を紹介する。これはABテストと同じ原理で、マーケティングなどでよく使われてきた、いくつかの属性を組み合わせた二つの候補者を回答者が評価する中で、どの属性がどれくらい影響しているのかを定量的に分析できる調査方法である。

ここではまず、「あなたがスタートアップの投資先を選ぶときにどのような起業家を理想と考えるか」について、学歴、知識、ジェンダー、国籍、語学能力、年齢、前職、起業経験という8つの起業家の属性について、いくつかの候補からランダムに当てはめられた候補者ABを提示し、そのうち一人を選んでもらうという作業を、一人の回答者につき6回行ってもらった。

その結果、有意な結果として出てきたのは、女性起業家への支持が高い一方でLGBTQの起業家への支持が低いこと、そして、日本人起業家への信頼が著しく低いことである。他の候補であるアメリカ人、中国人、インド人、台湾人はどれも支持が高い一方で、日本人起業家だけがかなりネガティブな評価を得た。

もう一つのコンジョイント実験では、政府のスタートアップ政策に関して「あなたが現在政府に最も実行して欲しい政策」について、資金調達、税制会計基準、人材育成、人材流動性の4つの属性に関して質問したところ、有意な結果として出たのは、ビザを取りやすくして、外国人の日本での起業、投資、就職をしやすくする」という政策への支持が低いことであり、日本の閉鎖的な傾向が浮き彫りになる結果となった。

さらに、通常の世論調査で聞き方によって回答が変わってくるのではないかという問題点を逆手に取り、同じテーマに関して質問の仕方をさまざまに変えることで回答がどう変わるかを見ることができるビニエット実験も行った。ここでは、代表的な起業家の名前を出して、その名前によって起業家全体への支持がどう変わるかを聞く実験を行った。その結果、起業家への支持が一番高まったのは、本田宗一郎氏を日本の起業家の例としてあげた時であり(83.8)、他の名前では山田進太郎(68.5%)、南場智子(67.4%)、堀江貴文(49.9%)の順となった。日本を代表する大企業となったホンダの創業者を起業家の代表例とした場合に支持が高くなるのは、ある程度予想される結果と言えるが、全体として起業家への支持が高く、過去のイメージで堀江氏への支持が比較的低かったとはいえ、それでも50%近い支持があった。

3−2 起業家

起業家を対象にしたサーベイでは、近年日本のスタートアップ環境が発展したが、まだ世界的な大成功を収めるようなスタートアップは数少ない、という認識のもと、なぜそうなのかという理由に関して質問した。まず「この10年ほどの間に、日本のスタートアップ・エコシステムが発展し、起業家の数が増えた」理由として、多かったのは、資金提供者が増えた(96.3%)、具体的な成功例が増えた(90.3%)、優秀な起業家が増えた(88.5%)などであった。一方で「日本のスタートアップのエグジットについて、他国と比べると小さめなIPOを行うケースが多く、ユニコーンにまで伸びるような大きな成長をするスタートアップがほとんどいない」ことの理由としては、マネージメント人材の不足(81.6%)、M&Aパートナーの不足(78.8%)、レイターでの大口投資資金の不足(77.0%)などが挙げられた。

また、しばしば課題として取り上げられる起業家の海外志向に関しては、あなたは起業家としてグローバルな成功を目指しますか?という質問には、88.2%の起業家が目指す気持ちがあると答えた。さらに、34.6%の起業家が日本国外からの資金調達に関して具体的なプランを持っているとし、41.4%が海外での事業展開を具体的に考えている と答えた。これらの数字は、「具体的に考えている」という一番強い回答に対するものであり、「多少は考えている」も含めると、それぞれ71.4%と80.5%という非常に高い割合となり、日本の起業家がかなり強い海外志向を持っていることが垣間見える。もちろん、起業家向けのサーベイはスノーボール・サンプリングで集められたデータであり、我々の研究チームがリーチした起業家の回答者が比較的海外志向の強い人たちであった可能性は否定できないが、それを考慮に入れても、この数字はかなり興味深いものである。

さらに、海外展開を考えている起業家にどのようなビジネスモデルを考えているかを聞いたところ、35.5%が日本と同じビジネスモデルでの海外展開を考えている一方で、41.1%が地域に合わせて調整する予定で、19.6%が海外のパートナーとの提携、3.7%は異なるビジネスモデルを考えていると答えた。

また起業家のエグジットに対する考え方についての質問に対しては、17.7%の起業家が2年以内の上場を予定しており、MAを想定しているの10.6であった。

資金調達にあたっては、33.3%が知り合いからの紹介で、15.5%がピッチイベントを通して、同じく15.5%が投資家からコンタクトされて、15.0%がアクセラレーターやインキュベーターを通して出資者を見つけており、従業員を見つけるにあたっては、リクルーティング・エージェンシーを通してが24.7、同じく24.7%が社内推薦14.0%がインターネット広告・求人募集12.3%がインターンシップを通して採用を進めていた。

起業の経験については、65.4%が現在の会社が初の起業で、34.6%はすでに起業経験ありと答えた。そして、将来の目標としては、85%が数十億円規模の売上高を、6.8%が数兆円規模の売上高を目指している。

最後に、起業家向けのコンジョイント実験の中では、「これからあなたの会社が最も必要としている人材について伺います。もし今職種を問わず一人しか採用できないとして、以下に提示される二人の候補者のうち、どちらを採用されますか?」という質問をし、学歴、知識、ジェンダー、国籍、語学能力、年齢、前職、希望年収のそれぞれに関していくつかの属性候補の中からランダムな組み合わせで二人の候補者を作り、そのうち一人を選んでもらう作業を、一人の回答者につき6回繰り返してもらった。

その結果、それぞれの属性で統計的に有意な結果としては以下のようなものが見られた。矢印が上向きの場合は支持が高く、下向きの場合は支持が低いことを示し、カッコ内には全ての候補がリストされている。

  • 前職:新卒­↑スタートアップ経験者↓(スタートアップ系、会計士、弁護士、大企業、新卒、研究者)
  • 専攻:経営学­↑(コンピューターサイエンス、工学系、人文系、経営学)
  • 日本語と英語能力:なし(日本語のみ、バイリンガル、英語のみ)
  • 年齢:45歳↑­25歳、35歳、45歳、55歳、65歳)
  • 国籍:台湾人­↑インド人↑­、日本人↓(日本人、アメリカ人、中国人、台湾人、インド人)
  • 希望年収:1500万円↓700万円、1000万円、1500万円、2000万円以上)
  • ジェンダー:なし(男性、女性、LGBTQ

ここでも注目すべきは、日本人が採用対象として人気がないことである。その一方で台湾人とインド人の人材に支持が集まった。また、スタートアップ系の前職があまり好まれず、新卒採用が好まれることも興味深い結果であった。

3−3 投資家

次に投資家に対するサーベイでも、「あなたは投資家として投資先のスタートアップのグローバルな成功を支援しますか?」という質問に対して、やはり96.7が支援すると答えた。投資先としても、31.1%が投資先は日本のみ、23.7%がアメリカに、13.2%がヨーロッパに、10.5%がアジアにも投資している。

ファンドの規模に関しては、84.7%が数十億円以上18.1%が数千億円以上のファンドを運用し、投資先のステージついては、48.2%が主にアーリーに、25.0%ずつが主にシードとレイターに投資していた。また、46.4%が独立系VCで、29.8%がCVCで投資事業を行っており、投資資金は25.0%が事業会社17.5%が証券・保険会社16.3%が銀行から調達している。投資持分の売却方法としては上場が59.4MA23.2としている。

投資先の決定に当たっては、32.7%が起業家の質を、25.6%がビジネスモデルを、20.2%が起業家の実績を、16.1%が当該技術の科学的根拠を重視している 。投資先を見つける方法は、34.9%が知り合いからの紹介22.2%が起業家からのコンタクト20.1%がアクセラレーター・インキュベーターを通して、14.8%がピッチイベントを通して。そして、59.4%が少なくとも毎月一回は、33.3%が四半期に一回程度、投資先とコミュニケーションを取っている。従業員を見つける方法に関しては、34.9%が知り合いからの紹介27.8%がリクルーティング・エージェンシーを通して、8.7%が投資元(LPからとなった。

最後に、興味深いことに、82.4が数年前と比べて投資価値のある投資先が増えていると感じている。ちなみに、投資家に対してもサーベイ実験を行ったが、回答者数が他のグループよりも少なかったこともあってか、統計的に有意な結果はほとんど見られなかった。

3−4 学生

最後に、学生を対象としたサーベイでは、まず、「あなたは民間の就職先として、大企業かスタートアップのうちであればどちらを選びますか?」という質問を行い、79.6大企業を選ぶと答えた。これは一般市民での質問に比べて高い比率となった。その主な理由は報酬(18.7%)、社会的地位(16.4%)、雇用の安定(15.4%)、ワークライフバランス(11.8%)、親や親族が安心するから(10.8%)などであった。

一方で、スタートアップを選ぶのは20.4であり、その主な理由は個人の成長機会(37.4%)、大きなインパクトを残せる(21.5%)、報酬(14.9%)、ワークライフバランス(10.8%)であった。学生がスタートアップを選ぶ最大の理由が「個人の成長機会」という点は、学生の多数がスタートアップをキャリアの最終形ではなく、途中経過として捉えていると見受けられる点が興味深い。

そして、「あなたは日本の起業家のグローバルな成功を応援しますか?」という質問に対しては、97.5応援すると答えた。さらに、92.2がこれからの日本経済の発展のために起業家が必要だと考えている。

学生向けのコンジョイント実験では、「あなたが就職先を選ぶ立場にあるとして、どのような企業を選ぶか」という質問をしたところ、理想的な就職先として選ぶなら、「安定した売り上げが見込める」会社や、「リスクが大きいが、莫大な収益を上げる可能性もある」会社よりも、一定のリスクはあるがかなりの収益が見込める」会社が好まれるという結果が出た。上記の、就職先として大企業かスタートアップかで聞かれた時は79.6%が大企業と回答したが、大きなリスクは取りたくないが、一定のリスクであれば受容する姿勢が垣間見える。

次に、「あなたが就職先としてスタートアップ企業を選ぶと仮定して、どのような起業家が起こしたスタートアップを理想と考えるか」についてのコンジョイント実験では、女性起業家、大企業での経験がある起業家のスタートアップが好まれる傾向が見られた。一方で、一般市民の間でと同様にLGBTQの起業家への支持は低くなっていた。そして、起業家の国籍では、ここでも日本人起業家の評価はネガティブであり、アメリカ人と中国人の起業家がポジティブな評価を得た。

一般市民と同じ、代表的な起業家の名前を出して、起業家への支持を聞くビニエット実験では、全体として起業家への支持は一般市民の間でより高く、特に支持が高くなる起業家の名前は本田宗一郎(94.7)、南場智子(92.2%)、山田進太郎(90.1%)、堀江貴文(81.0%)の順であった。南場氏の若者の間での支持の高さが見られ、また堀江氏に対しても一般市民の間よりは支持はかなり高くなった。

4. 政策提言

今回のサーベイでは、上記の設問に加えて、自由回答で、日本のスタートアップ政策に関して、現在役に立っているもの、これから実施して欲しいものについて、さらにこれから日本のスタートアップが次のステージに行くためには何が必要かについて聞いた。これらの質問に対しては、具体的で興味深い回答が得られた。

多くの回答では役に立った政策にはストックオプション制度やディープテック分野のスタートアップに対する研究助成金などが挙げられた。

これから実施してほしいものには、テーマとしては雇用、グローバル人材、資金調達に関わる制度などを挙げる回答が多かった。まず雇用に関して、雇用の柔軟性をより促進する制度(より柔軟にレイオフができるようになること)を求める声が多かった。すでに日本では必要に応じて解雇しなくてはいけない従業員がいる場合、色々な方法で可能であるという見解もあるが、それでもなお、より柔軟に人の循環を促す制度を求める声があった。

グローバル人材に関しては海外の人材を日本国内で活用することと、日本人の海外展開促進の両方向での要望があった。前者は、海外の人材にストックオプションを与えやすくする制度や、税制優遇、就労ビザ取得の支援制度や、大手外資系企業からの転職を推進する制度などを求める回答が複数あった。また、海外スタートアップに対して国内ベンチャー・キャピタルが大きくは投資できないという記述が投資事業有限責任組合の法律に記述してあるので、日本のスタートアップが海外展開する際に本社を海外に移転する場合の措置などが難しくなるので改善してほしいとの声もあった。日本人の海外での活躍を支援する声には、日本人の海外への長期滞在サポートやビザを取得しやすくするための制度、および中学生や高校生から海外留学を支援する制度を求める声が多かった。

また、日本の教育制度が起業家育成の阻害要因となっているという声もあった。特に中学、高校が日本の画一的な大学受験制度に合わせた教育になっていることもあり、個人の独創性やリーダーシップを発揮するきっかけに乏しいがために海外に比べて起業を志す割合が少ないという指摘があった。対策として日本のトップ大学の入学制度の多様化を求める声があった。

エンゼル税制はここ数年で活用しやすくなったものの、さらなる簡略化を求める回答が複数あった。例えば、都道府県の認定プロセスが複雑なので簡素化を求める声や、スタートアップが銀行から借り入れる際に代表者が債務連帯保証をしなくてはいけないので、政府公庫による連帯保証不要での融資枠の増額を求める声もあった。また、ベンチャー・キャピタル出資を受けないで自己資金で運営する「ブートストラップ型」のスタートアップは、ほとんどのケースでは資金調達をしないとスタートアップとして認めてもらえないので、その部分の是正を求める声もあった。

5. 結語

すでに何度も注記したように、一般市民向けのサーベイ以外は代表性のあるものではないことに留意しなければならないが、このサーベイの結果からいくつか見えてくることがあった。一つは全体として起業家への支持、期待が高いことである。どのグループでも起業家が日本経済の発展に必要だという認識と、彼らのグローバルな成功を支持する傾向があることが見られ、今後のスタートアップ政策に向けて、一定の支持が期待できることがわかった。

また、起業家たちがかなりの程度海外での事業展開や海外からの資金調達を考えていることも見えてきて、これもグローバルに成功するスタートアップを奨励する、という観点からは、期待の持てる結果と言えるだろう。

その一方で、日本人起業家への支持が一般市民の間で著しく低く、また学生の間でも日本人よりアメリカ人や中国人の起業家が支持され、起業家自身も採用にあたっては日本人よりも台湾人やインド人を好む傾向が見られた。学生が働きたい会社のリーダーとして期待するのはアメリカ人、中国人の人材であり、起業家が採用したい従業員は台湾人、インド人であるというのは興味深い結果で、リーダーシップの人材とオペレーションを担う人材への期待の差があることが考えられる。また、これらの結果は日本人がスタートアップに向かないといったステレオタイプが存在することを示すと見られるが、この点はこれからの課題となっていくであろう。

また、女性起業家への支持が高く、LGBTQの起業家への支持が低いのも興味深い結果で、これがどういう理由によるものなのかも、さらなる調査の必要があろう。

他にも、起業家や投資家を取り巻く環境の現状に関して示唆に富むさまざまな結果が得られた。今後の同様の調査では、いかに多くの起業家や投資家から回答をもらい、日本のスタートアップ環境の全体像を浮き彫りにできるかが課題となるであろう。

我々研究チームとしては、本サーベイがこれからのスタートアップ政策に関する議論において参考になるデータを提供し、さらなる研究の活発化に資するものであることを願うばかりである。


(本プログラムでは、サーベイにご回答いただいた多くの方々、および2024319日「スタートアップサーベイ結果報告会」(東京財団政策研究所開催)へご参加いただいた方々のご協力に、深く感謝申し上げたい。)

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